帰郷と一歩 ノウムカルデアの活躍により地球白紙化は解決した。
その偉業の中心人物の一人、カルデアのマスター藤丸立香は本来ならばその重要性から二度と故郷には帰れないと思われていた。
だが、人理焼却の頃から今に至るまで彼女が日常に戻れる事を祈り尽力してきたカルデアスタッフ達の努力と改竄の甲斐があり、護衛を付けるという条件はあるがとうとう藤丸立香は自分の生まれ故郷に戻る事が許された。
藤丸本人も「正直帰れると思ってなかったよ……」と驚きと困惑の中に確かな喜びを滲ませはにかんでいる。
そこまでは良い。それはとても善い事だ。
しかし何故、その藤丸の護衛役に選ばれたのが自分なのかとデイビット・ゼム・ヴォイドは疑問を呈さざるを得ない。
クリプターの一人として藤丸達の前に立ち塞がり、あまつさえ南米異聞帯ではORTを復活させ地球を破壊しようとした人類の敵だった男に人類を救った立役者の護衛を任せようとは何を考えているのか。
勿論この話をされた時すぐに疑問をぶつけに行った。
ノウムカルデアの所長ゴルドルフ・ムジーク曰く。
「その疑問は最もだ。正直私もどうかと思っている!! しかし貴様の戦闘力や判断力は折り紙つきだし、藤丸が日常に戻るのに一番身軽な方法として算出された結果がこれなのだ。それだけだぞ! 他の意味など無い! 決して女性サーヴァント達からすごい圧を受けたとかそういう訳ではないからな!」
彼はいつものキリキリと胃を痛めてそうな表情で言った。
またシオン・エルトナム・ソカリス曰く。
「不安要素が完全に無いという訳じゃありませんが少なくともよく分からない外部の人間を護衛役にするより安心ですし安全性も高いですし……裏切る可能性? あはは! それはナイナイ! 確かに貴方は地球を破壊しようとしていた事もありますがマリスビリーの計画を潰した今地球を破壊する理由は貴方には無いでしょう? そこまで無意味で非効率的なことをする方ではないと分かりますよ。それに……ああ失敬これを言うのは流石に野暮ですね! まぁ立香さんを護るという点に関して貴方は貴方が思っているより信頼があるんですよ」
彼女はニンマリと愉快そうに答えた。
更に何故かカドックから。
「実際のところ言うほど藤丸に危険は無いだろ。日本はそこまで魔術師の多い国じゃないし、時計塔の興味だってマスターより英霊召喚システム本体の方だろう? どちらかというと魔術師より国連関連の方が危ない気がするがその為の改竄だしな。護衛だってあくまでそういう体裁が必要だっただけで。そもそもこの護衛の話も多分……いや憶測で話すのは止めた方がいいな。でもまぁ、なんだ。良いんじゃないか日本。色々頑張れよデイビット」
そう言って肩を叩かれた。
「デイビットが嫌なら断って良いんだよ?」
未だ護衛役選出の理由に納得がいっていない俺に藤丸は眉を下げそう声を掛ける。
「嫌という訳ではないが……むしろ、キミはどうなんだ」
実際のところ彼女の護衛というのは嫌ではなかった。
しかしやはり敵対していた男が護衛というのは藤丸も気が気ではないだろう。折角日常に戻るのなら、そういった不安・憂いは排除すべきだ。
「わたし? わたしはデイビットが護衛だとすっごい心強いよ!」
「キミがそう言うなら俺が断る理由は無いが……」
「ホント?!」
嬉しそうに返す立香に、知らず識らず安堵してしまった。
さっきまで納得していなかった癖に藤丸が良いというだけでそれならと思い直してしまう現金さに自分で呆れてしまう。
「じゃあデイビットも日本来るんだね。そういえば住む所とかどうなってるの?」
