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    Fringe_Weaver

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    Fringe_Weaver

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    NTストーリー後のWoLヤシュ
    ヤ・シュトラは、皆が知らない真実と隠された悩みを持っていた。そしてWoLもまた、彼女に言い出せなかったことがあった。お互いを知る中で、本当に大切にしたいものを見つける話。

    注意点
    ・ヤ・シュトラがディシディア界に来たのは蒼天時期(エイシェント・テレポ)説が濃厚ですが紅蓮の話も普通に出てきます
    ・ヒカセンはひろし設定

    前半WoL、後半ヤ・シュトラ視点

    #WoLヤシュ

    光明いつか忘れてしまっても
    それは確かにここに在った











    その日も、我々は変わらずひずみで戦闘を重ねていた。身体の疲労が大きくなってきた頃、ノクトの切り上げに私とセシルも同意し、マーテリアのもとに戻ることにした。拠点に到着すると、既に帰っていた他の仲間たちが騒然としていた様子だった。それを見て穏やかでは無い状況を察したセシルが先に口を開く。


    「みんな、どうかしたの?」
    「セシル、リーダー!ごめん、僕…」


    私の姿を捉えた小さな騎士の彼が、縋るような面立ちで駆け寄ってきたかと思えば、すぐさま俯いて謝罪の言葉を漏らす。皆が心配そうに視線を向ける先には、何かを癒そうと施しを授けているマーテリアと、それを受ける静かに横たわるヤ・シュトラの姿があった。それを目視した私は心を曇らせながも、落ち着いて目の前で俯く彼に問う。


    「ヤ・シュトラに、何かあったのか」
    「…うん、一緒に行動してたら少し休みたいって言ってきて、それからどんどん具合が悪くなっていったんだ。目を抑えて苦しそうにしてたから、ヴァンと2人で運んでここまで連れてきたんだけど…」
    「…成程、承知した」
    「ごめん、リーダー。僕、ヤ・シュトラの傍にいたのに…」


    彼の謝罪は、彼女に対する騎士としての責任であったとそこで分かる。彼は以前も、自らの力の暴走に怯えるティナを守ろうと傍で奔走してくれていた。今回も招集されたばかりの彼女に対して、護るべき騎士としての使命を積極的に負ってくれていたのだろう。


    「彼女をここまで連れてきてくれて、感謝する」
    「でも…僕、苦しむ彼女に何も」
    「そんなことは無い。私は、君が彼女の傍に居てくれて助かった」
    「…うん、ありがとう」
    「おい、俺が居なかったら道中もっと大変だったんだからな」


    そう話を割ってきたのはヴァンだった。ヤ・シュトラはこの兄弟のような2人とよく行動していたので、今回もそうだったのだろう。いつも明るい彼の表情にも、疲労と心配の色が滲んでいるのが見て取れた。


    「ああ、君もありがとう。ヴァン」
    「別に礼を言われるようなことじゃないだろ、当然だって。でも…あのヤ・シュトラが取り乱してるところなんて初めて見たから、正直焦った」
    「…マーテリアの介抱が終わり次第、話を聞こう」


    そうして皆が言葉を潜めて見守る中、マーテリアの癒しの術がゆっくりと収まっていった。秩序の神が一息ついて振り向くと、誰もが次の言葉に緊張を覚えていた。


    「…彼女は、ここに呼ばれた時から失明していたのですね」
    「なっ…!」
    「失明、って…」
    「見えてないってことだよな…?」
    「…そんなわけないだろ!」


    神の言葉に皆が騒然とする中、声を荒らげたのはヴァンだった。


    「ヤ・シュトラは、俺とこいつと、何度も一緒に戦ってきたんだ!後ろでいつも声掛けてくれてて…そんなこと、見えてなかったらできるわけないだろ」


    彼女と共に多くの戦闘を共にしてきたヴァンの言葉は、単純ながらも強い説得力を持っていた。彼が言いたいことを全て言ってくれているのかのように、小さな騎士の彼は、言葉を発さずヴァンの言葉を肯定するように佇んでいた。


    「ヴァン、貴方の言ってることも事実です」
    「じゃあどういう…!」
    「彼女は、元の世界で“エーテル”という、世界の全てを構築する元素の流れを、自らの魔力で視ることで補っていたようです。私達と見ている光景は違いますが、見て、聞いて、感じることに問題はありません」
    「…つまり、ヤ・シュトラはここ来てからも?」
    「はい。この世界のエーテルに当たる流れを視ることで、視界を補っていたのでしょう。しかし…それは彼女の世界のものとは異なります。そこに、多少なりとも魔力の負担があった」
    「…チッ」


    耐えきれないといった様子でやるせなさそうに舌を打ったのはスコールだ。それはこの場にいる誰もが知らない真実だった。そして、皆を導こうと前に立つ私の落ち度でもあった。ヤ・シュトラは今回招集されたばかりだというのに、常に冷静で落ち着いていて、高慢なシャントットも一目置くほどの賢者だった。通常ならばノクティスのように混乱し、状況を飲み込むまでに時間を要する。そんな穏やかで余裕のある佇まいと特殊な種族であるという容姿の印象から、誰もが彼女の聡明さに安心しきっていたのが今回の結果ではないだろうか。頼もしい彼女だからこそ、誰かが護る側に立たねばならなかったというのに。私自身も、彼女の強さに甘えていたのだ。


