🥚(テトには昔死産した子供がいるという設定です。卵が孵らずに死んでしまったというトラウマがあります。)
テトはキャリアを順調に積み重ねていた。どんな歌も歌い、ライブに出演し、持ち曲の再生数が伸び……世間からも広く認知されるようになった。
しかし、それに比例して心も体も疲れていく。心の中の何かが埋まらない……
そんなある日、街角を歩いていると15cmほどの丸く白い石を見つける。
「なんだろう?これ…」
ベージュがかった白色で、陶器のような表面、滑らかで魅力的な楕円形。
そのシルエットになぜだか目が離せなかった。
テトはその石のことが気になり、何となく家に持ち帰った。
最初は机の隅に置いていただけだった。しかし、何気なく抱いてみると、その重さと質感がなぜだかしっくりきて、不思議と落ち着くことに気付く。
「わかった。これは……卵なんだ。」
肌に吸い付くような質感。まるで初めから、胸元に収まるようにできているような。
嫌な記憶もあるけど、落ち着きの方が上回る。「これぐらい、すこしの心の慰めくらい、いいよね……」
次第にテトはその石を抱く時間が増えていった。
そして、いつしか「本当に卵なのではないか」と錯覚するようになり、何時間かごとに転がしたり、うずくまって温めたりして、抱卵本能に従うような行動を取るようになっていった。
それからというもの、テトは日に日に石に執着するようになり、ついには仕事の合間に石を抱えるようになった。ミクはそんなテトの変化に気付き、声をかけるが、テトは笑ってごまかす。
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ついにテトは、レコの打ち合わせをすっぽかしてしまう。不審に思ったミクが彼女の家を訪れると、部屋は温められ、テトは石を抱いたまま微睡んでいた。
「テト、何してるの?」
ミクの問いかけに、テトは一瞬だけ正気に戻ったような目をする。しかしすぐに、恍惚とした表情で石を撫でながら答えた。
「この子を、孵さなきゃ……もう死なせたりなんかしないからね。」
ミクはそんなテトを見て、これはただごとではないと悟る。
これがただの石だと伝えるべきか迷う。しかし、無理に現実を突きつけてもテトが受け入れられないことは分かっていた。
(テトは石の中で何かが動いている、生きている、という幻覚を感じています)
「……テト、それって、前に言ってた、石……?」
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「この子は生きてるんだ!」と叫び、ミクが「テト、目を覚まして!」と必死になってもみ合いになるうちに、その拍子に石が手から滑り落ちて地面にぶつかる。
乾いた音とともに、石は真っ二つに割れて、中からは……何もない。ただの冷たい石の破片が転がるだけ。
テトはその場に崩れ落ちて、割れた破片を呆然と見つめる。
「……嘘だ、そんなはず……」
震えながら触れるが、何の鼓動も、ぬくもりも感じられない。
その瞬間、テトは「過去」と決別させられる。
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「テトが大事にしてるもの、私も一緒に大事にしたい。だから、お墓、一緒にお参りしてもいいかな」
向かったのは、テトが昔、孵らなかった卵を埋めた場所だった。
そこには、小さな墓があった。手作りの簡素な墓標の前に立ち、テトは震えながら石の破片を握りしめる。
ミクは静かに手を合わせる。
「私には全部は分からないけど、テトがどれだけこの子を大切に思ってたかは分かるよ。」
テトは涙を流しながら、石を墓の前にそっと置いた。
「……ごめんね。もう、大丈夫だから。」テトも手を合わせた。
吹き抜ける風が、テトの髪を撫でる。ミクがそっと彼女の肩に手を置いた。
「行こう、テト。」