マーベラスの推し方「おお、まさに…!」
マーベラスははるばる中国の空港に来ていた。ここにはマーベラスにとって、重要なものがあるからだった。マーベラスは懐から写真を取り出し、それと照らし合わせながらある場所を探し回る。そうして辿り着いたのは、何てことのない、ただの待合室の椅子だ。だがその椅子こそがマーベラスにとっては大事だった。
「ここだ!この左から二番目のこの椅子!ラーメンマンが国連大使として世界中のいたいけな子供たちに武術を教えるため、空港で待っていた時に居眠りをした椅子はまさにここだ!」
いわゆる聖地巡礼だった。
「キュワ〜…なんと感慨深い…」
運良く誰も座っていなかったため、まずは写真を撮る。勿論目立たないようにひっそりと。これは後で現像してラーメンマン用推しアルバムに入れる予定だ。
「せ、折角だから、座ってみるか」
マーベラスはドキドキしながらその椅子に近づく。もう一度言っておくと、空港にある至って普通の椅子だ。だがマーベラスにとっては光り輝くほどに尊さを感じる唯一無二の椅子に見えている。その椅子の前まで来て、そのままゆっくりと腰を下ろそうとしたその時。
「マーベラス?」
それを聞いた瞬間、反射的に膝が伸びる。座ることはできなかった。だがそれよりも呼びかけられた声に聞き覚えがありすぎる。これは、もしかしなくても。
「やはりマーベラスか」
マーベラスの推しであるラーメンマンだった。
ラーメンマンはツカツカとマーベラスの元に近づいてくる。マーベラスの表情は飄々としているが、内心はまるで嵐が来ているかのように荒れていた。
(キュワー!!ラーメンマンだと!?こんなところで!?に、逃げたい。だがここで逃げたりしたら、もっと怪しまれてしまう。何とかやり過ごすしかない…!ん?よく考えろ。ここはラーメンマンの聖地。そこにラーメンマンが来たというのは凄過ぎないか!?キュワァ、こんなことがあっていいのか?幸せすぎて今日死ぬんじゃないか?今日命日?いやまだまだ死ねん。もっとラーメンマンを推していかねばならぬのだ!…!いいことを思いついたぞ!俺は天才か?天才なのか?)
「ラーメンマンか」
「こんなところでどうした」
「まあ立ち話もなんだから、ここで少し話そう」
そう言って指し示したのは、まさに座ろうとしていた椅子だった。マーベラスはさりげなく隣にズレる。ラーメンマンはそれに対して何も疑うことなく座った。
(キュワー!聖地!まさに聖地!!ラーメンマンが座っていた椅子にラーメンマンが座っている!これは是非写真に撮りたい、すごく撮りたい…だがどう考えてもおかしな提案だ。折角だから写真撮らないか?…意味不明すぎる。折角とは何の折角なんだ。最悪引かれるかもしれん。キュワ…この場に居られるだけ有り難いのだ…これでもかと目に焼き付けておこう)
「マーベラス?」
「ん?どうしたラーメンマン」
「いや、心ここに在らずといったように見えたが」
「そんなことはない」
そこから二人で他愛もない話をした。本当にただの雑談だったが、マーベラスにとっては推しと直接会話ができる貴重な機会。頭に直接録音しているんじゃないかと思うくらいに、一言一句覚えて込んでいた。
そんな中、ラーメンマンが提案する。
「今度ご飯に行かないか?二人で」
──今何と言った?
マーベラスの頭の中は急に思考停止した。考えることをやめ、ただ言われた言葉を反芻する。
(ご飯…ご飯ってご飯か。ご飯ってなんだ。ご飯とは食事のことか。食事!?食事って、あの食事か!?いやそれより二人って!?二人とは、俺とラーメンマンのことか?他にいないか…できない、そんなことしたら俺が死ぬ。ご飯行ったら死ぬ。これは何と答えたらいいんだ?死ぬから行けないって言えばいいのか?)
