「なんで?」
「怖いお顔になってるよ。はるあき」
「そりゃあね!怖い顔にもなりますよ!」
平素所作が綺麗なはるあきにしては珍しく、目の前に置かれたお茶を乱暴にすする態度に(本気で怒ってるなぁ)なんて思うのだ。まぁ、それでも僕がしたことに反省も後悔もしないのだから曖昧に笑えば子孫は所作を乱した態度が恥ずかしかったのだろう机にぺたりとうつ伏せになりながらも「…僕は貴方にも幸せになって欲しいんですよ」なんて言うものだから。
優しい子
綺麗な子
強い子
―僕とは大違い―
机に頬杖をつきながらもうつ伏せになったはるあきの頭頂部からぴょこんと出ているしなびたアホ毛をつつきながら、秘密の話をするようにつぶやいた
「僕は今のままでも十分幸せだよ」
「嘘つき」
「本当だって」
「……好きな人から告白されたのを断ったのに?」
「おや?僕が道満を好きだと思ってるのかい?」
「違いますか?」
机から顔を離して真直ぐ見つめてくる視線。
「違わないね。さすがはるあき」
「ワンセンテンス毎に僕をほめるの止めてください。誤魔化されませんよ?。というかやっぱり好きなんじゃないですか」
「そりゃあ、ね」
「だったら」
「だから道満には幸せになって欲しいと思ってはダメかな?」
首を傾げれば長めの前髪が僕の視界を遮るから、はるあきがどんな顔をしたのかも分からなかった。
分かりたくなかった。
「好きな女性、っと女性じゃなくてもいいんだけどさ。大切な人と一緒になって、家庭を作って。ああそうだ、子供もいいね。道満はああ見えても子供の扱いだってうまいだろうから、さ。」
「前提条件として好きな女性ってところがアンタなんですが?」
「本当に道満ってばなんでそこを間違えちゃうったのかなぁ?」
幸せになって欲しいのに
笑っていてほしいのに
未来を作って欲しいのに
―僕では何一つ叶えてやれないそれら―
願うのは大好きな君の幸せ
*******
対面で掌を温める様に湯呑を両手で持ちながら困ったように笑う人を見て
こりゃダメだと思う。
優しい人
綺麗な人
そして
とてもとても残酷な人。
他人の幸せを寿ぎながらも、自らの幸せは許せないそのアンバランス。
僕がこの人の過去を知る事はない。
僕がこの人の痛みを知ることも、1000年前の重荷を知ることも。
未来を見られる、という事。
未来の為に、死を架されると言う事。
いっそ未来など見えなければ違ったのかもしれないけれど
生物の本能としての「生」すら殺すほどの、死を望まれた未来。それが視えてしまう。これほど残酷なことがあるだろうか?。
何度も何度もべきべきにおられ、投げられ捨てられ隠され、葬られたこの人の『幸せ』
望むことすらできなくなっていたそれら。
(まぁ、それでも少しずつはマシにはなってるけど)
顕現当初はあまりにもひどすぎただけかもしれないけれど。
「ねぇ。晴明公」
「なんだい」
「まだ、未来は視えますか?」
「ふふ。残念ながらもう視えないよ」
だけど自分はそれほど物分かりがいいわけじゃないのだ
平和的に、誰も傷つかないように、それは僕も含めて。
(学園長、頼みましたよ)
未来が見えないこそが、あなたが幸せになってもいいという証左だと証明してみせる
******************
「と、言う事で勝負をしましょう」
「‥‥???」
「そんな可愛い顔してもダメです?」
「道満、視力は大丈夫かな?」
「問題ないですが?何か?」
「僕が可愛く見えるのがまずおかしいって気づいた方がいいよ。」
「惚れてるヤツが可愛く見えるのは普通でしょう」
「視力が悪いわけじゃなくて、感性が独特なんだね」
減らず口を叩きながらも、耳がちょっとだけ赤くなってんのが隠しきれてねえの
マジでかわいいだろうが?と言うのを何とか飲み込んで。
「まぁ俺の感性なんざどうでも。それより勝負しねぇか?」
もういい加減この膠着状態にも飽きてきたろ?