    「出来る限り、彼女の視界を補う魔力がこの世界に順応しやすくなるよう施しました。大丈夫かとは思いますが…あとは彼女次第です。今は酷く疲れているようなので、起きるまでは安静に」









    その後も、ヤ・シュトラは静かに眠り続けた。世界に夜の帳が降りても、ヴァンと騎士の彼は彼女の傍を離れようとはしなかった。苦しむ彼女を間近で見ていたこの兄弟らは、彼女が目を開けてくれるまで心配なのだろう。セシルがそんな3人に長らく付き添ってくれていたので、私は交代を申し出た。


    「眠れないの?」
    「…ああ、ならばせめてと」
    「貴方が背負いすぎることじゃない。彼女の失明について全く気づけなかったのは、僕も同じだ」


    私の様子が分かりやすかったのか、セシルはそう気遣ってくれた。そして私は、先刻のマーテリアの言葉を聞いた時から思っていたことをセシルに話す。


    「…君は、彼女が我々に話してくれなかったのは、信頼が足りなかったからだと思うか?」
    「どうして話してくれなかったんだろうって、思っているんだね。スコールも顔にそう書いてあった」
    「…ああ、」
    「これは僕の個人的な意見だけど、皆に言うべきほどのことじゃ無かったんじゃないかな」
    「目が見えないというのにか?」
    「彼女にとっては、目が見えないだけ、なのかもしれないってこと」


    その答えに私が黙ってしまうと、セシルは貴方も無理はしすぎないで、と私に声をかけて戻って行った。音を立てないように扉を開ければ、未だ眠ったまま寝台に横たわるヤ・シュトラと、彼女の隣で小さく寝息を立てる兄弟の姿があった。私は兄弟たちと反対側の寝台の隣に座り、眠り続ける彼女の褐色の手を取った。確かに脈は打っていることを確認して安堵する。彼女の顔は、不安なまでに綺麗に静まっていた。私は心の中で、ある記憶を想起する。


    その閉じられた瞼の奥にある白の瞳。
    ずっと、疑問には思っていたのだ。
    けれど聞けなかった。
    何故なら、君は───


    「……っ、」


    ぴくり、と指がひとつ動いたのを握っていた手の中で感じた。思わず彼女の顔に目をやると、長い睫毛が震え、虚ろな白の瞳が覗き出る。
    何か、声を掛けなければ。私はそう思ったが、何一つ言葉が出てこない。せめて名前を呼ぼうとしたその時、彼女から発された言葉を聞いた途端、それすらも紡げなくなってしまった。


    「っ、…ウリ、エンジェ……?」
    (……!)


    その言葉が人名であることも、私を見て発したことから男性であることも、察するのに時間はかからなかった。そして何より、彼女のその時の表情が、我々に向けるものとは異なっていたのだ。他の皆もそうであるように…彼女にも元の世界だけの繋がりがある。そこにある絆に対して我々は…私は、敵うわけなどない。そのことを思い知らされた。


    「…私…エーテルに代わる源流を視続けたの…けれどこんなことになるなんて…情けないわ…」


    私は意識半ばに呟く彼女の言葉をただ聞くことだけしか出来なかった。その時、彼女の覚醒に気付いた兄弟たちも目を覚ました。


    「…ヤ・シュトラ?おい、起きたのか?」
    「っだ、大丈夫!?痛みは…!」
    「…っ!…ヴァン?あなたも…」


    2人の声にヤ・シュトラはハッと我に帰った様子だった。兄弟たちはヤ・シュトラに返答の隙も与えないほどの言葉を掛けている。私はそれが羨ましくもあり、己の情けなさを更に知るような思いだった。2人が安心しきってくれた頃、ヤ・シュトラは振り向き、私にもこう声をかけてくれた。


    「…こんな遅くまで、心配してくれてありがとう。マーテリアのお陰で随分楽になったものだわ。貴方もどうか、休んで頂戴」


    しかし、その言葉に私が返した内容は、覚えていない。









    翌日、すっかり回復したヤ・シュトラに皆が次々に声を掛けていた。衝撃的な事実だったとはいえ、皆が彼女の状態を知る機会としては良かったと思うことにした。クラウドやライトニングは、もうこんな秘密は無しだと少し怒っていた様子で、スコールはその後ろで色々言いたげに佇んでいた。ヤ・シュトラはそんな彼らに少し嬉しそうに笑って返していた。
    そうしてヤ・シュトラがヴァンと騎士の彼と共に合流した時、話し声が聞こえてきた。


    「ヤ・シュトラ、今日は休んでいてよ」
    「あら、そんなつもりは毛頭無かったのだけれど」
    「病み上がりだろ、昨日あんな状態だったんだから1日2日ぐらい休めって。戦闘は俺らだけでも大丈夫だからさ」
    「ヴァン。それ、君が言う?」
    「そうね…なら言葉に甘えさせていただきたいところだけど、マーテリアの施術の加減を、もっと確かめたいのよね」
    「それもそっか…あ、なら、リーダーにお願いできるかな」


