痕を残す「気になるだろうが傷に触れるな。痕が残るぞ。」
[[rb:水上小屋 > ここ]]でのぎりぎりの暮らしが始まった頃、虚ろな背中に二、三回言ったことがある。
初めは遠くを向いて座ったまま、視線だけ動いて無視された。
もう一度言った時も同じ反応が返ってきた。
その後、少し経って声をかけた時は薄く笑んでほんのわずかに頷いた。
それ以降は傷について言うのを止めた。
初めから無駄な言葉だと分かっていた。でもそれくらいしかかけていい言葉が見つからなかったのだ。
声をかけて、反応があることで心がまだここにあることを確認したかったのかもしれない。
あの日自分を含めた三人全員が身体も心も大きな傷を負ったが、一番深い傷を負ったのが信一なのは、誰の目にも明らかだった。身体のではない、心の傷だ。
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