花による月の観察日記(2)19年7月3日 雨 新月
今日も雨。家から出るのが億劫だ。まあ出なくても来るやつがいるから退屈はしないけどね。
今月も来た。先月はあれから一回も顔を合わせなかったから、ちょうどひと月ぶりだ。
「……なんかあった?」
珍しい。あいつが笑顔じゃないなんて。ソルも口には出さないけど心配そうに見ていた。アステルは気にしてなさそうだったけど、チラチラ見てた。
「……少し。疲れました。」
力なく笑ったゲアラハはいつもの感じが全然しなくて。悲しくて、苦しそうに顔を歪めてた。
「……入れよ。そこに突っ立ってたら濡れるし。何よりあんたがそんなだと調子が狂う。」
珍しい。アステルからそんなこと言うなんて。ゲアラハは目をまあるくして
「ありがとう……ございます」
って言って入ってきた。
何があったか聞いた。どうやら、親が死んだらしい。
「……そっか。」
それはさぞかし悲しいことだろうと慰めようとしたんだけど、
「別に、悲しくはないんです。」
心に詰まった汚泥を吐き出すように言った。
「私は。……私は、家でかなり抑圧されてきましたから。正直清々している部分が大きいんですよ。……ですが」
言葉を切る。今までこんなに暗い表情をしてるのは見たこと無かった。
「死を、見てしまったから。眠るように死んだ者を、見てしまったから。怖いんです。」
この「怖い」は、自分がいつ死ぬか分からない恐怖、ではなくて。きっと、ソルとアステルが自分の知らないところで静かに死んでいくことへの恐怖なんだろう。
明日の朝にはみんな死んでるかもしれない。そんな恐怖。
「……それを、知ったからって。今までと何かが変わるわけじゃないでしょ?」
「…。」
知ったからどうこうなんて話じゃない。今までもそうだった。いつ死ぬかなんて誰にも分からない。そんなものを心配してたって、ただ心がすり減っていくだけだ。
「そう、ですね。ありがとうございます。」
耳(髪)が若干上向きになった気がする。
「安心しろ。そう易々と死ぬ僕らじゃない。あんたが一番わかってるだろ?」
アステルがデレた。ゲアラハが微笑んで
「ええ。そうですね。」
って言った。
「ま、そういうことだ。そんなに死について今考えなくてもいいさ。どうせみんな行き着くとこは一緒なんだからさ。死の心配よりも生を楽しむ方が得だと思わないか?」
ソルがゲアラハの背中をバシバシ叩くので、ゲアラハがむせる。
「ふふ。なんだか気持ちが良くなりました。」
「なら良かった。ま、またなんかあればうちにおいで。」
「おい。」
アステルが反発するけど私は無視する。
「私はお前の『友人』だからね。悩みくらいいくらでも聞いてやんよ。」
アステルがびっくりしてる。そういえば言ってなかった。後で色々聞かれるだろうな。
「……そうでしたね。ふふ。『友人』というものも悪くないですね。」
では私はこれで、と出ていこうとするゲアラハに、思い出したようにアステルが激苦薬をねじ込む。悶えつつも笑ってた。
19年7月17日 晴れ 満月
ついに脚が完治した!今日からまた動く練習をしなければ。
ふと、窓際を見たら
「……あ。」
青の睡蓮。それと紙切れ1枚。
「またあなたと戦える日を楽しみにしています」
って書いてある。絶対にあいつだ。
青の睡蓮の花言葉は「信頼」
「なんだかんだ言って、お前も信頼出来るやつだよね。」
1人つぶやく。そういえば、睡蓮には特徴的な花言葉がひとつあったはず。
「……『滅亡』か。」
人はいつか死ぬ。今だけの生を精々楽しもうじゃないか。
登り始めた満月を見ていた。
19年7月22日 晴れ 更待月
今日は私の誕生日。実は誰にも言ってない。ソルとアステルに聞かれても上手い具合にいつもはぐらかしている。私は祝われるのはあんまり得意じゃないから。日常で十分なんだ。
今日はちょっと夜更かしして屋根の上に登った。ぼうっと月を見る。2人と出会ってもう3回目の誕生日だ。今日で17歳。私は3人より1つ下だから、いつも妹扱いされる。悪い気はしない。元々私は一人っ子だから、お兄ちゃん的存在が二人できるのもいいと思う。
色々あったな。何回死にかけたっけ。もう数え切れないほど危険な目にはあってきたと思う。脚もこの前完治したばっかだし。
だいたい1時間くらい、ぼーっとしてたらにゅっと目の前が青くなった。
「珍しいですねぇ。屋根の上に登るなんて。」
びっくりして、屋根から落ちかけた。急に現れるのは勘弁して欲しい。治ったばかりの体にまた傷を作るのは嫌だ。
「別に?今日はそういう気分なの。」
誕生日のことは言わない。ゲアラハも多分知らない。だからこういった。
「そうですか。」
そう言うなりゲアラハがスっと私の耳の上に何かを刺す。
「やはりあなたはこれが似合いますね。」
すかさず取ってみる。これは……
「ペチュニアと撫子……」
お前、なんで知ってるんだよ。
そう聞いたら
「はて?なんのことでしょう。」
惚けやがった。
ペチュニアと撫子、どちらも今日の誕生花だ。
ペチュニアの花言葉は「あなたと一緒なら心がやわらぐ」「心の安らぎ」
撫子は……まあいいや。書くのが恥ずかしい。
「ペチュニアの方の意味を受け取っておけばいい?」
「お好きにどうぞ。あなたが考えたままに受け取ってください。」
友人に誕生日を祝われるなんて初めてだ。それがちょっとだけ嬉しくて、微笑んだ。
19年8月1日 晴天 新月
暑。もう真夏だ。新緑どころじゃない。向日葵が咲き誇ってる。
今日、あいつと戦った。あいつが来る日だって忘れてたわけじゃないけど、夕方まで戦ってしまった。こっちから吹っかけた喧嘩だったし、明らかに非があるのはこっちだった。日が暮れるにつれあいつの様子がおかしくなってった。なんかフラフラしてたな。
家に着く頃には夜だった。あいつ、着くなり倒れ込むもんだからびっくりした。
そういえば新月の日は死んだみたいに眠るって言ってたな。でもあれはほんとに心臓に悪い。体が冷たくて。死んでるんじゃないかと一瞬思った。だけど息はしてたから安心した。しゃーなしで引きずって私のベッドに寝かせた。いつぞやもこんなことがあった気がする。あん時は雪が降ってたっけ。もうそんなに経つのか。
19年9月29日 曇り 新月
今日はアステルと2人で買い物に出かけた。珍しくソルは留守番。どうしたんだと思ったら、アステルがソルにプレゼントをするんだそう。ソルが着いてきたそうにしていたが、それならば仕方ないと止めておいた。朝一に出ていったのに帰る頃には日が暮れていた。
「あれ、お客さんでも来てた?」
帰ったら机の上に2人分の茶器が置いてあった。ソルが誰かとお茶するなんて珍しい。
「まあな。」
随分機嫌が良さそうだ。
ふわりと、嗅ぎなれた匂いが鼻をついた。ああ、あいつが来たんだ。
「……寂しかった?」
それとなしに聞いてみる。
「…。」
無言が答えだ。寂しかったんだろう。
「良かったね。友達がいて。」
誰がとは言わない。だけどソルが過剰に反応するので、つい吹き出してしまった。
「ばっ……あいつが?俺の?友達?冗談だろ?」
ありゃ。思ってた反応と違う。やっぱ嫌いなのかな、って思ってソルを観察してみるけど、おや。結構嬉しそうじゃないか。
「……何ニヤニヤしてんだよ。」
ソルが不機嫌に私を見る。
「いや?ただよかったねぇって思ってさ。」
ソルが反論しようとするのをガン無視して自分の部屋に来た。実に微笑ましいことだ。
19年10月1日 晴れ 三日月
月下美人が咲いた!嬉しい!実はだいぶ前から育ててはいた。けどなかなか咲かなくて。
今日やっと咲いたんだ!
