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    桐智

    ミラーリングは好意のあかし「ぐ、ぐわッッーー?!!!」

     桐島秋斗が、ソファの上から転げ落ちて、ドタンと音を立てながら叫んだ。
     ひっくり返った蝉みたいな体勢だった。もしくは、クワガタ? 足をひくひくとさせていて、何とも前衛的な格好。パンイチで、首にはタオルだけが巻かれている。
     大方、桐島はお風呂から上がって、髪も乾かさずにテレビでも見始めたのだろう。テレビに熱中しすぎて服を着るのすら億劫になった、といったところか。そこで、俺を見るなりソファから転げ落ちた。

    「か、要……クン?!」
    「なんですか。何なんですか、ほんと。そんな、鳩が豆鉄砲を食らった顔をして。これいつまで続ければいいんですか」
    「か、慣用句?! さすが……要クンやね……!」
    「何がだよ」
    「慣用句を日常生活の中で言うのなんて、〇ャンプか歴史書だけかと思ってた。ほら、子どもの言語形成には、ことわざを学ぶ媒体が必要だから……」
    「慣用句の話をしたいんですか?」
    「いや、別にぃ」

     要圭はひとつ息を吐く。
     こんな様子じゃ、俺のことを馬鹿にしているのかと思ったのだけれど、桐島の様子からして、どうやらそうでもないらしい。
     ただ純粋に、普通に、慣用句を使った俺に驚いて、そして楽しそうにしている。何がそんなに引っかかるんだか分からないが、桐島はいつだって楽しそうであった。ケタケタと笑ってる。

    「……そんな、腰を抜かさないでくださいよ。目は口ほどに物を言うとは言いますけど、そんな様子じゃ、後ろ指を指されてしまいます。少しは謹厚慎重を心がけてください」
    「す、すごい……!? かっこええ……! 天才やん……?!! 3……連単……いや、四字熟語のあわせ技も?! さっすが要くん!」

     桐島は相も変わらずきゃっきゃと楽しんでいるのだから、呆れて笑ってしまう。お前もやろうと思えば出来るだろ、って思うが、もしかすると桐島は四字熟語だったり慣用句を勉強していなかったのだろうか。学校では寝ている悪い生徒だったのだろうか。寝こけて赤点でも取っていたのだろうか。鉛筆を転がしたマークシートを埋めていたのだろうか……なんて、まぁこんなのはどうでもいい事である。

    「ふっふ、あはは、あー、要くん、ほんま、きみ、おもろいなぁ」

     桐島はそのまま楽しそうに笑った後、クワガタみたいな格好から、のそり……と起き上がった。髪はボサボサとしていて、まだ湿ってる。乾かさないからこんな事になってる。

    「何がそんなに楽しいんだか」
    「楽しいよ。きみといると、ずっと楽しい」
    「ばか。ほら、そんなことしてないで、早く服きて下さい。風邪引くでしょ」
    「はぁい」

     桐島は自身のボサボサの髪を1度かきあげて、撫であげる。そうして、もぞもぞと近くにあったパジャマを着始めた。
     サラサラと耳元へと髪が落ちていき、その髪のきめ細やかさが見て取れた。水に滴るいい男……なんていう言葉もあることだし、きっと、世間ではきゃあきゃと騒がれるような風貌なのだろう。
     こんな桐島秋斗に夢を持つ人間も多そうなことだ。例えば王子様みたいに、桐島にエスコートをされることを夢みるような。
     しかし、俺は、桐島秋斗はエスコートなんててんで似合わない男だということを知っている。
     だって桐島は普通にガッチガチに緊張するのである。いつだったか、俺が試しに桐島の手を繋いでみた時がある。別に何の意図は無い、ただ、どういう反応をするのか見てみたくなっただけ。
     すると、桐島はカチコチに固まったのかと思うと、それから何にも言わなくなった。うんともすんとも言わない桐島に、反応ねェなぁと落胆した瞬間、桐島は何故だか電柱にぶつかって、ゴミ箱にも激突して無言で震えていた。それでも、手だけは離さなかったのだからおかしい。
     手は汗でびっしょりで、スマートさの欠けらも無い。心臓の音も聞こえてくると錯覚するくらい、桐島は目を白黒させながら、顔を片手で覆って、その隙間から見える顔は林檎のように真っ赤であった。
     俺が手を繋いだだけでここまでなる男に、何だか妙な、言い知れぬ感情になったことを覚えている。このざわめきは、何なんだろうかと言いたくなるくらいには、不思議な気持ちになったものだ。

