初秋「こんにちわ、依島さん」
「なんで払い屋がここに来るんだ。とっとと帰れ」
「何言ってるんですか、私に頼み事をしたくせに」
と、少し古びた何冊かの本が入った紙袋を渡したあと、ちょっと小洒落た洋菓子店のような小ぶりの紙袋を差し出した。
「(オモテの)仕事で差し入れで貰ったお菓子がなかなかだったので教えてもらいましてね」
と喰なさそうな薄ら笑顔を浮かべながら
「ここのチーズタルトがなかなか美味いんですよ。」
(食いもんなんかにあまり興味ないくせに)
「、、、うちには緑茶しかないけどな」
と名取に背を向けながら上がっていけと無言で促す。
久方ぶりに食器棚の奥まったところから、二人分のフォークを引っ張り出して、男二人、無言でしばらくは小さめのチーズタルトを喰む。
「ところで、、、、最近、アイツと会ったか?」
「は?」
一瞬別の顔を思い浮かべてしまい(何でそんな事を聞くんだ?)と思ったが、依島の撫然とした表情を見て
(あぁ、、そうか)
「アイツは元気にしてるのか?」
「最近は会ってないですけどね。。まぁ、相変わらずなんじゃないですか?」
依島の方を見もせず素っ気ない素振りをみせる。
「別に、、息災ならそれでよい」
「たまには連絡したらどうですか。彼女も仕事が忙しいとはいえ、結構心配してますよ。俺を捕まえては連絡先教えろだの、父はどうしてるのだの聞かれてこっちもどう答えて良いのかわからず困ってるんです。」
「アイツとはもう家族ではないからなぁ。」
「戸籍上はそうでも血の繋がった親子でしょう。」
「、、アイツが今の俺の姿を見てもそう言えるのか? 」
しばらくの沈黙の後、名取がフッとため息をついて
「彼女は、、今の貴方の事、なんとなく気づいていますよ。それに変に取り繕った返事をしようもんなら、貴方譲りの腕っ節の強さですよ。たちまち吹っ飛ばされますって。」
「オマエが吹っ飛ばされるのは別の事だろう。」
その意味を知ってか知らずか、丁度チーズタルトを食べ終え、腰を上げた。
「では、そろそろおいとましますよ。ご馳走様でした。」
「オマエが買ってきたんだろう。」
とさっさと帰れと言わんばかりに片手をひらひらとさせた。
「アイツに無茶をするなと伝えてくれ。」
「それ、彼女に直接伝えたらどうですか?俺、貴方に連絡先教えましたよね。多分待っていると思いますよ。」
名取が帰ったあと、つい先程まで名取がいた客間に向かい、縁側に座った。名取が座っていた辺りを睨みつけながら深いため息をついた。
まだ夏の名残が残った少し蒸し暑い初秋。まもなく夕暮れに差し掛かろうとしている空をしばらく見上げていた。ふと、布に覆われて膨らんでいる片手を
そっと撫でる。
(アイツにはいつか会って話さなければならないのだろうな。)
今の住まい先はかつての家族には教えていない。せっかくこんな『忌々しい世界』とは縁が切れたのだ、巻き込みたくない。だが、アイツは俺の娘だ。この世界からの縁が切れても、子はこの『血』は受け継いでいて生涯逃れる事は出来ない。それは彼女も痛いほどわかっている。しかもあの強情ばりな性格だ、ここにたどり着けるような妖力(ちから)はなくともいつか自力でも探し当てるだろう。
(まぁ、アイツが名取に会いたがるのはそれだけじゃないんだろうけどな。)
途端に苦々しい気分になった。