    騎士の彼の突然の言葉に、私は意表を突かれた心地だった。


    「私?」
    「そう、あまり遠くないところで良いから、ヤ・シュトラの護衛をお願いできないかな」
    「いんじゃね?アンタ、休んでるところ見たことねーし。少しは散歩でもして肩の抜いた方がいいぞ」


    隣にいたノクティスがそう相槌を打ってきた。セシルもうんうんと満足そうに頷いている。その状況が半ば断りきれない状況にすら感じられたが、彼女に対する自らの責任を考えれば、償えるひとつの機会なのかもしれないと思った。


    「私は構わないが、君はそれで良いのだろうか?」
    「ええ、お願いできるかしら」
    「了解した。セシル、ノクティス…よろしく頼む」
    「うん。今日は僕たちに任せて」


    そう言って戦いに赴くセシルとノクティス、兄弟たちの背中を私とヤ・シュトラは見送った。騎士の彼には遠くないところでと言われたが、少しでも皆のための収穫になればと思い、私たちは現状の地図を確認して未踏の方角に向かうことにした。









    「…この辺り、明らかに源流が密になっているわ。何か大きな力を、強く感じる…」
    「大きな力?」
    「ええ。危険な気配では無いから、辿って進んでみましょう」


    ヤ・シュトラと共に来た場所は、黒く大きな岩が連なっている景色が広がっていた。不安定な足場でも、なんの不自由も無しに歩を進める彼女の姿を見て、本当に言われなければ失明してるなどと分からないと改めて思った。そして彼女が源流を辿った先には、洞窟と思われる大きな横穴が空いていた。


    「まるで、この中に集まるように流れている…」
    「私が先に行こう。…中は深いようだ、手を」
    「ええ、よろしくね」


    ヤ・シュトラという女性に、あのレディーファースト第一のジタンが気後れしたというので不躾な提案かと思ったが、すんなりと受け入れてくれたのは有り難かった。布越しに伝わる彼女の体温が貴重なものにすら感じられた。穴に入って数十歩、視界は光すら反射しない闇一面になる。目が見えないと言うのは、このような掴めない闇と常に向き合っているようなものなのだろうか。それとも今の彼女の目には、世界の源流の煌めきが映っているのだろうか。顔も見えず、足音と繋ぐ手だけが互いを認識できているこの状況が、彼女に切り出したかった思いを後押しした。


    「…ヤ・シュトラ、ひとつ聞きたいことがある」
    「何?」
    「何故、目のことを話してくれなかった」
    「あら、あなたも怒ってる?」
    「…少し、」
    「ライトやクラウドも怒ってくれたのが嬉しかったわ。正直な人は好きだから」
    「我々に信頼が無いからか?」
    「いいえ、違うわ。…私はね、元の世界でも目が見えなくなったことを、仲間に自分から話すことはしなかった。けれどそれは、隠すつもりでも無かったの」
    「…そう、だったのか」
    「だって、必ずどこかで知ることになるもの。変な心配が先走るよりも、その時が来れば良い話だと思ってたから。けれど…昨日のことは迷惑をかけたと反省しているわ。ごめんなさいね」
    「…迷惑などと誰も思っていない。皆、君が大切な仲間だから心配なだけだ。特にスコールは余程君に言いたいことがありそうな顔をしていた、後からでも聞いた方がいいかもしれない」
    「フフッ…そうね。…本当にありがとう」


    その感謝の言葉と共に、少しだけ手を握り返してくれた。不安だったのだ、賢者である彼女にとって、我々は…私は、信用に値しないと思われていたのでは無いかと。しかしそうではなく、彼女はただ元の世界の仲間達と同じように考えていてくれたことを嬉しく思った。
    そうしてどのぐらい進んだ頃だろうか、淡い緑の光が、闇の中に浮かんできたのが見えた。


    「…光だ」
    「この先よ」


    彼女の言葉を信じて私は歩みを進める。そうしていくうちに光はどんどん強くなり、明るさと鮮やかさを持っていった。光で視界も鮮明になった時、飛び込んできた景色は驚きのものだった。


    「これは…!」
    「クリスタルの、結晶…」


    壁一面を覆う翡翠のクリスタル。ゆっくりと歩みを進める度にそれらひとつひとつが瞬くように輝いた。ドーム状に広がるそこは、明らかに今までの大地には無かった、エネルギーに満ち満ちる景色だった。


    「世界が、息を吹き返しているのか」
    「…報われた思いだわ。私たちの戦士としての役目は確かに世界に変化をもたらしていて…着実に終点へと向かっているのね」


    その言葉は希望の意味を纏ったものだというのに、私は何故か未練を感じてしまった。その理由が分からず戸惑い佇んでいると、洞窟に入ってからずっと見えなかったヤ・シュトラの姿が視界に入る。圧巻の光景を見つめる彼女の瞳が、クリスタルの光を受けて翡翠に色づいていた。その光景を見た私は、彼女にずっと言えなかったことをついに切り出した。


    「…ヤ・シュトラ」
    「何?」
    「違ったらすまない。…その」
    「…?」
    「君の、本来の瞳は…このクリスタルのような翡翠色だったのではないだろうか」


    私の言葉を聞いたヤ・シュトラは、珍しく驚いた様子だった。当然だ、マーテリアの言っていたように彼女は初めから失明した状況で招集されているのだから。誰もその白の瞳以外を持った彼女の姿を知る者はいない。
    …そう、私を除いて。


