旅の終わりのその後 インサンス偏「あいたた…」
たまたま見た事ない植物を求めて散策していたら、山道でうっかり脚を滑らせて崖から落ち、足を怪我してしまった。
木のトゲか石で足を切ったのかパックリと肉が裂けて黒い血がダラダラと出てき始めている。
うーん、やっぱり歳かな…
幸いフューネラルブーケとして蘇ってからは人間の時より若干痛みによる死への恐怖心とかが働かないからこんな呑気な事を考えられる訳なんだけれども、こんな大怪我をしてしまったら流石に一瞬では治らない。
治るまでちょっと待つしかなさそうだ。
その間、物珍しい植物がないか辺りを見回してみる。すると、ガササッと向かいの草むらが音を立てて揺れた。
動物かな?鹿…いや、もしくは最近は見てないけど…魔物?
戦うのは得意じゃないけど、今は身動きが取れないのでポケットに忍ばせていたお手製の魔物用劇薬を構えて警戒する。
だが、現れたのは___
「…人?」
「人、ではないですね。そういう貴方こそ、今の足の怪我」
淡い水色の髪を持つ、髭を生やした男性だった。
頬にはネモフィラの花が引っ付いているのが印象的だ。
「おや、見たのかな…?」
「ええ。人間がこんな所で遭難しているのかと思いましたが…血の色といい足の傷の治癒力といい、貴方…人間では無いですね?」
男はこちらを警戒しているのか、窺うように問いを掛けてくる。別に取って食ったりとかはする怪物じゃないから安心して欲しいなあ。
「ただのアンデッドだよ。君を食べたり襲ったりなんてしないから安心していいよ…?」
何とか警戒を解いてあげたいから諭すように言ってみる。
いや、こっちの方が逆に怪しいかな…?
「アンデッド_ですか。そんなアンデッドがこんなところで何を?」
「植物が好きでね…この山頂に淡い紫色の花で蝶の鱗粉のようにキラキラ光る植物があるって聞いて。それを採取したくて来たんだけど…足を滑らせちゃってね…?」
男と話しているうちに、足の怪我はすっかり治ったのでスクッと立ち上がる。うん、痛みも無い。
「それでわざわざ…変わったアンデッドだ」
「そういう君は頬にネモフィラが付いているね…?ひひ、お洒落だね。」
「これは付いているものではないですよ。
…実際に私の顔の血管に根を張って咲いているネモフィラです。」
「人の体で自生しているネモフィラ、だって?それはすごく興味が湧いてしまうね。何時から…そしてどうやってそんな事を成功させたのか詳しく聞かせて欲しいな」
山頂の花よりも興味をそそられる内容にいつもの癖が出てしまう。変な話だけれど彼の頬に咲いているネモフィラは造花という訳でもなく、確かにそこで花を咲かせ匂いも僅かに香り、信ぴょう性があると見た。
「顔にばかり目がいってしまったけど、君には大きな羽があるんだね。まるで絵画で見る悪魔のような羽_」
男には自分の身を包めてしまえるほどの大きな片翼がある。
魔物はいるけど、悪魔なんて聞いた事ないし…もしかして落ちた衝撃で意識を失って、夢でも見ているのかな?と今更ながらこの状況を疑わしく思う。
「貴方、花にばかり目がいって羽の方に全く視線が行かないんですね。本当に変わった人だ。
…私の名はネモフィル。ネモフィラの花を司る悪魔です。」
へえ、そんな悪魔もいるのか。蘇ってからというもの、本当に新しい世界ばかりが見えて楽しいものだね。
「ネモフィルさん、か…俺はイノサンス。よろしくね。ひひ…」
握手を求めて右手を差し出すと、ネモフィルさんは俺への警戒心を弱めたのか握手を交わしてくれる。
「ネモフィルさんもなんでこんな所にいたのかな?時間があるのなら聞いてみたいことが沢山湧いて出てくるよ…」
「そうですね。私も…百合の花の香り、右目の紋章、
そして首元に刻まれた黒百合の紋章…貴方のことについて興味が湧きました。良いでしょう、悪魔の暇つぶしに付き合っていただきましょうか」
「うん」
快くオッケーを貰えた、という事でいいのかな?ネモフィルさんも俺の事が知りたいみたいだし。
つい嬉しくて笑みが零れてしまう。ひひ、一体どんな事が聞けるのかな?
____
俺らは薄暗い森の中で立ち話もなんだし、という事で喫茶店に移動した。
お互いの素性を話せるような人気のないお店にね。
ネモフィルさんは悪魔だし、俺は一度死んで蘇った花人間だし…もし一般の人間が聞いたら騒ぎになるだろうからね。
「色々聞きたいところだけれど、先ずはネモフィルさんの知りたい事から答えていくよ。」
…旅が終わったあととは言え、自分の素性をこんなに知らない悪魔に話したらジャックさんは怒っちゃうかなでも、いっか。
それぞれの道を辿って行った他の皆には危害を加えないようにはするし…まあ、そんなジャックさんもどこに行ったか俺は詳しく知らないんだけどね。またお話できるといいなぁ。
「では…まず最初に、アンデッドになった経緯を…お聞きしても?」
「…良いよ。長くなるけど、眠らないでね?ひひっ…」
*
そして俺は、人間として死んだ時のこと、罪を償うためにジャックさんに蘇らせてもらったこと、長い旅のこと、仲間たちと協力して目的を達成し、償いを終えたこと___俺の人生全てを語ったような形になってしまったけれども、ネモフィルさんに話した。
ネモフィルさんは表情を変えることなく聞いていた。不可思議だらけな話だとは思うんだけど、ネモフィルさんにとってはそうでもなかったりするのかな…?