「マーベラス?」
「キュワ…」
「どうした?」
「ネ…」
「ね?」
「ネメシス!!!!」
あまりのパニックさにネメシスに助けを求める。だがここは中国の空港だ。いるはずがない。
「あ、いや間違えた、いや、ちょっと待ってくれ」
「…」
ラーメンマンの眉間に皺が寄る。冷静な判断ができていないマーベラスはそのことに気付いていない。
「ご飯な、うん、ご飯は、あれだな。食事ということだな」
まだパニックらしい。
ラーメンマンから不機嫌なオーラが出ている。
「…ネメシスとは、」
「ん?…どうした」
ラーメンマンがマーベラスの手首を掴む。その力の強さに、やっと相手の異変に気づいた。
「…ネメシスと付き合っているのか?」
「は?」
一瞬何を言われたのか分からなかったマーベラスは素で返事をしてしまう。だが、その瞬間冷静になったマーベラスは反射的に返事をする。
「ち、違う!付き合ってない!」
だがラーメンマンは猜疑の目を向ける。
「いつもネメシスといるだろう」
何故そんなことを聞くのか、そして何故そんな目をしているのかマーベラスには分からなかった。
「ネメシスとは、そんな関係ではない」
「では、どんな関係なんだ」
「どんな、」
マーベラスは閉口する。
(…言えない。ラーメンマンの話をしているなど、口が裂けても言えない。けどこの場を乗り切る案も思いつかないぞ。しかし、よく考えたら手首を握られている!力は強いが、ラーメンマンの熱を感じる。この温もり…俺は生涯忘れることはないだろう。キュワ…三日間は洗わないでおこう)
「…聞いているのか」
「あ、ああ、聞いている。そうだな、ネメシスは。!、何というか、よく相談に乗ってくれるんだ」
「相談」
「そう、相談だ。生き返ってからは色々悩みが多くてな。ネメシスは面倒見がいいし、俺だけでなく完璧超人は皆頼りにしているところがある」
「…」
「だから付き合ってるとか、そういう関係ではない。話をする機会が他の無量大数軍と比べて多いだけだ」
「…そうか」
ラーメンマンはとりあえず納得したようだ。眉間の皺が少し取れる。
「ならば、今度食事に行ってくれるな?」
行けない理由はもう無いだろうと、ラーメンマンは僅かに威圧感を滲ませる。それを感じ取ったマーベラスはまたも頭をフル回転させる。
(キュワー!食事のことを忘れていた!何と言えばいい…とてつもなく断りにくい雰囲気なんだが…ここは素直に言うか?推しとの食事は、ご飯が喉を通らないので行けない。…無理だ!既に気持ち悪いぞ!気持ち悪いと思われるのだけは勘弁だ。生きていけない。…ならば、ならば答えはこれしか無い…!生きろよ、俺)
「…あぁ、今度」
「おお!本当かマーベラス!」
「ああ、勿論だ」
(推しの笑顔が眩しい…喜んでくれてよかった。これが見れただけで俺はもう満足なんだ……食事のことは後で考えよう…)
その場で予定を確認し、日程が決まったところで、ラーメンマンは搭乗する飛行機が来たため、行ってしまった。
(帰ったらネメシスに相談だな…)
マーベラスはチラリとラーメンマンが座っていた椅子を見る。特に眩しいはずもないが、マーベラスは神々しいものを見るかのように目を細めた。
(ラーメンマンが二度も座った椅子…尊すぎて俺には座ることができない…)
様々な角度から写真を撮った後、マーベラスは名残惜しそうに何度も振り返りながらその場を後にした。
聖なる完璧の山に戻ったマーベラスは、すぐネメシスに事の顛末を話す。話終わった頃にはかなり呆れているようだった。
「ネメシスよ、どうしたらいいと思う?」
「行くしかないだろうな」
「キュワァ…やっぱりそれしかないか…」
「まあ仕方ないだろうな」
「骨は拾ってくれよ…」
「あと普通に手首は洗え」
「え?」
そんなこんなで食事当日。マーベラスは待ち合わせ場所に到着していた。
(キュワ〜…とうとうこの日が来てしまった。ネメシスにひっそり着いてきて欲しいと何度も頼んだのに裏切りおって…俺が死んだらどうしてくれるんだ。…だが何を話したらいいんだ。まず味はわかるのか?喉を通るのか?)
