待ち望んだ日。(シェフカク)昨晩雪が降り、朝は部屋の寒さに身を強ばらせながらエアコンをつける。
すっかり、冬を感じる十二月になった。
厚手のニットを着たガンマンは、部屋に鍵を掛けて家を出る。
最近、近所の八百屋で働き始めたのだ。きっかけは先月11月頭に遡る。
その日も夕食の準備をするシェフの傍らで何もする事が無く。ガンマンはテレビを眺めていた。
流れるのは赤と白と緑のCMばっかりだ。世間は来月のイベント、クリスマスに皆夢中らしい。
それはレストランで働くシェフも例外ではなく、シェフはクリスマスの新作デザートを任されたらしい。
数日前から家に帰って来ても、アレコレとデザートの試作を繰り返していた。
その試食をガンマンはおこぼれ的に享受していたのだが、それが、まあ旨いこと旨いこと……。
ガンマンが普段の晩飯もあぁならねェかな……と、起こり得ない未来を想像して居たときだった。
「ガンマン」
「うぉ……!?」
急に話し掛けられ、ガンマンは座ったままビクリと跳ね上がってしまった。ガンマンがシェフの方を見れば、ちょうど料理が終わったようだった。
「来月二十六は……家に居ろ……」
シェフがそんなことを言ったのは初めてで、ガンマンは目を丸くした。自然と口から疑問が滑り出る。
「な、なんで……?」
ガンマンが聞けば、その日はクリスマスだ……と、シェフはいつもの低い声で笑った。
シェフはどうやら、自分とクリスマスを祝うつもりらしい。その事実に、ガンマンは少しばかり口角が緩んでしまう自分を認めた。
シェフに苦しむ顔が好きだと告白をされて、成り行きで夜を共に過ごしてから数ヶ月。
この関係を恋人と呼んで良いものか、ガンマンは考えあぐねていた。
ちょうどいい機会かもしれないなと、ガンマンは顎に手を当て思考を巡らせる。
気持ちを伝えるにしても、まず第一にクリスマスだ。折角の祝いの席なのだから、気持ちを伝えるだけでは物足りなさを感じてしまうだろう。
普段の想いも込めて、何か贈るのが良いかもしれない。そう考えるが、生憎自分は一文無しなのだ。何せ、ガンマンは働いていなかった。
夏にこちらに来てからと言うものの、ガンマンは、所謂就活をしていたのだが……書類選考で落ちたり、面接に行けても、えぇ、えぇ、分かりました。もう大丈夫ですよ。と言われるばかりで、どうやらこの世界では革命の経験や早撃ちの技術など必要とされていないらしい。
そんなこんなで気が付けば冬になってしまっていた。
しかし、途方に暮れていたガンマンが寂れた商店街を通った時、偶然目に入った店のシャッターに貼られていた、一枚のポスターが、ガンマンを救った。
履歴書不要!即日採用!日払い可!と書かれたポスターだった。体力に自信のアル男手求ム。とも書かれており、まさにガンマンに打ってつけだった。
次の日、朝一番で話を聞きに行けば、即採用となり……ガンマンは無事に就職先を見つけたのだった。
その店は老夫婦が二人で営んでいる八百屋で、オーナーである旦那が、一昨日の晩急にギックリ腰をやってしまい寝込んでいるらしい。
小さい店舗の為従業員も雇っておらず、当然一人で店を回せるはずも無く……昨日からやむ無く休業していたとの事だった。
折角雇って貰えたのだから、ガンマンは気合を入れて働くぞと闘志を燃やしたが、寂れた商店街で来る客もあまり居らず、ガンマンは仕方無いので呼び込みに精を出した。
ガンマンの頑張りが功を奏したのか、商店街の一角がそれなりに繁盛し始め、ガンマンは無事に、目標金額を貯める事に成功する。
来たる十二月二十六日。
シェフが料理を作る後ろで、ガンマンはソワソワと落ち着かなかった。仕舞いにはシェフにどうした……?と聞かれて、いやぁ!?料理が楽しみだなぁと思って!!と答える始末だ。実際には料理を食べて倒れる前に切り出さなければいけないので、タイミングを見計らっているだけなのだが。
シェフが出来上がった豪勢な料理を、およそ似つかわしく無い薄ぼけたちゃぶ台に並べ終わったところで、出来たぞ……とガンマンは声を掛けられた。
