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    sonidori777

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    幽霊専門の殺し屋の話

    幽霊の殺し屋今の仕事を始めたきっかけを、俺は今でもしっかり覚えている。初めて仕事をしたときの感触も、昨日のことのように手のひらに残っている。……いや、その感触が忘れられないからこそ、老いぼれた今でもこの仕事を手放せないのかもしれない。
    この仕事の話を、俺は他人にしたことがない。いや、別に秘密というわけではないよ。
    俺には言うやつもいなかったし、信じるやつもいるとは思えなかったから言わなかっただけだ。あんたみたいな物好きが現れるなんて、長生きもしてみるものだな。
    一番最初にこの仕事を受けたのは、おれのボスだった。
    ボスって言っても顔は知らねえ。おれはそのボスがしたであろう指令をいろんな複雑なルートを経て受ける大勢のうちの一人ってだけだ。指令の内容?人を殺すってだけ。
    おいおい、そんな顔をするなよ。今の仕事を始めてからは一人も殺しちゃいねえよ。時効だよ、時効。

    その指令をうけたのは蒸し暑い夏の日だった。馬鹿みたいにあつい満員電車で、俺のポケットにメモがねじ込まれる。「本日23時。第一ビルと丸高ビルの間に立つ男。金髪。」
    今日殺す男が誘い込まれる場所と、特徴らしい。俺はそれを一瞬で覚えて、メモは口の中に放り込んだ。
    指定された場所はこの辺でも治安が悪いと有名な繁華街だった。昼間でも割と人が多く、夜ともなれば人目につかない方が難しいだろう。下見を兼ねて歩く道には、高いブランドを身に着けて立派な成りをしているくせにまだ幼さを残した男たちがたむろしている。繁華街でうろついている奴らのことを悪く言う資格のない俺は、誰とも目を合わせないように、第一ビルと丸高ビルの前を通り過ぎる。どちらのビルにもホストクラブが入っているようで、まだ若い男たちのギラギラした写真が壁一面に貼ってあった。
    俺はターゲットが殺される理由も、そいつ自身のことも興味がない。この街で殺すやつと殺されるやつがいるだけ。それ以上に踏み込めば、おれはきっと殺される方に回るから。
    日が沈み、街のネオンがぎらつき始める。俺はナイフをしっかりと握りしめ、今日のシミュレーションをする。金髪の男と目が合う前に口をふさぐ。首を切る。そうして、息絶えたのを確認してから雑踏に紛れて消える。
    よし、と一息ついて、例のビルの間の路地に向かう。

    果たして、男はそこに浮いていた。

    俺はシミュレーションしたことをすっかり忘れ、浮いている男を見つめる。
    何かにつられているとかではなく、男はただ立ち尽くした姿のまま、俺の肩あたりの何もない空間に浮いていた。
    俺が馬鹿みたいに口を開けて見上げているのにも男は気付いていないようで、うつろな目で丸高ビルの方の壁を見ている。なんだこれは。
    「早く殺してくれ」
    突然かけられた声に、ハッと我に返って後ろを振り向いた。
    ターゲットの男の想像を遥かに超える状況よりも、いままでの習慣で殺しの現場を見られたという一瞬の焦りで血の気が一気に引いていく。
    しかしまた、俺はあっけにとられて立ち尽くすことになる。
    俺に声をかけてきた男が、ターゲットと同じく俺の肩あたりまで浮いていたからだ。
    「早く殺して。おれがあんたらへ依頼したんだよ。早く、組のやつらに見つかる前に!」
    異常な状態に、俺はどうしていいかわからなかった。こんなこと、殺し屋人生で経験したことがない。
    ターゲットの男は宙に浮いてるし、ボスに依頼したという男も宙に浮いている。
    「あんた、プロなんだろ?早く殺せよ!」
    再度投げかけられた殺せ、という言葉に、俺は本業を思い出す。こいつが依頼主じゃなかったら消せばいいだけだ。
    俺はターゲットの足をつかんで目線があるところまで引きずり降ろした。足首に触れた手のひらから、氷を触ったかのような異常な冷たさが伝わってくる。
    男は俺に引きずり降ろされたにもかかわらず、一言も発さず、相変わらずうつろな目で壁を見ていた。
    相変わらず状況が呑み込めないまま、最初のシミュレーションを頭に思い浮かべる。口をふさいで、切って、逃げる。
    「殺せ!!!!」
    依頼主という男の叫び声に押されるように、俺は男の首をナイフで掻き切った。
    男の短い叫び声、あふれ出る生暖かい血、崩れ落ちる身体の重さ。
    命が尽きるときの面倒くささを想像して一瞬うんざりした直後、それらの想像は裏切られた。
    プシュッ。
    短く空気が抜けるような音がして、目の前から男の姿が消えていた。
    春風のような生暖かい風が、俺の足元から吹き上げている。
    その風をつかむように手を握りこむと、小さな命が手の中で暴れているかのような感覚を覚えた。初めて人を殺した時を思い出させるその高揚感。
    「成功だ。あんたならできると思っていたよ」
    依頼主の男が、宙に浮いたまま俺の肩を友人にするかのように気安く叩く。
    恍惚と風を浴びていた俺は、逃げるようにその場を去った。

