髪を切る話 人間の姿を与えられて面倒だと思っていることがいくつかあるけど、髪を切ることはその中の一つだ。
「ねぇ、あんた前髪邪魔じゃない?」
我慢できずに声をかけてしまった。
こっちを振り返ったカラスの前髪は目にかかるくらい伸びていて、見るからに邪魔くさい。それなのに一向に切る気配がないから、ずっと気になって仕方がない。いい加減切ってほしい。
「邪魔だ。近々、マレフィセント様に手入れしていただく予定になっている」
「自分で切らないの?!」
思わず声が大きくなってしまった。うるさいって言われたけど、驚いたんだからしょうがないでしょ。
ふーん、でもそうなんだ。
「前髪ちょっと切るだけなのに、ご主人様の手を借りるなんて、“甘えた”だね」
「甘えてる訳じゃない、自分で切る必要性がないだけだ」
ちょっとからかっただけなのにすぐムキになっちゃって、これだからこいつらをからかうのは面白いんだよ。
「お前らなら、ご主人様の手を煩わせる訳にはいかない〜とか言うかと思ったのに」
カラスの目が大きくなる。
「あ、でも切ったことないなら不安か〜切ってあげようか?」
「必要ない。誰かに頼むとしてもお前には頼まない」
切ってあげるは半分冗談だけど、こう言われるとむかつくな。
「それにお前にできることが、私にできないはずがないだろ。」
「は?」
こいつらはいつも一言多い。大好きなご主人様に「一言嫌味を添えましょう」とでも習ったのか?
もう怒ったぞ。
持ち物の中からハサミを取り出して渡してやる。
「そこまで言うなら自分で切ってみなよ」
お手並み拝見といこうじゃない。
「あはは!なにその髪!」
我慢しようと思ってたけど無理!面白すぎる!!
長かったとはいえ、揃っていた前髪はがたがた。横の髪も後ろでくくった髪も揃っているから余計に前髪が目立っている。
「そんな」
かっわいそうに。鏡見て呆然としちゃって。
「一気にハサミ入れちゃった?ちょっとずつ全体のバランス見ながらやらなきゃいけないのにね。それに髪引っ張りながら切ってたね。あれ、短くなりすぎるからやんないほうがいいんだよ」
こいつ、面白いぐらい失敗する切り方をするもんだから、途中で笑いをこらえるのが大変だったの。
「……」
それにしても全然言い返してこないな。
「もー、私の親切受け入れないからこうなるんだよ、これに懲りたら素直に人の言うことをだね」
「………」
おかしい。いくらなんでもここまで反応がないなんて、本当にカラスか?
「ちょっと反応ぐらい……」
「……しくない」
え?
「美しくない……ッ」
私夢でも見てる?あのカラスが泣いている。
俯いてるから顔はよく見えないけど、鼻をすする音と肩の動きからして間違いなく泣いてる。
そんなに髪の毛ガタガタになったのがショックだったってこと?
「少し失敗したぐらいで泣かなくても……」
「五月蝿い!マレフィセント様から頂いたこの完璧な姿……崩したなんて、どう顔向けすればいいか……」
髪切るの失敗したぐらいで深刻すぎる。
「まあ……それも意外と味があっていいんじゃない?」
たしか、わざと変な形にする人間がいた気がするし。
「完璧じゃなければ意味がない……」
そうですか……
それにしても、ここまで落ち込むカラスは初めて見た。なんかすごく落ち着かない。
「あんたのご主人様ならすぐ直してくれるでしょ」
「マレフィセント様にこんな無様な姿、晒せるわけが無いだろ……」
「あ〜、じゃ!整えるのはどう?まだなんとかなるかもしれないしさ!一番切るの上手い子連れてくるから!」
困った時のきょうだいだ
きっと今よりは、ましになるはず……
「ガッタガタじゃん!!結構派手にやったね」
「笑ってないで整えてあげてよ、さすがに可哀想でさ」
自分が笑われているのに何も言い返してこないカラスを見て、異常事態だって伝わったみたい
「でもちょっとこれは……やるけどさ……」
「ありがとう!お願い!」
さすが、きょうだいの中でも器用な子だ。綺麗に長さの揃った前髪になった。
でも
「短すぎるよね」
明らかに短い。そういう髪型なのだと言ってしまえばそれまでだけど、おでこの広さ三分の一程度の長さは違和感がある。
「どうするこれ……」
「揃ってはいるし……見慣れてないだけかも」
いずれは見慣れるだろうけど、確実に全員から笑われるだろうな……
「あ、前髪を引っ張ると早く伸びるみたいなの見たことあるけど…」
「もういい、」
ずっと黙ったままだったカラスが喋った。でもいつもの覇気がない。
「お前たちには感謝している。だからもう、放っておいてくれ」
感謝している?
思わずきょうだいと顔を見合わせる。
ありえない、カラスが私たちに感謝しているって?いつも二言目には嫌味、上から目線が当たり前のあのカラスが?あまりのショックに見下している私たちに感謝までするようになってしまったんだ……
これは本当にまずい。重傷だ。
「元はといえば、こっちも煽った責任あるし……」
それにこのままめそめそされていたんじゃ調子が狂う。
もうこうなったら最後の手段だ。
「ジャファー様!!!!緊急事態!!!」
ジャファー様に何とかしてもらうつもりだったけど、魔法が混じる?とかなんかでマレフィセント様にお願いすることになった。
結局、最初からマレフィセント様に頼むしかなかった、ということだ。
髪は無事元通りにしてもらえたらしい。
それは良かった。良かったのだが、
「やはりマレフィセント様は素晴らしい……おい聞いてるのか」
「きーてるよー」
よほど嬉しかったのか、ずっとこの調子だ
いかにマレフィセント様が、慈悲の深いお心をお持ちで、自分にかけられた魔法の素晴らしいことか、そんなような内容を永遠と聞かされている。
仲間内で話してくれと心から思ったし、そのように勧めたが、既に話した後らしい。
カラス達だけに飽き足らず、私たちの所まで来て話しているんだから、嬉しくてたまらないんだろう。 たいへん、迷惑だ。
やっぱりこいつらに関わるとロクなことがない。
しばらくはこいつをからかって遊ぶのはやめよう。
もうこんな面倒事は散々だ。