美しい花を眺めてたら、月がやってきた。
「おや、これは見事な月下美人ですねぇ。いい香りです。」
「でしょ!今年初めて。やっと咲いたの!」
興奮して声を大にして話してしまった。しまったと思ってゲアラハを見ると、少し驚いてからフッと笑った。
「あなたは本当に花が好きですね。」
「もちろん。」
花を見るのも、育てるのも、枯れるところだって好き。
「なんで花がそんなに好きなんですか?」
花は短い命だけど懸命に育って、花を咲かせて、次の世代に命を繋ぐの。儚いけどすごく強か。そういうところが好き。
「私はね、永遠より刹那が好き。変わらない永遠なんて美しくないから。目まぐるしく変わって、儚く散ってしまう命の方が永遠よりも何百倍も尊くて美しい。」
人間みたいにね。
「ゲアラハはどう思う?」
「私は……」
彼が月を見る。今日は三日月だ。彼の耳飾りや服の装飾と同じ形。
「私は、不変も美しいと思います。」
どうして?と聞くと
「例えば、何回沈んでも変わらない美しさを持っている太陽のように。例えば、毎年同じ場所で輝き続ける星のように。例えば、何回昇っても変わらず私たちを見下ろす月のように。時間が経っても、儚くなくとも美しいものは沢山あります。」
でも、それって全部不変じゃあないよね。太陽も高さは変わるし、星だって少しづつ動いてる。月だって、ほら。満ち欠けが変わるものだよ。
「そう。真に不変なものなんてないんですよ。その不変を追い求めようとする刹那の生き物が、美しいと思いませんか?」
と言うと?
「例えば、自分の種を後世まで残そうとする植物。日々永遠の命を求め続ける人間。永遠に続こうとする世界。そのどれもが真に不変を得ることはありません。それがすごく必死で……」
「「美しいと思いませんか?/悲しいことだね。」」
「……どうやらここの感性は合わないようだね。」
語り合ったあとの月下美人は変わらず美しくて、でもこれから枯れてしまう。次も頑張ろう。頑張って咲かせてやる。
19年10月28日 晴れ 新月
あれから一回も咲かないまま月下美人のシーズンが終わっちゃった。ちょっと残念。協会から依頼を受けたから帰るのがちょっと遅くて、うちから出てきたゲアラハと鉢合わせした。
かなり苦そう。だけど笑ってた。
今日の夜は千振茶をだそうと決意した。
19年11月4日 曇り 月見えない
腕をちょっと派手に切ってしまった。左肘上から肘下にかけて大きく傷ができている。篭手をしていたはずだけど、相手の刃物の切れ味が抜群に良くて貫通してしまったよう。
また治るまで左で刀を振れない。最悪。
まあ利き手がやられなかっただけまだマシだろう。
左肘が曲げられないので、支えの棒と一緒に包帯でぐるぐる巻きにしてある。
「……痛々しいですね。」
本当にこいつはどっから嗅ぎつけてくるんだ。なんか毎回大きな怪我をすると来る気がする。
「前の骨折よりかはすぐ治るからいいと思うけど。」
それでもひと月はないと完全には治らない。全く不便だ。
19年11月27日 晴れ 新月
曲げられるようになった左肘を見る。思ってたより治りが早い。良かった。
「ねえ、ヴァル。」
「どうしたの。」
アステルが珍しく偽名の方で呼んだ。表情を見ようにも、相変わらずのポーカーフェイスだからよくわかんない。
「ゲアラハが友人って、ほんと?」
なんだ今更。最初に言ったのなんてもう3ヶ月は前だと思う。それから何も聞いてこなかったからてっきり気にしてないのかと思ってたけど。
「ホントだよ。」
「そっか。」
アステルが自らゲアラハの話をするのは珍しい気がする。これまで口に出すのも憚られるかのように話題を挙げなかったのに。
「じゃああいつは、ソルをどうにかすると思う?」
ああ、やっぱりこう思ってるんだな。アステルはソルが取られると思ってる。でもゲアラハにはそんな気さらさらない。
「いや?全然。」
「そっか。」
心做しか安心したように見える。
「じゃあ、ソルとゲアラハは友達だと思う?」
「え?」
それは……本人に聞けばいいんじゃない?というか、2人が友人だとはあんまり考えられなかった。かと言って、険悪かと言われてもそうでは無い。知り合いと友達の中間くらいに位置している気がする。縁を切りたければいつでも切られる関係……かな?
