I YOU .物語のようには上手くいかないと思っていた。だって。
「あの子は人魚姫で、僕はセイレーンなんだから。」
海面を見上げながら僕は体を水中に身を預ける。
セイレーン。上半身は人間で下半身は魚の姿をしている。その歌声は航海中の人間を惑わし、遭難や難破に遭わせる。歌声に魅惑された船人たちはセイレーンによって食い殺される。恐ろしい怪物。
あの人から聞いた「セイレーン」のこと。
間違ってはいない。まだ、僕は人間を食べたことも食べようとも思ってない。でも、仲間の皆は人間を食べている。
「もう何十人、何百人と被害が出続けている。このままではいけない。私が何とかしなければ。」
灰色の瞳に確固たる決意を宿した君。
あぁ、なんてーーー
出会いは僕が仲間から早く人間を食えとせっつかれて狩りに連れ出されたあの日。
セイレーンの歌声には人間を惑わす力に加え、波を操る能力がある。一体こそ微々たるものだが、群れで歌えば嵐を引き起こす。そんなに長くは嵐を引き起こせないけれど、船が沈む時間さえあればいい。
各々目当ての人間を海へと引きずり込む。一度セイレーンの歌声を聞いてしまえば、最後肉を食いちぎられて命尽きるその時まで夢の中なのだから。
「(みんな、狩れたかな。)」
人間を海へと引きずり込む仲間を見ながら、はぁとため息をつく。
歌うのは好きだけれど、やはり人間を食べる気にはなれない。
僕たちと人間の見た目が似ているから?
「いいや~お前はそんな繊細キャラじゃないだろ~!」
と友達の一人に言われたことがある。
「ひどいなミタくん。僕だって傷つくんだよ?それにほかの種族なら食べれてはいるんだし…。なんなら昨日食べたサメの味のレビューでもしようか?」
「いらね~!!あんなおっかねぇの食ってるセイレーンなんてお前くらいだよ!」
「みっちゃん、知らないの?意外とおいしいんだよ~」
「ダイモンくん、わかってるね。」
「うげぇ~、おまえらアレだなゲテモノ好きなんじゃねぇの?」
「せめてグルメって言ってよ~」
「ふふっ確かに。」
そう僕らは海に生きる者。姿形が似ているから食べないなんて言ってたら死んでしまう。魚だってサメだって鳥だって食べる。僕らは肉食だ。
どうして人間を食べる気になれないのか。わからずじまいだけど。
「僕って本当にグルメなのかも。」
と友人たちの会話を思い出している場合じゃない。さすがに人間ひとり捕まえないと仲間たちに何をされるか。言われるくらいなら別に構わない。僕に口で勝てるセイレーンなんていないんだから。でも、強引に僕を狩りに連れ出したくらいだ。
僕が今日の狩りで人間を捕まえてなければ、おそらく自分たちで捕まえた人間を食わせてくるだろう。稚魚じゃないんだから、全く。
海底へ沈んでいく船を横目に、一人の人間に目がいった。
暗い水中なのに、その白髪がきらめいて見えた。しかもかなり大きい。
これを放っておくなんて仲間ならありえないと思ったが、どうやらわざと残していったようだ。
「どれだけ心配してるんだ…。」
過保護にも思える仲間の行動にやれやれと思いつつ、白髪の人間の体を掴む。
身にまとっている皮が膨らんでいて最初は気付かなかったが、この人間は肉付きも良さそうだ。
「よし、一口だけ食べてみようかな…。それぐらいなら許してくれるだろ…って痛っ!」
一瞬何が起きたのかわからなかった。白髪の人間に腕を掴まれたのだ。
どうして?人間はセイレーンの歌声を聞いたら、死ぬまで気が付かないはずだ。いや、確か食いちぎられて覚醒した人間もいた話を聞いたことがあるけれど、僕はまだこの人間になにもしていない。
動揺している僕をよそに白髪の人間はグイっと押しのけ、僕の後ろで仲間を突き飛ばし、仲間が捕まえようとした人間を助けた。その人間は確かに一瞬仲間から離れた。
その様子を見た白髪の人間は安堵するような顔をして、ぐったりと動かなくなった。
再三言うけれど、セイレーンの歌声を聞いた人間は痛覚による刺激以外では覚醒することはない。白髪の人間の行動はむなしく、仲間は突き飛ばされて驚いたが何事もなかったかのように人間を捕まえる。
意味のない行動だった。だけど、その行動に僕は。おかしいかもしれないけれど、知りたいと思ってしまった。人間という種族を。いや、この白髪の人間を。
待ち受けている死から逃れるはずがないのに、自分の仲間を助けようとした彼を「美しい」と思ってしまった。
「(しまった…!このままじゃ、この人はおぼれ死んでしまう…!仲間も人間も寄り付かない浜辺があったはず…!あと、人間に詳しい風変わりな人魚がいたはず…!)」
仲間はようやく僕が人間を捕まえたことに喜んでいるようだが、気にしている暇はない。
僕は急いで泳ぐ。仲間の群れをかき分けて。どうか死なないで。あなたの名前を。あなたのことを僕に教えて。
セイレーンはその歌声で魅了した人間を海へと引きずり込み、その肉を食らう。
きっとその運命からは逃れられないだろう。
人間に恋したセイレーンの青年もまた……。