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    Luna

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    ChatGPTに頑張って書いてもらいました!精神マグ虐❤️

    #マグニフィコ王
    #トマス
    #アマヤ王妃
    #バッドエンド
    badEnding
    #AI小説
    aiNovels

    星になった王広場の片隅で、マグニフィコ王は静かに民の声に耳を傾けていた。内政、外交、福祉、国防――すべてを一人で担う偉大な魔法使いの王である彼にとって、民たちの何気ない会話を聞く時間は、王としての役割を確認する大切なひとときだった。

    王として、国民の「願い」を守ることこそが自らの使命だと信じて疑わなかった。
    しかし、その平穏は、民たちの何気ない会話によって突然打ち砕かれた。

    「ねえ、王様はいつ私たちの願いを叶えてくれるのかしら?もう、ずいぶん待たされてる気がするけど…」

    帽子に花を飾った女性が、不満そうに噴水の縁に腰を下ろし、ため息混じりに呟いた。

    「……もしかして最初から叶える気なかったりして!」

    隣に座る男性が冗談めいた口調で軽く笑いながら言った。

    「なんてこと言うのよ!冗談でも笑えないわ!」

    女性は怒ったように男性を睨みつけたが、その反応を男性は楽しんでいるようだった。

    「あはは!そんなに真剣になるなよ!……でも、もし王に叶える気がなかったらどうする?」

    男性が笑いながらそう問いかけると、女性は少し黙り込んでからこう答えた。

    「えー……うーん、そうだな……もし叶える気がないなら返してもらうかな。王に渡してる意味ないし。」

    その言葉を耳にした瞬間、マグニフィコの心の中で、長年築き上げてきたものが音もなく崩れ落ちた。

    「……返してもらう……?」

    彼はその場に立ち尽くし、目の前で談笑する民たちの姿を凝視した。それは本来、温かく微笑ましい光景のはずだった。彼らの笑顔、何気ない日常のやり取り、そしてその背後にある平和――それらすべては、彼が命を賭して守ってきたものだと信じていた。

    しかし今、目の前の光景は次第に薄暗く霞み、手の届かない遠い世界へと消え去っていくように感じられた。

    「私が捧げてきたものは……これほどまでに軽んじられるものだったのか……?」

    胸の奥が一瞬熱く燃え上がるような痛みを感じた次の瞬間、全身が氷に包まれるような冷たさに支配された。これまで「王としての存在意義」と信じてきたものが、民にとっては「ただの願いを叶える道具」に過ぎないのだろうか。その疑念が頭の中で反響し、抜け出せない迷宮となって、じわじわと彼の心を締め付けていく。

    「みんな、自分じゃ叶えられない願いを、私に守って欲しいんじゃないのか……?」

    自らに問いかけたその言葉は、虚空に吸い込まれるように消えた。目の前の民たちの姿は次第にぼやけていき、声も耳には届かなくなった。心の中で何かが崩れたような感覚が広がっていく。その時、別の会話が耳に入ってきた。

    「王に願いを預けるのって、どう思う?」

    若い男性が、メガネをかけた友人に尋ねた。

    「別に何とも思ってないかな。実際、何でもいいんだ。叶えてくれるならさ。」

    メガネをかけた男性は頭を掻きながら、少し笑みを浮かべて答えた。その一言が、マグニフィコの胸にまるで剣のように突き刺さった。

    「……何でもいい……?」

    声にならない声が漏れ、彼の拳が震えた。目の前の人々は、彼にとって命を賭けて守るべき大切な民のはずだった。しかし、その言葉が示す現実は、彼の存在を根底から否定するようなものだった。

    「願いを叶えるだけの存在……それが彼らにとっての私なのか?」

    その考えが胸に広がり、彼の手が震え始めた。これまでの努力や犠牲は、一体何だったのか。王としての誇りが足元から崩れていく感覚に、彼は耐えられなくなり、視線を逸らした。しかし、逃げ場はなかった。

    「じゃあ、もし王が願いを叶えてくれなかったらどうする?」

    「その時は他を探すしかないね。叶えてくれないなら用ないし。」

    その笑い混じりの言葉が、マグニフィコにとって耐え難い響きを持っていた。彼はこれまで、「民の守るべき願い」を守っていると信じてきた。

    しかし、実際には「ただ願いを叶えるためだけ」に存在していたのだ。彼は思わず一歩後ずさりし、震える拳を強く握りしめた。その力が手の中で空回りするのを感じた。

    「私が守ってきたものは……何だったんだ?」

    その問いが胸の奥で繰り返され、答えの出ない空虚が彼の中で広がっていく。広場に立ち尽くした彼の視界が揺れ、民の声が次第に遠くなる。その喧騒の中、彼の胸に広がるのは耐え難い虚無感だった。堪え切れず、マグニフィコはゆっくりと踵を返し、まるで逃げるように広場を後にした。

    「はあ…はあ…」

    荒い息を吐きながら、マグニフィコは人混みを抜け出し、路地裏の静けさに身を隠した。広場の喧騒とは対照的に、そこには冷たい静寂が支配していた。しかし、その静けさも、彼の心を癒すものではなかった。

    「願いを叶える力だけが必要……私が必要なわけではない……」

    壁にもたれかかりながら、マグニフィコは呟いた。民が本当に求めているのは「願いを叶える力」であり、自分自身ではない 、その事実が、彼の胸を鋭く締め付けていた。

    「………?」

    なぜか目の前で星がわずかに瞬くのが目に入った。風が吹いたわけでもなく、その輝きは微弱で、まるでこちらに意図を持って訴えかけているかのようだった。その輝きに意識が引き寄せられる。普段なら見逃してしまうような些細な現象に、過剰に注意を向けてしまう自分に戸惑った。

    さらに、遠くから誰かが自分を見ているような感覚が背中に刺さる。しかし振り返ってもそこには誰もいない。自分の中で「そんなはずはない」と打ち消そうとしても、その感覚がどうにも消えないのだ。

    「私が間違っているのか……?」

    マグニフィコは壁に寄りかかりながら呟いた。民の期待を背負い続けてきた自分の存在が、突然軽んじられたように感じる。その思いが堂々巡りを繰り返し、頭の中でまとまることがない。

    小さな音――どこかで風に揺れる紙の音や、遠くで聞こえる人の足音――が、普段よりも大きく耳に届くように思えた。それらの音が、自分を非難する声であるかのように感じ、彼は思わず頭を抱えた。

    「違う、私は必要とされているはずだ……!」

    声に出したその言葉は、いつものような自信に満ちた響きではなく、自らを無理やり奮い立たせるためのものに過ぎなかった。その声も、ただ虚しく路地裏に響き、やがて消えた。

    次の日の夜、書斎には静寂が満ちていた。大きな机の上には散らかった本や書類が置かれている。マグニフィコは椅子に腰掛け、片手で頭を支えながら目を閉じていた。その表情には疲労の色が濃く、いつもの威厳は影を潜めていた。

    「ミレイ、今いいかしら?」

    アマヤの声が書斎の扉の向こうから聞こえた。控えめだが確固たる響きがある声だった。マグニフィコは顔を上げ、扉を見つめた。

    「ああ、マイラブ」

    扉が開き、アマヤが部屋に足を踏み入れ、静かに口を開いた。

    「ミレイ、集落の井戸が壊れてしまったせいで、民が困っているわ。あなたの魔法でどうにかならないかしら?」

    マグニフィコは眉をひそめた。アマヤの言葉ははっきりしているはずなのに、その内容がすっと頭に入ってこない。言葉が霧の中に消えるような感覚だ。

    「……井戸が……壊れた?」

    彼は繰り返し呟いた。なぜか自分の声が遠くで誰か別の人物が話しているように聞こえた。耳に届いた言葉は自分のもののはずなのに、どこか別人の言葉に感じられる。

    「そうよ、ミレイ。水を汲めず、民が困っているの」

    アマヤの声が再び耳に届いたが、マグニフィコにはその声がまるで音楽のようにぼんやりとした響きで聞こえた。机の上の本や窓から差し込む光がいつもより鮮やかに見える。だが、その鮮やかさが現実感を薄れさせ、景色全体がどこか平面的に見えた。