とりあえず
「私が答えられる問題じゃないね。」
これだけは言えた。
「そっ……か。」
アステルがしゅんとなる。なんか幼子みたい。
「ま、機会があったら聞いといてあげるよ。どっちにも。」
「本当?」
「もちろんさ。」
安心させるようににこりと笑う。この一瞬のアステルは弟みたいで、ひどく幼かった。
そういえばこれ、ゲアラハ本人とは全く関係ないね。
今月もちゃんと来たよ。ただいつも通りすぎて書くことがないだけ。
19年12月12日 晴れ 満月
寒い。もうそんな時期か。早いなぁ。
今日はみんなで天体観測をした。広い丘の上に行って、仰向けに寝転ぶの。寒いから上から毛布を被ったりして。とっても楽しかった。途中でゲアラハが来たのはびっくりしたけど。こっそりソルと小指を繋いでたのはアステルには内緒にしておこう。
19年12月26日 雪 新月
うっすら雪が積もり始めた。この雪の中でも相変わらずゲアラハは元気にやってきた。髪が白いから雪がついてるのか見分けがつかない。今日はアステルの体調がよろしくないので激苦薬も飛んでこない。そういえば、と台所の戸棚から千振茶をソルとゲアラハに用意した。もちろん私は飲まない。苦いのわかってるし。
「はいこれ。お茶。」
「ありがとうございます。」
「……なあ、ナデシコ。この茶って」
ソルが訝しげに聞く。いつもの茶と若干色や匂いが違うからだろう。変なところで察しがいい。
「だいぶ前に買って棚の肥やしになってたやつだよ。」
嘘は言ってない。実際忘れてた。あのままじゃ茶葉が悪くなってしまうから。それもあって出した。後悔はない。
「……ぅ!?」
ズズッと1口飲んだゲアラハが異変に気付いて眉間に皺を寄せる。
「……ぐふっ」
同じタイミングで飲んだソルもむせる。
その様子が面白くて大爆笑した。涙が出るほどに。
「ナデシコお前ぇっ!」
ソルが睨むが笑いはまだ止まらん。実に愉快。
「あっはははは……いやぁ、いつだったかに桃国のクソ苦いお茶を買ってね?勿体ないからさぁ……ふふふっ」
結局苦い口のままゲアラハが帰って行った。いやぁ愉快愉快。おもしろー
19年12月31日 曇り 月と一緒
もう大晦日だ。1年はあっという間だねぇ……
去年と同じように今年も4人で年越ししようって言ったら、ゲアラハが断ってきたのであいつの家に凸した。
「……なんで私の家知ってるんですか?」
若干引き気味で言われた。そんなこと言われても。去年お前がここに入るのを見たからとしか言えない。
「とりあえずうち来い。」
「だから私は遠慮しておきますと言ったでしょう。」
「問答無用じゃ。」
ゲアラハの袖を掴んで強制連行する。振りほどこうと思えば簡単に振り解けるのにそうしないのは、やっぱり嫌じゃないんじゃん。
夜になって、今年もソルが1番先に寝た。そしたら
「おや、吾子らよ。星月日花が一堂に会するとは珍しいの。」
「……ノクス。」
「夜天の神……」
夜天の神が現れた。びっくり。気まぐれなお方だけど、まさか今ここに現れるとは。
「何しに来たんだ。」
まさかアステルが夜天の神にタメ口だとは思わなかったけど。
「いや?ただ1年を跨ぐのにこのように騒ぐとは、実に人間らしいの。吾はただ退屈だったから出てきただけだ。」
つまり暇つぶしらしい。
「汝らの団欒中に吾はお邪魔だったかのう?」
アステルをにやりと見て夜天の神が言った。
「……いや?そういう訳じゃないけど。」
気まずい空気が流れるので、必然的に私が口を開かなければならなかった。
「そういえば。この前蒼天の神にあったんですけど、やはり言われた通り全く違いますね。」
「そうなの?」
アステルとゲアラハがこっちを見る。もしかして会ったことがないのだろうか。
「ふふふ。マーネは吾には変わりないが、別人と言っても差し支えないほどには相違がありすぎるからの。花の吾子よ。少し、吾と話をしないか?」
「……?いいですけど……」
ちょいちょいと手招きをしてくる夜天の神。心配になってアステルを見ると、行ってこいと言わんばかりに頷いていた。
「安心せい。日付を超えるまでには終わる話じゃ。」
そうやって私の部屋に連れてかれる。
「……で、どういうお話でしょうか。」
曲がりなりにも神とサシで対話するのだ。緊張しないわけが無い。
「そんなに固くなる必要なぞない。些末なことじゃよ。」
夜天の神が目を細めて言う。本当に美しい神だ。目の中に星空があるみたい。
「最近、星月日の子らとはよくやっておるか?」
子を心配する母がそこにいた。私の母と同じように笑う。懐かしさを感じた。
私は近況を話した。ゲアラハとの距離がだんだん近くなっていることも。ソルとアステルの関係も。
「ほう。月の吾子が陽の吾子とそこまで親しくしておると。なんとまあ……」
夜天の神が驚いている。そんなに珍しいことらしい。夜天の神がふふっと微笑んで
「これも汝のおかげだの。よくやってくれた。」
「ありがとうございます。」
私の頭を撫でてくれた。布越しの手はひんやりしてた。そして一瞬眉をひそめて、私の心臓あたりをちらっと見た気がする。
「……今から少し暗い話をするが、よいか。」
すう、と宇宙の闇を感じるような目だった。恐怖を感じた。
…これはさすがに書けないかな。ちょっと気持ちを整理したい。
ま、戻ったら2人ともすっかり寝ちゃってたことだけは書けるよ。
20年1月1日 曇り 月と一緒
結局夜天の神が蒼天の神に変わるまで話し込んでしまった。つまり一睡もしてない。だけど目は冴えてた。寝れない。寝る気になれない。そうこうしてる間にソルが起きてきた。
「……蒼天の神?なんでここに。」
「おや。おはよう、ソル。」
幼子の姿の蒼天の神は寝起きのソルに声をかける。
「おはよ。」
「昨晩はよく眠れたかい?」
椅子に座り、頬杖をついて足をぶらぶらさせている。仕草は完全に幼児のそれなんだけど、雰囲気が神だ。何言ってるんだろう。
「ええ、まあ。」
かなり困惑してる。まあ当然だろうね。起きたら家に神様がいるんだもの。
「ボクが来た頃にはソルは寝てたからね。ノクスとしてナデシコと話してたのさ。」
昨日のことを思い出して若干顔が曇る。これは、彼に伝えるべきじゃない。蒼天の神が頭を優しく撫でてくれる。夜天の神と違って、陽だまりのように暖かい手だった。
「そうだったんですか。」
今日は、何気ない1日だった。みんなでお茶をしたり、ちょっと外に出たりした。
この日々がずっと、続いたらいいのに。
パセリか。
20年1月25日 晴れ 新月
正月ぶりであんまり久しぶり感もないけど、久しぶりのゲアラハ。恒例行事は相変わらずだ。へらりと笑うゲアラハを見てると、何故か無性に寂しくなった。……ああ駄目だ。悟られてはいけない。これだけは隠し通すんだ。決めただろ。
20年1月27日 晴れ 三日月
熱を出した。本当は日記、というか観察日記なんて書いてる場合じゃない。早く寝るべき。だけどゲアラハが来たんだから仕方ない。治りが遅かったらあいつのせいだ。体がだるい。医者はただの風邪だって。なら良かった。アステルが解熱剤を用意してくれたり、ソルが粥を作ってくれたりした。風邪をひくなんていつぶりかな。一般人よりは体は強いと思ってるんだけど。
「あなたが風邪なんて。珍しいこともあるものですねぇ。」
窓際にはいつものうさんくせえ笑みをたたえた月がいた。もう窓から入ってくる回数の方が多い気がしている。お前は鳥かなんかか。