「マーベラス!すまない待たせたか?」
「いや、ラーメンマン。ちょうど今来たところだ」
予定時間の一時間前から既にここで落ち着きなくウロウロしていたマーベラスだったが、そんなことなど知る由もないラーメンマンは安堵し、予約していた店に案内する。
「マーベラスのそれは、私服か?」
「ああ、まあな。流石にあの鎧で来るような常識は持ち合わせてはいない」
(本当はいつもの鎧で行こうとしたら、ネメシスに全力で止められたことは黙っておこう)
ラーメンマンは並んで歩きながら、マーベラスの姿を眺める。ちなみに空港で会った時のマーベラスは胴着姿だった。マーベラスは居心地悪そうにラーメンマンを見遣る。
「何だラーメンマン、俺のこの服は変か?」
(訳:穴が開くので見ないでください)
それを聞いたラーメンマンはゆっくり首を振り、口角を上げる。
「いや、似合っているぞ」
「そ、そうか。…ラーメンマンもその服は、その、とてもいいな!」
(こ、これくらいなら許されるか…?キュワァ!!ラーメンマンの私服はレアリティが高すぎる!!本当はもっと言いたい!しかも面と向かって褒めることができるなんてそうそうこんな機会はない!だが抑えめにしておかない度が過ぎてしまう。言い足りないくらいが丁度いいのかもしれん)
そうして二人は予約していた店に到着する。個室に案内され、テーブルを挟んで対面で向かい合う。マーベラスは部屋を見渡す。
「ラーメンマンの選んだ店はセンスがいいな。よく来るのか?」
「いや、紹介してもらったんだ」
「キュワ、そうか」
(…口を開けばラーメンマンの良さを語りそうになる。ラーメンマンの良さをラーメンマンに語ってどうする。ここは無難に共通事項である、)
そこから話したことといえば、やはり超人拳法のことだった。生きていた時代が違うため、同じ拳法でも解釈や文化の違いは大きく、新鮮なことばかりだった。互いの師匠の話、マーベラスにはいなかった弟子の話、修行寺での話、旅の話、尽きることはない。
そうして何時間か経った頃、ふっと話題が途切れる。そしてラーメンマンはおもむろに切り出した。
「この間のことだが、」
「この間とは」
「空港でのことだ。あの時は少し強引に食事に誘ってしまったかと思ってな。悔やんでいたんだ。嫌ではなかったか?」
「キュワキュワ、何を言うラーメンマン。こんなに楽しい時間を過ごしているのだ。嫌なはずがない」
(推しとのご飯は緊張しかしないが、俺は心の底から思う。本当に来てよかった。俺はこの選択に後悔はない。素晴らしい時間だ)
「そうか、ならば今後も誘っていいか?」
「こ、今後?」
「駄目か?」
「キュワ、も、勿論だ!是非行こう!」
ラーメンマンはそれを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔があまりにも幸せそうで、マーベラスは心が惹かれる思いがした。今まで感じていたものとは別の感情だった。
完璧の山に帰ってすぐにネメシスの部屋をノックする。ネメシスは迎え入れてくれた。
「どうだったのだ?」
「何と言うか、やはりラーメンマンは格好いいということが改めてわかった」
そこからまるで口から再生されているかのように語り始める。ラーメンマンとの会話、仕草、挙動。ネメシスはそれを半分聞き流しながら聞いた。
そして語り終わって満足げなため息を吐きながら机にもたれるマーベラスに対し、ネメシスは一つ疑問を問いかける。
「マーベラスよ、お前はいつからラーメンマンを推しているのだ?」
それを聞いた瞬間、マーベラスはにやにやとネメシスを見やる。
「なんだ気になるのか?とうとうネメシスもラーメンマンのことを、」
「早く答えろ」
「…俺がラーメンマンを推し始めたのは、階段ピラミッドでの戦いだった」
マーベラスはしみじみと語りだす。
