特殊課 ゲゼットローザー・アルターズ。昔から空が明るくならないこの街名前だ。誰が街の名前を決めたのかも、街を作ったのかも分からない。この街に住む人々は、空が明るくなったのを見たことがない。いや、むしろこれが住人にとっては普通なのだろう。きっと住人達は“太陽”なんてものは知らないだろうし空は暗いのが当たり前だ。
街が常に真っ暗であることが原因なのかは誰にも分からないが、ゲゼットローザー・アルターズでは昔から犯罪が絶えない。スリや恐喝といったものから強盗や殺人なんかまでの事件が毎日起こる。もちろんこんなことだって住人達にとっては当たり前のことだ。一部の金持ち共を除いた住人達は毎日を怯えながら暮らしている。治安が悪いのは当たり前。住人達は怯えて暮らすしかない────────
そう、みんなが思っていた。そんな治安の悪い街に数年前、急に現れた会社、“シルト社”。なんとシルト社という会社は街の治安維持、治安の改善を目標に掲げたのだ。シルト社は治安改善のためのパトロールから依頼人の護衛、人探しといったことまで色々と手広くやってくれる。仕事の依頼は街の金持ち共しかできない、なんてことはなく、財力があまりない一般住人達でも依頼ができるのだ。この会社が創設されたことにより、現在のゲゼットローザー・アルターズは昔と比べてかなり治安が良くなった。
シルト社には一課から四課、特殊課、医療課がある。カティア・イルジオンはシルト社の特殊課のオフィスがいつもと違ってたくさんのリボンや風船…その他よく分からない飾りによってキラキラのゴテゴテになっていくのをぼーっと見つめていた。
どうしてこんなことになっているか?その理由は自分の後輩、ヴァシリに原因がある。元はといえばヴァシリがサマーに対してそろそろシルト社に就職してから一年経つのでは?と聞いたところから全てが始まる。
「なぁ、サマー。そういえばサマーがここに来てからだいたい一年くらい経つんじゃね?」
「…そう考えるとそうですね、だいたい一年くらい経ったかもしれませんね」
カタカタとパソコンを打つ手を止め、サマーはヴァシリの問いかけに答える。仕事しろ。
「だよな!?やっぱりそうだよな!?あ〜なんか感動しちゃうな」
「感動?」
「そう!感動!あんなに入社して護衛の仕事!?怖いです〜〜みたいな態度をとってたサマーが仕事に慣れて一年特殊課にいる、っていうの、なんか違和感?というか」
「…ヴァシリ先輩は私をバカにしてるんですか?」
「え?バカになんかしてないけど」
「…いや、その言い方は絶対にバカにしてますよね」
「サマー、なんで!?いやいやそんなわけないじゃん…!!?」
…なんか空気が微妙に重くなってきたな。そろそろ俺はこの2人を止めるべきか?
「……おい、サマー、ヴァシリ、話すのはいいが手は止めるなよ」
「あっ、カティア」「…カティア先輩」
「なぁ、カティア、今週末パーティーでもしようぜ!」
「…は?」
報告書を書いていた手が止まる。パーティー?急にどうしたんだこいつ。ついに頭のネジが外れたか?
「だから、パーティー」
「……」
「しようぜ、カティア」
「…一歩譲って、パーティーをするとして、それは何のパーティーなんだ」
「もちろん、祝サマー入社1年」
「は?」
「え?」
若干ドヤ顔をしながらヴァシリが言う。祝サマー入社1年パーティー。正直かなり意味が分からない。本当に何を言っているんだ、こいつ。残業続きで疲れているのか?もう帰らせた方がいい気がしてきた。いや、それとも俺がおかしいのか?確かに最近まともに寝れた記憶はないし、俺が幻でも見始めているのか?とにかく理解できない。
「…ヴァシリ、お前」
「あ、あの」
さっきまで黙ってたサマーが急に喋る。
「私は、別にやってもいいと思います…あ、ほら、最近残業続きでしたし、休憩?かはわかりませんが気休めぐらいにはなると思います。や、やってほしいってわけじゃなくてヴァシリ先輩の提案断るのもあれだし…」
「だってよ、カティア。カティアも休みたいだろ?しようぜ、パーティー」
「…」
サマーの合意を得たヴァシリが勝ち誇った顔で聞いてくる。基本嫌です。しません。そんなの必要ありますか?とかで軽くヴァシリの誘いをあしらうあのサマーが合意した。もう俺が嫌がってもヴァシリは強引にパーティーをするだろ。
「…はぁ、やればいいんじゃないか」
「!いいのかカティア!!!」
「やってもいいが俺は手伝わないからな」
「オレが全部やるから大丈夫!!今週末は予定空けとけよカティア!!!」
「…分かった」
