双子のヒーロー! 丹羽亭へようこそ「たいへんだー!悪者がでたぞ!」
……丹羽亭。
ここは、羽星市という街の、中核市にある、商店街の一角。
小さな中華料理店の2階から、その子供がはしゃぐ声は聴こえる。
ドタバタドタバタ
ダッッダダダダダ
「たいへんだー!」
「今行くぞーっ!ヒーローのお出ましだっ!」
黒髪の、男の子が2人。瓜二つな姿形をした彼らは、双子である。
子供達がビデオテープに収録された戦隊番組をテレビに映しては、茶の間を駆け回っているのだ。
「おりゃー!ゆうへい!変身だ!」
「ジャキーンッ!シュッ!(セルフSE)赤く燃える炎はヒーローの色!」
1人がかっこよく変身技を決めて見せた時、もう1人は彼に掴みかかった。洋平だ。
「はぁ!?おれがレッドやるの!」
「いやおれだし!!!」
どうやら、洋平はレッドをやりたいようだが、悠平と呼ばれた少年も、レッドをやりたいようだった。
「もう!悠平のばか!お兄ちゃんなんだからおれに譲れよ!」
「はぁ!?よーへーのがチビなんだしお兄ちゃんの言うこと聞きなー!」
「身長も年齢も一緒でーす。やーいやーい」
まさかの、街のピンチは放置。
どうやらクソしょーもない兄弟喧嘩が始まったようですね。
洋平が悠平にもう一度掴み掛った時、茶の間の扉は開きました。
そこに漂うのは、とびきり美味しそうな中華料理の匂い。ご馳走を手に、立っていたのは大きな男だった。
「お前たちーご飯できたぞー」
双子のお父さんのようですね。
そして彼は、丹羽亭の店主だ。
お手製の天津飯と野菜炒めと餃子が、ちゃぶ台に並べられていく。
双子は一旦掴み合いを止め席に着き、裏から出てきた母も合流し、家族は食卓を囲んだ。
「いただきます!」
美味し〜!と口を頬張らせ、ぼろぼろと零しながら食べる悠平に、ぱたぱたと零しながら食べる洋平。「こらこら、ゆっくり食べなさい」と優しく母が声をかけるが、双子はそれを聞かない。
物凄いスピードでご飯を平らげた洋平は目をキラキラと輝かせながら、こう言った。
「おれね、将来ヒーローになりたいの。」
「悪いやつをバーン!ってやっつけるんだよ」
「ようへい、ぜーったいレッド!」
声高らかに、手振り身振りで夢を表現する洋平。そこにすかさず、兄は口を挟む。
「は!?おれがレッドだし!」
「は!?おれがレッドだし!」
睨み合う2人に、父は仲裁をした。
「レッドもなんでもいいだろ、いいか、本当のヒーローっていうのはな、人を笑顔にできるひとのことのことなんだ。」
それを聞き、悠平はあっさりと口を開く。
「えっじゃあゆうへい、お兄ちゃんにレッドあげる!」
「!」
「やったぁ!!!」
「よし、笑った!これで俺が本当のヒーローだ!」
「はァ!?!?!ずるいずるい!!」
抜け駆けするように真のヒーローになったと言い張る兄に口を尖らせる洋平は、ふとつけっぱなしのテレビに視線が行った。
『真っ赤なマントについたオマエの血は誰が気づくんだ。誰が拭ってやるんだ…!右腕の、オレしか、いねーだろ…!』
ブルーだ。
…
…
その場面に釘付けになる洋平は、すぐさま父と兄に提案した。
「じゃあ俺はレッドやめてブルーになる!レッドは悠平にやる!!!!!」
「レッドいらないって!!!!」
「最後はレッドを押し付けんのかい!!」
次はレッドの奪い合いではなく押しつけ合いのため、再び喧嘩を始めた兄弟に、父親は盛大なツッコミを入れたのだった。
・
『来週もまた観てくれよな!』
