ホワイトシチューについて(途中)ホワイトシチューについて
リジン家の、そして帰燕館の台所を取り仕切っているのは厨番の家臣……ではなく、国主ヒエンの妻であり暁の英雄トリニテである。西方リムサ・ロミンサの高級店、レストラン・ビスマルクの筆頭調理師としても名高いトリニテは、ドマ正妃という貴い立場に立った今でも手ずから愛する夫に食べさせることを望んでいたし、それにとどまらず帰燕館で働く家臣の分までもそうするのが当然という顔で日々台所に立っている。トリニテいわく、人の身体とは食べたもので出来ており、相手に食べさせることは愛を注ぐうえで最上の行為のひとつである(そこに苛烈さすら感じさせる独占欲の発露を意識しているかは定かではないが)から夫のため台所に立つのはどんな立場になったとしても当たり前のことなのだとか。もちろん国主ヒエンがそうであるように自身も正妃として民から敬愛を捧げられる立場であることはよく理解しており、数日に一度は夫婦揃ってそれを受け取るべく家事炊事を休むのだが、そんな日は外に出て万市場の台所でミツバと料理を楽しみ民に手料理を振る舞っているのである。最初こそ休みを休みとして過ごすよう叱られ帰燕館に連れ戻されることもあったそうだが、それでおとなしく引きこもっていられるわけがない。ビスマルクにふらりと出勤したり、オールドシャーレアンまで赴いてグリーナーズリーヴの調理品を黙々と作り続けたり、月に行ってキャロットケーキを山ほど焼いたりするものだから、せめてドマにいてくれる方がヒエンの気も楽だろうということで近頃は好きにさせてもらえているらしい。ヒエンは常々、トリニテが羽衣を己に預けた天女なのではないかと思っている節があったが、羽衣を畳んでなお自由に飛び回りあちこちに愛を注ぐ様を苦々しく思ったり、咎めたりといったことは決して無い。心の赴くまま様々を愛し、留守がちにしていたとしても、食事の時間になれば帰ってきて己と食卓を囲むのだから。必ずドマに、そして己の元へ帰ってくるという確信を与えられている、それはヒエンの青い心を穏やかに満たしていた。
そんな根っからの料理人トリニテだが、ヒエンに出す食事は伝統的なドマ料理だけかというとそうではないらしい。ビスマルクで作り慣れた海都の料理、故郷イシュガルドの素朴であたたかな料理、かつてヒエンが仮暮らしをしていた草原の伝統料理と、その献立は幅広い。基本的にはドマの食材を用いているが、暇を持て余したトリニテのリテイナーや冒険者仲間がアーテリスのあちらこちらから食材を届けに来てくれる。今日は東ザナラーンで遺跡調査の日雇いを請け負っていたリテイナーの一人がついでに採ってきたらしいポポトが籠に山と積んであった。