懸崖 タッグを解消しようとしたのは、彼の身辺整理だった事を後になって知った。御楯となりて出で立ち、帰らぬ任務に就いた彼らは。後には何も残さぬつもりだったのだ。ただ、私だけがひとり。
あの闘いに赴く少し前から、彼へと続く四次元の通路は閉ざされていた。私はそれを彼からの峻拒と受け取った。「お前はここまでだ」とどうしても立ち入れてはくれなかった。幾度も呼びかけてみたが彼は応えてくれない。はるか四次元空間の彼方でそっぽを向いたまま、同じ姿の彼が佇んでいるのが見えた。あれは、影なのだ。私に影だけを置いて行った、その影が陽炎の如く揺らめいて、彼の命もまた消えかけているのだと解った。あれは、彼の、最期の焔…。
深い隔絶が、此岸と彼岸のあいだのように横たわっていた。
一条の光が、私の眼前に現れる。
天から地に向かって、黄金のはしごが降ろされる。空間を裂いて…垂直に、垂直に…
私は愚かな侯鳥となって、光を放つ燈台へ身体をぶつける。彼にまっすぐ降りてゆく。私の命と共に。
君は、死なせない。
いつか読んだ本の一節を何故か今、思い出した。
「燈台の硝子は罅(ひび)だらけなんだよ。それはね、夜になると、燈台の灯に向つて候鳥がまつしぐらに飛んできて、自らを光の塊まりに衝突せしめてね、頭を砕き、硝子に血しぶきを散らして、垂直にペルチカルマンにね、ペルパンヂキュレエルマンにね、暗闇の海へまつ逆様に墜落するのさ、鳥は愚かだよ。併し、僕らの一生も……」
今、だ。