「洋平、あの時の俺馬鹿だったよな。素直にレッド貰えば良かったのに。あの後変に意地張って頑なに拒んでたもんな」
「あー、あん時のな。でも翌日すぐレッドになってたじゃん。本当は誰よりもレッド好きだよなー」
「まーな!でもその時から洋平ブルーになったくね?なんで?」
「俺はブルーの魅力に気づいちまったもんでな。って何回するんだよこの話!」
「“レッドとブルーの絆回”に毎回してんだよッ!」
「ははっ、そうだな。今回も神回!」
双子が片手でグータッチをする頃、番組のエンディングは終了した。
日曜日、8時30分。
「今週の銀河戦隊も最高だったな」
そう言い満足そうに背伸びをする赤髪の男は、名前を丹羽悠平と言った。
「いやまじでな。カッコよすぎだっての」
それに続いて椅子を片付け、厨房に向かい食材を確認しに行った青髪の男は、名前を丹羽洋平と言った。
「まるで俺らみてぇ。」
「中華鍋振ってる俺の方が力あるけどな?」
「はっ バーカ 愛嬌満点の俺の方がヒーロー適正あるんだよ!」
洋平は、にししっと笑う悠平の染めている髪の毛を、くしゃっと撫でて「俺がねぇって言いてぇのかよ」と笑った。
かつて戦隊ヒーローに憧れた彼らは、「料理で誰かを助けたい」「元気にしたい」と心から思い、両親から受け継いだ店を営んでいる。
ただし最近、店は暇で赤字続き。
常連のお子様たちにも「閉店しちゃうの?」と聞かれる始末。
「んじゃー買い出し行ってくるわ」
「おう!俺も行くわ。悪者いたら懲らしめようぜ」
足りない食材をメモした紙をポケットにしまうと、2人は買い出しのため、店を出た。
小さな中華料理店。
丹羽亭は、20年以上経った今でも、同じ場所に佇んでいる。
少し廃れてしまったけれど、父が大切にしてきたものを双子は守り続けているのだ。
店を出て少し歩いた頃、トイプードルを散歩させた穏やかなおばさまが、2人に声を掛けた。
「あらおはよう、ようちゃん、ゆうちゃん。」
「「おはようございます!」」
「今日は…あっ、日曜だから休業日ね。2人でサボりかと思ったわ♪」
「そうですね、また明日いらっしゃいます?」
「遠慮しとくわァ。最近オープンした大将亭に行くから」
……大将亭(※現実の王将や来来亭のような店をイメージしていただければと思いますBy作者)
「最近さ、赤字に拍車がかかってきてるよな」
「あぁ」
「ぜってーアレのせいだよな」
商店街を抜けた先、最近新設されたのは、あの『餃子が上手い!』とされている超有名な全国チェーン店の中華料理屋だ。
「いつかウチも畳むことになんのかねぇ…」
ぽつりと洋平が呟くと、
「は?何言ってんだよ。畳ませねーよ!」
「父さんが大事にしてきた店なんだよ」
と悠平は必死に反論する。
「父さん……」
「俺らは……父さんが託してくれた店、ちゃんと守れてっかな」
双子は空を見上げた。
俺らの父さんは……
2年前・・・・・
「中華の現地で働くことになったから!お前ら2人で経営ガンバ〜☆☆☆」
と言って笑顔で妻と飛行機に飛び乗ったのだ。
「元々継ぐ予定だったから調理師免許取ったけどよ、あんまりにもあっけなく厨房の主になっちまったよな。」
「客さん減ってるのって、俺らが実力不足だからかな。」
「ううん、大将亭のせいだろ。」
ぽつり、ぽつりと言葉を交わしながら、食材を買い揃えていく。
どうしたら個人店が全国チェーン店に勝てるんだろう。この店が特別だってわかって貰えるんだろう。
「ヒーローの作戦会議…するしかねぇな。」
「フッ。そうだな。ミッション!丹羽亭を救え!!だな!!」
バン!!!