「ラーメンマンの生かす拳によって、俺は絞め落とされ意識を失った。そして次に意識を取り戻した時にラーメンマンに言われたのだ。出会いに遅すぎるということはない、と。俺はその時に思った。なんて崇高で偉大な人物なんだとな。ラーメンマンが光り輝いて見えたくらいだ。そしてこうも思った。もし俺が生まれ変わることができたら、俺はこの人を全力で支えたい、この人のために生きる、と」
「…」
「ラーメンマンは本当に素晴らしい人物だ。…正義、完璧という主義主張の大きな隔たりがある中で、それを否定することはないと言った。信念の方向性の違いは大きな溝になり、やがて争いへと通じる。だから人とは皆同じ方向を向かせたがる。だがそれを否定しないとは、なんたる懐の広さ、元々の器の大きさが桁違いだ。だから俺はラーメンマンが好きなんだ」
「…」
「キュワキュワ。なんだ、素晴らしすぎて、ぐうの音も出ないか?」
「まあ、奴の人格が優れているのは身を持って体験している」
「キュワ、そうだろう、そうだろう!」
少しの沈黙の後、ネメシスは常日頃から思っていることを口にした。
「だが俺は、それを奴に言わないということが納得いかん。何故ラーメンマンに対するその気持ちを本人に言わないのだ」
それを聞いたマーベラスは顔を顰める。
「前にも言っただろう。気持ち悪いと思われるのは、」
「そこまで懐が広いと言っておきながら、ラーメンマンに嫌われると思っているのは矛盾していないか?ラーメンマンならば、その感情すらも受け止めてくれると、そうは思わないか?」
ネメシスは矢継ぎ早に言う。
「大体お前の感情は、推しなどという言葉で済ませていいものなのか、俺はそこも疑問だ。恋愛感情とどう違う?俺には推しというものはいないから、そことの違いは分からん」
「…俺はラーメンマンから好意が欲しいとは思わない」
「一方的でいいということか?」
「そうだ」
「一生か?」
「この命尽きても、だ。例え生まれ変わっても、何らかの形で俺はラーメンマンを好きになる。それに値する人物だと、俺はそう思う」
ネメシスは真っ直ぐマーベラスを見る。マーベラスはネメシスの言いたいことが分からなかった。
「…では、もしラーメンマンがお前を好きだとしたらどうする?」
「そんな事は有り得な、」
「何故有り得ないと思う。可能性はゼロではないだろう。今は好きでなくても、今後そうなるかもしれん。ラーメンマンから直接聞いたわけでなければ尚更な。大体、二人で話したいと言われたり、食事に誘われたりするのは好意あってこそだと思わないのか」
そう言われて頭をよぎったのは、マーベラスとネメシスの仲を疑った時のこと、そしてあの嬉しそうな笑顔だった。
「何か心当たりがあるようだな。…なあマーベラスよ、一方的だと思っていたお前の気持ちが、こちらにも向いたとしたら、その時お前はどうする?有り得ないと先程のように突っぱねるのか?」
マーベラスは何も言えなかった。それはラーメンマンの笑顔を見た時に湧いた感覚が今までとは違うと思ったからだ。ラーメンマンに対する感情が、純粋な好意ではなく、もっと別のものではないかという可能性をマーベラスはすぐに捨てきれなかった。
「お前の気持ちに水を差すようなことを言っているのは百も承知だ。だが、これはいずれ向き合わなければならないことだと俺は思う」
「ネメシス…」
「そしてラーメンマンにも向き合うべきだ。推しとしてではなく。そうでないと、どこかで必ず後悔する」
───
その頃キン肉マンハウスでは。
「こんな嬉しそうなラーメンマンはなかなか見んのぉ」
「それはそうですよ王子。何と言っても、マーベラスと食事に行けたんですから!」
「フフフ、とても充実した素晴らしい時間だった」
「ほーかほーか。そんなら次は、いよいよ告白じゃ!」
「ええ!!早くないですか!?」
ラーメンマンは少し思案した後、軽く頷く。