    「……わかった。後で行こう」

    ようやくその言葉を口にしたが、彼は自分が本当に言ったのか確信が持てなかった。目の前に立つアマヤの姿が少し揺らいで見える。
    アマヤは少し間を置いてから、静かに頷いた。

    「お願いね、ミレイ」

    彼女はその場を立ち去ろうとしたが、マグニフィコは突然その場で声を上げた。

    「待て」

    アマヤが振り返り、再び彼を見つめた。

    「何か……他に言いたいことがあるのではないか?」

    自分の言葉が出た瞬間、マグニフィコは自分で驚いていた。どこかから湧き出た疑念が、彼を突き動かしたように感じたのだ。
    アマヤは一瞬疑問に思いつつも静かに答えた。

    「?…特にないわ。じゃああとはよろしく頼むわねミレイ」

    その言葉にうなずきつつも、マグニフィコは彼女の目をじっと見つめていた。何かが違う――その感覚が胸を締め付ける。

    彼女が去った後、マグニフィコは椅子に深く腰を下ろし、額を押さえた。視界が揺れ、机に置かれた本や小瓶がまるで自分から遠ざかっていくように見える。

    「……私は、どこにいるのだ……?」

    呟いた言葉は、虚しく書斎の中に溶け込んで消えていった。彼はただ、静寂の中で自分の存在が薄れていくような感覚に囚われていた。

    そして翌日、ロサス王国では願いの儀式が行われていた。夕闇が広がる中、マグニフィコ王は荘厳な台座の上に立ち、広場を埋め尽くす民衆を見下ろした。花火が空を彩り、祭りの音楽が広場を包む中、旗を振る人々の歓声が途切れることはなかった。

    しかしその中心にいるはずの王自身は、どこか浮遊感に包まれているようだった。周囲の喧騒が薄れ、自分が台座に立っている感覚さえ曖昧になっていた。

    「新たな市民、ヘレンとヴァージル!」

    マグニフィコがそう宣言すると、群衆は歓声を上げた。初老の男性と若い女性が王の前に進み出て、願い玉を託すために手を差し出した。

    マグニフィコは彼らの手をそっと取り、魔法の光を放ちながら、その願いを具現化する。親子の胸の奥から輝きが流れ出し、手のひらに美しい願い玉が形成された。

    しかしその瞬間、マグニフィコの視界が一瞬ぼやけた。彼らの表情が歪み、まるで蜃気楼のように揺らめいて見える。瞬きをして目を凝らしたが、その違和感は心にこびりついたままだった。

    「君たちの幸せを約束しよう」

    彼は弱々しくそう声をかけたが、親子の笑顔が一瞬消え、代わりに無表情な顔がそこにあった。その表情はまるで彼を責めるかのようだった。

    少しして、親子は再び笑顔を取り戻し、群衆の歓声に送り出されるように去っていくが、マグニフィコにとってはその背中が次第に遠ざかり、霧の中へ溶け込んでいくように感じられた。

    願いを預かる儀式が終わり、次は一つの願いを叶える儀式の時間がやってきた。広場は期待と興奮で熱気に満ちている。マグニフィコは台座の上から民衆に向かって高らかに宣言した。

    「さて、今夜、願いが叶う幸運な者を発表しよう!」

    その言葉に、群衆が歓声を上げた。期待の波が押し寄せる中、マグニフィコは前もって選別しておいた願い玉を見つめた。

    しかしその瞬間、玉の光が揺らぎ、まるで周囲の景色全体が歪んでいくような感覚に襲われた。視界がぼやけ、玉の輝きが彼の目を刺すように痛む。額に汗が滲み、息苦しさが彼を包み込んだ。

    「……私は本当にここにいるのだろうか?」

    手に取った玉の冷たさが、妙に現実離れしているように感じられる。意識はまるで肉体から切り離され、遠くから自分自身を眺めているような錯覚に陥っていた。それでも彼は震える手で一つの玉を掲げ、名前を呼んだ。

    「オーウェン・エドルコ!オーウェンはどこだ?」

    マグニフィコ王がその名を呼ぶと、驚きと喜びに満ちた若い男性が群衆の中から飛び出した。彼は涙を浮かべながら、感極まった声で叫んだ。

    「私です!本当に私ですか?」

    周囲の人々が祝福の声を上げる中、オーウェンは興奮しながら舞台に駆け上がった。彼の顔には信じられないという表情と喜びが混じっていた。
    マグニフィコは震える指で玉を掲げ、ぎこちない微笑みを浮かべて宣言した。


    「……彼の願いは……世界一のシェフになることだ……!」

    その瞬間、オーウェンの願い玉が眩い光を放ち始めた。光は彼を包み込み、やがてキッチンの道具――黄金の包丁が空中に現れた。包丁はまるで祝福するかのように、柔らかな光を放ちながらオーウェンの手の中に降りていった。オーウェンは包丁を握りしめ、感動の涙を流しながら叫んだ。


    「ありがとうございます!私の夢が、本当に叶いました!」

    その声に、広場全体が歓声と拍手に包まれた。「オーウェン、おめでとう!」「素晴らしい!」と人々は口々に祝福の言葉を叫び、彼の夢の実現を喜んだ。

    マグニフィコはその熱狂の中で何とか微笑んでいたが、視界はさらに歪んでいった。広場全体が霧に覆われ、民衆の顔が揺らめき、溶けていくように見えた。

    「……これは現実…なのだろうか?」

    人々が祝福し喜びを浮かべる光景も、どこか非現実的に見える。マグニフィコは立ち尽くしながら、自分がどこにいるのか、何をしているのかという感覚が失われていくのを感じていた。

    願いの儀式が終わった後、マグニフィコは願いの部屋の奥深くにひとり佇んでいた。広場で響いていた歓声や祝福の声は、今や遠い記憶のように感じられる。ただ、天井に浮かぶ無数の願い玉だけが、冷たい光を放ちながら彼の現実を突きつけていた。

    マグニフィコは手を伸ばし、ひとつの願い玉をそっと目の前に下ろした。玉の中で揺らめく微かな光は、かつて希望そのものの象徴だった。しかし今、その輝きはどこか薄暗く、不気味な嘲笑を浮かべているようにさえ思えた。

    「これは……私のためのものではない……」

    マグニフィコは自嘲気味に呟きながら、玉を天井の方へ戻そうとした。しかしその瞬間、玉がかすかに震えたように見えた。

    「……?」

    彼は目を凝らして玉を見つめた。玉の中の光が揺らめき、次第に細い線のような形を取り始める。それはまるで何かを描こうとしているようだった。

    「何だ……?」

    その瞬間、玉がふわりと宙に浮き上がり、空気がわずかに震えた。漂う光は初めは儚く淡かったが、次第に鋭く輝き出し、星屑のように煌めきながらマグニフィコを取り囲む。その輝きが部屋の隅々まで届くと、壁に映る影が揺れ、空間全体が不安定に見える。