【中華料理店復刻会議!!!】
悠平はキメ顔で、店のエプロンをマントのように羽織り、靡かせる。
「おっ、いーじゃん」
「俺は、この店のヒーローになる!!!」
「よっ、がんばー」
赤いエプロン。
暇を持て余した近所の子供たちが、ガラス窓の外から見ている。
「おっ、チビたちも来るか?」
「するーっ」
「ヒーローかいぎーっ」
俺が手招きすると、小学生ぐらいの男女5人はワラワラと店に入ってきた。
「何か策はあるのか?悠平。」
「とりあえずSNSでバズらせようぜ。」
⁉️⁉️⁉️
あっさりと現代風の解決策を持ってきた悠平に、バズるなんて簡単にはできないぞ、と俺は少し不意打ちを食らった。でも確かに、必要かもしれない。
「それか食べログをかっさらうしかねぇ。味は悪くないはずだ。常連だってほんのりいる。」
ちょんちょんちょん、と子供達のおでこを突くと、悠平は笑った。
「バズ……って、どーやるんだよ」
俺が聞くと、悠平はポケットからスマホを取り出して俺に渡す。
「ほら、カメラ回して。・・・・派手で、カッコイイことするんだよ!!!!!」
俺がカメラアプリを開き、ピロン、と、ビデオの起動音を鳴らすと、悠平は朝食の残りの炒飯を鍋に戻し、中華鍋を振って見せた。
「ウォラッ!!!」
「うおー、重くねぇか?大丈夫?」
俺が声をかけると、
「フッフッフ、、、俺様を誰だと思っている。中華戦隊・満福レンジャー‼️丹羽レッド‼️」
そう叫び、ポーズを決め、チャーハンに美味しそうに調味料をかけながら「爆熱ビーム!」と技を演出して見せた。
もうこれ以上味付けなくてもいいんだがな!と思いつつビデオを撮っていると、子供達は目を輝かせながら厨房を覗き込む。
「かっこいい…!」
「いけ〜っ!丹羽レッド!」
…これは、いけるかもしれない。
しばらくして悠平のアドリブヒーロー演出を撮り収めると、二人でビデオを見返し、子供達の音声に字幕を入れつつ、動画編集をしていく。
そしてこれを機に、SNSで丹羽亭のビジネスアカウントを創設した。
「投稿するぞ。」
「おう!」
流石に1回じゃ効果は出ないため、炒飯だけでなく、天津飯やラーメン、餃子など、俺が作って余った料理の上に、悠平の最高にカッコイイ決めポーズと決めセリフで中華戦隊動画を増やしていった。毎週日曜日に、どんどん、投稿していった。
やがて、視聴数が右肩上がりで増えていく。
動画投稿を始めて3ヶ月ほど経った頃、挑戦作として投稿した「エビVSチリソース」がめちゃくちゃバズった。
内容としては、こんなものだ。
普段は俺が作った完璧な料理に油などを馬鹿みたいに入れて派手に演出しているのだが、(もちろん撮影後、責任を取って悠平が食べ、いつも完璧な料理を有難うと俺は感謝されている。)今回も同様に、エビチリに無限にチリソースを追加するという動画である。
なぜか悠平は料理を一から作りたがらない。
コメントも多く寄せられる。
地域の子供たちだけでなく、全国の動画を見た子どもたちが「満福レンジャーごっこ」を始めるようになったと。
ママたちも「元気出る〜」「イケメン店員さん〜」と拡散する。
俺達の丹羽亭のアカウントが、「笑い」と「応援」であふれるようになった。SNSで見たと、客もそこそこ、増え始めた。
よっしゃあ!!!
父の言葉を思い出す。
笑顔にしてこそ、本物のヒーローだ!!!!