    「桐島」
    「んぐ」
    「ふ、間抜け」

     桐島はどうやらパジャマを着終わったみたいで、だから、口もとに『スプーン』を突っ込んでやる。桐島は、むぐむぐとそれを口に含んだ。
     そう、スプーン。今圭が持っているのは、夏に食べるであろう、冷たい『アイス』が乗ったスプーンである。ちなみにバニラ味。
     今までずっと手にしていたものである。

    「……うまい」
    「そうですね。桐島さんが買ってきたものだから、そりゃ、美味しいんじゃないんですか。期間限定だし。二個あったし」
    「何でそれを食べてるん? 俺のやん」
    「へぇ。ダメでした?」

     桐島は口に含んだアイスをもう食べ終わったのか、ペロリと舌で唇を舐めた。そうして、トンと足を進めて、近づいてくる。俺は、近くのテーブルに、そっとアイスのカップを置いた。

    「むぐ」

     そうして、そんな桐島に抱きしめられた。目の前が桐島でいっぱいになる。ぎゅうぎゅうと、まるでぬいぐるみにでもなった気分である。はらいせに、桐島の胸に頭をぐりぐりと押し付けてやったら、桐島の身体は固まった。
     そんな桐島もまた、俺の背中にそっと手を回しているのだけれど、しかしそこには少しの力加減が見える。もっと力強く抱きしめれるはずなのに、桐島はいつだって遠慮する。俺の身体はそんなに弱くないはずなのに、桐島はいつも壊れ物を触るように、俺に触れるのだ。

    「…………うれ、しぃ〜……」
    「ふは、そう? そんなに?」
    「嬉しいよ。なんなん。俺のアイス食べてる要くん、なんてさぁ。びっくりしすぎて落っこちてもうたわ。何でそんな可愛いことしてん」
    「ただアイス食べてるだけじゃん」
    「そのさぁ、意味……分かっとるやろ?! なぁ、分かっとるやろ、自分でも。きみ、アイスとか、食べんやん。食べれんかったやん」
    「そうですね」
    「でも、今、食べとる……」
    「食べました」

     久しぶりに食べたアイスは、まぁ、そうだな……感想を言うとすると、アイスの味がした。アイスを食べて『アイスの味がした』が出てくるのは言語的表現の敗北だし食レポとしても機能を果たしていないと言われるだろうが、こんな感想がぽっと出てきたのだから仕方がない。
     アイスはアイスの味がしたし、これがいつも桐島が楽しそうに食べてるものなんだと知った。それに、冷蔵庫には、いつだって2個分のアイスがある。アイスだけじゃない、大抵のお菓子も、ケーキだって。
     俺はその都度食べないと言っているのに、桐島はいつだって、何と言われても、2個買ってくるのである。
    『一人じゃ寂しいやろ』とか、言っていた。どうせ2個買っても、2個分桐島が食べることになるのだから一つで良いだろとか思っていたのだけれど。そんなに食べて糖尿病にでもなったらどうすんだよ。

    「そんなにアイス食べて、桐島が病気になったら困るだろ」
    「へぇーーー。じゃあ、これからも食べて貰わんとなぁ? 俺が入院しないために」
    「知ってましたか桐島さん。糖尿病は症状が出たら終わりですよ。入院まで行ったら、やばいんです」
    「急な現実見せてくんな?!」
    「ふふ……はい。だから、まぁ、少しなら、貴方の分を食べてやってもいい……から。これからは一個で充分です」

     糖尿病は怖いので。桐島がそれになったら困るので。だから、俺は、二個分の一つを食べてやったのだ。
    ―――と、まぁ、こんなふうに言い訳をしてみる。これがダラダラとした言い訳なんだということを認める。
     だって、二個あったから食べた……なんてのは、ここの所、タダの方便である。
     本音は、桐島がいつだって、あまりにも美味しそうに食べるし……幸せそうだから、少しだけ気になって、真似したくなった。それだけだった。本人には言わないけれど。

    「一個……? アイス食べるのは、今回だけってこと?」
    「察しの悪いひと。食べんなら、一緒に食べればいいってことだろ」
    「……?!……ッッッ?!」

     桐島は驚いて目をまん丸にして、落っこちそうになっている。俺も自分の口から自然と出た言葉に、首を傾げた。こんなことを言うつもりは無かった。アイスを食べるのは、まぁ、今回限りの予定だったのに、何故だか変な提案をしていて、おかしい。桐島と一緒にいると、いつだって俺はおかしな選択をしてしまう。

