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    あらすじ
    ノイ蒼の何度目かの碧島帰省の話です。

    R18となっていますが、内容は薄いです。
    A5版コピー本20p

    緑と青の(サンプル) 手紙を書いた。
     メールではない。きちんとした便箋に、ボールペンで書いた手紙だ。伝達手段の主流がコイルとなった現代において、些か時代遅れなような気がするが、これにはちゃんとした理由がある。コイルでデータとして残していたら、いつかうっかりデータが消えてしまった時に、綴った思いすら消えてしまいそうだったから。せめて、形に残るものとして手紙を選んだ。少し恥ずかしいけれど、これが俺なりのけじめの付け方だった。
     ライムを終えたあと、霧のように消えてしまったノイズに対しての。


     それから手紙を書いてしばらく経ったある日、「平凡」のドアが開いた。
    「アンタを迎えに来た」
     当たり前のようにそんなことを言う目の前のソイツは、紛れも無くノイズだった。たしかに、俺は心のどこかでノイズがまた店にひょっこり顔を出すんじゃないかって、期待をしていた。でも、こんな……こんな立派なスーツを着て、顔を出しに来るなんて思わないじゃないか。
     現実味のないまま、そこからはまるで転がるように今までの日常が変化していった。婆ちゃんに説明し、ホテルに行き、ドイツに行き……。ここまで来てもなお、実感なんてわからないままだったけれど、ノイズが隣にいる。しかも、俺のために色々と頑張ってきたのだという。あのノイズがだ。それが嬉しくて俺も頑張ろうと思えた。
     そして、そうこうしているうちに、俺の頭からはすっかり自分が書いた手紙のことなんて忘れていたのだ。


     
     
    *****
     
    「やっと着いた……」
     長い長い空の旅を経て、俺とノイズは碧島に帰省しにきた。相変わらず澄ました顔したノイズに反して、もう何度目かの帰省になるというのに、俺は疲労困憊の顔色を隠せずにいた。
    「まだ慣れない感じ?」
    「当たり前だろ。長時間、それも空の上だなんて、慣れる気がしないわ……」
     ノイズ曰く、俺たちが普段座っているファーストクラスは、他の席よりもゆったりしていて快適ならしい。旅行や帰省時には「俺の我儘でドイツに来てもらってるから」と旅費もチケットの手配も全部ノイズがやっている。そのため、俺はファーストクラス以外の席に座ったことがない。ファーストクラスでこんな状態なのにエコノミークラスに座ったらどうなるんだろうか。
     そんな俺の疑問を他所に、ノイズからピッと電子音が響いた。ミドリを起動させたようだ。起動したばかりのミドリが電子音を響かせながら、ピョンピョン飛び跳ねている。俺もスリープモードだった蓮をバッグから取り出して、起動させた。
    『おはよう、蒼葉。長旅、お疲れ様だ』
    「ありがとうな、蓮」
     起動音と共に開かれた真黒な瞳とぽわぽわな毛並みが長旅の疲れによく効く。バッグの中にいるとはいえ、空の上じゃ起動できないから、蓮と長く離れていたような気がしてしまう。
    『それにしても、相変わらず凄い列だな』
    「本当にな……」
     蓮の視線の先は、プラチナ・ジェイルに向かう通路がある。そこは、多くの人がみっちりと並んでいた。
    「ま、こっちが混んでるよりかは全然いいんじゃね?」
     ノイズが言うように、プラチナ・ジェイルに向かう通路に対して、旧住民区行き通路は閑散としているから、移動はしやすい。
     ドイツと碧島を行き来するようになってから見慣れた光景とはいえ、この密集率は閉鎖していた碧島では見ることのなかったものだ。オーバルタワーが崩壊してから、会員制が撤廃され、旧住民区だけでなく、本土や海外からの行き来が自由になった。内部が多少改装されて、一部テーマパークのようになっている場所もある。そのため、プラチナ・ジェイルはいつのまにか碧島の観光名所となっていた。東江のことは大きなニュースになっていたし、それも人を呼ぶものとなったんだろう。
     俺も一度くらいは行ってみたいものだが、あの長蛇の列を並ぶのは勘弁したい。
     
     プラチナ・ジェイルだけでなく、旧住民区もだいぶ変わった。島民の逞しさはそのままで、プラチナ・ジェイルの観光客メインにオーバルタワークッキーとか饅頭とか販売している。商魂逞しいというかなんというか。
     路上も依然と比べて、交通が整備されたおかげで時刻通りにバスが来るようになった。徒歩最強と言われ続けていた碧島だったが、車での移動もこれから増えていくのだろう。
     ちょうど来たバスに乗り込んで、揺られること数十分。
     青柳通りを抜ければ、見慣れた住宅街に入った。自分がこの道を歩いて「平凡」と家を行き来していたことが遠い昔のようだ。