撮影後、調味料で辛くなった料理を頬張る悠平に水を渡しつつ、俺はコメントを見て返信していく。
「ありがとうございます!!兄さんはいつも店で接客していますので、是非お越しください!!」
すると、1件のコメントが届いた。
「料理粗末にしてるよな」
俺は、まぁ…そう見えても仕方ないよな、と思い、あまり気にとめなかった。それが良くなかった。
次第に、アンチコメの数が増えていった。
「あんな不衛生なことしてる料理店があるのか?」
「かけすぎじゃない?」
「不味そうw誰が食べるかw」
「塩分過剰摂取で殺したいのか?」
あちゃ〜、と思い、これは演出用なのだ、と訂正しなくては…と思い返信をしていく。
「撮影後に美味しく食べました」
しかしSNSというのは理不尽で、自分達で食べたと言うのに、そのコメントはあまり見られず「料理を粗末にする店」とレッテルを貼られてしまった。
批判がエスカレートする。
#満福園炎上などのタグがつき、デマや不正確な情報が拡散されていく。
「男ふたりが経営 まだ若い」
「若者の店なんてろくでもない」
「そのまま提供してるんだって」
「髪の毛入ってそう」
「味覇かけすぎ料理」
「顔が良くてムカつく」
「食べ物で遊んで廃棄」
「恥ずかしくて見てられない」
「やばい。やばいぞ、悠平。」
『SNSでお騒がせ双子の中華店』
更にネットニュースやSNSインフルエンサーがこの件を取り上げ、炎上が全国規模に拡大していった。
俺は必死にSNSを管理しようとするが、状況はどんどん悪化していく。
客では無い人からの数多くの★1レビューが増え、店に直接来るクレームも増えていく。
・
「よし今日はどんな動画にしよっかな。調理器具で戦っちゃう?」
「もうこの動画やめよう」
俺は、日曜の撮影日、ノリノリで撮影準備をする悠平に申し出た。もちろん悠平も、このSNS騒動には気づいている。
「炎上の件か?は、みんなを笑顔にさせたくてやってるんだぜ?何も悪いことはしてない!だーいじょうぶ!」
「だからって!誤解されて、本当のことは誰も信じてくれない。こんなのって、損だ!」
「燃え上がるのは悪いことだけじゃない。実際客も増えた!レッドのように業火にブチ上げるぜ!」
「だから」
俺はつい、声を震わせてしまう。
「おれが、つらいんだよ……」
「お前が闇雲に調味料ぶっかけるせいで、味がまずいと思われるのが…。」
しばらく黙り込むと、悠平は、
「俺に案がある。今日で動画は最後にしよう。今日の撮影と編集は俺に任せて。」
と笑って俺を厨房へ連れ込んだ。
「洋平。洋平の得意な炒飯、本気で作って。」
ピロン、と動画を回すと、悠平は厨房に立つ俺にカメラを向けた。
「お、おれ?」
「ほらほら!撮影始まってるよ!」
俺は覚悟を決め、兄さんの真似事をした。
「中華戦隊、満腹レンジャー。丹羽ブルーだ。よろしく!」
「今日はレッドが撮影をしてくれてるぞ。俺は今から炒飯を作って、画面のみんなを笑顔にしていくぜ!」
俺はアンチに勝てるほど、強い心を持っていない。悠平みたいに派手なことを思いっきり出来ないから、堅実に、炒飯を作っていく。
視聴者に、俺が毎回心を込めて作っている炒飯の味を知って欲しい。
「ごはん、確認……異常なし。卵、ネギ、チャーシュー……揃い踏みだ!」
油を熱した瞬間、フライパンは戦場へと変わる。
「ここからは、俺とお前たちの信頼の物語だ!必殺、黄色の閃光!」
卵が割られ、華麗に舞い散る。
続いて投入されるごはん、音が交差するたびに熱気が上がる!
「焦げないように!散れ、米粒よ!!」
片手にヘラ、もう一方は鍋を振るってリズムを刻む。
ビデオに収められたブルーの姿は、まるで戦場の指揮官のようだった。
塩、胡椒、醤油が香ばしい香りを漂わせ、ネギが舞い、チャーシューが跳ね、黄金の絨毯が完成へと近づく。
「うーん、すっげぇ美味そう」
ついにカメラマンが呑んでいた息を言葉に変えた。
「炒飯、完成だ!!」
香り立つその一皿を一口、口に入れた瞬間——
「……くっ、うまいッ!!!」
と俺は素直にリアクションをし、決めポーズをする。
「丹羽亭、料理担当!丹羽ブルーだ!みんなも作ってくれよな!」
そして動画は終わった。
「おぉ、すっげぇ!いいの撮れたぜ。さっすが洋平だなーっ!」
「こ、これをどうするんだ?」
「ふふん。兄さんに任せなさい!」
悠平はそれを丁寧に編集する。
俺はそれをちらっと見、良くないことを想像した。
……悠平へのバッシングに拍車がかかるだけじゃないのか?
