薄皮一枚の陽炎(依名) テレビの中で隣の男が女優と唇を重ねている。恋愛ドラマなのは知っているが、当たり前で突然の展開に驚く。
「これは・・・ガーゼをしているのか」
「ガーゼ?」
依島の持ちだした単語に、名取は首を傾げ、ああ、と呟いた。
「いえ、直ですよ」
「すごいな・・・」
「ええ、すごいですよね。売り出し中の若手女優なんですけど、頑張ってました」
依島は横目で名取を見た。
「お前は気にならないのか」
「え?」
名取は画面に向けていた顔を依島の方に向けた。依島の顔を見て、先程の話の合点が言ったように頷く。ガーゼは、キスシーンで演者の口と口の間に挟んで、直に触れないようにするものだ。依島からしたら、仕事であれ親しくもない他人とキスするなんてことは考えられないのだろう。名取は再びテレビに視線を戻した。鼻先が触れ合う程の距離で、見つめ合う男女。男の頬を這う、ヤモリの影。
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