「そういう手もアリかもしれん。すぐOKがもらえるとは思っていないが、多少意識してくれる」
「そうじゃろ〜、今後もご飯に行くことを了承してくれたんじゃし、脈ありじゃ!!」
「前はあんなに落ち込んでいたのに、変わるものですね」
「…だが少し気掛かりなことがある」
「何ですか?」
「ネメシスにはよく相談事をすると言っていた。生き返ってからは悩みが多いと。その相談とは何なのだろうか。そしてその相手は私には務まらないのだろうか、と」
「なるほどのぉ、つまりラーメンマンはマーベラスに頼られたいんじゃな」
「勿論だ。そして良き理解者にもなりたい。ネメシスではなく」
「…ラーメンマンは意外と愛情深いのぉ」
「こんな感情は初めてだが、マーベラスに対してはそう思うのだ」
ラーメンマンは空港で会った時の事、そして食事に行った時のマーベラスを思い返す。どこか緊張しているような、だが心の底から嬉しそうな笑顔が頭から離れなかった。
「次に会うのが楽しみだ」
結局解決の糸口は見えぬまま、マーベラスはただいつものように過ごした。いつものように、と言ってもラーメンマンの試合を見ることやネメシスに語るといったことはしなかった。少しでも時間があれば、この気持ちの正体を考える。だが知らない感情に名前を付けるなどできるはずがない。マーベラスは途方に暮れていた。
しかし、この悩みの前提は、もしラーメンマンがマーベラスに好意を持っていたとしたらというもの。だからマーベラスは自身の気持ちを探りながらも、その前提がそもそも違うのではないかという希望も持っていた。そうであれば難しく考える必要がなく、これからも変わらぬ日常を過ごせばいいだけの話だからだ。
そんなある日。
「話したいことがある」
ラーメンマンに食事ではなく、そう誘われたマーベラスは少し躊躇った後、了承した。本当はこのどっちつかずの気持ちで会うことをよしとしなかったが、このまま悩むくらいならばと少しヤケになった気持ちでラーメンマンに会うことにした。
人気のない公園に入り、ベンチに座ったラーメンマンは少し緊張しているような面持ちだった。ラーメンマンはそういったものとは無縁だと思っていたマーベラスは表には出さないものの、少し驚く。そして。
「私は、マーベラスが好きだ」
それを聞いたとき、マーベラスは足元が崩れ去るような、根本から覆される感覚だった。最後に望みを懸けていたものがあっさりと手元から抜け落ちていく。そうして頭を過ったのはネメシスの言葉だった。
『一方的だと思っていたお前の気持ちが、こちらにも向いたとしたら、その時お前はどうする?』
「マーベラス?」
声をかけられ、恐る恐る視線をラーメンマンに向ける。ラーメンマンは怪訝な表情でマーベラスを見る。照れるでも、驚くでもない、まるで行き場を無くした子供のような表情だとラーメンマンは思った。
「ラーメンマン…俺は、」
「マーベラス?」
「俺は、どうしたら、」
「どうした。少し落ち着いてくれ」
ラーメンマンは宥めるように優しい手つきでマーベラスの背中を摩る。その手の温かさに思わず縋りついてしまいたいと、マーベラスは思った。
「すまない…嫌だったか」
「いや…そうではないんだ」
マーベラスはゆるゆるとラーメンマンの顔を見据える。
「これは、俺の問題だ」
ラーメンマンは少し思案した後、
「…よかったら、それを聞かせてくれないか?」
ただそう言った。
マーベラスは全てを話した。ラーメンマンを推しとしてずっと応援していたこと。ネメシスにはそれを協力してもらっていたこと。そして。
「ネメシスに、俺はラーメンマンのことを、推しという感情ではなく恋情ではないか、と言った。俺はすぐに否定した。だがネメシスは、もしラーメンマンが、俺のことを好きだったら、それでも否定できるのかと。その時に、俺はラーメンマンの笑顔が頭に浮かんだ」
「私の、」
