進捗をば〜 甘さを含んだ冷たい風が頬を撫でる。
恐らく誰かが露店でも出しているのだろう。あとで寄ってみるのもいいかもしれない。なにせ、今の自分は懐が潤い余っているから。
午後のおやつのことを考えながら新聞に目を通す。相変わらずこの通りは人が少ない。勿論、見回りも。
自分が離れていた間にこの町でなにが起きたのか確認する。開拓されたばかりのこの星について、星外からニュースを拾うことは容易くない。
赤いジャケットに青い髪の長身の男――サンポ・コースキは今日、久しぶりに愛しのベロブルグに帰ってきていた。一月程前、元々頼まれていた大口の仕事のためにヤリーロⅥを離れていたのだ。
星穹列車と最後の砦であるこの星の民達によって存護と開拓が為された後、特段大きな犯罪もせず(勿論普段だって別に悪いことはしてませんけど)、シルバーメインをのらりくらりと交わしながら、星外から少しずつやってくるようになったビジネスチャンスに飛びついていた。
そんななか、なぜか、あの、シルバーメインの戌衛官であるジェパード・ランドゥーと秘密のお付き合いをすることになった。
どうしてこうなったかはあまり深く考えたくはないし、今は馴れ初めの話はどうでもいいのだ。とにかく、サンポ・コースキはかのランドゥー家のご子息と恋人関係にある。その事実がわかってくれたらいい。
もともと面白い男だとは思っていたが、付き合ってみたら存外可愛いところが沢山見えてきて、今ではサンポも利用価値以上の好意を認めざるを得なくなっている。夜の方も、童貞を自分好みに調教するのが楽しくて、しかもお互いなかなか性欲が強いものだから、時間と体力が合えばそれなりの頻度でいたしていたように思う。
さて、サンポは新聞を読みながら葛藤していた。普通、セックスレスでもなく、互いに精力旺盛の恋人同士となれば、しばらく会えなかった分久しぶりの夜に燃え上がる、というような流れになるだろう。
星穹列車やカンパニー、仙舟といったものが当たり前に存在する為忘れられがちだが、星の内と外では時間の流れにずれがある。前にも、ナターシャに一週間ほど居なくなりますと言付けて緊急の用事を済ませに星外に行って、帰ってたら一月弱も居なかったことになっていて頭を抱えたことがある。最後に会ったときに大事な仕事で三ヶ月ほど会えませんとジェパードに言ったら、見えない耳と尻尾が垂れ下がって見えるほど悲しそうに「そうか。気をつけて」と言うものだから、つい張り切って一ヶ月ほど早く仕事を終わらせてきたのだ。なので、サンポは柄にもなく溜まっていた。それに一人でするのは楽しくない。
もちろん?行きずりの誰かと事を為しても良かったが、禁欲後のセックスの気持ちよさのために我慢した。決して絆されているからとかではない。ならばさっさとその可愛い年下彼氏くんに会いに行けば良いと思うのだが、サンポにはそうできない理由があった。
「どうしましょうかねぇ、これ……」
葛藤しているうちに最後の文字まで目を通し終わってしまった新聞をベンチに置いて左脚をさする。
少し食い込んだ自分の指に、無意識眉間のシワがよる。
「こんな時に限ってどうして治りきってくれないんですかねぇ」
サンポは今回の大仕事の最中、ヘマをしてそこそこの傷を負っていた。自分の身体も資本のうち、サンポだって負傷したくてしたわけではないのだが、人間どうしてもミスをすることはある。別にこの程度の傷なら生活や商売、無論セックスにだって何の支障もない。多少痛んだり傷が開くこともあるだろうが、そんなものはセックス中のスパイスにしかならない。少なくとも、サンポにとっては。
問題は先ほど思い出していた恋人だった。以前、大怪我をして雪原で倒れていたところをジェパードに見つかってしまった事があった。
もともと放浪者達がくることを知っていて、人に見つかる場所という保険はかけたうえで、仕方なく!常備している特殊な薬で仮死状態になっていたのだ。実際血はほとんど止まっていて、連れて行かれたナターシャの診療所で手当もしてもらい、いつも通りすぐに姿を消そうと思っていたのだ。
しかし、頻繁に下層部へきて看病をし(もはや監視だったが)、治ってからもやけに過保護に扱われてものすごく面倒だった。
とにかくそういうことがあったので、この傷が彼にバレたら厄介なのだ。しかし、久しぶりのセックスも諦めたくない。どうにか誤魔化して着衣セックスにでも持ち込めないものだろうか。
「ま、ひとまず準備だけしておいて、露天でお腹を満たしますか。」
サンポは新聞を近くのゴミ箱に放り投げて立ち上がった。