    「……これは……夢か?」

    彼は震える手を伸ばしたが、光は彼の指先をするりと避け、まるで彼を拒絶するようにすり抜けた。その冷たさは、胸に深い痛みを伴った。光の動きは、嘲笑うように思えるほど無慈悲で、拒絶そのものだった。

    突然、部屋全体が微かに振動し始めた。机の上に並べられていたフラスコや古びた小瓶がかすかに音を立てて揺れる。それはただの振動ではなく、水面に広がる波紋のように、空気そのものが歪み始めたかのようだった。

    視界の端に、何かが蠢く気配を感じた。いや、それはただの影ではない――光の中にかすかに浮かび上がる人の形をしたものがあった。

    「誰だ!何をしている!」

    マグニフィコは声を張り上げたが、反響するのは自分の声だけだった。返答はなく、ただその影がゆらめき続けている。目の前に浮かぶ光が徐々に形を変え、人間のような姿を取った。その輪郭は曖昧で、まるで靄
    が人の形を模しているかのようだった。

    「お前はもう不要だ……」

    「奴らが愛しているのは、お前の“願いを叶える力”だけだ……」

    その言葉が頭の中に直接響いた瞬間、マグニフィコは思わず後ずさりした。声がどこから来たのか分からない。しかし、その冷たい響きは、確かに彼を非難していた。

    「やめろ!!」

    彼は震える声で叫んだが、影はその言葉に反応せず、ただその場に漂うように揺らめいていた。その存在感は部屋全体を支配するほど強く、マグニフィコを圧倒していた。

    「やめろ…やめてくれ…」

    マグニフィコが恐れ慄いた次の瞬間、影は静かに形を崩し、光とともに消え去った。部屋には再び静けさが戻り、わずかな振動も止んでいた。しかし、その静けさは心を落ち着けるものではなく、むしろ冷たく、無慈悲な空虚さを感じさせた。

    マグニフィコは力なく壁に背をもたれさせ、額の汗をぬぐった。呼吸は荒く、胸が苦しいほど締め付けられる感覚が広がる。これが現実なのか、それとも幻覚なのか――彼にはもう判断することができなかった。

    ただ一つだけ確かなことがあった。彼の胸に芽生えた「疑念」は、もはや消し去ることのできない棘となって心を締め付けていた。

    「私は……彼らにとって、本当にただの道具だったのか……?」

    その呟きは、願いの部屋に虚しく響き、吸い込まれるように消えていった。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    翌朝、ある侍女が銀のトレイを手に書斎へ向かっていた。幼い頃から憧れていた偉大なマグニフィコ王。その王に仕える日々を、彼女は心から誇りに思っていた。
    王の食事は通常、城内の小型エレベーターを使って届けられる。

    しかし、朝食だけは例外で、自ら書斎へ運ぶという特別な役目が与えられていた。王に直接仕えることができるこの時間は、彼女にとって何にも代えがたい名誉の瞬間だった。

    「陛下のそばで働けるなんて、本当に光栄だわ。」

    そう思いながら、書斎の扉の前で軽く深呼吸をし、慎重にノックをした。

    「陛下、お食事をお持ちしました。」

    扉の向こうから返ってきた返事は、少し間を置いた後の短いものだった。

    「……入れ。」

    彼女はそっと扉を開け、中に足を踏み入れた。窓には厚いカーテンが閉ざされ、ゆらゆらと燃える暖炉が淡い光を放っている。薄暗い部屋の中、机に座る王が目に入った。

    マグニフィコ王は机に広げた書類をじっと見つめていたが、その姿には明らかに疲れが見えた。それでも、彼女は「王の仕事が大変なだけ」と自然に解釈した。王が忙しい時は、部屋が少し乱れることも、食事が後回しになることも珍しくない。むしろ、それだけ王が多くの責務を果たしている証拠だと、彼女は感じていた。

    「陛下、どうぞ温かいうちにお召し上がりください。」

    彼女は優しく声をかけ、銀のトレイを机の端に置いた。王は軽く頷いただけだったが、それすらも彼女には「自分の働きを受け入れてくれた証」のように思えた。

    数日後、再び書斎に食事を運んだ時、彼女は扉をノックして返事を待った。

    「陛下、お食事をお持ちしました。」

    短い返事が聞こえた。

    「……入れ。」

    部屋に入ると、机の上の本や書類がさらに山積みになり、床にいくつかの小瓶が転がっていることに気づいた。それでも、彼女は特に異常とは感じなかった。王が特に忙しくなる時期には、こうした光景を見ることも少なくない。

    「きっと、さらに忙しくなっているのね……。」

    そう思いながら、机にそっとトレイを置き、いつものように丁寧に声をかけた。

    「陛下、こちらに置かせていただきます。」

    しかし、王は彼女に反応を示さなかった。それも「いつも通り」のことだと彼女は受け止めた。忙しい王に仕えることこそが、自分の使命なのだと信じていた。

    さらに数日後、銀のトレイを手に書斎へ向かっていた彼女は、扉の前で深呼吸をし、慎重にノックをした。
    しかし、今回は様子が少し違った。いつもより長い間が空き、掠れた声がようやく返ってきた。

    「……入れ。」

    彼女はそっと扉を開けた。その瞬間、息を呑んだ。

    部屋の中は、これまでに見たことがないほど荒れ果てていた。厚いカーテンが窓を覆い尽くし、外からの光を遮った薄暗い空間。

    その中で、普段は固く閉ざされている「願いの部屋」への扉が開かれていた。天井近くには無数の願い玉が漂い、暗がりの中で微かに光を放ちながら星のように揺らめいていた。そのささやかな輝きが、この重苦しい空間に一瞬の安らぎをもたらしていた。

    机の上には書類や本が雑然と積み上げられ、その一部は崩れて床に散乱していた。さらに、部屋の隅には食べ残された食事のトレイがいくつも放置され、乾ききったスープや冷めたパンがそのまま手つかずで残っていた。

    彼女は混乱しながらも、王の姿を探した。机に座るマグニフィコ王は、髪が乱れ、目の下には濃い隈が浮かび、疲れ切った表情を浮かべていた。彼の目はどこか虚ろで、焦点が合わず、まるで別の世界を見ているようだった。

    また机に置かれた手は、ゆっくりと願い玉を転がしていた。その動きはどこか不規則で、何かに追われるようなぎこちなさがあった。

    「陛下、どうぞ温かいうちにお召し上がりください。」

    彼女の声に、王がかすかに反応を見せた。動きを止め、ゆっくりと顔を上げる。だが、その目は彼女を見ているようで、実際には彼女の背後――部屋の奥の虚空を見つめていた。

    「お前……その星を連れてきたのか?」

    王の声には苛立ちと疑念が混じっていた。彼女は驚き、困惑しながらも、恐る恐る返答した。

    「星、ですか……陛下?」

    背後を振り返った彼女は、虚空を見た。しかし、そこには何もない。ただ薄暗い書斎の壁と、散らかった床が広がるばかりだった。

    「星……なんて、私には――」

    彼女がそう言いかけた瞬間、王の声が鋭く響いた。

    「そこだ!そこにいる!」

    その声は怒りと恐怖で震えていた。その視線の先には、何もない虚空が広がるだけだった。

    「陛下、私には何も見えません……。」

    怯えたように呟く彼女の声に、王はさらに声を荒げた。

    「お前も奴の手先か?奴と組んで私を陥れようとしているのか!」

    彼の表情は焦りと恐怖に満ち、見えない敵に追い詰められているかのようだった。彼女は恐怖で動けなくなり、ただ震えて立ち尽くした。

    「陛下、私はただ……お食事を……」

    その瞬間、王が怒声を上げた。

    「黙れ!」

    机の上の本を掴み、それを虚空に向かって投げつけた。本は床に叩きつけられ、鈍い音を立てた。

    「何を企んでいる……?お前たちは皆、私を嘲笑っているのか……?」

    その声は次第に弱まり、最後には震えながら呟くようになった。頭を抱え込むその姿は、壊れた人形のようだった。

    彼女は王の様子が尋常でないことを理解したが、どうすれば良いのか分からなかった。ただ、恐怖と戸惑いの中で一歩ずつ後退し、扉の外へ向かった。

    「陛下……どうかご自愛ください……」

    震える声でそれだけを言い残し、一礼して部屋を後にした。扉を閉める際、振り返った彼女の目に映ったのは、虚空を見つめて何かを呟き続ける王の姿だった。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    翌朝、アマヤが廊下を歩いている途中、書斎の近くで小声で話し合う兵士たちの姿を目にした。彼らの深刻そうな表情に気づき、アマヤは足を止め、少し離れた場所から耳を澄ませた。

