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    k3r8h5eiga

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    k3r8h5eiga

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    四仔先生からみた信一と傷の話。
    CP要素はないです。

    痕を残す「気になるだろうが傷に触れるな。痕が残るぞ。」

    水上小屋ここでのぎりぎりの暮らしが始まった頃、虚ろな背中に二、三回言ったことがある。
    初めは遠くを向いて座ったまま、視線だけ動いて無視された。
    もう一度言った時も同じ反応が返ってきた。
    その後、少し経って声をかけた時は薄く笑んでほんのわずかに頷いた。
    それ以降は傷について言うのを止めた。

    初めから無駄な言葉だと分かっていた。でもそれくらいしかかけていい言葉が見つからなかったのだ。
    声をかけて、反応があることで心がまだここにあることを確認したかったのかもしれない。

    あの日自分を含めた三人全員が身体も心も大きな傷を負ったが、一番深い傷を負ったのが信一なのは、誰の目にも明らかだった。身体のではない、心の傷だ。
    大事なものを守りたかった。そのための行動にみな後悔は無い。
    しかし結果として、信一は目の前で己の指と一番大事な存在を失った。
    今でも目に浮かぶ、あの人の固い意志で閉ざされた扉。耳に残る音と、穏やかな声。
    無駄だと分かっても最後まであがきたかったはずなのに、それをしない決断をしたのは信一自身だった。あの時の信一の気持ちは、到底想像できないし想像できたとして言葉になんてできるものではないだろう。

    かろうじて生き延びて、最低限の治療を受け、行くあての無い信一と自分はこの小屋に身を潜めた。十二も何も言わず一緒にいることを選んだ。表立って動けないにも関わらず、できる限り手を回してくれたという十二のところのボスには感謝している。黒社会ではあるが、命を助けてもらったのは事実だ。謝意はちゃんと伝えている。

    三ヵ月。
    あっという間だったが、その間、信一の目はまともに光が宿ったことが無かった。
    心がどこにあるか分からない目で遠くを見ては、頬から鼻にかけて刃物で切られた傷痕をなぞっていた。

    その姿を見ていると、自分の奥底にある、黒いもやが疼く。
    傷に触れてしまうのは分かる。自分も同じだったからだ。
    身体と顔に残る無数の大きな傷痕。傷を負わされた後もひどい扱いを受け、決して適切な処置をすぐしてもらえたわけでもない。命があるだけましで、元どおりに治らない傷なのは明らかではあった。
    命だけは助かった後も身体のだけではない、心の痛みに慣れるまで傷をいじり、そのせいでよりいやな残り方をした傷もある。
    一人で抱え続けた長い時間、傷に触れなくなるまでかなりの時間を要した。
    それでも心の痛みは薄れても、苦しみがなくなったわけではない。城寨で新たに負った傷で思い返してしまったものもある。自分の暗闇はまだ続いていたのだと思い知らされた。
    (傷、か)
    城寨一の色男と言われていた信一に残された傷。
    最低限でも手当は受けたから、清潔を保てばそこまではっきりした痕は残らないはずだ。しかしその治癒過程で過度にいじれば、目立つ痕になってしまうだろう。あれだけ外見に気を使っていた男なのに、惜しいと、勝手に思ってしまう。本人には決して言わないが。
    あいつも癒えない傷を抱えて、自分と同じ暗闇を歩き続けることになるのか。
    友としてそれは避けてやりたいと思いながらも、今の自分に出来ることは彼をこれ以上堕ちさせないことだけだった。



