アリアキにファンサ()を受けるモブ鷲寮女子の回 我が寮レイブンクローには名物の二人組がいる。かの有名なハリーポッターの双子の弟であるアキ・ポッターくんと、その友人アリス・フィスナーくんだ。
アキくんは俗に言う『可愛い系男子』である。サラツヤ黒髪を一つに括った背の低い男の子で、まぁこの子が一端の女の子よりも可愛らしい。快活で気が利く上、人の顔と名前をよく覚えているものだから、廊下などですれ違うとニコリと手を振ってくれる。懐っこい弟ができたみたいで、思わずときめきに撃ち殺されてしまう。
一方のアリスくんはと言うと、可愛らしい響きの名前とは裏腹に少し近寄りがたい気配を持った男の子だ。綺麗な金髪に碧の瞳、ハッと息を呑むほど整った外見をしているものの、アキくんのように気軽に声をかけられるような子ではない。遠巻きに眺めるだけで精一杯だ。体格もアキくんと真逆で、小柄で可愛らしいアキくんに対し、アリスくんは背も高く恵まれた身体つきをしている。どうも腰の位置が高すぎると思うのだ。あのスタイルだけでノックアウトされてしまう。
そんな正反対の二人なのだが、どこか馬が合うのか一緒にいる姿を見かけることがとても多い。食堂や移動教室は当たり前、休み時間だって大抵一緒にいるものだから、本当に仲が良いのだろう。……そして、アキくんと一緒にいる時のアリスくんを眺めるのが、最近の私の趣味だったりする。
──ほら、今だって。
「ひゃあっ、見て頂戴! 今日もあの二人、隣り合ってご飯を食べてるのっ! 知ってた? アキくんが左利きだから、肘がぶつからないようにいつも二人はアキくんが左、アリスくんが右の位置取りでいるのよ」
小声で友人に耳打ちする。「そんなとこまで見てるんだ……」と友人は呆れ顔だ。「本人達にアンタの邪心がバレないように気をつけなさいよ」と忠告してくる。……ハイ、弁えてます。ナマモノの取り扱いは危険ですので。
普段はあまり笑わないアリスくんは、アキくんと一緒にいる時はよく笑みを見せる。話している内容はいつだって他愛もないことだ。授業の内容だったりニュースだったり友人の話だったり、そんなところ。最近は最近発売されたミステリーの話をしていることが多い。私も触発されて、同じ作家の本を図書館で借りて読み進めている。
「あの二人、寝室も同部屋なのよ……どうしましょう、朝はどちらの方が早く起きるのかしら? アリスくんがお寝坊のアキくんをそっと揺すり起こすシチュなんて最高よね……まだまだ寝ぼけ眼のアキくんに対して執事のように制服のシャツを着せて、ネクタイを結んであげるアリスくん、どこをとっても良過ぎるわ」
「いや、逆じゃないの? どう見たってフィスナーの方が朝弱そうじゃん。ポッターが『全くもう、ぼくがいないと何にもできないんだから』って言いながら叩き起こす方がイメージに合うわ」
むっ。友人から解釈違いの気配がするわ。でも悔しいけどそのシチュエーションも凄く萌……燃える。心がほかほかする。
友人は続けた。
「もちろん、フィスナーが半分夢心地のままポッターをベッドに引き摺り込むまでがベスト。『何すんのっ』って暴れるポッターも、フィスナーに抱き込まれて黙っちゃって、そのまま抗えずに二人で二度寝するのよ」
「何それ最高じゃん……二人で一限に遅れればいい……」
今ので一気に心が傾いた。この友人、意外にもシチュ妄想ぢからが強いぞ。小説でも書いてくれないだろうか。
ときめく妄想に脳味噌を浸していたところ、無情にも予鈴が鳴った。仕方ないなと荷物をまとめて大広間から出たその時、逆に大広間へ駆け込んできた人とぶつかってしまう。
予想もしていなかった衝突に、私の身体はなす術もなく吹っ飛んだ。
──これは石畳に叩きつけられるやつだ、と強く目を瞑るも、予想していた衝撃は来ず。
代わりに、力強い腕にすっぽりと受け止められた。
「大丈夫か?」
降ってきた声に息が止まる。
私は恐る恐る顔を上げ、その腕の主を見た。
第二ボタンまで開けられたシャツに、緩く結ばれた青銀のネクタイ。金色の髪に碧の瞳。
──先ほどまで噂していたうちの一人である、アリス・フィスナーその人だ!
「ひぇっ、あぁっ、はいっ」
近い! 顔がいい! 睫毛が長い! 近い!
