犬も食わない「阿絮……また髪を乾かさずに出てきたでしょう。」
はぁ、と大げさな溜息を片手に冷酒を掲げ温客行は盛大についた。
先に風呂に入った周子舒がそろそろ上がる頃合いだろう、とふろ上がりの冷酒を用意して上機嫌で広間に戻って来た温客行の目の前には、ふろ上がりの気持ちよさそうな顔をしているが、雑に水気を取ったぼさぼさ頭の四季山荘元荘主だった。
雑に水気を取ったどころか、毛先まできちんと絞りきれていないのか、ポタポタと水滴が滴ってさえいる。
(周子舒という男はこんなに適当な奴だったのか?!)
と思いつつも、自分の前ではこんなにも気を許してくれているのだとも思い一瞬の感動を覚えた温客行だったが、いやいやそうじゃない!と我に返り、「ん。」と当たり前の様に冷酒待ちをする周子舒の手を遮り、棚の上に冷酒を置く。
「なんだ、その冷酒俺にくれるのではなかったのか。」
そう言って上目遣いで眉をㇵの字にして見上げられると、そこはやや良心が揺らぐ温客行であったがここで負けてしまう訳にはいかなかった。
「あーしゅう、冷酒はちゃんとあげるよ!でもその前にその、びしょびしょの髪を、きちんと乾かすのが先!」せっかく黒くて艶やかででも柔らかい髪が痛んじゃう!と腰にかけてあった浴布を取り出し、こっちにおいでと周子舒を手招きする。
渋々という体で呼ばれるままに温客行のもとに周子舒が近づくと、温客行は窓際に腰掛け、足元に椅子を引き寄せ自分の股の間に固定させた。
「さあ阿絮、ここに座って。私が拭いてあげるから。」
そう言って足元の椅子をトントンと軽くたたく。それを見て眉を寄せいぶかしげにしていた周子舒も、ふっと息を吐きだしながら軽く笑う。
「なあに、阿絮。私の顔に何かついてた?」
「いや……俺も随分お前に甘やかされなれたな、と。」
そうくすっと笑いながら素直に椅子に腰かける。
「そうでしょうとも、まあ、貴方を甘やかすのも私の大事な仕事の一つだからね。」
「冗談じゃない、俺はそんなこと頼んだ覚えはないぞ。」
まあまあ、と周子舒をなだめながら濡れた髪を根元から丁寧に拭き取っていく。
水気を丁寧に拭き取った後は、自身のお気に入りを香油を軽く毛先に広げ、仕上げに首元が暑くならない様にくるくると髪をまとめ上げた。
「さ、出来たよ。阿絮は折角きれいな射干玉の髪なんだからもっと気を使ってほしいな。」
「温大善人様がいるだろう?お前に髪を触られるのは悪い気がしない、また頼んだぞ。」
「あ、あしゅ……。」
普段自ら甘えてこない周子舒の珍しい言葉に思わず動揺しかけた温客行だったが、ふと気が付けば棚に置いた冷酒はいつのまにか周子舒の手元で既に空になっていた。
「あっ、あしゅ~いつの間に!……じゃなくて、さっきの言葉は本当に?」聞き間違いじゃなくて?と冷酒片手にすたすたと元の位置に戻ろうとする周子舒の横に並び寄り、問いかける。
「何のことだ、それよりこの冷酒なかなか上手い、おかわりはどこだ?」
先ほどの言葉などなかったかの様にはぐらかす周子舒の耳はほのかに赤い。
そんな彼の耳元を見て答えは「是」と解釈したのか、当の温大善人はご機嫌で冷酒のお替りを取りに行く。
ああ、阿絮や阿絮。私の大好きな人はどうしてこんなに可愛いんだ。