    「昨朝、陛下の様子がおかしいという報告を待女から受けたのだが……」

    年配の兵士が低い声で話し始めた。隣に立つ若い兵士も困惑した表情を浮かべながら頷き、続ける。

    「待女の話によると、陛下は朝食にほとんど手をつけず、虚空に向かって話しかけたり、突然怒り出して物を投げたりしていたとか……一体どうすればいいのか……。」

    二人の兵士は顔を見合わせ、深いため息をついた。

    「それに、使者の話によると、ここ最近、陛下はほとんど民の前に姿を見せておられないようです。書斎の部屋にこもりがちになっているとか……。月に一度の『願いの儀式』は本当に行われるのかと、民の間では不安の声が上がり始めているらしいです。」

    若い兵士は険しい表情を浮かべながら頷いた。

    「あの儀式は、民が陛下を信じる支えであり続けてきた。だが、このままでは……民心が離れる恐れがある。」

    年配の兵士が静かに言葉を継いだ。

    「それに……陛下はこれまで、どのような困難もご自身の力で乗り越えてこられました。誰の助けも借りず、ただ己の魔力と判断で……。だからこそ、我々が下手に介入すれば、それが陛下の誇りを傷つけることになるのでは……?」

    アマヤは静かに二人の後ろへ歩み寄り、柔らかいが毅然とした声で話しかけた。

    「陛下のことで何か問題が?」

    突然の声に驚いた兵士たちは振り返り、一斉に頭を下げた。少しの沈黙の後、年配の兵士が恐縮しながら答える。

    「アマヤ様、待女から昨朝の陛下のご様子が変だという報告を受けました。使者からも、最近民の前に現れず、書斎に籠っているという報告が……。これまで陛下はご自身で全てを解決されてきたため、我々がどうすべきか判断がつかず……。」

    アマヤは優しいまなざしで彼らを見つめながら、さらに尋ねた。

    「では、あなたたちは陛下の様子を直接見たのですか?」

    若い兵士は少し戸惑いながら答えた。

    「いえ、報告を聞いただけで、実際に部屋へ入った者はおりません……。」

    その答えを聞いて、アマヤは一瞬考え込んだ後、静かな口調で話し始めた。

    「報告だけでは、陛下に何があったのか分からないわね。」

    彼女は少し微笑みながらも、芯のある声で続けた。

    「私が直接、陛下のご様子を確かめてきます。」

    若い兵士が慌てて口を開く。

    「アマヤ様、それは危険では……。」

    アマヤは軽く首を振り、静かながらも力強い声で答えた。

    「だからこそ、正確に陛下の状態を把握する必要があります。状況を誤解したまま行動する方が、よほど危険です。」

    その言葉には愛情と決意が込められていた。兵士たちは押し黙り、深く頭を下げた。

    「どうかお気をつけください、アマヤ様……。」

    二人は道を開け、アマヤは毅然とした足取りで書斎の扉へ向かった。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    扉の前に立つと、わずかに深呼吸をしてから、そっと手を伸ばした。しかし、扉を叩く前に、内部からかすかな声が漏れ聞こえてきた。

    「星が……また私を見ている……試しているんだ……。」

    低く呟くその声は、かつてのマグニフィコの堂々とした響きとは程遠い。異常な気配を感じ取ったアマヤは、慎重に扉を叩いた。

    「ミレイ、私よ。入ってもいいかしら?」

    一瞬、沈黙が訪れた。中から返答はなかったが、アマヤは再び軽く叩き、優しく声をかけた。

    「ミレイ?」

    扉の向こうから、重い椅子が動く音が聞こえた。その音に続いて、低く掠れた声が漏れ聞こえる。

    「……好きにしろ。」

    その返事を聞いたアマヤは、静かに扉を開け、書斎に足を踏み入れた。部屋の中は荒れ果て、床には散乱した本や書類、割れた小瓶が散らばっていた。その中央で、マグニフィコは椅子に沈み込み、虚ろな目で手の中の願い玉を見つめていた。

    「ミレイ……一体何があったの?」

    アマヤの声に、マグニフィコはゆっくりと顔を上げた。その目は虚ろで、疲労の色が濃く刻まれている。

    「……星が私を見ている。」彼は低い声で呟いた。

    「星?」

    アマヤは一瞬耳を疑い、首をかしげた。

    「何を言ってるの?ミレイ」

    彼の言葉はあまりにも突飛で、アマヤには理解できなかった。彼が何を言おうとしているのか、その背景を掴みきれず、戸惑いが広がる。それでも、沈痛な様子を見て何かを問いかけずにはいられなかった。

    その瞬間、マグニフィコの表情が強張り、願い玉を後ろへ放り投げたあと、視線を虚空に向けた。彼は突然立ち上がり、荒々しい動きで机を叩いた。

    「お前には見えないのか!奴はそこにいる……私を試しているんだ……!」

    アマヤは驚き、戸惑いを覚えつつも冷静さを保とうと努め、ゆっくりと彼に歩み寄った。

    「ミレイ、落ち着いて。星なんてどこにも……」

    「違う!」

    彼の声は怒りに震えていた。

    「お前には分からない!奴は言ったんだ……『誰もお前を望んでいない』『彼らが愛しているのは、お前の力だけだ』と……!」

    アマヤはその言葉に戸惑い、思わず足を止めた。彼の言葉があまりにも突飛で、理解が追いつかない。ただ、彼の様子がおかしいことだけは明らかだった。それでも、彼を励まそうと懸命に言葉を探した。

    「そんなことないわ。ミレイ、あなたはロサス最高の守護者よ。誰もがあなたを信じているもの。」

    彼女の声には戸惑いが滲んでいたが、それでも彼を奮い立たせようと微笑みを浮かべて語りかけた。
    しかし、その言葉はマグニフィコの心に届くどころか、逆に彼をさらに追い詰める結果となった。彼は机に手を突き、顔を歪めた。

    「信じている……だと?何をだ?彼らが信じているのは、この力が願いを叶える限りだ!それ以外の私に何の価値がある……?」

    彼の言葉が、まるで自分の存在そのものを切り捨てるかのように響き、アマヤはその衝撃に戸惑った。けれど、彼が何かに囚われ、追い詰められていることは疑いようがなかった。

    「それは違うわ、ミレイ。あなたは素晴らしい魔法を操る偉大な魔法使いで、ロサスの人々にとって唯一無二の王様よ。」

    アマヤは、自らの戸惑いを隠しつつ、必死に彼を励まそうとした。だが、その言葉を聞いたマグニフィコは、再び虚空を見つめた。そして何かに耳を傾けるような仕草をしながら、小さく震える声で呟いた。