「そういえば考えていなかったな……」
正直なところ先程まで護衛役を受ける事すら躊躇していたのだから何も考えていない。期間の無い護衛なのだから常に藤丸の傍に居なければならないが……そこまで考えて俺が断った場合他の人間がそうであった可能性を認識し何故か一瞬息が詰まった。
「うーん、じゃあさぁ……」
藤丸の声に思考を中断し彼女の方を見れば藤丸はそう声を掛けたわりに何かを悩んでいるようで小首を傾げたり目を伏せたり唸ったりしていたがやがて何かを決めたのか顔を上げた。
「デイビットさ、わたしと一緒に暮らさない?」
「……は?」
藤丸の言葉に思わず眉をしかめる。
「わたし元々学校卒業したら家出るつもりでさ、その為の資金調達の為にカルデア来たくらいだしね。でももうずっと賑やかな中に居たから一人暮らし絶対寂しいし護衛なら近く居なきゃだもんね? デイビットわたしと一緒に今流行りのルームシェアしよう!」
矢継ぎ早に言われる言葉は耳を滑っていく。
流石に異性に対してそれはどうなんだ。そういえばカドックにベッドを貸したと前に言っていた気がする。あまりにも性差の意識が低過ぎるだろう。
……自分が藤丸に男として認識されていないのだと突きつけられているようで胸が少し苦しい。
「藤丸、あまりそういう事を言うと勘違いされるぞ」
溜め息と共にそう吐いて藤丸の方を見て、固まる。
「…………良いよ。勘違いしても」
立香は思い切り顔をこちらから逸らしていて、しかしちらりと見える耳が茹だったように真っ赤だった。
「藤丸」
思わず彼女を呼ぶ。藤丸はこちらを向かない。
「藤丸」
再び彼女を呼んだがやはり藤丸はこちらを向かない。
「藤丸、こっちを向いてくれ」
「無理!」
こちらを向かない代わりに大声が返ってきた。それでそうか仕方ないと諦められる程俺は潔くない。
藤丸の傍に寄りまた呼ぶ。
「……立香」
壊れた玩具のように藤丸の身体が跳ね橙色が揺れる。
見開かれた大きな金の瞳と、先程見えた耳と同じ真っ赤な頬が目に映った。
「な、なん! ズル……!」
唇をわなわなと震わせ言葉になっていない音を漏らす藤丸に「勘違いしても良いと言ったのはキミだろ」と返せば睨まれたが先程よりも顔が更に赤くなっていて迫力に欠ける。
そもそもズルいのはどっちなのか。先にカードを切ったのはそっちだろうに。
また顔を逸らそうとする立香の頬に手を添え固定すれば身じろいでいた藤丸も次第に大人しくなった。じっと見詰めているとゆっくりと遠慮がちに立香の瞳がこちらを見る。その赤い顔が、潤んだ瞳があまりに愛おしくて、ゆっくりとゆっくりと顔を近付ける。
「勘違いしても良いのか」
「……良いよ。多分勘違いじゃないし」
「一緒に居ても良いのか」
「そう言ったよ」
お互いの吐息が当たる距離まで顔が近付く。
「……キスしてもいいか」
「それはダメ」
あと数センチというところで藤丸の指が間に入り邪魔をする。
「先に欲しい、言葉がある」
ほんの少し上擦った言葉と、期待するような視線。
そこで俺は彼女にここまで言わせておいて俺自身は何も伝えていない事に気付いた。確かにそれはフェアではない。
「藤ま、いや……立香」
それならば、彼女の精一杯の勇気に負けないよう俺の贈れる最大の想いを。
「俺は、君を愛している」
「~~~ッ!!」
自分で催促した癖に真っ赤な顔のまま後退ろうとする立香の腰に素早く手を回し退路を塞げば視線をあちらこちらにやりしどろもどろになっていた立香はやがて呻き声を一つ上げて俺と立香の間にあった手を下げた。
それをまた都合良く受け取り、俺は立香との残り数センチの距離をゼロにした。