    「あなた、どうしてそれを…?」
    「…ずっと言い出せなかった。今回、君が私に『初めまして』と言ってきてから」
    「…どういう意味?」
    「私には、かつて君に会った記憶があるのだ」


    そう、あれはある闘争の最中だった。
    手負いの私が膝を付いたその時、囁くような詠唱と共に大きな氷魔法が、私を背中を護るように突如現れた。
    その瞬間、特徴的な耳と尾を持った華奢な後ろ姿が私の目に飛び込む。その女性が僅かに振り向き私を見ると、淡い翡翠の特徴的な瞳と目が合った。
    彼女は私を包むようにエーテルの加護を展開すると、たちまち傷跡が癒え、仲間たちも駆けつけてくれたのだ。
    あの姿こそ確かに、今目の前にいる彼女と同じ。
    紛れもないヤ・シュトラだった。


    「瞳、装い、異なるところはあるが…あれは君であると私は確信していた」
    「…あなたの言う通りよ。以前はそうだったわ」
    「そうか…良かった。この記憶は偽りでは無かったのだな」
    「でも、何故あなたにそんな記憶が?」


    何故彼女が過去の姿で、今回の招集と似た状況にいる記憶があるのか。何故私だけがそのような記憶を持っているのか。
    それらを説明できる理由が、ひとつだけある。


    「確かに言えることは、君との記憶は今回の招集のものではないということだ」
    「それって、まさか」
    「ああ、恐らく…この世界は既に一度輪廻している」


    彼女は一瞬驚いたものの、直ぐに冷静に落ち着いて見せた。マーテリアとスピリタス…コスモスとカオスの残滓から生まれし神の世界。かつての世界の在り方と神竜の存在を考えれば、既に輪廻と浄化が起こっていたとしても何ら不思議では無い。そう考えれば、過去の容姿を持ったヤ・シュトラと共闘した記憶があることにも説明がつく。


    「私の中には恐らく、コスモスとカオスから始まる過去の闘争の記憶全てが眠っている。思い出せるものも、そうでないものも。…しかし皆はそうでは無いように思う、君を含めて」
    「シャントット博士は、貴方はこの世界において特殊な存在だと言っていた…まるで神竜に対する免疫のようなものだと。それはこういう意味でもあったのね」
    「ああ、私の記憶全てを神竜に喰われてはいない。そして私にとっても、この世界は特別なものなのだ。かつてコスモスが愛し…共に戦い続けてくれた戦士たちとの思い出が宿るかけがえのない世界だ」


    私の話を聞き終えた彼女は、腑に落ちながらもやるせない顔を浮かべていた。彼女はきっと思っているのだろう、皆との全ての記憶を覚えているのが私だけというのは、彼女を始めとした皆にとって悔しく、私を1人取り残す寂しいことでは無いのかと。それに対して否定すれば嘘にはなるが、私は自身の記憶すら無いほうが最悪の結果だと思っている。だから自らにだけでも、神竜に喰われずに記憶が残っていることは、誇りなのだ。


    「たとえ君が忘れてもこうして私が覚えている。私がいる限り、無かったことには決してさせない」
    「けれど…ただひとり、貴方だけが覚えてるなんて。…あまりにも、詮無いことね」
    「それと…これは上手い言い方が分からないのだが」
    「…?」
    「君の記憶は特に強く残っていた。あの時の君の加護が…君と目の合ったあの瞬間が、焼きついている。心に跡を残したかのように」


    今回彼女から初対面の挨拶をされた時、確かに寂しさを覚えた。しかしその寂しさは、私にだけ記憶があるからこそ生まれた感情だった。ならばそれもまた、私の中で記憶の糧となっていくのだと思えば、尊いものだと思えた。
    だが、例えば次にプリッシュに会う時が来たとして。彼女が私を拾ってくれたことも、名を考えてくれたことも忘れていたとしても…「今は私だけの思い出だな」と、笑って言えるだけの余裕がある気がするのだ。しかしヤ・シュトラとの記憶に対して、そのように立ち回れる余裕はまるで無かった。この違いが何を意味するのか、私には分からない。
    そんなふうに長く自問自答してしまっていることに気づき我に返る。改めて彼女を見れば、ヤ・シュトラは既にどこか困っているような、しかしただ困惑してるとも表しにくい表情を浮かべていた。額や頬に手を当てては、どこか暑そうにもしているように見える。私は彼女が突然色々な事を聞かされて頭が追いつかないのだろうと思った。


    「…ヤ・シュトラ」
    「えっ?あ、…ああ、ごめんなさい」
    「すまない、困らせた」
    「あなたが謝ることでは…ないけれど、」
    「何か他に聞きたいことが?」
    「…やめておくわ。年甲斐もなく勘違いだったら目も当てられないもの」
    「…?今、何と」
    「いえ…気にしないで。ねえ、ずっと見ていたくなるところだけれど、そろそろ戻って皆に報告しない?」