馬鹿は風邪ひかないって?なんて冗談を言うけど、夜になって熱が上がってきたからか結構辛い。熱ってこんなに辛かったかな。
「早く治してください。あの二人が心配しているでしょう。」
お前も心配してくれてるだろ、なんて言ったら即座に反論されそうだから言わなかった。
「さむい。窓閉めろ。」
「はいはい。」
まだ1月だ。肌寒いどころじゃない。ただでさえ悪寒がするのに。
「……何か」
ゲアラハが私のベッドの横に椅子を持ってきて座る。スンっと口角が横一文字になる。
「何か、思い悩んでることでもあるんですか。」
少し俯いて言った。
バレて、ないはず。大丈夫。今回はこいつに何も情報は無い。大丈夫。うん。
「私がそう見えた?」
「私の杞憂ならいいのですが。」
そう見えたって言っている。……そっか。そんなに出てたか。隠さなきゃ。これは、一旦忘れてしまおう。そうだ。忘れる。それが私も彼らも守る方法。
「そうじゃない?」
だから、早く風邪を治して。この不安も寂しさも一緒におさらばしてしまおう。そうだね。大丈夫。もう寝よう。
20年2月2日 雪 月が来た
いつかこの観察日記を、普通の日記にするかもしれない。まあ、その場合毎日は書かないだろうけど。ゲアラハ以外のことも書くようになるだけかな。
しんしんと降る雪。牡丹雪かな。水分が多いみたい。
カタっと窓が開く音がして、氷の鳥が入ってきた。花をくわえている。あいつだ。
「これは……福寿草?そっか。今が季節か。」
少し雪を被っている福寿草の黄色がひどく眩しく見えた。
「黄色い花が見えたので、摘んでみたのですよ。」
うわ、と声を上げてしまった。まさか本人が来るとは思わないじゃないか。へらへら笑ってるその顔を殴りたくなったけど、普通にここから背中で着地は無事では済まないのでやめておく。
「……殺したいの?」
福寿草には毒がある。食べると嘔吐、呼吸困難、心臓麻痺で場合によっては死ぬ。ただ、毒があるのは花では無い。
「別に食べろとは言ってませんよ。それに、毒があるのは根でしょう?」
よく知っている。よく蕗の薹と間違われるけど、結構危ない。
「てか、なんで来たのさ。」
「たまたま通りがかっただけですよ。」
絶対うそだ。通りがかっただけで二階の窓までよじ登ってくるやつがどこにいる。……いや、こいつならやりかねないな。
「ふうん。」
まあ、通りがかったということにしておいてやる。
「では、私はこれで。」
もう行くんだ、と言うと
「これからひと仕事あるので。」
と言い残して飛び降りて行った。
毒じゃないならどうせ花言葉だろう。
福寿草の花言葉は「幸せを招く」「永久の幸福」
……まさかね。
20年2月9日 曇り 月見えない
最近、ソルとアステルによく
「何かあった?」
って聞かれる。この前のゲアラハの時もそうだったけど、そんなに顔に出てるのかな。気をつけなきゃ。
お願い神様。私のことは誰にもバレないで。
20年2月24日 晴れ 新月
また、風邪をひいた。今度は熱は出てないけど、体はだるい。吐き気もした。なんだか、無性に悲しい。寂しい。くそ。なんで。
ゲアラハがついでに見舞いに来てくれた。あんまり覚えてない。
久しぶりに布団を頭まで被って泣いた。寂しいけど、辛いけど、それでもみんながいてくれる。優しさが怖くて。失うことが怖くて。
永遠なんてないのに。
20年2月25日 晴れ 二日月
今日もあまり体調が芳しくない。嘔吐した。アステルが吐き気止めをくれたけど、お腹がぐるぐるする。こんなことは滅多にないので、2人がすごく心配してくれる。申し訳ない。
「……あなた、何か隠してません?」
ゲアラハが見舞いに来て一言目がそれだった。心臓が口から飛び出るかと思った。その動揺を読み取ったのか、あいつが
「隠してますね。」
断言した。もう言い逃れはできない。だけど、言うわけにはいかなかった。これは隠し通すって決めた。
「……別に、言いたくなければ言わなくてもいいです。個人の尊重は大事ですからね。」
ただ、とゲアラハが付け加える。
「最近体調を崩すことが多いのはおそらく精神的なものもあると思います。ですから、いつでも相談してください。」
私たちは『友達』ですから。
友達だからこそ言えないこともあるんだよ。だからお前にも、アステルにも、ソルにも。これは絶対に言わない。何を言っても無駄だよ。
「ありがとう。言うつもりは無いけどね。」
一応伝えておく。自分の意思ははっきりさせておかなければ。後悔してしまう。
20年2月29日 曇り 月が見えない
そういえば今年は閏年か。四年に一度の閏の日だ。……ま、特にこれといって特別なことは無いんだけど。
今日はちょっと遠出した。大陸の内陸部に行った。険しい山々がそびえ立っていて、寒かった。なんか遊牧民みたいな人達もいたなあ。
帰ってきた時にゲアラハを見つけた。この寒い中で、夜天の神と話していた。せめて中入れよ。
20年3月11日 晴れ 十六夜月
そういえば、もうすぐしたらあの2人の誕生日だ。というわけで今年はプレゼントを用意しようと思って街に出かけた。ソルはまだしも、ゲアラハの好みが全くもってわからん。ひたすら街をぶらぶらして2時間。ソルの分は買ったけど、ゲアラハの分が全然見つかんない。
「どうせなら、消耗品よりも残るものがいいな。」
少し極端な例だけど、ソルとアステルの指輪みたいな。ああいうのがいい。自分がいたことを残せるような……
「あ。」
ゲアラハはこれがいい。そうして、無事に2人分のプレゼントを買い終わって帰ってきた。暫く隠しておかないと。ま、ゲアラハはともかく、ソルが部屋に勝手に入ることは無いから大丈夫か。
20年3月20日 曇り 月がうちに来た
今日は2人の誕生日。今年もゲアラハをうちに呼んだ。アステルは前よりだいぶ態度が軟化したっぽい。ゲアラハの見えないところで笑ってる。意地でもあいつに笑顔は見せたくないらしい。ツンデレめ。
2人にプレゼントをあげた。この前買ってきたやつ。ソルにはブローチ、ゲアラハにはピアスをあげた。それぞれ太陽モチーフのブローチ、月モチーフのピアス。ソルはいつも飾りっけが無さすぎるから、鞄にも付けれるブローチにした。というかそれ以外にやるもんがない。そのほかの装飾品はだいたいアステルがあげてる。
ゲアラハは……正直何あげても良さそうで逆に迷った。だからピアス。なんかピアス贈るのにも意味あるんだって。「いつでも見守っている」「あなたはひとりじゃない」だったかな。ま、そんなのは後付けに過ぎないんだけど。2人とも喜んでくれたから良かった。
今年で19だってさ。2人とも。
おめでとう。
20年3月23日 晴れ 三十日月
今日はあいつと戦った。なんか前より強くなってた気がする。当たり前か。私は見切れたけど、ソルが避けきれなかった。氷を斬るのはあんまり好きじゃない。なんか音がやだ。アステル、そういやいつもゲアラハと戦う時に新技使うよな……。
20年3月24日 晴れ 新月
昨日戦ったばっかのやつが来た。昨日見事にアステルの新技に腹を貫かれてたけど大丈夫だったか。きっと大丈夫じゃない。てかそんな大怪我した時にうちに来なくてもいいのに。さすがにアステルも激苦薬を飲ませるのは気が引けたのか、そのまま帰した。いい判断だ。明日見舞いにでも行ってやろう。
20年3月25日 晴れ 二日月
少しからかってやろうと思って、ギリギリ咲いていたスノードロップを摘んでゲアラハの家に凸った。出てきたゲアラハはとんでもなく面倒くさそうな顔をしてた。そんな顔されるんなら来ない方が良かったのか?