当然見ていたので分かっているのだが、おう……!と返事をしてガンマンは、台所に立つシェフと向かい合った。
シェフが怪訝な顔で座れ……と言うのを無視して、ガンマンは手に隠し持っていた、小さな箱をシェフの前に差し出す。
なんだ……?と言うシェフは何も分かっていないようで、ガンマンは一度深呼吸を挟む。
「あのな、シェフ……」
一個確認しておきたい事があってな?イヤ、大した事じゃないんだが……俺にとっては結構大事な事でよォ……。
ガンマンの言葉の意図が掴めないようで、シェフは首を傾げたまま、ウ~ン……と低く唸った。
「……何が言いたい〜?」
少し怒気を含み始めたシェフの声に、ガンマンは意を決して口を開く。緊張で、手がすっかり汗だくだった。
「その、つまりな……俺とお前って……恋人同士で、良いのか?」
一夜を超えた辺りで、ガンマンは勝手にそう捉えていたが。
——シェフが同じ事を考えているとは限らないなと、プレゼントを買った後で不安になってしまったのだ。
シェフが自分とどう言う関係を望んでいるのかは、やはり本人に聞かなければ分からないだろう。
何せ、シェフから好きだとか、愛してるだとか言う言葉は普段一切出てこない。夜もアレ一度きりで、シェフの手料理を振る舞われ続ける、奇妙な日々が続いていた。
そんな事を考えている時点で、もう相当に……心を持っていかれていると言う事実は、どうしようも無く……ガンマンを火照らせるのだが。
自分の中のプライドが、そう女々しくばかりしていられないのだ。この際ハッキリさせようじゃないかと、ガンマンは今日に望んでいた。
「……恋人が、良いのか?」
「え……っ」
予想外の返答に、ガンマンは立ちすくむ。
そうだと言われるか、よく分からないと一蹴されるかの、二択だと思っていたのだ。
シェフからそう言われてしまえば、もう自分の答えを伝えるしかほか無い。
ガンマンは手に持っていた箱を開けて、中に入っていた指輪を取ってシェフに差し出す。
自身の指には、すでに同じものが着けられていた。……ペアリングを選んできたのだ。
「俺はさ、シェフ……お前と、恋人が良い」
告白は何度も経験しているのに。
今までで一番らしくない、真面目な告白になってしまい、ガンマンは緊張で胸の鼓動が銅鑼を打ち鳴らしたようだった。
「これ、もし俺と恋人で良いならよぉ……受け取って欲しいんだ」
シェフの顔が見れず、ガンマンは自身の手で光る指輪見て目を閉じた。
——あぁ、思っていたよりずっと……惚れちまってるみたいだ。
情けない事だが、こんな拙い告白が今の俺には精一杯らしい。
このまま指輪が取られることが無かったら、誰か俺を墓に埋めて欲しいとさえ思う。
何事も無くホテルに帰してくれるのでも良い。……とにかく無かった事になれば。
一体何分経ったのか、まだ数秒なのか?ガンマンの額の汗が流れ落ちた時、シェフの声がした。
「指輪は……つけない……」
シェフからの否定の言葉に、胸に痛みが走った。心のどこかで受け取ってくれると、自分は過信しすぎていたらしい……。
「そう……か……」
つれないこと言うなよアミーゴぉ!と、普段なら言えていただろう。そんな台詞も全く浮かばず、ガンマンは行き場を失った指輪を箱にしまおうとしたが、シェフに箱ごと取り上げられてしまった。
「え……おい、シェフ?」
動揺が隠しきれないガンマンに、シェフは受け取る……と言った。
受け、取る……?
シェフの顔を見れば、いつもの無表情なのだが、どこか満足そうに指輪を眺めていた。
どうやら、シェフは指輪を付けないが、受け取ってくれるという事らしい。
……料理人だから手には何かしらのこだわりがあるのかもしれないと、ガンマンは一人納得した。それならば。
「シェフ、あのさ……」
次の休日に、二人はレザーチェーンを買ってきてお互いの首につけ合ったのだが……。
シェフがガンマンの耳元で、外すなよ……と言った事により。ガンマンはいつなら外して良いのか分からず、暫く右往左往する事になるのだった。
おわり。