家出少年天くん?_________________________
朝のダイニングに、トーストの匂いが漂っていた。
急いで朝ごはんを食べていると天が起きてきた。
「えー…、唯一、今日は朝ごはん作ってくれないの?」
天が寝癖を残したまま、ふらりと椅子に腰を下ろす。
「今日は寝坊しちゃって…。仕事も忙しいからごめんね。自分でお願いできる?」
「えー、唯一が作ったやつが食べたいのに」
「これから大事な会議があって、外せないんだよね…。ごめんね。」
納得いかなかったのか、天は唇を尖らせ、わざとらしくため息をつく。
「……じゃあいいや。今日は外で食べてくる」
「…外で?……わかった。」
そう言って、僕はパソコンの画面に戻った。
このとき、天がスマホをテーブルの端に置きっぱなしにしていたことにも気づかなかった。
玄関がバタンと閉まる音。
時計を見ると、まだ午前九時過ぎ。
「近所のカフェにでも行くのかな…」
――このときは、本気でそう思っていた。
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昼過ぎ、仕事の合間にふと思い出した。
「そういえば、天……まだ帰ってこないな…」
スマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
《今どこにいる?》と送信
――既読がつかない。
あれ…
電話をかけても、「おかけになった電話は電波の届かない場所に――」と無機質な音声が流れるだけ。
普段の天なら、既読は早い。
返事が来なくても、既読はすぐにつく。
「まさか……」
嫌な予感が胸を締めつけた。
今日は休みだと言っていた。
そういえば、朝から様子がおかしかったかもしれない…
もし天に何かあったら――。
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会議の資料を机に放り出し、上司に「急用で外します」とメッセージをいれて家を飛び出した。
商店街や駅前を歩き回る。
「すみません、この人……今日見ませんでした?」
スマホに保存してある天の写真を見せながら、行きつけのカフェやコンビニを回る。
店員たちは首を横に振るばかり。
胸の奥がざわつく。
今まで何度も「外で食べてくる」と出かけたことはあった。
けれど、今回は――何かが違う気がした。
「……天、どこ行ったんだよ…」
足早に次の場所へ向かう。
夕暮れが近づき、空の色がオレンジ色に変わっていく。
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スーパーの角を曲がった瞬間、見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んできた。
薄いパーカーに短パン。片手に紙袋、もう片方にケーキの箱。
「――天!」
声が裏返るほど大きくなった。
振り返った天が、きょとんと目を丸くする。
「⁈ …唯一? なんでそんな息切らして……」
「どこ行ってたんだよ! 昼から連絡も取れないし、探しまわったんだよ!」
周囲の視線も構わず、僕は天を抱きしめた。
抱き寄せた身体はほんのり冷えていて、思わず力がこもる。
「ちょ、ちょっと待って……俺、ただ買い物してただけ……」
「スマホは?」
「あ……机の上に置きっぱなしだったかも」
僕は脱力し、額を天の肩に押し付けた。
「……天、本当に……心臓止まるかと思ったよ………。」
天は一瞬だけ驚いたように黙り、そして小さく
「ごめん」
と呟いた。
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家に戻ると、テーブルの上には天が買ってきた苺タルトが並べられた。
「これ、近所で美味しいって人気のやつ。朝の…ちょっと悪かったなと思って」
「……そんなこと…僕こそごめん…。」
僕は深いため息をつきながらも、胸の奥の緊張が解けていくのを感じた。
「天、スマホ持ってて…。どこにいるのか分からないのは、本当に怖い」
「……そんなに心配してくれたの?」
「当たり前だよ!天は……僕の家族で、大事な人だから」
天はにやりと笑って、フォークを差し出した。
「じゃあ、あーんしてあげる。機嫌直して?」
僕は呆れたように笑い、差し出された苺を口に入れる。
甘酸っぱさと、天が帰ってきた安堵が同時に広がった。
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夕食後、タルトの空き箱を片付けながら天に目をやった。
毛布にくるまって、膝を抱えて座っている。
なんとなく視線を逸らし、唇を尖らせているのが分かる。
「……怒ってる?」
「別に怒ってない。ただ……」
「ただ?」
「心配しすぎだよ、唯一。俺、そんなに危なっかしくない」
僕は笑って、隣に座り直す。
天の肩に毛布ごと腕を回し、その頭をそっと撫でた。
「僕にとっては、天が一番危なっかしいんだよ?」
「……それ、甘やかしすぎ」
「そうかもね。でも、一生甘やかす」
天の耳がほんのり赤くなったのを見て、胸がくすぐったくなる。
優しくキスを落とし、甘い夜にとけていく_______
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家出少年天くん 義兄弟ラブラブEND