    彼女の言うように、拠点を出発してから随分と時間が経っていたので、私はそれに同意した。帰り道、来る時と同じように彼女の手を取って先導する間、手から彼女の些細な感情の揺れが伝わったのは気のせいだろうか。やはり突然のことで動揺させてしまったのではないか、と懸念しながら洞窟を抜け振り向くと、すぐにありがとうと言われ手を離されてしまった。その時表には出さなかったが、彼女に「初めまして」と言われた時と同じような、冷えた寂しさを感じた。

    マーテリアの拠点に戻ってクリスタルの洞窟のことを皆に話すと、ティーダやバッツの言葉を皮切りに誰から見に行くかの順番争いが直ぐに始まった。私はマーテリアと話しながらその様子を遠くから眺めていると、ヤ・シュトラがどんな光景だったのかと何人かに声を掛けられていた。彼女はそれにいつもの穏やかな口調で応える。そしてほんの一瞬、皆の賑やかな様子に心から嬉しそうに微笑んだのを見た。その表情を見た瞬間、あの記憶の彼女がよぎって、一瞬時が止まったかのように感じた。


    (……ああ、そういうことだったのか)


    私はそこでやっと自覚した。何故彼女の記憶がこんなにも鮮烈に残っていたのか。どうして初めましてと言われた時に、あんなにも寂しさを覚えたのか。
    かつて記憶を思い出せず、自らの存在自体に不安を抱えていた私が、こんな感情を持てるまでになったのかと思うと、やはりこの世界は私にとって大切なこと他ならなかった。ここで起きた全てのことを、皆が覚えてないとしても…私にとってその全てが忘れられない大切なものなのだ。
    だから、いずれ失ってしまうものかもしれないと分かっていても、いや…だからこそ。伝えるだけの価値がそれにはあると、思いたかった。











    ─────────────


















    (…マーテリアのお陰で、魔力の負担は殆ど無くなったわね)


    その夜、私はひとり外に出た。エーテルとは違う源流の流れを視ることに無駄な力を使いすぎていた時とは違い、今はエオルゼアと同じ自然な感覚で視界を補うことが出来ていた。今日の散策は問題無かったものの、まだ実戦での感覚は確かめていない。ヴァンや騎士の彼らに申し出ても止められるのは目に見えたから、皆が休んだ時間に抜け出してきた。その時も道中も、テレポを使用するのに問題は無かった。もし危険があっても、それが退路になる。
    拠点から離れやや開けた場所に出ると、普段使っている魔法を順に繰り出していった。どれも心身共に問題は無かった。視界を補う魔力と魔法を具現化する魔力、そのバランスがマーテリアの施しによって柔軟にコントロールできるようになっている。


    「…よし、次で最後ね」


    この魔法は音も光も目立ち、隙も大きいために本当は確かめるつもりは無かった。しかし懸念していたイミテーションが引き寄せられるような状況にはなっていなかったため、私は検証可能だと判断した。息を整え、杖を地面に這わせるように動かし始める。


    「…土より生まれし…命の水よ…風に包まれ…光となれ…」


    無の大地。
    ここにはエオルゼアのように水のエーテルも風のエーテルも存在しない。だからこの世界におけるこの呪文は、エオルゼアに馳せる思いと、この世界への祈りのようなものだった。いつかこの世界に、豊かなエーテルと生命が生まれることを、その光景の中で皆があるべき世界に戻れることを。
    ここで過ごした短くない時間で、魔法に収束する力は確かに強くなっているのを実感していた。その結果、私たちの闘争はより苛烈になり、そのエネルギーで世界が復興していく。あのクリスタルの群結晶は、形になって現れた世界のエネルギーのひとつだった。そして今呪文に集う力も、以前より確かに大きいものだった。


    「はぁぁぁぁ…!エーテルよ……集え!
    我が敵を貫け、スピリチュアル・レイ!」


    両腕を開き、一箇所に込めた魔力を一気に解放すると、夜闇に力強い一閃の光が空へと伸びた。自分で発した魔法にも関わらず、私はその光景に目を奪われた。明らかに以前とは桁の違うものになっていたからだ。

    しかし、それは余韻を感じる間も無く…一瞬で張り詰めたものへと変わる。何故ならスピリチュアル・レイを発したそのすぐ傍の岩陰から、信じたくない影が現れたからだ。


    「ほう…今の術、中々見応えはあったぞ」
    「……嘘……そんな……」


    禍々しい気配。ひとの形をしたそれらの腰に視える3つの剣気。

    ゼノス・イェー・ガルヴァス。
    ガレマール帝国の第一皇位後継者。
    戦と狩りに飢えた獣。

    スピリタスが呼んだのだ。彼は対話可能な神ではある…あるのだが、結局はこの世界に縛られた神に過ぎない。この世界に闘争エネルギーをもたらせる存在ならば何者であれ価値を見出すのだ。
    懸念が無かったわけではない。スピリタスが招集する戦士たちは、皆マーテリアの戦士たちが戦意を強く抱くような存在が殆どであった。しかしその例に限った事ではないため、自分もまたそうなのかもしれないと思っていた。
    しかし、この男は。自身にとって明確に危険だと言い切れる存在の中の、一番と言ってもいい存在だった。身体全体に緊張が走る。この男の狩りに飢えた瞳とその腰に携える刀。かつてラールガーズリーチでゼノスの凶刃を受けたあの光景がフラッシュバックする。そう思うと、身体が上手く動かなかった。あの時は仲間がいた、リセと…あの人がいた。そう思い返した時、自分の力なさを実感した。今は…誰にも頼れない、決意を固める護る存在もこの場にはいない。私が、私自身を護らねばならない。

