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    sonidori777

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    ラーメンを奪ってくる死神

    ラーメンに殺される残業を1時間以上した後、私は必ず職場から歩いて5分のところにあるラーメン屋に行くことにしている。頼むのは決まってスタミナチャーシューニンニクマシマシラーメン、トッピング味玉&キムチ。隣の居酒屋が爆音で流している一昔流行ったJポップを聞きながら、黙ってひたすらにラーメンを口にかき込む。もやしとキムチをかき分けては口に運び、見えてきた固めの麺をチャーシュー、卵と一緒にを口いっぱいに頬張って、汗だか鼻水だか涙だかわかんない水で顔がぐちゃぐちゃになるのも気にせず、熱いスープを喉に流し込む。仕事で失敗したことも取引先に言われた嫌味も上司に言い返せなかった理不尽な注意も、すべて忘れることができる一瞬だ。
    そんなストレス発散の一時を、最近邪魔してくるやつがいる。
    長いまつ毛、黒目がちの瞳、長いピンク色の髪の毛をぐるぐるに巻いて、真っ赤な唇をツンと尖らせているそいつは、私がラーメンを食べているときに真横に座って、油でべたべたになっているテーブルも気にせず肘をついて私の顔を覗き込んでくる。
    そいつは私に話しかけることはないし、私もそいつに話しかけることはしない。
    最初は文句の一つでも言ってやろうと睨みつけてみたりしたけど、すぐにやばいと思ってやめた。だってそいつ、たぶん人間じゃなかったし、なんなら死神とかいうやつだと思う。
    縫い目が全くなさそうな滑らかな漆黒の服、髪の毛とおなじような濃いピンク色の肌、長い黒い爪、挙句の果てに漫画にでてくる死神みたいにでっかい鎌を持っていて、それで人間と思える方がおかしいと思う。店員もそいつのことが見えてないみたいで、一回も視線を向けたところを見たことが無かった。
    いつからか私の隣に座り始めたそいつは、私のことを眺めるだけでは飽き足らず、ついに私のラーメンに手を出し始めた。
    長い爪で器用にもやしのひとつをつまみ、赤い唇でふにと食む。くそ、私のラーメンを渡してたまるか、取り返してやると思ったけど、相手は死神だ。機嫌を損ねて命を狩られた日には悔やんでも悔やみきれないだろう。だって、もやしと引き換えに死ぬなんてたまったもんじゃない。
    そいつがもやしを咀嚼している間に、私は取られてしまったら惜しい順に具を食べつくし、麺をすすりあげ、スープを飲み干した。今日のところはトータル私の勝ちだろう。
    次の来店の時にもそいつはいた。やっぱり私の隣に陣取り、顔を覗き込んでもやしをつまむ。もやしを生贄にラーメンを食べきろうと箸を握る手に力を入れると、なんとそいつはすでにもやしを食べきってキムチに手を伸ばしてきた。くそ、もうもやしじゃ持たなくなったか。
    私はその日、キムチを生贄にしてラーメンを胃に収めた。
    そいつは味を占めたのか、私がラーメン屋に行くたびに私のラーメンをつまみ食いをするようになった。もやし、キムチと手を伸ばし、味玉もついに生贄となった。ああ、我がラーメンのための尊い犠牲よ。次に来た時にはチャーシューも犠牲になっているんだろうか。それだけは絶対に避けたい。チャーシューと一緒にすすれないラーメンはイチゴのないショートケーキと一緒だ。こいつの真っ赤な唇が、チャーシューの油でさらに艶やかになっていることだけは許せない。私は絶対にチャーシューをこの死神から守ると決めて、スープを飲み干した。
    勝負の日が来た。空腹でふらふらになりながら、爆音のJポップを浴びてラーメン屋に入る。食券でいつものメニューを買ってカウンターに座ると、やっぱり死神が私の隣に座ってきた。店員が私のラーメンの湯を切って盛り付けていく様を、自分のラーメンが出来上がるのを待っているかのような図々しい目で見ている。チャーシューはやんねえからな。空腹のせいで相手が死神なのも忘れて、私はそいつをにらみつける。そんな私の攻撃は幸いにも伝わらなかったらしく、そいつは盛り付けられていくチャーシューに目が奪われている。
    私と死神の前哨戦は「はいよ!」という掛け声とともに、本戦へと突入した。目の前にラーメンがおかれるや否や、死神は私のチャーシューに手を伸ばし、私も負けじとチャーシューを箸でつかんだ。黒い爪と黒い箸の間で、チャーシューが引き裂かれそうになっている。愛情がある方が離すなんてそんなばかなことはない。ラーメンと一緒にチャーシューをたべてやることこそ、愛なんだ。絶対渡すもんか。私は空いた手でもやしをつかんで、死神の唇に押し込んだ。そのとき、黒目がちな死神の眼がくわっと見開かれ、何が起こったかわからないような顔をして、そいつは私の方を見た。その一瞬の隙を見て私の箸は死神の爪からチャーシューを奪い取りそのまま口の中に放り込む。こってりした油、濃厚な肉の味。ついでにラーメンもすすり上げ、口の中に幸福がやってくる。
    「ごちそうさまでした!」
    勝利の味とはなんと美味しいんだろう!ラーメン最高!そう思った瞬間、死神が背負った鎌に手を伸ばすのが見えた。あ、やってしまった。私の命はチャーシューと引き換えに狩られてしまうに違いない。死因、食い意地。なんという情けないおわりだろう。
    そうこうしている間に、死神のぐりんぐりんのピンク色の髪の毛は宙に広がり、黒い瞳からは光が失われ、真っ赤な唇は油でぎとぎとになり損ねたけれどあやしくきらめきはじめた。なんとういうか、たぶん殺す気満々だ。どうしようどうしよう、と焦って身体を無意識にゆすってしまう。するとチャリン、とポケットから小銭の音がした。そうだ、ハピネスイズシェアリング。昔見た映画のフレーズが頭をよぎる。

    「あのときあんたがラーメン買ってくれなかったら、あんたのこと殺していたと思う」
    死神は隣でシンプルな味噌ラーメンを食べながら、いけしゃあしゃあとそういうことを言う。あのとき、私は死神が放つ殺気をはねのけ、券売機までダッシュした。たぶん、人生で一番の瞬発力だったと思う。後ろから迫ってくる鎌の気配を感じながら、お金をねじ込んで見なくてもわかるいつものメニューのボタンを押した。そして間一派、鎌が私の首の皮をほんの一枚切ったところで死神に食券を渡してやったのだった。そのとき、汗だか鼻水だか血だかわからない液体で、私の服の襟はぐしょぐしょに濡れていたのを覚えている。ラーメン以外で汗だくになるって、なんて屈辱的なんだ。
    「はじめからそうしてくれたらよかったのに」
    死神は今でも恨めしそうに文句を垂れながら、私にラーメンを奢られている。そのくせこいつは私を脅し、あのラーメン屋だけではなく近場のほかのラーメン屋、さらには遠出して各地の有名店まで足を延ばすようになってしまった。おかげで健康診断の結果は毎回赤字が躍っているけれど、ラーメンを奢らなければ死神が私を殺してしまう。ああ、気が付けばラーメンに命を握られているなんて!死神が私を殺すのが早いか、ラーメンによる食生活で私が死ぬのが早いか。せめて死神が私を狩るときに、私のギトギトの魂でこいつが胃もたれしますように。そう思いながら、仕事終わりに私たちはまたラーメンを食べに来るのだった。
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