    「……聞こえる……まただ。星が笑っている。私を嘲笑している!」

    彼は突然身を翻し、部屋の中を彷徨うように歩き回った。

    「奴は言った……『お前が王である限り、彼らはお前の力を搾取し続ける』と……!」

    アマヤはその言葉にさらに困惑し、彼に近づこうとしたが、彼はその手を振り払うように後ずさった。

    「お前も星の手先か?私を貶めるためにここに来たのか……!」

    「ミレイ、違うわ。私は……あなたが心配なだけよ。」

    アマヤは冷静さを保ちながらも、彼にもう一歩近づこうとした。だがその瞬間、マグニフィコは椅子を蹴り、怒声を上げた。

    「出ていけ!」

    その言葉は部屋中に響き渡り、アマヤは一瞬足を止めた。彼の目には疑念と怒りが渦巻いており、彼女に向けられた視線はかつての愛情を感じさせるものではなかった。

    「お前も私を裏切るつもりだろう!二度とここに戻ってくるな!」

    アマヤはその言葉を静かに受け止めた。彼の怒りをこれ以上煽らないよう、息を整え、穏やかに答えた。

    「……わかったわ。」

    その声は冷静でありながらも、どこか深い悲しみが滲んでいた。

    アマヤは一歩ずつ後ずさりながら扉へと向かった。最後に振り返りたい衝動を抑え、彼の荒れた姿を記憶に留めないよう努める。そして、静かに扉を閉めた。

    廊下に出たアマヤは、しばらくの間扉の前に立ち尽くした。マグニフィコの様子が何度も脳裏をよぎり、その胸には抑えきれない悲しみが広がった。それでも彼女は、涙を見せることなく、毅然とした態度を保った。

    「……なんとかしないと。でもどうしたら……」

    アマヤは呟きながら、廊下で足を止めた。胸の中には解決の糸口が見つからない焦燥感が渦巻いていた。しかし、ふと心の奥にトマスの顔が浮かぶ。

    「トマスなら……」

    その名前を口にした瞬間、アマヤの中に小さな希望が灯った。マグニフィコが信頼を寄せる唯一の友であり、彼をよく知る人物。今の状況を打開するには、トマスの力を借りるしかない。

    「ロサスのために、私にできることをしなくては。」

    アマヤは自らの悲しみを胸に秘め、足早に廊下を進み始めた。その足取りには、王妃としての責任感とロサスへの揺るぎない愛情が込められていた。彼を取り戻すために、アマヤは迷うことなく前へ進んでいった。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    夜の静けさの中、アマヤは一人、トマスの家へ向かっていた。城下町の石畳を踏むたびに、その焦りと不安が胸を締め付ける。王妃として、そしてマグニフィコを支え続けてきた一人の人間として、今の状況を見過ごすわけにはいかなかった。

    トマスの家に到着すると、窓から暖かな光が漏れていた。扉を叩くと、すぐに中から足音が近づき、扉が開いた。現れたのはトマスの妻、サキーナだった。

    「アマヤ様……!こんな遅い時間に、一体どうされたのですか?」

    驚いた表情のサキーナは、すぐに扉を大きく開けた。

    「ごめんなさい、サキーナ。突然押しかけて。でも、どうしてもトマスに話したいことがあって……」

    サキーナはその表情にただならぬ事情を感じ取ったのか、すぐにうなずいた。

    「もちろんです!どうぞお入りください。トマスを呼んできます!」

    アマヤが中に入ると、暖炉のそばでトマスの祖父サバがリュートを弾いていた。

    彼の指が静かに奏でる音色は、夜の静寂に溶け込み、心を少しだけ落ち着けるものだった。その隣にはアーシャが座り、音色に合わせて体を揺らしている。サバはリュートの音を止め、アマヤに微笑みかけた。

    「これは珍しいお客様だ。アマヤ様、こんな時間にどうされましたかな?」

    「こんばんは、サビーノ様。突然お邪魔してすみません。でも、どうしてもトマスに相談したいことがありまして……。」

    事情を察したサバは頷き、リュートを脇に置くとアーシャの手を取った。

    「アーシャ、そろそろ寝る時間だな。奥に行こうか」

    アーシャは少し不満そうに口を尖らせたが、すぐに素直に立ち上がる。

    「おやすみなさい、アマヤ様!」

    明るい声をかけ、サバと一緒に奥の部屋へ入って行った。

    その頃、別の奥の部屋からトマスが現れた。手に本を持ちながら、アマヤの姿を見ると、少し驚いた表情を浮かべた。

    「サキーナから急ぎの話があると聞きましたが、何が起こったのです?」

    アマヤは小さく息をついた。

    「トマス、お願い、話を聞いて。マグニフィコが……危険な状態にあるの」

    トマスの表情が険しくなる。「危険な状態、とは?」

    「彼の様子が明らかにおかしいの。急に‘星’が見ているとか言い出して…私が何を言っても耳を貸してくれなくて……もう一体どうしたらいいのか…」

    トマスは深く息をつき、持っていた本をそっと机に置いた。

    「実は……私も陛下の異変に気づいていました。以前、星について話をしていた時、彼の反応が以前とはまるで違っていたのです」

    「どういうこと?」アマヤは身を乗り出した。

    「私は、星は“可能性”を示すものだと考えています。例えそれが届かないように見えても、努力すること自体が価値を持つと信じているんです。しかし、最近の陛下はこう仰いました――『可能性は人を惑わせるだけだ。届かない願いは忘れるべきだ』と」

    アマヤは息を呑んだ。

    「それは……彼の普段の考えそのものね。でも、普段ならもっとはっきりした意見を述べるはずじゃない?」

    トマスは頷いた。

    「その通りです。普段の陛下なら、なぜ忘れるべきなのか、論理的に説明し、私の意見に反論してきました。しかし、その時はそうではありませんでした。彼はただそう呟いただけで、話を終わらせようとしたのです。そしてその後、何かに囚われたように黙り込んでしまいました」

    アマヤの表情が沈む。

    「でも、あなたは彼と頻繁に会っているのでは……?」

    トマスは肩を落とし、苦々しげに答えた。

    「実を言うと、ここ最近、陛下に直接お会いできていないのです。以前は毎週お会いして哲学や天文学について話し合っていましたが、今は書面でのやり取りばかりです。私が遠ざけられているのか、それとも彼が私を避けているのか……それすら分からないのです」

    「そう…」アマヤは頭を抱えた。

    トマスは少しの間考え込むと、立ち上がった。

    「すぐに行きましょう。夜が明けるまで待つべきではありません。今の陛下には、一刻の猶予もないはずです」

    「今から?」

    アマヤは少し驚いたが、その決意に満ちた表情を見てすぐに頷いた。

    「分かったわ。行きましょう」

    トマスは上着を羽織り、灯りを手に取った。

    「正直、何が起こるか分かりません。ですが、私たちの力を合わせれば、陛下に届く方法が見つかるはずです」

    二人は城へと向かうため、夜の冷たい空気の中へ足を踏み出した。その背中には、かすかに揺らぐ希望の灯が見えていた。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    夜の静寂が城を包む中、トマスとアマヤ王妃は石畳の道を並んで歩いていた。アマヤの表情には強い決意が宿っており、トマスはその様子を見て、心強さを感じていた。二人が王の書斎の前に到着すると、近衛兵が二人を迎えた。