とりあえず家には入れて貰えた。ゲアラハは
「何しに来たんです?」
って力ない声で言った。横になれって言ったら素直に横になったので、多分相当辛い。そりゃ腹に風穴なんて開けられたら生きてる方がすごい。
「見舞いに来たんだよ。」
「どう考えても見舞いに持ってくる花ではないでしょう。」
じとっと私を睨んでくる。
スノードロップの花言葉は「希望」「慰め」それと「あなたの死を望みます」
どう考えても友人の見舞いに持ってくる花ではない。死にかけてるやつに手向ける花でもない。
「ふふ、ちょっとからかっただけさ。良い方だけ受け取ればいい。」
花言葉は受け取る側がどう受け取るかで意味が全く変わる。良い方だけ受け取ればいい。悪い方なんて最初から受け取らなければいいんだ。
せっかくだから重湯を作ってやった。ちょっと早い昼餉だったけど、まあいいでしょ。
髪、伸びたな。私もお前も。所々に紫が入ってる白髪、綺麗だね。言わなかったけど。だって恥ずかしいじゃん。
20年3月30日 晴れ 月見てないや
今日はちょっと1人でぶらぶらした。街の喧騒も悪くない。ちょっとおしゃんな喫茶店に入ってみたり、雑貨屋に足を運んだりしてみた。だけど最後は必ず花屋に寄る。店員ともかなり仲良くなった。もう常連だからね。せっかくだからあいつに何か買ってやろう。
ガーベラとミモザとカスミソウ。いいね。花束としてラッピングしてもらって、あいつの家の窓に置いておいた。いつもの逆だ。今日はルンルンで帰った。後で感想を聞こう。
20年4月4日 晴れ 月は隣に
「花見をしましょう!」
デジャブかと思った。なんか去年も同じことなかったっけ。妙に幼い顔であいつが言うもんだから、つい笑いが漏れてしまった。
せっかくだから、みんなでお弁当を作った。道すがらお団子も買って、本当にお花見を今からしますという感じだった。
花より団子とは少し違う気がするけど、みんな桜がおまけみたいに盛り上がっちゃってさ。夜桜も見たよね。月と桜がすごく綺麗で、なんだか永遠と刹那が同時に存在してるみたいで、すごく美しかった。
……あのことを、忘れさろうとしてたあのことを思い出しちゃって、泣いちゃった。こんな日々がずっと、なんて夢物語だ。去年桜の前で長寿を願ったのが間違いだったかな……
桜と月が綺麗すぎて、目に染みただけだよ。なんて、無理がありすぎる言い訳だったけど。みんなが頭を撫でてくれた。優しいね。みんな。
20年4月18日 晴れ 有明の月
今日は散り際の桜を見に来た。綺麗。桜は散り際まで美しい。私もこんなふうに……
「……あ。」
また、涙が落ちちゃった。……春だからかな。きっと、桜が美しいのが悪い。そういうことにしておこう。
並木沿いをふらふらと歩いていく。川沿いだから、水の音も相まって実に春を感じる。深呼吸すると桜の匂いが鼻腔をくすぐる。
あと、数回もないだろう。しっかり目に焼き付けておかないと。割と綺麗な、花のまま落ちていた桜を拾った。きっと雀のせいだ。押し花にしようと思う。
あれ、今日はただの日記じゃん。
20年4月23日 曇り 新月
桜もすっかり散ってしまった。これから新緑が芽生えてくるだろう。
あいつは今月も来た。なんならもう玄関を勝手に開けて入ってくる。ここの住人かってくらい馴染んでいる。まあ、激苦薬をねじ込まれることは変わりないんだけど。
今日はこっそり蒼天の神に会いに行った。大きな聖堂に、今日はいるかなって。いつもは外に出ているから。
「おやナデシコ。今日も来たのかい。」
いた。幼子の姿の神と最近は結構話している。ただの雑談がほとんどだけど、たまに体調について聞かれる。
「今日はゲアラハが君の家に来ているんだろう?居なくても良かったのかい?」
「…勘づかれているかもしれなくて。」
目を伏せて答えたら、そっか、と言ってそれ以上は追及してこなかった。
家に帰るとゲアラハは既に帰っていて、ちょっと安心した。
20年4月30日 曇り …
ゲアラハと喧嘩した。
気分が悪い。暫く顔を合わせる気になれない。
20年5月23日 雨 新月
あーあ。この日が来ちゃった。今部屋に閉じこもっている。顔を合わせたらなんて言うかわかんなくて。出会って以来の喧嘩だから。そもそもあんまり喧嘩なんてしたことないし。それに
……あいつは帰った。ドア越しに会話をした。……薄っぺらいことしか話してない。
これは私の問題だから。お前には関係ないんだから。気にしなくていいんだよ。なのになんで、そんなに聞こうとしてくるの。やめろ。いいじゃないか。隠し事の一つや二つ。なんで自ら傷つく方に歩みを進めるんだ。そっちに行ったら傷つくのはお前なんだよ。
五月雨がうるさい。
20年6月21日 雨 新月
まだ、仲違い中だ。あれから一回も会ってない。今日もあいつが来るはずの日。ほら、窓からあいつの傘が見えるよ。
明らかに2人にも気を使われている。申し訳なさとあいつへの怒りでぐちゃぐちゃ。何が「あなたのため」だ。お前たちのために黙ってやってるんだよ。わかってくれよ……。
考えてたら泣けてきた。なんかここ数ヶ月涙腺が緩みっぱなしだ。締めないと。
永遠を求めるのは誰も一緒だよ。去年の私の誕生日の時にお前、言ったよね。「不変を手に入れることは出来ない」って。私は「刹那こそ美しい」って、そっちの方が好きだって、そう言ったけどさ。やっぱり永遠は欲しいよ。誰も「この生活が早く終わりを迎えて欲しい」なんて思ってないでしょ。みんなこのままが続けばいいなんて思ってるんだ。
だから、私は言わないんだよ。終わりを知らせることになるから。
20年6月29日 晴れ 月は今は見たくない
今日はアステルの誕生日。喜ばしいがいまいち気分が乗らない。あいつが多分来るだろうから。
「ナデシコ?」
「えっ何?」
呼ばれて振り向いたらアステルが不思議そうな顔で私を見ていた。
「なんか最近ぼーっとしてること多いよね。」
「そう……?」
多分無意識。だって言われるまで気づかなかったから。
「……。」
「えっちょ」
アステルがいきなりハグしてきた。びっくりした。だって、ソルとさえ体を触れ合わせるなんてことはあんまりしないのに。
「……僕は、ソルとかナデシコみたいに他の人とあんまり関わんないし、親も居ないから。こういう時、どうすればいいかわかんなくて。でも、こうすればナデシコは安心してくれるかなって……思って。」
