「せんせの1番になれんでもえぇで。2番目を俺にちょうだいや」
真剣な表情の元四にそう言われて、言葉に詰まる聡実くん。狂児にフラれたときは絶望のどん底にいる、と思ったけど、気がつけばそんな気持ちはなくなっていたし、元四といるのは楽しい。でもだからと言って狂児への気持ちがなくなったのかと言われるとそれは違う。
確かに元四さんの言うことも一理あるのかな、とお酒で頭ポヤポヤの聡実くんは考えちゃう。やって、こんなえぇ人他におる?狂児のこと好きなままでもえぇって。
「とりあえずお試しで付き合ってみぃひんか?それであかんな、思ったら断ってや」
「え、と。それでえぇなら、よろしくお願いします…」
こうして元四と聡実の交際はスタート。基本的には今までと変わらん関係やけど、元四から頻繁に電話きたり、メッセージきたりするようになる。
その日は元四と夜ご飯を食べに行く約束してて、待ち合わせまで時間あるから家に帰って着替えようと一人暮らしの家に向かう聡実くん。
1Kのマンションは四畳半よりちょっと広くなったし、オートロックもついてる物件。マンションの近くまで行くと、パトカーが何台も泊まっていて物々しい。
え、何が起きたんやろ?と思っていると、警察官に声をかけられる。
「ここの住人さん?何号室ですか?」
「えっと、302号室ですけど…。なにかあったんですか…?」
「302かぁ。ちょっとまずいかも。いや、このマンションの部屋がね、結構空き巣被害にあったみたいで…」
「え!?」
とりあえず一緒に見に行きましょう、ってなって警察官と一緒に部屋まで行って、鍵を開けると何をしたらこんなに荒れるんやってぐらいに部屋の中はぐちゃぐちゃ。クローゼットの中のものから冷蔵庫の中のものまで全部ぶちまけられてる。
「現場検証するから、部屋には入らんとここで待っといてね。順番に対応してるから」
「は、はい…」
呆然としながらも、なんとか返事をする聡実くん。あ、あかん、元四さんに連絡せんと!と正気に戻って、慌ててメッセージを送る。空き巣に入られたこと、これから現場検証とやらがあって終わるのが何時になるかわからないこと、今日はキャンセルさせてほしいこと。送るとすぐに電話がかかってくる。
「聡実せんせ!怪我はないか?今からそっち行くから待っといて!」
「え、そんなん大丈夫で」
す、って言う前に電話切れちゃう。30分後ぐらいにまた電話来て、着いたから1階来てくれるかって言われる。
ヤクザが警察官おるところに来てえぇんか?とか思いつつも、一人は心細かったので近くにいる警察官に声をかけてから1階に行く。
「元四さん!」
「せんせ、怪我はないみたいでよかったわ。近くで待っとるから、現場検証終わったら連絡くれるか。ほんまは付き添いたいけど、さすがにせんせに迷惑かけそうやからな」
「え、そんな悪いですよ。何時に終わるかわかりませんし」
「それぐらいさせてや。お試しとは言え彼氏やろ。それに心配やわ。部屋、大丈夫なんか?」
「あ、ちょっとダメかもしれません…」
窓ガラスも割られてたし部屋に戻るのは難しそうで、しょんぼりする聡実くん。どないしよ、って悩んでたら、岡さーん、って警察に呼ばれたので、慌てて戻る聡実くん。
現場検証は1時間もかからず終了。部屋に置いてた現金数万円がなくなってたぐらいで、保険証や銀行カードはお財布の中にあって被害はなし。たいした被害はなくてほっとしたけど、精神的ダメージが大きくてどっと疲れが襲ってくる。
「せんせ、疲れたやろ。ほい、これのみ」
元四のもとに行くとあったかいココア缶を差し出されて、甘さと暖かさにホッとして涙が出てきそうになる聡実くん。
「こんな時間まですみません。部屋ぐちゃぐちゃで寝れそうにないんで今日は満喫かカラオケかに行こう思います…」
「そんなんあかんあかん!明日も仕事やろ?とりあえず車乗り、な」
元四に肩を抱かれて助手席に押し込められる。着いたのはセキュリティのしっかりしたマンション。
「ここって…」
「俺の家や。こっちがトイレで、そっちが風呂な、寝室はここ。下着はサイズ合わんかもやけど新しいのあるからそれでえぇやろ。会社は何時に着いたらえぇんや?8時40分頃な、わかった。ほな7時半に一旦ここくるから。車で送るわ」
「え、え、」
「ほんで、これ晩飯な。牛丼で悪いけど。冷蔵庫の中のもんは好きに食べたり飲んだりして」
「え、元四さんどこ行くんですか?」
「組が持っとる部屋があるからそっち行くわ。俺おったら落ち着かへんやろ」
「いや、でもここ元四さんの家やし!」
焦ってたら、おでこにチュッてされてびっくりする聡実くん。
「好きな子と一晩一緒におるのに我慢できるほど人間できてへんねん。な、嫌やろ?俺出たらドアガードかけてな。ほな、ゆっくり寝てや」
「あ、元四さん…!」
待ってください、という前に閉じられた玄関。どないしよ、と思いつつもお腹へってるし、空き巣のせいでどっと疲れが出てきたのでお言葉に甘えてご飯食べて、お風呂入る聡実くん。
翌朝には宣言通り7時半に元四が朝ご飯持ってきてくれて、一緒に食べる。その後は会社の近くまで送ってくれた。
「部屋の片付けは週末やったらえぇよ。俺も手伝うし。もう金曜やし今日も俺の家おり」
部屋に一人帰るの怖いし、元四の気遣いが嬉しくて頷いちゃう聡実くん。帰りも会社まで迎えに来てくれる元四。申し訳ないと思いつつ、木曜、金曜と元四の家で家主不在のままお世話になる。
週末は元四に手伝ってもらって部屋を片付けることに。無事に終わって最近良く行く半個室の居酒屋(カップルシートみたいになってる個室)でお疲れ様会をする二人。
「片付けから宿までありがとうございました」
「そんなん全然ええよ。片付け無事終わったんはえぇけど、もう家にせんせおらんの寂しいわ〜」
「あの、また家遊びに行ってもいいですか?」
「あの家気に入った?いつでも来てえぇよ」
「その、ちゃんと恋人として遊びに行きたいです…」
耳の端を真っ赤にしながら、でもまっすぐ元四の目を見つめて言う聡実くん。ピタッと数秒動きが止まった元四、再起動したと思ったらぎゅっと抱きしめられる。
「…そんなん、今からでも連れて帰りたいわ。めっちゃ嬉しい。ありがとう」
こうして聡実くんと元四さんの正式交際はスタートしたのだった。