    「アマヤ王妃、いかがなさいましたか?」

    一人の兵士が一礼し、控えめに尋ねた。

    「王と話す必要があるの。書斎に通してちょうだい。」

    アマヤは毅然とした声で命じた。

    しかし、もう一人の兵士が躊躇いがちに言葉を付け加える。

    「陛下は今夜もご気分が優れない様子で、誰も中に入るなと仰せです。…陛下が王妃様のことを…少々、疑念を抱かれているご様子で…」

    その一言にアマヤの眉が僅かに動いたが、彼女は毅然と立ち、表情を崩さなかった。

    「そう…それでも、私は彼と話す必要があるのです。」

    すると、トマスが静かに一歩前に出て口を開いた。

    「アマヤ様、もしお許しいただけるなら、私が一人で陛下とお話ししてみましょう。」

    アマヤは彼を驚いたように見た。

    「一人で?でも…」

    トマスは落ち着いた声で続けた。

    「陛下が疑念を抱いていらっしゃる中、王妃様が直接お入りになることで、陛下の混乱がさらに強まる可能性があります。私がまずお話しし、少しでも状況を落ち着かせてから、アマヤ様をお呼びします。それが最善かと思います。」

    アマヤは迷いながらも、彼の真摯な態度を見て深く頷いた。

    「わかったわ、トマス。気をつけて…」

    トマスは深く一礼し、重厚な扉の前に立った。そして扉を軽くノックし、低い声で言った。

    「陛下、トマスです。一人でお話しさせていただきたく参りました。」

    数秒の沈黙の後、掠れた声が扉の向こうから聞こえてきた。

    「…入れ。他の者を連れてくるな。」

    トマスはゆっくりと扉を押し開き、書斎に足を踏み入れた。重々しい空気が部屋に充満しており、厚いカーテンが外の光を遮っているため、部屋は暖炉の揺れる光でわずかに照らされているだけだった。

    机の向こうには、肩を落としたマグニフィコ王の姿が見えた。彼の目は虚ろで焦点が合わず、その表情には深い疲労と混乱が浮かんでいた。

    「トマスか…何の用だ?」

    彼の声は掠れていて、わずかに苛立ちが滲んでいた。

    トマスは深く頭を下げ、敬意を込めて静かに言葉を紡いだ。

    「 陛下、私はあなたを案じております。ここ数日のご様子が心配で、何かお力になれればと参りました。」

    「案じるだと?」

    マグニフィコは嘲笑交じりに言い放った。

    「お前も奴らの一人か?私を惑わせ、私を星の中に閉じ込めるつもりか?」

    いいえ、陛下。私は奴らの一人ではありません」

    トマスは毅然とした声で答えた。

    「ただ、陛下のお話を伺いたいのです。何が陛下を悩ませているのか、それを知りたいのです」

    マグニフィコはしばらく黙り込んでいたが、やがて震える手で机を叩きながら怒鳴った。

    「嘘つきめ!!!もう誰も信じられない!!星が!星が私を食べたんだ!奴らは皆、私を監視している!お前もその一人だろう!」

    その瞬間、彼は突然立ち上がり、床に膝をつくと、手を地面に擦りつけながら激しく震え始めた。何かを掴もうと必死に手を伸ばすが、手のひらには空気しか触れない。マグニフィコの目の前の空間はゆっくりと歪み、まるで全てが膨張して縮んでいるかのようだ。

    彼の目には、壁や本棚が次第に形を変えているように見え、音のない空間で彼の心は混乱に陥っていた。

    「手が…足が…ない!ないないないないないない!!!お前ら、食べたんだろ!?星が!私を食べたんだ!」

    マグニフィコは叫びながら、体を必死に探し回る。しかし、彼の体はどんどん遠くに感じ、どこを探しても自分の手足は見つからない。周囲の壁がふわふわと動いているように感じ、床が不安定に波打っている。

    「お前も星だ、トマス…お前も星に取り込まれたんだ!お前が私を食べたんだ!あの…あの光、お前が持っているのは星の光だ!私はお前に食べられたんだ!」

    トマスはマグニフィコの唐突で支離滅裂な発言と行動に戸惑った。しかし内心恐怖を感じながらも、なんとか冷静に対応しようとした。彼は心の中で状況を整理し、最善の行動を見つけようと努めた。一方、マグニフィコは自分の頭を両手で押さえ、顔を歪ませながら叫び続けた。

    「お前の中にも星がいるんだ!トマス!星が…お前を、私を、全部飲み込んで!私は、私はどこにいるんだ?!」

    突然、王宮の壁がひび割れ、光の粒子が浮かび上がる。それらがマグニフィコを囲み、彼はその光に手を伸ばして必死に掴もうとするが、手のひらには何もない。

    「見てみろ!星が…星が私を…!」

    その声が次第に混乱し、意味不明に歪んでいく。トマスは戸惑いを乗り越え、マグニフィコに一歩近づく勇気を振り絞った。そして、ゆっくりと距離を縮めながら、わずかに震える声で必死に話しかけた。

    「陛下!」

    トマスは意を決し、さらに一歩踏み込んで声を上げた。

    「どうか私を見てください!この混乱がどれほど耐え難いか、私にはわかります。今、陛下の中に何かが崩れ、世界が歪んで見えるのですね。でも、それは本当に星のせいではありません!陛下を苦しめているのは、恐怖と孤独です!」

    トマスはゆっくりと跪き、目線をマグニフィコと同じ高さに合わせた。その声は一層真剣さを帯び、強い決意を込めて続ける。

    「私はここにいます、陛下。陛下が自分の体を失ったと思い込むほどの恐怖の中にいても、私がいます。どうか、この私の声に耳を傾けてください。目を閉じて深呼吸してください!陛下の手を伸ばし、この床を触りましょう!私も一緒に確認します。ここに確かな現実があります!」

    マグニフィコがなおも震え続ける中、トマスは動揺を隠しながらも、優しく手を差し伸べる。

    「陛下、恐れてもいいのです。泣いても、叫んでもいい。その恐怖と混乱を、一緒に抱えさせてください。私は絶対に、陛下を一人にはしません!」

    トマスの声は静かだが力強く、まるで荒波の中で光を探すように、マグニフィコの心を必死に呼び起こそうとしていた。そして、トマスは微かな希望を胸に、王の反応を待った。

    しかし、その声はマグニフィコには全く届かなかった。トマスは一歩踏み出し、少しずつ彼に近づいていったが、マグニフィコの狂気は全く止まる気配がなかった。マグニフィコはまるでその手を振り払うかのように叫び続けた。

    「ダメだ!近づくな!私の中に星がいるんだ!私の体は星の中に飲み込まれた!私は星だ!私が星になったんだ!私が…あれ?あれ?」

    その言葉の途中で、彼の視界がぼやけ、次に見たものは王宮の天井がぐるぐる回っているように見えた。壁の絵が動き出し、彼に向かって無数の目が見開かれた。

    「星が私を見ている!星が…お前ら、私を見てるんだ!お前も、トマス、お前も星になったんだろ?お前は私の代わりに星を食べるために来たんだ!」

    トマスは冷静さを保ちながらも、マグニフィコの異常な状態に対処するために最善を尽くそうとする一方で、マグニフィコは頭を抱え、何度も何度も体を探しながら、まるで崩れたパズルのように言葉をつなげた。

    「私が星だ!星が私になった!星が私を食べて、私を飲み込んだ!星が、私の名前も、私の手も、足も…体も…全部、全部、全部食べたんだ!!」

    トマスはさらに声をかけた。

    「陛下!この混乱がどれだけ苦しいか、私はわかります。でも、どうか私を見てください!私は陛下を奪う者ではありません。怖くてもいいんです。この場にいる私を信じて、ここにあるものを一緒に確かめていきましょう!」