語尾に向かうにつれ段々と声量が小さくなっていく。
優しさが、痛いほど沁みて。やっぱり、つらくて。
「……ありがとう」
震え声で返事をした。
結局、今日はあいつは来なかった。アステルが花を生けてたけど、あれはあいつが置いたやつなんだろう。
なんの花かも確認しなかった。
20年7月21日 晴れ 新月
今月もあいつが来る日がやってきた。憂鬱。部屋に閉じ篭ろう。なんなら窓から出て行ってやろうか。そうだ。そうしよう。屋根にのぼろう。
ゲアラハが家に入ってきたことを確認して、静かに窓から屋根に登る。強い日差しが肌を焼くけど気にしない。それさえも愛おしい。私が世界に存在することが、美しいと思った。
街は相変わらず賑やかだ。外れにあるうちからでもよく分かる。来年、再来年、10年後とかはどんな風になってるんだろう。変わらず賑やかでいて欲しい。この街はいつまでも活気溢れるものであれ。
また永遠を望んでる。何をどうしても手に入らないものに、人はいつも手を伸ばしている。わかってるのに。不可能なことだって。だけど、星屑を掌に収めるような不可能なことでも、人は追い求めてしまうんだ。だって、それはとても素晴らしいものだから。まさに夢。
不変は理想だけど、同時に腐敗もする。刹那は残酷だけど、同時に新鮮さをくれる。
あーあ。世界は残酷だな。
20年7月22日 晴れ 二日月
今日は私の誕生日。月しか知らないそれは、誰にも祝われない。去年はきっとイレギュラーだったんだ。そう思うことにしよう。
今日は暑いからうちの中に引きこもり。氷菓でも食べて過ごそう。
夜、また屋根に登る。月はもうとうに沈んでいる。すっごく細い月。なんかぽっきり折れそうなんて思った。
「……。」
なんとなく、空に手を伸ばしてみた。先には赤い星。あれは確か蠍座だったか。星座にはあまり詳しくないので分からない。こういうのは星そのものに聞いた方が早い。
「そんなに手を伸ばしても、星は掴めませんよ。」
1番聞きたくなくて、1番聞きたかった声が聞こえた。沈んだはずの月が、私を見ていた。
「……知ってるよ。自分にできないことくらい、ちゃんと把握してる。私は夢想家じゃないんだ。」
吐き捨てるように言う。ゲアラハの方は見ない。どんな顔をしているかも、分からない。見たくない。見るのが、怖い。
「……できないことをはなから諦めるのは、悲しいことだと思いませんか?」
諭すような口調が妙にカチンときた。なんでお前なんかに。お前に私の何がわかる。
「私が何を諦めたのかも、何に悩んでるかも、何をしたかったのかも、お前は何も知らないくせに!諭すなら他所でやれ!」
違う。こんなにきつい言い方なんてするつもりはなかった。でも、私が最初から抵抗もせず泥に沈んでいっているようで、ムカついた。
「諦めたかったから諦めてるんじゃない!……どうしようもない壁が、そこにあるから。自分が何も出来ないことを思い知らされたから、だから諦めたんだ。」
口から言葉が滑り落ちていく。私が、私は、この生活をあと、どれだけ、なんで。なんで。なんで!!どうして!!!
「……っ」
視界が歪む。大粒の涙が目から零れ落ちて止まらない。膝を抱えて顔を伏せる。月には、この顔は見られたくない。見せたくない。きっとひどい顔だ。
「……あなたが…あなたが。何に悩んでいるのかは、ざっくりとですが予想はできています。」
ゲアラハの声が震えていた。珍しい。というか、やっぱりバレてたか。ゲアラハは1番察しがいいから細心の注意を払っていたのに。今までの努力も、言い争いも、全部、無駄だったのか。
「……はは。」
乾いた笑いが出る。今まで、なんのためにこんなに頑張ってきたんだろう。虚しくなってきた。ゲアラハにはお見通しだったか。そっか。そっか……。
顔を上げたら、ゲアラハが泣きそうに顔を歪めてた。そんな表情、するんだね。お前も。やっぱ人間だ。
「もし、いま、お前が考えてることが当たってても、当たってなくても。あの二人には言わないで。」
一生のお願い、と付け足すと、彼は
「……そのセリフで、本当に一生のお願いになる人はいないですよ。」
って目に涙を貯めて笑ったんだ。
ああ、お前の考えてる事は、私と同じなんだなって。その時確信したんだ。
「……失うのが辛い人は、もう増えないと思っていました。」
ゲアラハが私の隣に、肩が触れ合うほど近くに座る。暑いよ、なんてとても言えなかった。
「私にとって、今まではあの二人が全てでしたから。」
だろうね。今までお前はソルとアステルしか見てなかった。それも、多分当然だったんだ。太陽の祝福を受けた人間と、星の加護を受けたひと。それに比べて私は何の変哲もないただの人間だから。あの二人みたいな特別なものは、なんにも持ち合わせてないから。
「なんで、私に近付いたの?」
「その答えは、だいぶ前に言ったはずでしょう?」
記憶を手繰る。暫く思い出せないでいると、痺れを切らしたのか彼が口を開いた。
「嫉妬ですよ。」
ああ、そうだった。お前は、私が羨ましかったんだっけ。ソルとアステルとずっと一緒な私が。でもね、私もお前が羨ましいんだよ。お前みたいに特別だったら。他の人と何かが違ったら。何度そう願ったことか。
お互い、ないものねだりってとこかな。
「ゲアラハは、死ぬのはこわい?」
ぬるい風が私の口をこじ開けた。ゲアラハが息を飲んだ音が聞こえた。かなり動揺している。
「それ、は」
ちらりと彼を見ると、俯いて瞳を揺らしているのが見えた。
「こわい……ですが、自分の死よりも、彼らの死の方がよっぽど怖いです。」
お前らしいね、ってはにかんだ。彼の肩にそっと頭を預ける。ピクりと肩がはねた。
「私はねーー」
こわいよ。こわいに決まってるじゃないか。だって。死ぬんだよ。いのちが、自分が、この世界から消えちゃうんだよ。それってとってもおそろしいことだと思わない?死んだら、土に還るんだ。人間みんなそう。いつかはみんなそうなる。だけど、だけどね。みんなを、お前たちを残して先に逝くのがこわいんだ。今までずーっと一緒だった。怖い時は寄り添ってくれたし、悲しい時も慰めてくれた。だけど、死んだら1人。死んだらそれでおしまい。私という存在はもうこの世のどこを探してもいないし、みんなの記憶に残るかもわかんない。一緒に過ごしたみんなからも消えちゃったら、私は本当に死んじゃうから。だから、私は形に残るものを遺すって、決めたんだ。いつまでも『ナデシコ』が残るように。
