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    エグシャリ ザベくんと大佐とカツカレーのことを考える中佐

    無題シミュレータ訓練を終えたエグザべを迎えたのは、タオルと水のボトルを持ったシャリアだった。近くにあったベンチにエグザべと共に腰を下ろすと、受け取ったタオルで汗を拭うエグザべに「お疲れ様でした」と微笑んだ。
    「珍しいですね、貴方がここに来るなんて」
    「たまには頑張る部下の様子も見ておかないとね。……特に、悩みを抱えているような子はね」
    シャリアの言葉に、ボトルの蓋を開けようとしていた手が止まる。
    エグザべか悩んでいたのは事実だ。しかしまさか彼本人が普段近寄らないMS訓練用シミュレータ室に来てまで言及するとは。シャリアが鋭い、というかこちらのことを見透かすのはいつものことであったが、まさか彼から触れてくるとは思わなかった。
    なぜなら、エグザべの悩みとはシャリア本人に関わる事だったからだ。
    おそらくシャリアはそれをわかっている。わかっているからこそ、わざわざ来た。ならばエグザべはとぼけることも、しらばっくれることもせず、正直になろうと思った。ようやく開けたボトルから冷えた水を飲んでから、口を開いた。
    「悩みもします。本物の赤いガンダムが現れたんですから」
    「油断の隙を突かれたことを悔やんでいる、と?」
    「ご存知のくせにとぼけないでください。……赤いガンダムが現れたのならシャア大佐捜索の希望も出てきたのでしょう。ならば大佐が帰還された時……僕はどうなるのかと思わずにはいられない」
    悔しいとも、ふがいないとも違う。冷たいボトルを握る手に力がこもる。このボトルも首にかけたタオルも、シャリアからエグザべに向けられた優しさだ。しかしそれがいつまで享受できるのだろうと疑ってしまう。
    「彼が戻ってきたら僕は貴方の傍にいられなくなるのだと、不安でたまらないんです」
    正直な吐露を笑わないでほしかった。考えすぎだと一蹴しないでほしかった。いかにシャリアにとって馬鹿げた話であっても――あるいは今更の話であっても――エグザべにとっては死活問題であったからだ。
    もっと優れたパイロットになればいいのでは、なんて単純な思考でシミュレータに籠もるくらいには、エグザべは必死でいる。シャリアの傍にいたい。それだけの想いで。
    「エグザべ君」
    階級付きでない呼び方とともに、シャリアの指先がエグザべの前髪に触れた。シミュレータ装置から出たままの乱れた髪を、優しい指がそっと整えてくれる。
    「私は君をどこにもやりませんよ」
    「でも……」
    「私はね、君と大佐にマヴとなってもらうのもいいなと思っているんです」
    寝耳に水の言葉であった。
    思わず身体をシャリアへ向き直らせる。見開いた眼で彼を見た。嘘や冗談ではないと、エグザべには「分かった」。
    「貴方はそれで……いいんですか?」
    シャリアがシャア・アズナブルに執着しているのは痛いほど理解していた。それがどのような感情に根ざしているにせよ、赤い彗星のマヴという唯一無二の立場をシャリアがエグザべに明け渡すなどあるわけがない。
    しかしシャリアは静かに首を振る。
    「確かに一年戦争当時、私は大佐のマヴを仰せつかっていました。それは私よりも状況判断力に勝る者、戦術に優れる者たちを差し置いて……ニュータイプという理由からです。わかりますか?君はパイロットとして大変秀でており、そしてニュータイプです」
    貴方こそが大佐のマヴに相応しいのですよ、とシャリアはエグザべの顔を覗き込んで告げた。
    「中佐……」
    「もちろんそうなれば君は別の苦しみを持つでしょう。かの赤い彗星の隣にいることで、自分の中で壁にぶつかるに違いない。しかし君なら乗り越え、糧にして、成長できると信じています」
    シャリアの瞳は美しい。その双眸が自分だけを捉えている。
    かような名誉があろうか。エグザべは感動に胸を震わせた。赤い彗星のかつてのマヴから、躍進を期待され信頼を寄せられている。シャリアを慕う人間として、そして同時にひとりのパイロットとして。エグザべの若々しい心がシャリアの言葉で満ちあふれる。先程まで自分にまとわりついていた悩みはいつの間にかどこかへ消えていた。
    エグザべはシャリアへの愛情と憧憬を高ぶらせ――そして、「それ」を感じ取った。
    「…………あの、中佐……お昼食べました?」
    「? はい、食堂で」
    「じゃあ、お腹空いてたりしないですか?」
    「いいえ別に」
    時刻は午後の二時。小腹が空くにはまだ少し早い頃合い。しかしエグザべの隣でシャリアは。
    「でも今、カツカレーのこと考えましたよね?」
    言葉でなく伝わる思念のなか、確かに読み取ったのだ。今の話の流れには明らかにそぐわないその単語を。
    不思議に思って尋ねたエグザべの言葉に、シャリアの目がとたんに泳いだ。右、下、また右と不自然な動きをする視線。
    「…………?」
    エグザべの疑問が深まる。どうやら知られたくなかったらしいことはわかるが、なぜ?シャリアがそれなりに健啖であることはエグザべとて知っているのに今更何を隠そうとするのか。
    そもそもなぜカツカレーなのだろう。今日の食堂はポークピカタだった。カツカレー。トンカツとカレー。どちらもシャリアの好物……

    「………あっ!!」

    全てを察したエグザべが大きな声を出す。そしてエグザべが察したと察したシャリアがベンチから立ち上がるが、逃がすまいと捕まえた。
    「中佐!僕は本当に嬉しかったのに!!結局あなたの趣味じゃないですか!!」
    「でも君のためにも、大佐のためにもなるのは本当ですよ」
    「だとしてもです!」
    好きなものと好きなものを同じ皿に乗せたら二倍嬉しい。そんな単純な発想からの提案だったなんて。
    「趣味と実益が両立、大変結構じゃないですか。ねえ?」
    「僕の趣味ではないですけど!?」
    本音を言えばエグザべがマヴを組みたい相手はシャリアなのだ。だというのにシャリアはただただマイペースにエグザべの苛立ちを受け流す。
    「ちなみにこの場合、トンカツが君ですよ」
    「そんなの聞いてないですけど!?」
    本当に、こちらも気も知らずにこの人は!!!
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