逃がさない(1/2)ヒューベルトは散り散りとなった書類の中から、目的の一枚を探し出した。薄く滲んだ染みを血痕の付いた表紙を静かに指で拭い、手袋を裏返して内ポケットへ滑り込ませる。
「こちらは片付きました。
後は私どもが片付けを。どうか、あの方へ」
淡々とした声に短い返事が返る。部下は目前の光景に一瞥もくれず、静かに立ち去った。
真昼の陽光が容赦なく差し込み、ヒューベルトと倒れ伏す男の姿を浮かび上がらせる。
取引の行方を左右する一枚の書面。それは既に血で血を洗う闇の世界で、新たな混沌の種となっていた。裏切りと欺瞞が渦巻く商いの中で、エーデルガルト様は幾度となく密会を重ねた。甘い蜜のような約束を餌に、しなやかな蜘蛛の糸を紡いでいったのだ。
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