「私が死んだらお墓は立てなくてもいいけど、花は添えて欲しいな。」
ふふ、と少し笑う。今日は、夜が明けるまで。このまま空を見ていた。
20年7月27日 晴れ 上つ弓張
……はあ。なんか憂鬱。ゆううつっていう漢字を書くのもめんどくさいなあ。なんでこんなに画数多いの。いみわかんない。
燦々と照りつける太陽は、ソルでも顔を顰めるほど眩しい。まあ、元々明るいのが得意じゃないあいつは例外ではなく
「……死にそうです。」
マジで死にそうな顔をしているゲアラハがうちに来た。いつも通り窓からの入室。もう慣れた。
「だってお前の服ほとんど黒じゃんね。」
見てるだけで暑い。なんで夏も長袖なんだよ。しかも黒。日差しを吸い込んで余計に暑いに決まってる。馬鹿なんだろうか。
「長袖なのは日に焼けると肌が思いっきりやられるからです。黒なのは……趣味です。」
その趣味が今お前を殺そうとしてるんだけど。
「そんなだったら日傘させばいいじゃん。」
「その手がありましたか。」
やっぱ馬鹿なんだろうか。こいつ。いつも知的な雰囲気醸し出しといて。変なところでポンコツだったりするから。
「お前はいいよな。自分で氷創り出せるからさぁ。」
こちとら家ん中じゃないとやってらんねえよ。
「あんまりいいものではないですよ。例えば、ほら。あんまりにも気温が高すぎると、これらもすぐに溶けてしまいます。」
ゲアラハが作り出した氷の蝶は、20センチも飛ばずに溶けてしまった。はえー。そんな弊害が。これをやり続けてしまったら家中が水浸しだ。それはやだな。
今日はちょっとした雑談をしてすぐ帰っていった。この前仲直り……?をしたからもう気まずくはない。みんなには迷惑をかけちゃったな。
20年8月4日 晴れ 満月
暑い。あついあついあつい。尋常じゃない暑さだ。アステルなんてずっとバテてる。この前買ってきた桃国産の扇風機がなければ調薬中にぶっ倒れてただろう。
アステル、換気しようとして窓を開けたら熱風が入ってきて閉めたって言ってたな……だから熱中症になんかなるんだよ。馬鹿?
窓際に大輪の向日葵が2輪置いてあった。若干しおれている。まあこの暑さなら当然だろう。置いたのは多分いつものあいつだ。この暑い中で外出したのか。この前死にそうって言いながらここを避暑地にしてたのはどこのどいつだったか。
ちゃんと生けて飾っておいた。部屋に戻ったら窓の縁に紙切れが置いてあることに気づいた。
『2人にあげてください。さすがに太陽の子でもこの暑さはきついようですね』
だってさ。お前も死にかけたし、そんな上から目線なことなんて言えないだろ、ってフッと笑った。
20年8月19日 嵐 新月だけどさ
なんでお前うち来たんだよ。こんな嵐の日に。嘘だろ。馬鹿?もしかして目ついてないのか?わざわざこんな荒れてる日に来なくても良いじゃんかよ。そんなに2人の顔が見たいか。呆れる。
「……お前、こんな天気でも来るんだな。」
ソルが若干引いてた。ソルはまだ優しい方だ。若干引くだけで収まってたんだから。
「嘘だろ……。どこの阿呆がこんな天気にわざわざうちに来るんだよ……」
アステルはドン引きしてディスってた。これが正しい反応だ。私もドン引きした。ドン引きしない方がおかしい。ソルがおかしい。
「随分とひどい言い草ですね?」
頭からバケツを被ったみたいにびっちょびちょなゲアラハが若干怒り気味で言った。なんで怒ってんだよ。ディスられるのも当たり前だろ。こんな天気でわざわざ外出して意中の相手の家に来るなんて、最早キチガイだ。どっかで頭のネジでも吹っ飛ばしてきたのか?
「……ま、とりあえず体ふけよ。タオル貸すからさ。」
ずっと玄関に立たせておく訳にもいかなかったので、ソルがタオルを貸す。貸そうとしたところを私がぶんどってゲアラハに豪速球で投げつける。ぐえっと情けない呻き声を上げてよろめく。いい気味だ。嵐の中外を出歩く馬鹿野郎には、ちょっとばかし灸を据えてもいいと思わない?
「酷いですねえ。それが家に入ってきた友人にすることですか?」
「嵐の中わざわざ外で歩いてうちに来た大馬鹿野郎にはこんなんじゃ足りないと思うがね。」
腕を組んで見下す姿勢をとる。いつもはどうやっても見下せないけど、よろめいて腰を低くしたゲアラハは見下せる。バチッと火花が散る。
「おや、心配してくれているのですか?」
彼がニヤリといたずらっぽく笑う。
「はあ?心配?そんなのするはずないでしょ。ただお前の執着心に呆れただけ。」
誤魔化しきれていない。そもそもこいつに誤魔化しなんて通用しない。そんなの分かりきっているけど、口が勝手に動くんだから仕方ない。ソルがニヤニヤしている。なんかムカついたからすねを蹴った。
「……いい加減玄関から動きなよ。あと服は脱げ。干すから。」
シッシッとアステルが私を出て行くように促す。アステルがこういうことを言うのは珍しい。さすがにこの中で帰すのは気が引けるか。
「……珍しい。」
ぽかんとしてゲアラハが呟いた。そしたらアステルがキッと睨んで
「何。この嵐の中で帰されたいの?益々阿呆になったようだね。それともそういう趣味でもあるのか?」
結構ボロクソに言うやん。私はそこまで聞いたところで自分の部屋に引き上げた。
結局今日は嵐が止まなかったから、あいつはうちに泊まることになった。もしかしてこれが目的だったんじゃないかって思うくらいにスムーズに進んだ。あいつならやりかねない。
20年8月31日 晴天 十三夜月
ジリジリと太陽が肌を焼く。焼くというより刺されているみたい。痛い。こんなだったら日傘でも持ってくるんだったと後悔した。
街であいつを見かけた。買い物中だったから話しかけなかったけど。日傘を持ってる。真っ黒な日傘。あいつだけすごく浮いてる。色がね。頭が白いからいつもすごく目立つんだけど、日傘があまりにも黒くて余計に目立つ。まあ、服の色合いとかもあるんだろうね。あいつはいつも暗い色しか着ないから、淡い色ばかり来ている人々の中じゃとんでもなく浮く。
今度から日傘をさそう。じゃないと焼け死ぬ。
20年9月17日 嵐 新月……
またかよ。来なくていいって。そんなに来たいか。よっぽどの馬鹿だぞ。頭沸いてる?