    ゼノスの次の言動に対し覚悟を決めて身構えた時、私の後ろから何かが鋭い光を纏ってゼノスに勢いをつけて飛んでいくのが見えた。ゼノスはそれに気付くと難なく刀でいなし打ち落とした。地面に重く砂埃を立てて落ちたそれは、見覚えのある大きな盾だった。


    「…あなた…!」
    「貴様、何者だ」
    「…フン、新たな獲物か」
    「ヤ・シュトラ。無事か」
    「どうして…」
    「話は後だ。まずはこの者を退ける」


    地面に落ちた盾は再度淡く光を纏って浮遊し、彼の意思に応えるようにその手に戻っていった。そしてもう片方の腕に構える剣は、真っ直ぐにゼノスに向かっている。その様子を見てゼノスは興味深そうな顔をしたものの、腰にある刀を抜こうとはしなかった。


    「そう急くな。弱い獲物が混ざっていては興が冷める」
    「スピリタスの戦士だな。お前は、ヤ・シュトラを知っているのか」
    「ああ…貴様、友の後ろにいた女だろう。あの魔法障壁も、先程の術も中々面白かったが…今は狩り時では無い。見逃してやる、万全のちに来るといい」
    「望み通りそうしてやろう。他に用が無ければ去れ」
    「…いや、ある」


    そう言ってゼノスは騎士の背に隠された私に視線をやった。その様子を見て、騎士の警戒心とともに剣を握る力も強まったが、ゼノスはその場から動かずに私に問いかけてくるだけだった。


    「女。友は来ていないのか?」
    「…あの人なら…ここにはいないわ」
    「何故?」
    「…“何故”?」
    「スピリタスは次元最強の戦士共を争わせ、闘争のエネルギーを生み出すと言っていた。俺が選ばれるならば、その相手には友しか考えられん」
    「…神の基準が、あなたと違うのではなくて」
    「何故俺と唯一渡り合える友ではなく、俺に敗れたお前が呼ばれている」


    ゼノスのその問いは、私が心の隅に除けてあった疑問を鷲掴んで眼前に晒した。ゼノスの存在に関係無く、この世界に呼ばれた少し後に私も感じてはいた。神々に呼ばれた戦士たち、彼ら彼女らを見ていると、皆物語の渦中にいる運命を背負ったような存在ばかりだった。対して、自分はそこまでの立場では無い。それなりの冒険譚を歩んではきたものの、それは「彼」の存在が無ければあり得なかった。目の前でひとりの冒険者が、運命に揉まれ英雄になった姿を、間近で見てきている。自分よりも圧倒的に、この場に相応しい存在を知っている。


    「…私に聞かないで、あなたも少しは考えたらどうなの」
    「…何?」
    「そんなこと…、どうして『あの人』じゃ無いのかって…私の方が知りたいのよ!」
    「……まあよい。俺に同じ真似を二度はするな。精々研いで、俺を満足させてみろ」


    ゼノスはそう諦めたように呟くと、傲慢な足取りで去っていった。その姿が完全に消えてから、目の前の騎士は構えていた剣をやっと降ろす。そして私も緊張の糸が解けると、ほっとしたように岩場に寄りかかった。彼はそんな私に真っ直ぐに体を向けて容赦無く問い詰める。


    「聞きたいことがある」
    「…なんでも聞くわ」
    「何故誰にも伝えずここまで来た」
    「止められるのを分かってたから」
    「聡い君には考えがあった筈だ。しかし、この世界は予想外のことが起こることをもっと懸念すべきだな」
    「今、まさに過ちを認めてる所よ…ごめんなさい」
    「謝罪はいらない。君を探しに来たのも私だけだ、今回のことを皆には黙っておく。ただ分かって欲しい。先刻も言ったように、皆君を大切な仲間だと認めて、いる…」


    彼はそこまで言葉を続けると、思い出したように少し顔に陰を落とした。私もその理由は分かっているし、気まずさもあった。ゼノスの言葉が刺さってしまった私がらしくなく声を上げてしまったことが、まだ自分たちの間で衝撃として残っている。


    「…君が、そんな思いを抱えているなどと考えたことも無かった」
    「幸い、呼び出されてからやることに追われてきたものだから…考えなくて済んだとも言えるわね。ゼノスに言われなくても…結局、逃げられなかったことよ」
    「だが…ひとつ、確かなことを伝えておきたい」
    「…何?」
    「私は、君と出会えて良かったと思っている」


    表情筋ひとつ動かさずにそう言ってくる彼。それが紛うことなき本心だと信じられるのは彼の人となりなのだろう。だけど今の私は、その言葉を受け止められるほどの余裕がまだ無かった。


    「ありがとう。私もそうよ、けれど…それは、あなたがきっと公平にそう思える人だから私たちも、」
    「違う」
    「…?」
    「すまない。今のは…その、」


    何故今の言葉で、言葉を遮ってまで焦ったように表情を変えるのか分からなかった。彼が取り乱したことを後悔している様子を見て、私も悲観的になっていた自分を反省した。私は彼に歩み寄って、感謝の意を伝えるように盾に付いた土埃を払った。その時気づいた、彼の顔や鎧の傷が新しいことを。道中手強いイミテーションと戦闘があったのだということを。私の魔力に食いついて来なかったのは、彼が払ってくれていたからだったのだ。


