食堂にて(タクルー)「タクシー!もっと右だよ♪」
いつもは静まり返っている食堂が喧騒に満ちているのは、ガールがクリスマスパーティをしたいなどと言い出した為だった。
そんな中ご機嫌なルーレット小僧を肩車しているのは、連日パーティ準備のオーダーに疲れ切ったタクシーで。
ルーレット小僧が壁に輪飾りを付けようとしている所に偶然、運悪く、通り掛かってしまったのだった。
ホテル内でルーレット小僧に会うとろくな目に遭わない。
タクシーはそれを身をもって知っていたが、車の駐車スペースをルーレット小僧の部屋に借りている事につけ込まれて、強く出られないのが実状だ。
外に置いた時は野良死体に良いように遊ばれて、とにかく酷かったのだ。
「ちょっと!フラフラしないでよ!」
ペチペチと頭を叩かれて、現実に戻ってくる。
はて、この後は何をするんだったか……。
「ちょ〜っと!タクシー!!」
上から顔を覗き込まれてギョッとする。
あ、またルーレット盤外してんだな……などと思っていたら、頬をベチベチと叩かれた。
「しっかりしてよ♪あれ、顔色悪いよ?」
「パーティ準備だかでこっちも忙しいんだよ……」
ハァ……とため息を吐くタクシーに、ルーレット小僧は頬を膨らませた。
その後眉をひそめて、少し悲しそうな顔をして呟く。
「青い顔してる人コキ使うの、イヤだから降ろして……?」
「は……?」
降ろせ降ろせとせがまれ腰を下ろすと、ルーレット小僧はしょうがないんだから!と言いながら走り去っていく。
……今、なんか凄い事を言われた気がする。
タクシーがそのまま呆然としていると、食堂奥からルーレット小僧が駆けて戻って来た。
その手にあるのはマグカップで、湯気が立っている。
「これ、あげる。シェフ特製のココアだよ♪」
じよ〜きょうそ〜効果があるんだって。
舌足らずにそう言われ、タクシーは何故だかホッとした気分になった。
さっき一瞬だけ、まるで子どものように見えなかったのは、気のせいかもしれないと自分に言い聞かせる。
「健康管理くらいちゃんとしてよ♪社会人でしょ♪」
「グ……ッ、容赦無いのやめろ……!!」
地べたに座るタクシーの隣に、椅子を持ってきてルーレット小僧は座った。
上からこちらを見て優越感にでも浸っているのかと思えば、その顔が真顔だったからタクシーはドキリとする。
「な、何……?」
「ううん?別に……」
何でも無いよ?と、そう言われてしまえば取り付く島もなく。
二人の間に静寂が生まれ、いつも声高に話すルーレット小僧が無言なので、タクシーは居心地の悪さを感じた。ふいに先程思った事を思い出し、口に出す。
「なぁ……お前さ、ひょっとして……子どもじゃ……」
「ん?なぁにタクシー?」
声を掛けられたルーレット小僧は、おかわりなら自分で行ってきてよね♪と、弾かれたように椅子を降りて、タクシーの言葉を聞かず食堂を出て行ってしまった。
……別に今聞かなくてもいいし、何ならこの先も知らなくて良いことなのだけれど。
「あ〜……?」
少しだけ悔しく思ってしまった自分に、タクシーは驚いた。
前から気になっていたせいかもしれないと、咳払いをして帽子を目深に被り直す。
ここの住人は、皆どこか一線を画している。過去の事を詮索されたく無いのかも知れないし、知らなくても何も不自由が無いのだから聞く事もない。
「……まぁ、そのうち」
気になってしまったものは仕方がない。
答えたくなければアイツの事だ、かわされるだけだろうと……タクシーは息をついて、仕事に戻るのだった。
おわり。