「以前、次の食事の約束をした時のすごく嬉しそうな顔が頭から離れなかった。俺はそれを見た時、いつもラーメンマンに感じていた感情とは違う何かを感じたんだ。だからネメシスからその例え話をされたとき、俺はこの感情がどんなものなのか、純粋な好意なのか、分からなくなってしまった」
マーベラスはラーメンマンに向き合う。
「俺は、本当にラーメンマンが好きなんだ。だがこれは恋愛感情なのか?ラーメンマンが俺のことを好きだと言った時、正直パニックになった。俺は、俺はどうしたらいい?」
マーベラスはラーメンマンに再度問いかける。もはや藁をも掴む思いだった。ラーメンマンはじっとマーベラスを見つめる。しばらくの沈黙の後、ラーメンマンは口を開く。
「私は、そのままでいいと思う」
ラーメンマンはただ静かにそう言った。
「そのまま、とは」
「無理にその気持ちに名前を付け、それらを区別する必要はないということだ」
ラーメンマンは話を続ける。
「互いに想い合っている、この事実だけでは駄目なのか?」
「だが、俺はこの気持ちが、」
「私を好いてくれているのは本当だろう?」
「それはそうだが」
「ならば、それだけで充分だ。愛とは必ずしも、お互いが同等の量で、同じベクトルを向き合わなければならないわけではない。きっかけはどうであれ、私はマーベラスが好きで、マーベラスも私を好いている。これ以上何か必要か?」
マーベラスはそれでも腑に落ちていないようだった。それを見たラーメンマンは少し考えた後、ゆっくりと打ち明ける。
「…私はお前が先の戦いで死んだとき、心の底から絶望し、途方もない喪失感があった…マーベラスがいなくなってから、私はマーベラスを欲していたことに気づいたんだ。こんな残酷なことはないと少し自暴自棄になるくらいに。だから生き返ったと聞いたとき、本当に喜び、そしてもう二度と失いたくないと強く思った。そして出来れば私のそばで、共に人生を歩みたいと思ったのだ。だから、どんな理由であれ私のことが好きならば、私はそれを好都合と捉え、その感情を利用する。それくらい必死なんだ」
ラーメンマンは真剣な眼差しでマーベラスを見る。その目はどこか覚悟のようなものを感じる。マーベラスはそんなラーメンマンに少しでも応えたいと思った。気持ち悪いと思われようが構わない。この愛の方向性が正しいかどうかも分からない。だがラーメンマンならば受け入れてくれるのではないかと思った。マーベラスは、少しずつ言葉を紡ぐ。
「…俺は死ぬ間際に、もしも、生まれ変わることができたなら、ラーメンマンの為に生きると決めた。それがたとえ超人でなくても、人間でなくても、どんな形であっても俺はラーメンマンを見つけ出し、好きになると、そう思った。…お前は、俺の人生を懸けるに値する人物だと思っている。それくらい、ラーメンマンのことが好きで、心底惚れているんだ」
マーベラスはラーメンマンに自分の気持ちを正直に伝える。感情の正体はもう気にしていなかった。
ラーメンマンはマーベラスの言葉を噛み締める。ラーメンマンの心を支配しているのは、言い表せないほどの喜びだった。
「…すごい言葉だな、私はよほど幸せ者らしい」
マーベラスはそれを聞いて、ずっと心の中にあった懸念が吹き払われ、スッキリとした気分になった。心配していたことが嘘のように、ふっと心が軽くなる。
「ラーメンマンが幸せと感じるなら、今はこれでいいのかもしれんな」
「時が経てば分かることもある」
「そうだな」
「…これからは何でも言って欲しい。ネメシスではなく私を頼ってくれ」
「…大分変なことを言うぞ」
「変とは思わない。マーベラスの愛情表現だろう?」
その数日後。ラーメンマンの試合を見に来ていたマーベラスは、試合後の控え室を訪れていた。