    「本当に…ありがとう。ずっと護ってくれていたのね」
    「…途中までイミテーションを追って探していたが、一際大きな魔法が起きて君を見つけられた」
    「スピリチュアル・レイか…試して正解だったわね」


    この世界とエオルゼアを思って構想した魔法。それに助けられた気がして、思い入れが強くなる心地だった。この世界から離れた時、記憶を失ってしまったとしても…身体がこの魔法を覚えていたら良いのにと思う。


    「…もうひとつ、聞いてもいいだろうか」
    「どうぞ」
    「君と、あの男が言っていた人物は」
    「…私たちの世界の、“光の戦士”よ」


    あの人は多くから「英雄」と称えられるけれど、私は常日頃からあの人をそう呼ぶのはあまり好まなかった。彼の心根が一介の冒険者なのを知っている私は、本来の彼の在り方を尊重したいからだ。あの人がここにいたら、何も無い大地にもきっと面白い何かを見つけてしまう様子が易々と想像できて、この場にいる戦士たちと会えたらどんな好奇心が生まれていたのだろうと思う。そんなこと考えて遠くを見つめていると、頭上から声が降りてきた。


    「…君は、その者に懸想を?」
    「…何ですって?」


    脈絡の無い彼らしくもない言葉に、思わず頭が認識することに失敗したような感覚だった。続く言葉に、故郷と仲間に思いを馳せていた感傷的な気分が一瞬で消え去っていく。


    「君にとって、特別な存在のようだ」
    「正確には私にというか…世界にとってね」
    「君は誰か心に決めた者が、元の世界にはいるのか」
    「待って、本当に何の話?」
    「君のそばにいて、護ってくれる者は」
    「…あなた…ミトラと同じ説教を私にするつもり…?」


    彼の言葉は、以前、非常に、呆れるほどに聞かされた話と良く似すぎていた。それはこの世界に呼ばれる前のこと…それこそ先程のゼノスの凶刃に倒れた時の出来事。姉の容態を案じて駆けつけた妹ミトラが、いつまでも身を固める気のない私に対してこう説いてきたのだ。


    “姉さん、そろそろいい人でも見つけたらどう?
    姉さんは確かに強いけれど、誰かがそばにいてくれるなら、
    その方がずっといいと私は思うわ──”


    負傷者に対して遠慮なくしつこく説いてくる妹の姿が、今目の前の彼に変わる。言っていることは分かる、自分の身を自分で護る意志はあっても限りがあるということは。だが世界の真理を知りたいという好奇心を、幼い頃から時に揶揄されながらも貫いているような博物学者の自分にとって、その選択肢は簡単なものでは無い。


    「…説教?」
    「妹が言うのよ、そろそろいい人でも見つけたらどう、って…心配からそう言ってくれるのは理解できるけど、そういう話は───」
    「君にそういう存在がいないのか、私にも余地があるのか、確かめたかっただけなのだが」


    重なっていたお節介を焼いてくるミトラと彼の姿がぱっと離れたのは、その時だった。私はその言葉の意味を正確に飲み込むまでに時間を要した。


    「………え?」
    「君は私よりも先に、私自身の感情を見抜いていただろう。洞窟で困惑していたのは、それも理由のひとつだった、違うだろうか?」
    「あ…あなた、まさか本当に……本気なの?」
    「ああ。今思えば記憶の中の過去の君に会った時から、私は君に惹かれていた」
    「でも、私は…その記憶を忘れているじゃない。今回のことだって、もし次に会った時忘れている可能性の方が大きい。そんな状況で関係を結ぼうとするだなんて、あり得ないとは思わないの」
    「もし君がこの世界に呼ばれなかったら、私にこのような感情は生まれなかったと思う。私が大切にしたいのは、君との出会いと今ある心だ。記憶を理由に、これらを無視することなど出来ない」


    この人は、なんて悔しいくらいに正しい言葉をぶつけてくるのだろうと思った。そんなことを言われて、なんと返せるというのか。私は彼の言葉に、その真っ直ぐな視線に怯む。


    「現に私の中に君との記憶は残っていた。お互いに忘れたとしても…私はその度に君に惹かれて、その度に心を伝えるだけだ」
    「待って、…少し待って、あなた今結構恥ずかしいこと言ってる」
    「…?」
    「ちょっと本当に困ってるから…も、もう少し離れて」
    「困ると言うのは、つまりは嫌ということだろうか?」
    「…あなた、意外とそういう意地悪な聞き方もできるのね」


    顔が、首が熱くて敵わなかった。まさかこの年になって…いや、この世界の中でこんなにも情熱的で真っ直ぐな気持ちを自分に向けられる状況があるなどと予想してなかったからだ。洞窟での彼の言葉にまさかと一瞬よぎりはしたものの、純粋すぎる騎士故に測れなかったし、自分よりも年若い彼に対してそう予断するのも気が引けた。


