【新刊サンプル】親愛なる25時のサンドリヨンへ、さようなら。【第一章:澄空(すみぞら)に咲く、明日の太陽とともに。】(※全文)
他人に手紙を出したのなど、何年ぶりだろう。
正直受け取ってくれているかも、まともに読まれるかもわからない。捨てられている可能性だってある。しかし、今夜中は待つと決めた。
僕から一方的に押し付けた、この待ち合わせ場所で。
次第に初夏の気配を孕み始めた昼間の陽気も、太陽が沈んでしまえば途端になりを潜める。地上二百五十メートルにある東京タワーのトップデッキは寒いくらいだ。
涼しい夜風に、僕のアイボリーの外套が揺れる。
熱帯夜は、未だ遠い。
「──怪盗リコリス」
滑舌の良い、爽やかな声が僕の背を軽く叩いた。今の彼の声には、これまで幾度となく追われてきた際に投げつけられたような棘はない。この穏やかな声音が生来のものなのだろう。
20603