アリスくんはそのまま首を回すと「アキ! 逃げたやつ捕まえろ!」と声を張り上げた。
「はいはい」
男子としては少し高めの声が、想像よりも近くで響く。
左手を目の高さに掲げたアキくんは、そのままパチンと指を鳴らした。
ふわりと一陣の風が吹く。
先ほどぶつかったその人物は、私のカバンを持ったまま、風に足を取られたようにすっ転んだ。……あれ? 私のカバン?
アキくんは私に向き直ると、軽く小首を傾げてみせた。
「お姉さん、怪我はない?」
「う、うん……」
「それは良かった」とアキくんは蕩けるような笑みを浮かべた。
……間近で見ると一層可愛い! 頭がちっちゃい! 髪がサラッサラだ! 抱きしめたい!
ふとその時、両手をずっとアリスくんの胸板に置いていたことに気が付いた。慌てて飛び退いた私を見て、おや、とアキくんは軽く目を瞠った後、どこか納得したような笑みを浮かべてみせる。
「あぁ、ごめんね。こいつちょっと怖いでしょ? 目つきが悪いんだ。ほらアリス、謝ってよ」
「なんでだよ」
「根はいい奴なんだ。だから嫌わないでくれると嬉しいな」
「だからなんでお前が俺のツラのフォローをしてんだよ!」
アリスくんはチッと舌打ちした後「アンタ、カバン引ったくられてたんだぜ」と、今も尚這いつくばって動けない人物を顎で指した。
「気をつけろよな。ぼーっとしてんなよ」
「『大丈夫だった? 心配したんだよ』と彼は申しております」
「だぁっ、勝手な解釈を入れんな!」
アリスくんに怒られ、アキくんは軽く舌を出した。可愛い。
やがて犯人は監督生に引き渡された。私のカバンを持ってきてくれた友人に、アキくんは「ありがとう」と笑みを向ける。
そこで、アリスくんは「……あ」と小さく声を漏らした。視線の先には私が図書館で借りた本がある。最近アリスくんとアキくんの二人がハマっているというミステリー、その著者を同じくする本だ。
「へぇ、このシリーズ読んでる人、俺達以外で初めて見た」
「あ……その、私もミステリー、好きなので……」
「いいよな、分かる。……それ、俺が一番好きなやつ」
そう言って、アリスくんはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。好きなものを語る時の顔だと一瞬で分かる。
「……だって言うのに、アキがさぁ」とアリスくんは肩を竦めた。
「あいつ、『この作品はミステリーとしてお上品すぎて気に食わないね』とか言うんだぜ。正統派の何が悪いってんだ」
「悪いとは言ってないさ。ただぼくは捻ってある方が好みだからね」
「ハッ、不条理ミステリーは何度も来られると食傷だろうが。死体を見つけた地下室をセメントで埋めんのは一度で勘弁してほしいもんだぜ」
「ふん、君とは趣味が合わないね? あれは探偵と助手が二人で死体を埋めるところにエモさがあるんだよ? 秘密の共有、ロマンじゃないか」
「だからそういうのは一度で良いっつってんだよ」
何故かしょうもないことで言い合いを始めた二人の言葉は、鳴り響いた本鈴の音で遮られた。「ヤバいっ、マクゴナガルの授業が!」と顔色を変えては「じゃっ、さよなら!」と手を振り走り去って行く。
監督生は私達に「事情を聞くから残っておくように」と言い、犯人と共に先生を呼びに行ってしまった。残された私と友人は顔を見合わせる。
「……浴びたね……」
「浴びたねぇ〜……」
はぁぁと感極まったため息を吐き。
「アリスくんめっちゃカッコよかった……」
「ポッター、マジで可愛かった……」
本心からの呟きに、お互い親指をグッと立てる。
「……私達を挟んで言い合いを始めたの、ご褒美なんですけど!?」
「良すぎた……こんな至近距離で推し達を感じられた満足感が凄い……」
「アリスくん睫毛長すぎるわ顔良すぎるわで……それに寄り掛ってもびくともしない体幹、これよこれ! アキくんはいつもこの腕に支えられてるんだわ!」
「ポッターの頭が凄く撫でやすそうな位置にあって、手を伸ばしたくってうずうずしちゃった……そりゃ、フィスナーもこの頭は撫でるわ……」
推しの二人を間近で浴びてしまって、今にも自分が溶けてしまいそうだ。
……滾る。最高に、滾る。
思わず犯人に向かって「ありがとうございました」と口走ってしまうほど、心の中に灯った熱はなかなか消えてはくれなかった。
──我が寮レイブンクローには名物の二人組がいる。かの有名なハリーポッターの双子の弟であるアキ・ポッターくんと、その友人アリス・フィスナーくんだ。
……どういう名物かは、推して知るべし。
同志は密やかに忍びつつ、いつだって仲間と供給を待っているのだから。
(fin.)