「ブルーが作った料理、台無しにしてレッドは最低」
と言った感じで、だ。
事実だが、でもこれは、兄さんがみんなを笑顔にしたくて考えたことなのだ。ちゃんと身体を貼って残さず食べているし、毎回俺へのお礼もしている。
俺は酷く後悔した。
……
予約投稿に追加されたその動画と悠平が眠ったのを確認すると、兄さんの自己犠牲を回避するために俺は寝室を抜け出し、24時間営業しているドラッグストアへ駆け込みカラー剤を買った後、急いで髪を赤く染め、悠平の服を着た。
そして自撮り棒を使いビデオを回す。そして夜の間にもう一度、一人称を「丹羽レッド」とし、動画内容を再現した。
…
炒飯を完璧に作り、決めポーズをすると、更にいつも兄さんがやっている調味料ビームを普段以上に酷い状態で再現し、仕上げにそれをかき込み、空になった皿をビデオに収める。
「以上。丹羽亭、丹羽レッドだ!今日で動画投稿はおしまいだ。自分で作って自分で戦って、自分で食う!全てのことに責任を取る!これがヒーローの秘訣だ。みんなも作ってみてくれよな!」
言葉を続けた。
「いつもカメラを回してくれているブルーは、全貌を映さなかった!全く、やれやれだよな。俺は廃棄なんか1度もしたことが無い。だから俺が自分で撮ってみたぜ。誤解させて、悪かったな!店ではいつも完璧な料理を提供しているから安心して食べに来てくれよな!」
……完璧な映りを確認すると、俺は髪を青く染め直し、徹夜で編集作業をした。元々投稿される予定だった動画と同じサムネイルのまま、撮り直した動画の動画を予約完了すると、翌朝、動画は投稿された。平日なもんで、悠平は、投稿された動画を確認していないようだった。
俺が呑気に料理を作っていると、店がざわついているのに気づく。
「5名様ごらいてーーん!!3名様ご来店!!!おっとお客様お待ちください…!!」
「洋平!!!炒飯セット6つ!!炒飯単品3つ!!持ち帰り2つだ!!!洋平の動画ヤベェな〜!!!」
ウッキウキで慌ただしく店を回す悠平。SNSの洋平は何もしてねーのにな、なんてクスクス笑いながら兄にスポットライトを当てたことに俺は誇りを持つ。
俺はその間、SNSで自分が標的になっていることを知らなかった。
それに気づいたのは、店を閉めた後だった。
なんとなくSNSの反応を確認すると、ものすごく荒れていた。
その内容は、悠平を持ち上げる声と、洋平を落とす声だった。
「レッドすげぇ!見直した!!」
「なぁーんだ!ちゃんとしてんじゃん!」
「ユーモアもあるなんて最高」
「そのままYouTuberやれば?」
「応援するよ!!」
という、悠平への賞賛の声。
そして、
「炎上しそうなところだけ切り取るなんて性格悪」
「ぜってー弟、兄ちゃんのこと嫌いだろ、嫉妬乙」
「レッドかわいそー」
「レッドが接客してるんでしょ?レッドに作って欲しいー」
顔を出していない俺の株が下がる。
俺の、計算通りだ。
徹夜をした俺はそそくさと部屋に戻り、眠りについた。
・
朝一番。
悠平が深刻そうな顔で、朝の支度をする俺を呼ぶ。
「なんであんなことをしたんだ」
動画のことだろう。
「悠平が責められんの、耐えらんねーからだけど」
俺はしれっと返す。
悠平は声を荒らげた。
「その気持ちは俺も一緒だよ!!!!なんで、こんなことしたんだよ…!!!!」
「大丈夫、悠平。あのアカウントはもう今週中には消すから。な。」
「何も大丈夫じゃねぇって!何も大丈夫じゃねぇって!!!」
「洋平。言っとくけどなぁ!」
「人を笑顔にできねぇやつは、ヒーローじゃねぇぞ!!!!」
悠平が目に涙をため、怒る。
俺は、はっとした。
幼い頃から見てきた「丹羽亭」の価値。
そして自分のヒーロー像を思い出す。
「真っ赤なマントについた血は誰が気づくんだ。誰が拭ってやるんだ」
「は?」
「昔、聞いたセリフだ。俺がブルーになろうって、思った理由。」
俺は言葉を続ける。