「キュワー!!素晴らしかったぞラーメンマン!!特にあの延髄斬りは華麗すぎて何度も見たいくらいだ!今度俺にもやってくれ!あと今日は三つ編みの具合がいい感じだな!俺がオススメしたトリートメントを使ってくれたのか?しかも髭の長さも違うようだ。整えたのか?いつもより短く感じるぞ!」
「そうだな、マーベラスにいいところを見せられてよかった。だがマーベラスにはしないぞ。目の前で披露するだけにさせてくれ。マーベラスが勧めてくれたのだから使わないわけにはいかないからな。とてもいい感じだ。ありがとう。髭は少し短くしてみたんだ。似合うか?」
「キュワ、俺にもして欲しいが、ラーメンマンがそう言うなら諦めよう。このトリートメントはいいだろう!ラーメンマンの髪質にも合うと思ったんだ。当たり前だ!似合うに決まっている!いつもより五割、いや七割り増しで格好いいぞラーメンマン!」
「フフフ、それならばよかった。マーベラスにそう言われるのが一番嬉しいな」
そのやり取りを部屋の片隅で見ているのはキン肉族の三人だった。
「おぉ…なんか、すごい熱量じゃのぅ…。ミートよ、三つ編みのこと気づいたか?髭も短くなってた?ワシ全然気づいとらんだわい…」
「僕だって気づいてなかったですよ…マーベラスってあんな感じだったんだ…」
「ふん。俺はあれをほぼ毎日聞かされていたんだ」
「「毎日?!」」
「それは…お疲れ様じゃ…」
「けど二人とも幸せそうですよね」
「そうだな。まあ収まるべきところに収まったのだろうな」
おまけ
「キュワー!!ほ、本物のモンゴルマン…!!」
そこにはマーベラスに頼まれ、モンゴルマンのマスクを被ったラーメンマンがいた。本当はあまり乗り気ではなかったが、惚れた弱みか、恋人に頼まれると断れなかった。勿論肉襦袢も身に付けている。
マーベラスはモンゴルマンの周りをウロウロし、様々な角度から眺める。
「キュワァ…生はやはりいい…肉付きも全然違う…」
マーベラスは見るからにうっとりしている。まるで恋する乙女のような目だった。そうなるとラーメンマンは面白くない。モンゴルマンはいくら中身がラーメンマンであっても、ラーメンマンではないのだから。まるで別の誰かに目移りしているようで、少し苛立ってくる。だがそんなラーメンマンの気持ちなど知るはずもないマーベラスはマスクをそっと触り、かなりの至近距離でモンゴルマンの顔を眺める。
「隈取りが格好いい…色気がある…髪もサラサラだ…」
その声があまりにも熱を含んでいて。ラーメンマンはもう我慢の限界だった。マスクを触っているマーベラスの手を掴んだ。マーベラスは急な行動に息を飲む。少し力が入ってしまうが、仕方がないことだとラーメンマンは自分を納得させた。
「こちらの方が好みか?」
低く、感情を必死に抑え込んでいる抑揚のない言い方だった。
「キュワ…」
「マーベラス?」
「駄目だ、最高すぎて死ぬ」
「死ぬな」
ラーメンマンの気分とは裏腹に、マーベラスは俄然テンションが上がる。
「頼む!俺にフライングレッグラリアートをしてくれ!!」
「そんなことはできん。それよりも質問に答えろ」
近かった距離を更に縮め、ラーメンマンは少し怒気を滲ませる。
「…俺はどっちも好きなんだが」
「どちらか選んでくれ」
「キュワ〜…」
マーベラスはただならぬ雰囲気を感じ、仕方ないとモンゴルマンのマスクに手を掛け、それを取った。ラーメンマンは不満そうな表情をしている。対照的にマーベラスは嬉しそうだ。
「ならば俺が選ぶのは、勿論ラーメンマンだ」
「…あんな表情をしておいて、私を選ぶのか」
「当たり前だ。俺はラーメンマンがいれば、他はいらない」
マーベラスにそう言われると、信じないわけにはいかない。ラーメンマンは渋々納得した。
「…だが暫くはモンゴルマンにはならない、どれだけ頼まれてもだ」
「キュワ!?」
「いくら中身が私とはいえ、嫉妬で気が狂いそうだ」
「…嫉妬してるラーメンマンもいいな」
おわり