…と、諦めてパーティーの参加を半ば強引に決められて週末になった。土曜日、現在22時。約1時間かけてヴァシリによって他の課よりも少し狭いオフィスの飾りつけが終わった。わざわざこんなことを一夜のためだけにするか?とも思うがパーティーだからこんなものか、とも疲れた自分の頭が思い始めた。もう酒が飲めるなら何でもいいか。手伝わないと言っていたが人手が足りないから、という理由でパーティー用の食べ物の買い出しヴァシリに行かされた時に(自分のために)酒をそこそこの量買っておいた。残業続きで全く飲みに行けなかったので飲む機会がつくれてありがたい。
「っしゃぁ!!!終わった!!!」
「そうか」
「カティア、サマー呼んでくる!!!自分が買ったから〜とか考えて買った食い物1人で食うなよー」
「…食うわけないだろ」
「…わ、すごい飾りつけですね」
「そうだろサマー!オレが全部やった」
「そうなんですか?ヴァシリ先輩、すごいですね」
「だろ!?もっと褒めてもいいんだぞ」
「…カティア先輩もわざわざありがとうございます」
「暇だからな、問題ない」
今週、会社にきた依頼の量はいつもよりかは比較的少なかった。そのため会社には残業で残っている社員がいないため社内がしんとしている。どうせあのうるさい社長も帰っているだろうし今残っているのは俺達3人だけなのではないだろうか。全員成人済みのため飲むものはジュースなどではなく酒。いや俺が酒しか飲み物買ってこなかったからか。
「「「乾杯」」」
酒の入っているアルミ缶がぶつかって音がなる。酒を飲んでいると若干アルコールによって少し酔い始めたヴァシリがサマーが入社したときは〜だのサマーって仕事のとき〜で〜だの話始めた。こいつやっぱり酒が入るといつもよりうるさくなるな。隣のサマーは酔って話聞こえてなさそうだぞ。
「…あ」
「どうした?サマー」
「さくら。会社の前の。散っちゃいましたね」
「ほんとだ。しっかり見てなかったよな」
「はい、お花見してなかったです」
「ふーん、じゃあ来年はオレたちとしようぜ!」
「え、いいんですか?」
「もちろん!カティア、いいだろ?」
「…まぁ、いいんじゃないか」
「!だってよ、サマー!約束な!!」
「はい!」
にこりとサマーがヴァシリにほほえむ。久しぶりにアルコールの酔いが回ってきてぼうっとしてきている頭でこの2人が後輩で良かったな、と思う。あの時、あの時自分が犯してしまった過ち。あのときの記憶によって他人との関わりが怖くなってしまい、今までずっと全力で避けてきた。そんな自分に上層部は嫌だと言ったのに新しい社員を特殊課に送り込んできた。最初は自分の後輩という存在に嫌で嫌でずっと避けていたがそんな自分にずっと初めての後輩、ヴァシリは話しかけてきた。あの時、ふとした会話に応えたときのヴァシリの嬉しそうな顔は忘れられない。
それから少しだけ人間関係が改善された気がする。二課の最高責任者のオーウェンには「急に変わったね、なんか雰囲気変わったっていうか」とか言われたし一課の最高責任者のカミーユには「…なんか変なものでも食べた?周りの空気が柔らかくなってる」とも言われたし少しずつ良くなっているのではないんじゃないか?
あの2人とならきっとやれる。今度こそ、あの時のような過ちは2度と犯さない。できる限り2人を守って、仕事もこなして、あの社長とも関係が良くなれば────────
ガシャン。そう思っていたら何かが倒れた音がする。なんだ?あの2人が酔い潰れたのか?などと思いながら2人の方に目を向けると酔い潰れたヴァシリがまだ酒の入った缶を倒していた。その先には…
「…!?」
まずい。明日提出の報告書。急いで拾ってみるが、やばい。間に合わなかった。紙が水分でびしゃびしゃになっている。文字がかなり滲んで読めない。こんな状態のものを渡したら社長は絶対に怒るだろう。何を言われるかが容易に想像できる。『は?お前は期限すら守れないのか?ゴミめ』あたりだろう。嫌だ。絶対に言われたくない。言われないためには今から報告書を書き上げるしかない。
「…おい、ヴァシリ、起きろ」
「…んぁ…もうむり、サマー、この量のパンケーキはもうくえないってぇ…」
「…おい」
最悪だ。寝てる。もうだめだなこいつ、俺が書くしかないか。今は24時…をとっくに越えている。かなりまずい。さっきまで飲んでいたアルコールが一瞬で抜けていく。なんなんだ一体。悪夢?悪夢か?最近寝れてなかったがやっと寝れたのか、そんなわけないか。嘘だろ?いや、いや社長が来るのは多分7時ぐらいだ…問題ない、今から書けばいい、大丈夫だ、落ち着け俺。
────────結局全部で15枚程になる量の報告書を書き終わったのはギリギリ5時になる前だった。出勤してきた社長に徹夜によってできた報告書をなんとか提出することが出来た。オフィスに戻ると地獄絵図かと思うほど昨日のパーティーの残骸が広がる床でヴァシリがサマーによって掃除をさせられていた。シルト社の1日はまだ始まったばかりだ。