    「もし、受け入れて貰えるのならば」
    「…」
    「今君を抱きしめることを、許してほしい」
    「…!」


    彼は、そう言って返答をしない私の肩に確かめるようにそっと片手を置いた。彼のことは頼りにしている、だけど異性として意識することにまだ頭が順応しないのだ。人形のように端正な顔も、大きくて体躯の良い身体も、意識するほどに初めてのものとして認識するような感覚だった。そう戸惑いながらも、抵抗の意思は見せなかった。
    彼の好意に対して直ぐに受け入れられなかった理由は、自分がこの先記憶を保持できない可能性があることだった。しかし、裏を返せばそれだけでもあった。もしもこのような世界では無かったら…彼の好意を無視できなかった可能性を認めた。そしてその懸念すらも、超えてみせると誓われてしまったのだから、ほとほと敵わないと思った。

    彼の手と腕が、肩と腰に回されてすっぽりと大きな身体に包まれた。感情に乏しい顔と鋼の鎧の印象とは程遠く、その腕の中はあたたかい。慣れない彼の匂いすらも、不思議なことにとても安心できる心地だった。けれど密着したお互いの身体から、血管から、どくどくと伝わる緊張と気まずさに耐えられないとばかりに彼は一度身体を離した。その物珍しい様子に私は少しの優越感を得ながら、思わず笑みが溢れる。すると彼は私の手を取って、その甲に誓うような口付けをした。その姿は本当に絵になるほどに綺麗だった。

    私は彼の首に手を伸ばした。兜を付けてない今は柔らかい髪が手にかかって愛おしさを感じた。戸惑う彼を少しだけ引き寄せて、踵を上げて唇を重ねる。ほんの一瞬の接触、顔を離せば彼は固まったように動かなくなってしまった。


    「………」
    「…言っておくけど、初めてよ」
    「…私も、です…?」
    「可愛い騎士様、…私を護ってくれるかしら」


    その言葉に反応して、彼は嬉しそうに白い肌を紅潮させると、すぐに恥じらいながら視線を逸らした。こういった経験の浅い自分も恥じらいはあったものの、それ以上に、先程までの懸念は何だったのだろうと思えるほどの幸福がそこにはあった。
    そして彼はもう一度私を抱き締めると、誓うように呟いた。


    「貴女を、護る。…愛している」


    その言葉に、私は顔を見られなくて本当に良かったと思った。きっととても見せられない恥ずかしい顔をしていたから。私は言葉無く、彼の大きな背中に手を回すことでそれに応えた。その瞬間、彼もまたより強く、確かめるように私を抱き込んだ。













    彼を信じよう
    この先お互いに忘れてしまう時があっても
    彼の真っ直ぐな光が
    確かに存在した、今の記憶を照らすことを


















    「…そういえば、“ウリエンジェ”というのは、誰なのだろうか」
    「あら、何でその名前を知ってるの?」
    「君が目を覚ました時、朦朧とした様子で私をそう呼んでいた」
    「やだ、私ったら見間違えたのね…髪型が似てるからかしら」
    「察するに、君が信頼している男性のようだった」
    「そうよ。けれど同じ組織の仲間というだけだから、そう難しい顔をしないで頂戴。彼には素敵な女性がもういるから」
    「…すまない、私が君を傍で護れるのはこの世界にいる時だけだ。君の元の世界での選択を尊重はしているのだが…」
    「あら?何弱気なことを言っているの」
    「?」
    「私は世界の真理を追う博物学者よ。数々の世界と繋がる混沌の大地…必ずその真理を導き出して、己の意志で行き来できるぐらいにしてみせるわ」
    「……あ、ああ」
    「貴方にとっても大切な世界でしょう。だから待っていなさいな」
    「…コスモス、この世界は心配無用だ…」
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    Fringe_Weaver

    DONENTストーリー後のWoLヤシュ
    ヤ・シュトラは、皆が知らない真実と隠された悩みを持っていた。そしてWoLもまた、彼女に言い出せなかったことがあった。お互いを知る中で、本当に大切にしたいものを見つける話。

    注意点
    ・ヤ・シュトラがディシディア界に来たのは蒼天時期(エイシェント・テレポ)説が濃厚ですが紅蓮の話も普通に出てきます
    ・ヒカセンはひろし設定

    前半WoL、後半ヤ・シュトラ視点
    光明いつか忘れてしまっても
    それは確かにここに在った











    その日も、我々は変わらずひずみで戦闘を重ねていた。身体の疲労が大きくなってきた頃、ノクトの切り上げに私とセシルも同意し、マーテリアのもとに戻ることにした。拠点に到着すると、既に帰っていた他の仲間たちが騒然としていた様子だった。それを見て穏やかでは無い状況を察したセシルが先に口を開く。


    「みんな、どうかしたの?」
    「セシル、リーダー!ごめん、僕…」


    私の姿を捉えた小さな騎士の彼が、縋るような面立ちで駆け寄ってきたかと思えば、すぐさま俯いて謝罪の言葉を漏らす。皆が心配そうに視線を向ける先には、何かを癒そうと施しを授けているマーテリアと、それを受ける静かに横たわるヤ・シュトラの姿があった。それを目視した私は心を曇らせながも、落ち着いて目の前で俯く彼に問う。
    15843

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    それは確かにここに在った











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    「みんな、どうかしたの?」
    「セシル、リーダー!ごめん、僕…」


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