    その言葉も、マグニフィコには届かなかった。彼はぐるぐる回る目を無理やり止めようとし、耳をふさぎながら叫び続ける。

    「うるさい!!星が…星が、私を飲み込んだんだ!私はもう星だ!私が星を食べたんだ!私は何もない!お前も…お前も食べてやる!お前も、星になったんだ!!」

    「陛下!」

    トマスの声が少し強くなった。

    「どうかこの手を握ってください!怖くてもいい、私がここにいます。この瞬間だけでも一緒にいましょう!陛下は一人ではありません!」

    マグニフィコの言葉がますます支離滅裂になりつつも、トマスは必死に言葉をかけ続けた。マグニフィコの叫び声に釣られ、書斎に集まった周りの兵士たちも、彼の異常な状態に恐怖を感じていた。マグニフィコは視界が歪む度に、さらに狂ったように叫び続けた。

    「私は…私、どこにいるんだ!?ああ、ああ、私は星の中にいるのか?私は星に入ったんだ…私が、星の中に入って、私が、私が食べたんだ!」

    トマスは声が全く届かない様子に言葉を失い、無力感に打ちひしがれた。周囲の空気は重く、王の精神の崩壊が進む中、トマス自身も次第に息苦しさを感じ始めた。立ち尽くすことしかできず、心の中でどうすることもできない無力さに苛まれた。

    「私は、もういない!私は私を食べて、私を消した!ああ、星が…星が私を奪って、私が、私が消えるんだ!」

    その声はどこまでも虚ろに響き、書斎の中でマグニフィコはただ叫び続ける。次第に彼の言葉は意味不明で、トマスはその叫びを聞きながら、彼がどこへ行ってしまうのかを見守るしかなかった。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    「星が…星が私を見ている…私を食べている…!」

    マグニフィコはもはや、現実と幻覚の境界が完全に曖昧になり、支離滅裂な言葉を吐き続けていた。トマスや、書斎に入ってきた兵士たちの顔が次々と歪み、無数の目が彼を見つめているように感じ、マグニフィコはその度に叫び声を上げた。

    「私が星だ!星だって言っただろう!私は星の中で踊っているんだ!お前ら…みんな、星の中で見てるんだろ!?私が消えるのを!ああ、私が消えても、この星が消えるだけ…私は何も、何もいらない!何も欲しくない!」

    彼は身体を揺さぶり、壁に向かって手を伸ばすが、触れられるものは何一つない。その目は、まるでその手が空気を引き裂くように感じていた。

    「手がない!ああ、星が私の体を食べてしまったんだ!私の名前も!あの星、あの光!光が私を吸い込んで、私は今、星になったんだ!見ろ!私は星だ!星…」

    彼は次第に呼吸が荒くなり、息が途切れ途切れになっていく。彼の言葉はさらに意味を成さないものとなり、まるで混乱した無意識の中で、ただ必死に何かに縋っているようだった。

    「星が、私を食べて、私は…ああ、私はここじゃない!私はどこに行ったんだ!?私は星を…星を探している!私は、私は!」

    その瞬間、マグニフィコは呼吸ができなくなったように胸を押さえ、目の前がぐるぐる回り始めた。息が詰まり、足元がふらついていく。

    「だめだ…だめだ…!私、消える…消えるんだ!」

    彼は立っていられなくなり、地面に膝をついた。顔色が一瞬で青白くなり、目の前の景色が完全に歪んで見えるようになった。

    「…私…食べ…星…が…」

    彼の目は次第に閉じ始め、呼吸がますます浅く、速くなった。まるで過呼吸に陥ったかのように、息が詰まり、胸が激しく上下するが、うまく息を吸い込むことができない。

    「…ほ…が、わた…、星…ほし…」

    その叫びも次第に途絶え、彼の体は力なく倒れこんだ。トマスは慌てて駆け寄り、マグニフィコの体を支える。

    「陛下!」

    トマスは慌てて駆け寄り、マグニフィコの体が完全に床に着く前に彼の体を支えた。

    「陛下!陛下!大丈夫ですか!?陛下!」

    トマスは必死に王に声をかけた。マグニフィコの顔は青ざめ、額には冷たい汗が滲んでいた。目は焦点が定まらず、何か見えないものを必死に追うように揺れ動いている。

    喉の奥からは詰まったような音が漏れ、荒く短い呼吸が胸を激しく上下させていた。その震える体は力を失ったかのようにトマスに預けられ、過呼吸による疲労が明らかだった。

    トマスは、王が今にも意識を失いそうになるのを感じながら、彼をしっかりと支えたまま、王宮の寝室に向かって急いだ。

    「陛下、陛下!大丈夫ですからね!私がいます!どうか安心してください!」

    何度も声をかけるトマスの顔には焦燥が浮かび、その手に力がこもるのを感じた。周囲の者たち、そしてアマヤですら、状況に圧倒され何もできずに立ち尽くしていた。

    マグニフィコの体は小刻みに震え、呼吸は依然として乱れている。だが、その震え以上に、彼の表情には「星」への恐怖が張り付いていた。目は虚空をさまよい、どこにも安らぎを見出せないまま、心の中で恐怖に囚われているようだった。

    寝室に到着すると、トマスはマグニフィコをベッドに優しく横たえた。彼の肩を支えたまま、目線を合わせるように身を屈めた。

    「陛下、一緒に呼吸を整えましょう。鼻からゆっくり吸って……そうです。そして、口からゆっくり吐いてください……いいですよ、その調子です。」

    トマス自身が深呼吸を実演しながら、そのペースに合わせてマグニフィコを促した。王の呼吸は初めは荒々しかったが、トマスの声と実演に合わせるように、次第にリズムを取り戻していく。

    「焦らなくていいんです。ゆっくり吸って……吐いて……いいですよ、そのまま。」

    王の肩に入っていた緊張が少しずつ緩んでいくのを感じ取ったトマスは、さらに優しく語りかけた。

    「陛下、何も心配いりません。ここは安全です。私はあなたのそばにいます。」

    マグニフィコの震えは徐々に治まり、呼吸も少しずつ穏やかさを取り戻していった。しかし、まだ完全に落ち着いたわけではない。震える手が微かに動く中、彼の目は彷徨い続けているようだった。
    トマスは彼の手をそっと握り直し、さらに優しい声で語りかけた。

    「陛下、大丈夫です。あなたはここにいます。私も、ずっとそばにいますから、安心してください。」

    トマスの声は暖かく、深い混乱の中にあるマグニフィコの意識にかすかな灯火をともすようだった。少しずつ、彷徨っていた目がぼんやりとトマスを捉えるようになり、マグニフィコは小さな声で呟いた。

    「星が…まだそこにいる…見ている……」

    そう呟く彼の声は震えていたが、トマスがそっと手を握り直した。トマスは怯える彼の言葉一つ一つに耳を傾け、さらに穏やかな声で語り続けた。

    「大丈夫ですよ、陛下。私がいます。星に手出しさせません。」

    その言葉にマグニフィコは反応を見せた。彼の目がわずかにトマスの方を向き、ほんの一瞬だけ、僅かに揺れる瞳が何かを求めるように彼を見つめた。囁くように言葉を紡ぐ彼の声にはまだ恐れが隠れているように見えた。

    「私の中に…星が…お前も、星に取り込まれる…」

    「そんなことはないですよ。」

    トマスは毅然とした声で言い切った。

    「私は強いので星に取り込まれたりなんかしないですよ。保証します。」

    その言葉を聞きながら、マグニフィコの体は完全に緊張を解き、呼吸も安定していった。ほんの僅かに震えていた手は静まり、微かな痙攣も完全に止まっていた。トマスはその変化に気づき、さらに優しく彼の肩を叩いた。