「成程。…聞かせていただき感謝します。
さて、今度は私が貴方の問いに答える番ですね。」
感想はアッサリだった。ネモフィルさんの人間性が窺える。
「先ず、私のこの頬のネモフィルは生まれつき生えているもので、誰かが手を加えた物ではありませんね。」
「ねえ、旅をしていたから思うんだけど、ネモフィルさんはどこから来たんだい…?この世界には悪魔そのものはいないと思うんだが…
この世界ではない所から悪魔宗教に召喚でもされたのかな…?」
「ふ、最後の考察もなかなかですが…ただ暇でしたので異世界を巡っていたら貴方に出会っただけですよ。」
ネモフィルさんが初めて口角を緩める。言動からして律儀で礼儀を重んじるような雰囲気が漂っている人だけど、笑うとこんなに穏やかな表情になれるんだね…ひひ。
もっと笑えばいいのに…
おや、私も旅の始まりの時に似たような事を言われていたね… あの人もこういう気持ちで私にそう言ったのだろうか。
「異世界、悪魔って世界を移動できるんだね。すごいね…大魔法使いたちとどっちが魔力?が強いのかな…?なんて。ひひ…」
「さあ、どうでしょうね。」
「ネモフィルさんはどんな世界から来たのかな…?」
「混沌とした世界ですよ。神も天使も、悪魔も、人も獣も全てが存在する世界…」
「混沌…か、統制の取れていない世界?」
「各地域や世界に統制を図る神などがおりますが、そういう意味の混沌とはまた違う…まあ、飽きない世界ではありますが。」
「もし、貴方がこの世界で果たす役目、したい事が無ければ…
____こちらの世界に、来てみますか?」
「君の世界に?」
「ええ、まあ_ここより危険が多い場所ではありますがね。ですが、アンデッドの貴方にならそこまで気にする点はないでしょう。」
驚いた。まさか異世界に勧誘されるなんて。
まるで、絵本や小説の世界のようだ…ひひ。でも、そうだなあ。
ジャックさん達は罪科を償ったのだから好きに生きるように言っていたし、この世界を離れて新たな発見や挑戦をしてみたいとも思う。
「…変わった植物なんてのは…沢山あるのかな?」
「ええ、なんなら植物が髪の毛として生えている神など数人おられますよ。」
「とっても興味深いね。ネモフィルさんが良いのなら是非、連れて行って欲しいな。
…あっ、でも、行くとしたら荷造りと…家で育てている植物達を孤児院や病院に譲渡して、お世話をしてもらえる準備を整えてからがいいな。…いけないかな?」
「ふ…面白い方だ。構いませんよ。時間なんてお互い沢山あるでしょうし。」
「ありがとう。ひひ、優しい悪魔さんだね。」
照れ隠しなのかネモフィルさんは俺の言葉に無視を決め込んじゃったけど、悪い悪魔じゃないのはわかる。
「ではまた2日後に迎えに来ましょう。」
「うん。」
不思議と時刻や場所を決めずとも、ネモフィルさんがふっと現れて迎えに来てくれるような気がしたから、ひとつ返事で終わらせた。
お代をテーブルに置いて喫茶店を後にすると、ネモフィルさんはどこかへと消えてしまった。
__
死ぬ事の無い人生、ありのままの自分で楽しもう。
さあ、これからはどんな生活になるのかな_きっと俺はこの先、ディヴァインさん以外を好きになることは無いのかもしれないし、他の誰かを好きになるかもしれない。
なんて言ったって俺の花言葉は「恋」なのだから。
でも、旅の初めのミステリアスでどこか人間を超越しているようなディヴァインさんに惚れたんだんだけども、旅を続けていって…オリヴィアさんと結ばれる事によって段々と人間味を帯びて教祖だった彼女、ではなく一人の女性として魅力的になっていくディヴァインさんも素敵だったし、そんな変化を与えられたオリヴィアさんと一緒になれて、良いんだと思う。
ディヴァインさんが一番幸せである形を手に入れられただけで、俺は満たされた。この恋に後悔なんてないよ。
感謝だけはディヴァインさんと、オリヴィアさんにはずっとし続けると思うけど…でも、また何処かで二人に会えたらいいな。勿論、他の皆にも。
しばらくこの世界ともお別れだけど、また絶対戻ってくるからね。皆との、忘れられない旅の記憶のある…この世界に。
それまでは、またね。
旅の終わりのその後 イノサンス編 完