    その日々を変えたのは、紛れもなく、自分たちが守りたかったもの。友の姿だった。



    洛軍がいなくなった翌日、卓代わりのぼろ板の上、麻雀牌でできた城寨を見た十二はそれまでにない声色で一言名前を呼んだ。
    「信一。」
    三ヵ月間抱えた全ての想いが乗っていた。自分だって分かる。付き合いの長い彼らなら、いや、同じ想いを持つはずの自分たちならそれで充分伝わる、音。
    沈黙はどれくらい続いただろう。
    ゆっくり立ち上がった信一は最後に傷を一撫でしてから口を開いた。視線は遠く、たぶん、城寨のある方向に向けたまま。
    「片を付ける。」
    その目は、あの日、扉の前を離れた時と同じ目をしていたように見えた。







    全てが終わって、城寨に戻ってからは忙しい日々だった。
    目まぐるしく過ぎる時間の中、自分の見えている範囲では信一は顔の傷に触れなくなった。そんなものに構っている余裕さえなかったのかもしれない。
    そして不思議なことに、三ヵ月くっきり残り続けていた信一の顔の傷は、城寨の片がついてから、日に日に薄く消えていった。
    といっても完全には癒えず、うっすら痕は残っている。

    当の本人は人のいない時間になると、一旦休憩、などと聞いてもいない大きな独り言を漏らしながら診療所に来るようになった。勝手に椅子に座り、たばこの煙をくゆらす顔をじいと見ると信一は痕に触れて笑った。以前よりも少しだけ無邪気さを失った笑顔は、まだ見慣れない。
    「言われてたのに触りまくったからかなあ、残っちまった。」
    半分、勝手に座るな邪魔だとの意味を込めてため息をつきながら、来訪者のおかげで止まっていた手を薬を作る作業に戻す。
    「元からその切られ方じゃあ痕は残る。むしろあれだけ傷口をいじめててよくそこまできれいになったもんだ。」
    「あーそういうもん?」
    「黒社会どもの治癒力には感心する。」
    「はは、四仔先生の治療のおかげじゃね?」
    「ならもう少し感謝を持って言うことを聞け。」
    ちらりとたばこに視線を向ければ肩を竦めてまた笑う。
    傷に障るから我慢しろと何度言っても咥えたたばこを消すこともしない。左手で口から離すと、何かを思うように宙に向かって煙を吐く。
    その横顔はあの人そっくりだ。何度言ってもたばこを止めなかったあの人に。まったく親子だと呆れる。

    「俺は痕が残って良かったと思ってるよ。」
    ぽつりと漏れた言葉に、手を止めないまま耳を向ける。自分の代わりにシュンシュンと薬鍋が温まる音が先を促した。
    「思い出すのはまだきついことばっかだけど。忘れたくないから。全部。」
    「…ああ。」
    「それに、これを見る度、兄貴に活を入れられてる気がするんだ。しっかりしろって。」
    「言ってるかもな。」
    「えーでもさあ、兄貴、俺今結構頑張ってるよ?四仔も言ってやってよ。どうせ兄貴そこらへんにいるでしょ。」
    「知るか。俺としては医者の言う事を聞け、とも言ってほしいが。」
    「いや、それ兄貴に一番言われたくねーし。」
    そう言って笑うと、信一はたばこを咥えたまま片手をひらりと上げて診療所を出ていった。

    形あるものはいずれ失われていく。彼らの家であったこの城寨さえも。
    でも、自分の身に刻まれたものは失われることはない。
    傷という本来消極的なものも、残るならば意味がある。その傷ごと抱えていこうという彼にとっては、誰にも奪われることのない大事な証なのだろう。
    きれいなものだけで片付けられない。言い表せられないものが心の支えになることだってある。
    それは決して後ろ向きな想いだけではないはずだ。

    あの日受け取ったものを、自分に強く刻みながらこれからも彼は生きていく。
    優しく強い風の、想いを継いで。

    願わくば、できるだけその道が穏やかであれと思うが、まあ、黒社会に生きる限り無理だろう。本当に厄介な奴らだ。
    でも、十二も洛軍も自分もいる。友がいることだけは忘れないでほしいと思う。

    なんて柄にもないかと一人鼻で笑って、改めて仕事に戻ることにした。
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