    「陛下、あなたは何も心配しなくていい。私がここに「いますから…」

    「………………」

    長い沈黙の中で、彼の目に徐々に焦点が戻ってきた。その時、トマスはそっと微笑み、彼の手を握り直しながら背中を優しく撫でた。

    「あなたは一人じゃない。私がいます。私が守ります。」

    その言葉は、混乱の渦中にいるマグニフィコにとって、小さくとも確かな希望の光となった。トマスは彼の痛みに寄り添いながら、静かな時間の中で話し続けた。彼の疲れた表情には決意の色が宿り、その瞳は揺るぎなかった。

    「陛下、あなたはここにいる。星に飲み込まれることなんてありません。私がそんなことを許しませんから。」

    トマスのその言葉にマグニフィコは暗闇から優しい灯がともっているかのような、微かな安堵を覚えた。しかし彼はぼんやりと天井を見つめ、かすれた声で呟いた。

    「星は…消えたのか?いや、まだそこに…でも、お前の声は…本物か?」

    「もちろん本物です。」

    トマスは静かに微笑み、もう一度彼の手を優しく握った。

    「あなたが見えなくても、感じなくても、私はここにいます。ずっとあなたのそばにいます。」

    「……………………。」

    マグニフィコはしばらく何か思考するように沈黙したあと、トマスに向き直り尋ねた。

    「…私が願いを叶える力を失っても?……本当に……本当にそばにいてくれるのか?星が嘲笑うために言ってるだけじゃないのか?」

    その表情には、幼い子供が暗闇の中で迷子になったかのような、不安と恐れが浮かんでいた。まるで自分の輝く力だけが注目され、心の奥底は誰にも見えない影に覆われている子供のように。トマスはそんな彼の様子に胸の痛みを感じたが、すぐに優しく答えた。

    「もちろん、本当ですよ、陛下。たとえあなたがその力を失っても、私はそばにいます」

    マグニフィコの表情は、輝く星の一部だけが見られ、真の自分が見失われた子供のように、さらに不安げに変わっていった。彼の声はさらに幼く、純粋な恐れを帯びていた。

    「たとえ私が…私じゃなくなっても?‘星’になったとしても、お前は…お前は、そばにいてくれるのか?」

    トマスはマグニフィコの頭を撫でながら、まるであやすように柔らかい声で答えた。

    「はい、たとえ何が起こっても、あなたがあなたじゃなくなってしまっても、私はずっとあなたのそばにいます。」

    トマスのその言葉を聞いて、マグニフィコの胸の奥にぬくもりが広がり、張り詰めていたものが一気に解けたように感じた。その瞬間、堪えきれなくなった涙が頬を伝い、次々と溢れ出した。

    彼はこらえることもせず、涙が枯れるように流れるままに任せた。そうしていくうちに、やがて彼の瞼は次第に下へ落ちていった

    「…そうか…トマス…ふふ…っと…一………緒…」

    マグニフィコが眠りについた後、トマスは深く息を吐き、静かに彼の手を離した。そして、毛布を引き寄せてマグニフィコの体に優しく掛けた。

    「あなたが目を覚ます頃には、優しい光が差し込んで、あなたを包み込んでくれますように。」

    その声は、マグニフィコだけでなく、部屋全体に安らぎをもたらすように響いた。そして、トマスはマグニフィコの手をもう一度そっと握りしめたまま、自分も少しだけ目を閉じた。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    数年後、トマスが亡くなった。トマスの死をきっかけに王の精神は一気に瓦解した。

    願いの部屋の静寂の中、マグニフィコ王はひとり座り込んでいた。かつてトマスが傍らで「私はそばにいる」と語りかけてくれたあの声は、もうどこにもなかった。その言葉の温もりが消えた後に残されたのは、冷たい虚無だけだった。

    部屋の天井には、光を放つ願い玉が無数に浮かんでいたが、それらはどこか不気味で、かつての希望の象徴とは程遠いものに見えた。王はその光に手を伸ばしながら、震える声で呟いた。

    「……トマス……お前は、私を見捨てたのか……?」

    返事はない。薄暗い部屋の中で、願い玉の光が揺れるたび、王の視界はぼやけ、耳の奥で星屑が散るような音が聞こえる気がした。

    「星が……私を見ている……星が私を試しているんだ……。」

    その呟きは徐々に大きくなり、やがて叫び声に変わった。

    「星が私を食べた!星が私を飲み込んだ!」

    王の手は震え、床を掴むように動き回ったが、触れるものは何もなかった。その瞬間、無数の願い玉がゆっくりと揺れながら彼の目の前に落ちてきた。

    「これも……私を嘲笑うためのものか……?」

    彼は願い玉を掴もうとしたが、無数の玉は次々と彼の指先を避け、再び宙に浮かび上がった。その光が不規則に揺れるたび、王の心はさらに崩壊していく。

    「誰もいない……誰も私を必要としていない……誰も私を愛してくれない…。」

    彼はその場に崩れ落ち、声を詰まらせながら叫び続けた。その叫びは次第に形を失い、断片的な言葉がただ漏れ出るだけとなった。

    「……トマス……トマ……どこ……どこいったの……なんで……なんで……おいて……たの……?」
    「トマ……ホシ……ホシだから……?」
    「わたし……ホシ……じゃない……から……?」
    「……すてたの……?」
    「……わたし……ホシに……食べ……てもらう……から……」
    「…………ひとりに……しないで……」

    言葉が途切れると、部屋には深く重い静寂が降りた。王が何もない空間に手を伸ばし、掴むべきものを求めるかのように宙を探っていた姿を、先ほどからじっと見つめていた一つの願い玉が、ふと静かに降りてきた。

    玉は王の目の前でかすかに揺れながら、柔らかな光を放っている。その光は冷えきった空間をわずかに満たし、まるで彼の壊れた心を慰めるように優しく輝いていた。

    王の瞳にはその光が映っていた。しかし、その奥に浮かぶのは、無限に続く空虚。ただその空虚が揺らぎもせず、彼を支配している。

    震える唇は何かを言おうとしているかのようにわずかに動いたが、それは命や感情の余韻ではなかった。それはまるで壊れた人形が見せる、ぎこちなく機械的な動きに過ぎなかった。

    王の「人間」としての輝きは完全に失われ、彼はただ「王」という殻を纏う抜け殻となっていた。

    願い玉はなおも温かく光を灯し続けた。その光は、どこかで誰かが彼を救うことを信じ、祈る心の象徴にも思えた。

    だが、いくら光が漂おうとも、彼の心という荒野に触れることもなく、蘇らせることもできない。それは砂漠を漂う微かな風のように、ただ無力に散っていった。

    王の内にあったすべて――誇り、願い、愛、そして「生きる理由」は静かに霧散し、今や永遠の闇に溶け込んでいた。

    風が一本の蝋燭を吹き消すように、彼の心の炎は完全に消え、もう二度と灯ることはない。部屋を包むのは、ただ絶え間ない沈黙だけだった。

    それでも、願い玉の光は決して消えることなく、闇の中で静かに揺らめいていた。その光は冷たく沈む絶望の中で、唯一残された温もりの欠片だった。しかし、その輝きはもはや届く先を持たず、虚空を漂い続けるだけだった。

    部屋を包む闇は、王の心がかつて宿していたすべてを飲み込み、そこに残ったのは、ただ静かに崩れ去った魂の欠片だけ。王という名の存在は、永遠の静寂に溶け込み、完全にその形を失っていた
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