    血を浴びることなく、遺体を処理するわけでもなく、俺はただただ仕事がない日の夜のような状態で寝床に戻った。
    依頼主の男は俺の上をふよふよ漂ってついてきている。
    「何が起きたか知りたい?知ってしまったら、この仕事を続けてもらうことになるけど」
    「お前は何なんだ。あいつはなんなんだ?」
    「これからはあんたに直接頼ませてもらうからな。教えてやるよ。おれたちは、幽霊だよ」
    男はにやりと笑う。よく見ると、あの街でたむろしていた男たちとそんなに年が変わらなさそうな、若い男だ。
    こんなに年若いのに死んだのか、とか、幽霊ってなんだよ、とか、なんで幽霊を殺すんだよ、とかいろいろ疑問が湧いてくるけどとりあえず男の言葉に頷いて続きを促すしかない。
    「あの街、幽霊同士のシマが被っててさあ。幽霊にも派閥?組?みたいなのがあって、その組のシマで発生した幽霊は自然とそこに属するんだけど、今回みたいなシマが被ってる場所で発生した幽霊って、どっちの組のものになるか揉めるんだよね」
    死んでまでしょうもないことをやっている人間に、俺は呆れて笑ってしまう。何をやっているんだ。そいつが言うには、別に組が大きくなったからといって、来世へのご利益があったり、成仏したり、そういうことができるわけではないらしい。
    ただ、死んでからも群れたいという本能がそうさせている、という。嘘か本当かわからないが、人間は逞しいのか、虚しいのか、よくわからない感情になる。
    「揉めたからと言って、別に生きているこっちには関係ないから殺す必要はなかったんじゃないか?殺すのは成仏させるってことか?」
    「生きてる人間がどうとかは俺には関係ないって。俺はただ死んでまで争いたくなかっただけ。だから争いの種を無くしちゃおうってわけ。成仏したかどうかは知らない。俺は成仏したことないし。あいつ、まだ生きてた時のこと思い出してなかったからよかったよ。ホスト時代のツレなんだけど、キレたら面倒なんだよ」
    けらけらと笑う男に、俺はぞっとする。どこまでも本能に忠実な幽霊たち。自分の欲望のために仲間を消す幽霊たち。
    そうして、俺はぞっとした自分がおかしくなる。今まで何人、人を殺してきたんだっけ?さっきはついに幽霊だって殺したのに。
    ふと、あの生暖かい風を思い出す。あの高揚感をまた体験したい。
    「あの街にまた幽霊が生まれたら、俺を呼べよ」

    そうやって、俺に幽霊殺しを依頼したやつがいつの間にかいなくなってからも、俺は幽霊を殺し続けている。人を殺してもあの高揚感はもう得られないけれど、幽霊をやったあとは何度もあの生暖かい風が俺を包み込む。それに気付いてから、俺は幽霊専門の殺し屋になったってわけ。
    祓い屋なんて大層なもんじゃねえ、なんにも悪さをしてない幽霊を殺してるんだから。
    なんで俺が幽霊を見ることができて、殺せるのかはいまだにわからないが、発生したばかりの幽霊を見つけるのは得意になった。コツ?そうだな、まあ、あの街で起こる事件とか調べていたら勘が働くようになったってだけさ。
    この話を聞いてあんたが何をしたいのか俺にはさっぱりわからないし、知りたくはないんだけど、これだけは言っておく。
    面白半分で幽霊を殺すもんじゃねえぞ。あ、そうそう。人間もな。
    俺は言っただろ、知りすぎると殺されるって。お前には見えてないかもしれないけど、この部屋には俺が殺しきれないほどすげー数の幽霊が俺を待ってるんだ。
    生身の人間には手出しができねえって恨めしそうにじっとこっちを見てやがる。
    あ?お前が持ってるの、そりゃなんだ?
    ああ、そういうことか。幽霊が人間に幽霊殺しを頼めるんだ。人間殺しも頼めるってことかよ。はは、じゃあな。
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