1カンデラの星酔い潰れた喜一を、伊東は背負って歩く。
出会った頃はつむじが見えるくらいだったのに、たった二年で喜一の背丈はぐんと伸びた。
図体ばかりでかくなりやがって、と伊東は悪態をつく。
喜一が、今日は星がよう見える、と指差すのにつられて顔を上げた。
星明かりで周囲が思いの外明るいことに気づく。
「夜ってこんなに明るかったっけか……?」
「そらそーさ、なんたって、俺の上には佐賀復活の星が輝いとっけんな」
「佐賀復活の星ぃなんだそのすぐ落っこちてきそうな怪しい星は」
「うちのじいちゃんが言うけん、間違いなか」
「あぁ、もう、うるさい」
でも確かに見事だ、と伊東は少しだけ感動していた。
頭上は見渡す限りの星の海。
喜一宅への帰路は、まっ平らな田圃と畦道が延々と続き、遮蔽物は何もない。
脊振山地が、遥か北に稜線を描いているのみで、首をどこに向けても星、星、星。
佐賀の夜空は、視界の全てが星の光に埋め尽くされてしまうのだと、伊東は初めて知った。
「佐賀の空って、広いんだな」
こんな風に空をじっくり見上げるのは、何年ぶりだろう。
ぽつり、と伊東が漏らすと、喜一は間延びした声で答える。
「どこもこんなもんやなかと?」
「全然ちげーよ」
ここで生まれ育った喜一には、さして珍しくもないのだろう。
伊東だって、同じく平坦な関東平野の夜空を知らないわけではない。
しかし、町の喧騒から離れ、人家どころか樹木すらも疎らな真の田舎道をのんきに歩いていると、人の世のしがらみなど忘れてしまいそうになる。
天と地の間には伊東がただ一人、バカを背負って立っている。
このまま、望めば永遠に歩いていけるのではないかと、勘違いしてしまいそうな程に。
「──流行りの"自由"ってのは、案外、こんなつまらねぇ景色を言うのかもな」
「…………」
聞こえていないのか、喜一の反応はない。
ずしりと急に重みを増したから、眠ってしまったのだろう。
赤ん坊か、と伊東がわざとらしく両足を揺すって抱え直すと、喜一はむにゃむにゃと寝言で返事をよこした。
「さが……取り戻……」
「またそれか!いい加減耳にタコができる……おい、喜一、せめて起きてろってお前、重いんだよ!!」
「佐…賀……じい、ちゃん……」
――ぜったい、たすける、と。
酔っぱらいの、戯れ言だ。
だけど伊東の耳には、今にも泣きそうな子供の声に聞こえた。
「はぁ……厄介な星、背負わされてんじゃねぇよ」
あの耄碌ジジイ、と伊東は一度顔を合わせただけの他人の養父に、盛大な毒を吐いた。
何が佐賀を救えだ。何が佐賀を取り戻せだ。
取り戻したところで何になる。
献身的に自分を世話する養い子に、要らぬ苦労を押し付ける意味が、伊東にはさっぱり理解できない。
「……なぁ喜一。お前もどうせ背負うんならさ、星なんかよりもっと身近で、温かくて、確かなもんにしとけよ」
こんな風に、と伊東はもう一度、くたりと脱力しきっている喜一を抱え直した。
心臓が動いている人間は、抱えたら温かい。
人は、意識がある時の方が、運びやすい。
そんな当たり前をいちいち思い出す、後ろ暗い生き方を伊東はずっとしてきたから。
希望の星なんて、頭上にあってたまるか、と、伊東は己の背を灼く熱源の呼吸を、静かに確かめていた。