    「それって……あーん、してって、ことぉ?! 要くん、俺に、あーんしてほしいってこと?! 一個でイチャイチャは二倍ってこと?!」
    「何で俺が求めてる感じになってるんですか」
    「だめか…」
    「ふん。好きにすればいいでしょ、別に」
    「……! やる! やろうな!? 毎日!」
    「毎日はちょっと」
    「要クンのいけず!」

     なんだかなぁと思う。目の前の桐島は凄く嬉しそうな顔をして、『明日……何食べよ?! ケーキ買ってこうか?!』なんて、ブツブツ言っていて。満面の笑みを浮かべていた。
     あれ、うーん、いつの間にか、俺は桐島に『あーん』とやらをしてもらう事になってしまっていた。ケーキなんて、それこそ百歩譲っても、記念日だけでいいものを、桐島はど平日の真ん中に食べる算段を立てていやがる。
     だけれど、その顔があまりにも幸せそうなので俺は何も言えなくなる。一緒のものを一緒に食べることが何でそんなに嬉しいのか分からない。だけど、桐島が幸せなら、まぁ、このままでもいいかという気分になってくる。

    「桐島」
    「なんや、今忙しいんよ。話しかけんといて」
    「明日のお菓子考えることがそんな忙しいんですか」
    「こんなん、一大事やん!??」
    「ふぅん。じゃ、ここで一言。慣用句を言ってください」
    「……え?! ん、え、なんでぇ?!」
    「いいから」

     桐島は戸惑っている様子だったが、うーんと目をつぶり、唸って頭を捻った。与えられた事柄に対しては、真面目な男である。俺に応えようと必死。そうして、 何かを思いついたのか、『あっ!』と声をだした。なので、答えを促してやることにする。

    「はい、スリー、ツー、ワン。どうぞ」
    「よっしゃ。いくでぇ………………笑う門には……福、来る!!!!」

     間を開けた割に、出てきた言葉は結構キャッチャーで、そんなに頭を捻らなくても出るものであろうし、自信を持ってドヤ顔を晒すレベルでもない。やっぱり桐島は慣用句だったりの授業は寝て過ごして居たのかもしれない。

    「この意味、笑えばいいってことよな。ね、俺とずっと笑っていようね、要クン。あーんもしあってイチャイチャしような」
    「はは。なんだそれ」

     ただ桐島に慣用句を言わせただけなのに、おかしい。何だか少し、これに嬉しくなっている自分が、一番おかしかった。

    「桐島さん。実は、あんたのそういうところ、好きですよ」
    「……?! ぎゃ、ぎゃー!!!!」

     桐島はまた、転げ落ちるかのように床に落ちて、『目が、目がー!!!!! か、っか、可愛すぎるー?!!!!! デレた〜?!!』ともぞもぞと足をばたつかせ、今度はラピュタの真似をしていた。それを、見下す。見下げるではなく、見下した。何度床に転げ落ちる桐島を見なきゃいけないんだろうかと思うが、桐島は驚いた時に椅子などから転げるのがマイブームなので、仕方ない。そのオーバーリアクションで、いつだって騒がしい。

    「お、おれもぉ、す、好きやねん……だいすきぃ……」

     そうして思う存分暴れ回った桐島秋斗は、自身の汗を拭い、ゼェハァと肩で息を切らしながら、そう言った。やっと起き上がったらしい。なるほど、間抜けな様子だった。

    「じゃ、責任取ってくださいね」
    「責任……?!」
    「はい。責任です」

     この世にはミラーリングという言葉がある。ミラーリングは、好意の証らしい。同じことをすることで、その人に親近感が湧くなんて、そんな感じの。
     ま、難しいことは分からないけれど。……つまるところ、俺は桐島と同じものを食べたくなってきたし、桐島の好きなことが知りたくなってきてしまったということである。
     桐島に当てられた。桐島が俺と一緒にいる時に、随分と楽しそうにするものだから、こいつの見ている世界が見たいと思ってしまった。この感情って結構、手に負えない。ほとほと呆れる。

    「俺を、好きにさせた責任。ちゃんと取ってくれますよね」

     また、どたん!!!と大きく床に転げ落ちる音がする。もしゃもしゃと床で動き出す。本当に、アホで愉快な人だった。
     もしもこの後、棚の奥に隠していた、こっそり測った桐島用の指輪なんぞ見せたらこの人って一体どうなってしまうんだろうか。見事なバク転でも見せてくれるのだろうか。三点倒立でもしながら町中を走り回りでもするのだろうか。
     そんなのは分からないけれど、きっと、遠くない未来に答え合わせが出来る。そもそもの話、桐島が買ってきたアイスを食べると覚悟を決めた時点で、俺はこの人に首ったけなのである。
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