俺に口説かれて
てめえが断る。
ルーチンワークになってきたそれらに学園中にも知れ渡って来ちまってるしなぁ。
そろそろ外野からも『いい加減決着つけろよ』やら『流石1000年の執着は伊達じゃねえ』やらの声と共に賭けまでされる始末だし、その上賭けの金額だってうなぎ上りだったりするもんだからなぁ。そろそろケリをつけるべきでしょう、と言えば
「なるほど」と一応のところは晴明は納得したらしい。
(よし、かかった)
はるあき君から晴明が未来が視る事は出来ないのは確認済。
ブラフの可能性も無きにしも非ずだけれど、まぁ晴明がはるあき君にそんな小細工を使うとも考えにくい上に、はるあき君ですからねぇ、そこらへんは抜かりが無いでしょうし、ね。
なのでどうやって勝負に賭けようかとしていたのも、はるあき君からの情報で餌を立てた。曰く俺の幸せらしい・・・・。
マジで腹立つな。
俺を幸せにしたいなら、てめえが俺の横で笑ってりゃあ十分だなのだと、分かってねぇのに腹が立つし、まぁだから決心がついた。
「てめえが勝ったら、そうさなてめえが望む『可愛い女の子と家庭を築いて子供を設ける』でどうだ?」
「問題無いよ」
ふふ、やっとほかの人に目を向けることにしたのかい?とふわふわ笑うそいつに「ぬかせ」と言えば「だって君は僕に勝てたことないもんね」なんて。
(せいぜい、胡坐をかいてればいいさ)
油断しろ
油断して
俺が勝てねえと思っとけ
「そうだな。だったら勝負内容は俺に一任してもらってもいいか?」
「ハンデかい?」
「そう捉えてもらって構わねえ」
「ふ~・・うん?まぁいいよ」
此処で少しだけためらいを見せた晴明は、首肯をしたそれに
「では、一週間後に」と自分は上手く笑えていただろうか?
***********
多分この後勝負します。
一世一代の勝負します。
衆人環視のもとで
「晴明。病めるときも健やかなるときも、喜びの時も、悲しむの時も、富めるときも、貧するときもてめぇを愛し、てめえを敬い、慰め、救け、この命ある限りお前が好きだと誓う」
さらり、と射干玉の髪に手を通して、一字一句を一つも零れないように真紅の瞳を射る様に見据えて告げる。
「道、満??」
きゃ~~~やらぎゃ~~~~やら甲高い声に野太い声に呆れた声にも消されずにちゃんと伝わったことは赤い瞳が揺れたことで分かったから
「おうよ」
「これが勝負?」
違うよね?と問いかける声が、いつもの晴明じゃなくて途方に暮れる子供のよう。
「勝負だぞ。正真正銘」
「・・・これでどうやって勝ち負けを決めるのさ」
「なぁ晴明。勝負だから勝ち負けを決めなきゃなんねえ、なんて誰が決めた?」
1000年目に99戦をこなして、一度も勝てなかった。
勝てなくて悔しくて、それこそ何度も何度も手を変え品を変え。
次こそは勝てる様に、勝てたら頼ってもらえると、と自らを磨いたあの日々だって悪くはなかったさ。
だけど
「勝つことだけが正解じゃねぇだろ?」
勝ってコイツが俺のモノになっても、それで満足なんてできやしねえし
負けてコイツの言うとおりにほかの誰かを選んだとしても幸せになんてなれやしねえんだから
だったら相子でいいじゃねえか、そのかわりに沢山を伝えよう
大好きなんだと
他の誰でもなくてめえを
愛していると
1000年も変わらずに
共に居たいんだと
それがどんな場所であっても
それでいい
それがいい
ほろり、と涙が落ちる
「馬鹿」
「誉め言葉だな」
はらはらはらはら涙が落ちて
そうして
「 」
一言だけ
アイツが零した本心一つに、その細い体を抱きしめた。
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