    「ただいまぁ」
     少し錆びついた鍵を回して、横開きのドアを開く。
     鼻先を掠める懐かしい匂い。その匂いで碧島で過ごした記憶が蘇ってくる。
    「婆さんは出掛けてるのか?」
    「ぽいな。そういえば今日は町内会の集まりに行くとかなんとか、言ってた気がする」
     居間を覗くと、達筆な文字でしたためられた置き手紙があった。町内会の集まりに行っていることと、夕方には帰ってくること、布団は干してある、などの内容が淡々と纏められていた。
    「だってさ。まだ昼過ぎだし、とりあえずゆっくりするか」
     ふと、台所に置いてある大鍋が目に入った。今夜は鍋なのかもしれない。機内で食事をしたものの、婆ちゃんの飯となると、腹の虫がぐぅと元気良く鳴った。何かつまみたい気持ちがあるが、空腹は極上のスパイスになると言う。ここは我慢して、部屋でゆっくりすることした。
     軋む階段を登ると、何一つ変わらぬままの俺の部屋。俺がドイツに行ってからも部屋はそのままなのだ。婆ちゃんがこまめに掃除や換気をしてくれているおかげで、いつ帰ってきても部屋が埃臭くなっていることはない。
     部屋の床には、きちんと畳まれた寝具が置かれていた。ノイズの分だ。干したてなんだろう。手を乗せてみると、まだ日差しの温もりが残っていて気持ちいい。俺のベッドも新しいベッドシーツに変えられている。
     荷物を置いた後、なんとなくベッドじゃなくて、床に置かれた布団に背を預けた。俺の後に続いて部屋に入ってきたノイズも俺の真似をするみたいに隣で布団にもたれかかった。
    「気持ちいいな」
     息を吐き出すみたいに呟くと、少し遅れてノイズが「ああ」と同意した。
     ノイズは、この布団の温もりが好きならしい。初めて干したての布団で寝かせた時、一瞬で寝落ちていたのを思い出す。その時の寝顔といったら、日向ぼっこする猫みたいで、思い出すたびに笑ってしまう。
     横にいるノイズに目をやると、やっぱり日向ぼっこする猫みたいに目を閉じていた。色素の薄い金髪と睫毛が真昼の日差しに照らされて輝いている。その小さな輝きを見つめて目を瞑れば、瞼の奥でもほのかに淡い光が瞬き続けていた。
     
     遠くから懐かしいアナウンスが聞こえる。童謡と一緒に流れているのは、子供の帰宅を促すアナウンスだ。
     目を開ければ、部屋の中がいつのまにかオレンジ色に染まっていた。カラスの鳴き声、どこかの夕飯の匂い。少し冷たい風が入り込んできて、窓を開けっぱなしだったことに今更気付いた。起き上がって閉めるのも面倒だ。少し冷えた身体をノイズに擦り寄せると、受け入れるように腕を胴に回された。
    「起きた?」
     声をかけてみれば、閉じてたノイズの瞳が薄く開かれた。
    「……寝てた」
    「まーた一瞬で寝てたな、お前。俺もだけどさ」
     ふかふかだった干したての布団は二人分の体重ですっかりぺしゃんこになってしまった。明日も晴れの予報だから、また干しておこう。
     階下から玄関の扉が開く音がした。少し遅れて「帰ってきてるのかい」とよく響く婆ちゃんの声。そういえば夕方に帰ってくると書き置きにあったことを思い出す。
    「婆ちゃんが帰ってきた!」
     パッと起き上がり、階段を急いで駆け下りれば「相変わらず騒がしいねぇ」と婆ちゃんがぼやいた。でも、その表情は呆れつつも笑っていた。
    「ただいま、婆ちゃん」
    「お邪魔してます」
     俺の後に部屋から出てきたノイズがペコリと頭を下げた。婆ちゃんはいつもの調子で頷くと、台所へと足を向けた。
    「ゆっくりしときな。今から夕飯の準備するからね」
     台所にあった鍋を思い出す。すると、また腹の虫が鳴った。俺はノイズの手を引きながら「俺たちもやるよ!」と婆ちゃんに続いて台所に向かった。

     夕飯は下準備がしてあったおかげか、すぐに出来上がり、温かな鍋はあっという間に俺たちの胃袋に入ってしまった。
    「ご馳走様でした」
     手を合わせた後、食器を流しに持っていく。婆ちゃんはお茶を啜りながら、TV番組を眺めていた。
    「俺は部屋に行くけど、アンタは?」
     まだ長旅の疲れが残っているから、今すぐにでも寝転がりたい気持ちがある。でも、折角帰ってきたんだし、ちゃんと親孝行をしたい気持ちが勝った。
    「食器洗ってからそっち行くから、押入れの着替えとか出しといて」
    「わかった」
     三ヶ月に一度、碧島に帰省しているから荷物を減らすために着替えは俺の部屋の押入れにまとめてある。すぐに風呂に入れるように着替えを用意しておいた方がいいだろう。ノイズは頷くと、台所から出ていった。
     階段が軋む音を聞きながら、食器を洗っていく。そういえば、ドイツの家だと食器洗浄機があったからこうして食器を洗うのは久しぶりだ。今度、婆ちゃんの誕生日にプレゼントしてもいいかもしれない。
     三人分の食器を洗い、拭き終わった後、丁度風呂が沸いた。一番風呂は婆ちゃんに譲り、その間に俺はパジャマだとかを取りに、自室へ行くことにした。
     明かりが漏れている扉を開き、中で寛いでいるであろうノイズに声をかけた。
    「おまたせー、ノイ……」
     そこで、言葉が途切れた。
     開いたままの押入れ。その前に立つノイズの手には、今まですっかり俺が忘れていたものが握られていたからだ。
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