「悠平が、自分で傷つきに行く必要は無い。いいか。始めたのは悠平だ。俺は楽しかった。だから、悠平が、悠平の物語を終えて欲しかった。最後に俺を持ち上げようだなんて、主人公の自分は蔑ろにしようだなんて、そんなの間違ってる。」
「実際、後先考えずに、派手なシーンだけ切り抜いて投稿しちまった俺も俺だ。」
「そんな。何言ってんだよ、洋平。そんなの、お前が……」
「……」
「洋平、俺、こんなの、するべきじゃなかったのかも。」
聞いたことない、悠平の暗い声。
そのとき、扉が開いた。
小さな男の子と、その子の母親らしき人だった。
「昨日のレッドに憧れて、料理始めたくなったんだー!たべたあい!」
「ふふ、動画を見てはるばる県外からやってきたの。レッドくん、こんにちは。」
ハッとし、悠平はレッドの顔になった。
「ようこそ、いらっしゃいませ丹羽亭へ!」
「洋平、炒飯2つ!!」
「…本当はな、ここの料理、このブルーのお兄さんが作ってんだよ」
「そうなのぉ?」
「…そうだよ。」
少年に悠平が誤解を解こうとしている頃、レッド格上げ、弟総叩きのふざけたインターネットに、地元の人々や常連客が立ち上がっていた。俺達のローカルな人望が希望を見せてくれたのだ。
「こう見えてレッドは接客担当ですよ。」
「本当は温かいお店だし、双子はとても仲良しですよ。」
「動画のレッドは弟だよ。ほら見て、前髪が逆だし、ちょっと腕が筋肉質でしょ。」
「料理担当は弟くんだよ。」
「いつも元気をもらっている」
と、SNSで擁護を始め、逆流して応援メッセージが増えた。腕の太さまで見られているとは思わなかった。中には、少年のように、「彼らのおかげで中華料理に興味を持った」といったポジティブな口コミも登場し始める。
夜にそれを見た悠平と俺は、グータッチで絆を確かめ合う。
「もうまじで、勝手なことするなよな!」
「それはこっちのセリフ!!」
「お前だけ悪者になるとか、ぜってーーー許さねぇから!」
「それもこっちのセリフ!!」
ある日、オムライスをアイコンにした、食べログをあげていると言うインフルエンサーが、やってきた。
俺らから撮影許可を取ると、店の取材を始めていく。
ブルーの俺が料理をする姿。
レッドの兄さんが店内で爽やかな接客をする姿。
親父が愛した美味い中華料理に、最高評価で食レポをしていく。
その人が載せた生地が、完全に騒動を丸く収めたみたいだった。
「本当においしい料理を作る店だ」「食べに行きたい」というコメントが続々と増え、気づけば火は完全に消え、丹羽亭への野次馬の注目も薄れていた…。
・
SNSは残すことにした。
俺ら双子は今、丹羽亭を地元密着型のヒーロー的存在として運営させている。「満福レンジャー」は、ただのふざけたキャラではなく、地元のコミュニティを支える存在に変わっていた。全国から注目を浴び、観光客の来店も安定するようになった。地元の子どもたちと一緒にチャリティイベントを開催したり、簡単な中華料理教室や、ヒーローのお面を作ったりなど、大将亭に負けないオリジナリティのある武器を身につけ、双子含め、丹羽亭に立ち寄る人々を笑顔にしていった。
最後には、丹羽亭に来る常連客が、自分たちのヒーロー像を重ねて「満福レンジャー、最高!」と声をかけてくれるんだ。
悠平、サンキュ。
兄さんがはじめた英雄劇は、最高の形になったよ。あのとき、無茶をしてくれなければ。
そしてあの時、俺がブルーで良かった。そう思った。
レッドの活躍には、ブルーが必要不可欠、だろ?
「なあ 悠平。俺思ったんだ」
「どうしたよ、洋平。」
「もしも今後、レッドが危険な目にあうとするだろ?」
「ああ。ヒーローたるもの、ピンチはつきものだ」
「その時はぜってー、ブルーである俺が助けに行くからな。」
「!」
「ヒーローに自己犠牲はつきもんだ。でも、俺らはヒーロー同士。最強の相棒だろ?犠牲になるときゃ二人一緒だ!」
「ははっ。じゃーもう!俺のブレーキは任せたぞ、ブルー!!」
「おうよ!レッド!!」
丹羽亭は、今日も元気に営業中。