「今回はレインコートなので濡れてないですよ?」
そういう問題じゃねえんだわ。びしょ濡れかそうじゃないかとかじゃなくて。この天気で外出することに呆れてんの。
ヘラヘラ笑ってるあいつを3人冷たい目で見る。けどあいつはそんなこと気にもとめてない様子で
「というわけで、今日も泊めてください。」
当たり前かのように言ってきたあいつに、私たちは呆れるしかなかった。
「……お前、ここは宿じゃねえんだぞ。」
「知ってますよ。」
ケロっと言うゲアラハに、怒りよりも諦めの方が先に浮かんできた。
「あれ、世の人間は友人が家に訪ねてきたら快く泊めさせると聞いたのですが。違うんですか?」
「「誰が友人だ」」
シンクロして2人が言うので、吹き出してしまった。
「友人を家に泊めるのは別にいいの。だけどねえ。限度ってもんがあるでしょ?」
もう何回こいつはうちに泊まった?というか入り浸りすぎだ。節度は守って欲しい。
「……ま、話してても埒があかねえ。とりあえず今日はこっちが折れようぜ。」
ソルがため息をつきながら言った。
結局ゲアラハを家に泊めたが、いつもより持続的に苦味が出る激苦薬をアステルに飲まされていた。2回。涙が出るほど笑った。
20年9月25日 曇り 月と対決
なんとなく、ゲアラハとタイマンした。やろう、って言ったらあっさりいいですよって返ってきたから。
ソルとアステルにはなんにも言わずに出てきた。開けたところで決闘をする。ちょうどこの時期は彼岸花が咲き誇っていて、夕日と相まってまるであの世みたいだった。
「やるからには真剣勝負ね。勝っても負けても泣き言はなし!」
「もちろんです。手加減なんてしませんよ。」
互いにニヤリと笑って、真剣勝負が始まった。
結果から書こう。私が勝った。まあ、結構危なかったけど。何回か氷に足を取られたりもした。後ろから来た氷弾が腕を何回か掠ったりもした。お互い全力を出し合った結果だ。文句は無い。ゲアラハも清々しい顔をしていた。
「……強く、なりましたね。」
互いに肩で息をする。もう日はとっくに暮れている。辺りは暗い。虫の声しか聞こえない。
「おかげさまでね。」
証明印がぼんやりと光っている。光源はそこしかない。かろうじて表情が見えるほどの明るさだ。彼は、優しく笑っていた。
20年10月1日 晴れ 小望月 中秋の名月
今日はお月見。と言っても1人で。満月ではないけど、ほとんど満月と言っても差し支えないほど月は満ちている。今日は月がやけに黄色い。卵みたい。
いつだったかにゲアラハに連れられた、丘の上にあるベンチに腰を下ろす。ぼうっと月を眺めてたら、色んなことが頭に浮かんできた。なんだか走馬灯みたいで。もう何年も前に死んだ母親のことを思い出した。もう声も曖昧だ。母親が死んでからは、祖母と父親に育てられた。暫くして家を出て、今みたいに依頼を受けては敵を薙ぎ倒す戦士になった。
幸い、私には剣の才能があった。先祖返りだろうと父親は言ってた。
私のご先祖さまは桃国の人間だったんだって。すごく名を馳せた剣士で、勧善懲悪を体現したような偉人だったんだって。何があってこんな遠い遠い大陸まで来たのかはわかんないけど、ご先祖さまが大陸に渡ってこなかったらきっと、私もあいつらに会えなかったんだろうなぁって思って。ありがとう。私をみんなに巡り合わせてくれて。
桃国、いつか行ってみたいなあ。
20年10月2日 晴れ 満月
なんとなく今日もあのベンチに行った。そしたら先客がいた。ここに来るやつなんて一人しかいない。ゲアラハだ。
「……。」
なんか、魂が抜けたみたいに虚ろだ。人形みたいにぼうっと満月を眺めている。こんな時に思い浮かんだことが、顔がいいってことだけだった。なんだそれ。
声をかけるのはやめた。1人にしておこう。そう思って、静かにその場を離れた。
20年10月17日 晴れ 新月
なんだか鉄臭い。今日は涼しいから窓を開けてるんだ。そしたら、涼しい秋風に乗って嗅ぎなれた鉄臭さが鼻をついた。誰かが血を流している。それも結構な量。嫌な感じがする。
下に行こう。
まずい。
20年10月18日 晴れ 二日月
昨日はバタバタしてしまって日記を書く暇もなく寝てしまった。昨日起きたことを簡単に。
まず、いつも通りゲアラハがうちに来た。そこまでは良かったんだけど。
左腹が抉れてた。左足の肉も所々持ってかれてた。頭から血を流してて、マジで満身創痍。慌てて知り合いの医者を呼んだ。一通り応急処置を終わらせて、ベッドに縛り付けた。勝手に帰りそうだったから。
珍しくアステルが焦ってたなぁ。自分であいつの腹に風穴開けたこともあるのに。
さっきゲアラハと話してきた。珍しいね、って言ったら
「ちょっとしくじりまして。」
って返ってきた。いやちょっとじゃないだろ。だいぶ大怪我だ。医者は「常人なら耐えられない痛みだと思う」って言ってた。相当だ。じゃあなんでこいつは耐えられてるんだ。おかしいだろ。
怪我に関しては触れられたくなさげだったので、サラッとしたことしか話してない。部屋から出る時にチラッと夜天の神が見えた気がした。
20年10月19日 晴れ 三日月
あいつはうちで療養することになった。まあ、当然だろう。下手に動かしちゃいけない。
部屋をノックしても返事がなかったので、少しだけ隙間を開けて見る。そしたらあの時みたいに、魂が抜けたみたいな表情をしていた。音を立てないように、そーっと部屋に入る。いつもならこの時点で気付くもんだけど、今日は全然気づかない。
「……。」
一言も発さない。ただ人形みたいながらんどうな表情がそこにある。やっぱこいつ顔面はいい。街でもすれ違ったら娘が2度見するくらいには強烈だ。例えるなら……百合?いや、もっと強烈な……うーん。カタバミとか蒲公英とか、スギナとか、そういう中に1輪だけ真っ赤な薔薇が咲いている感じ。端的に言えば半端なく美しい。こいつの顔は女性的だ。美しいという言葉が良く似合う。男らしい顔つきでは無い。それはソルかな。
まあ、ちょっと性格を矯正すれば世の女性を虜にできる魔性の男が完成するだろう。それくらい顔がいい。私はこんなものには揺らがない。というか見慣れた。なんなら飽きた。慣れたらおしまい。それに顔の良さを相殺するくらいに性格が宜しくない。ネチネチしつこい。意地が悪い。あげたらキリがないからこれくらいにしておくけど。
こやつには赤が似合う気がする。なんか突然そう思った。全身赤とか、そういう感じじゃなくて。ワンポイントで。さっき言った薔薇みたいな、強烈な赤を入れたらきっとすごく似合うと思うんだ。
そーんなことをじーっと奴を見ながら考えてた。だけど奴は一向にこっちに気付きもしないので、仕方なく退出してきた。そして今に至る。
……今度あいつに薔薇でも刺してやろうか。どんなになるかがすごい気になる。
20年10月20日 曇り 月は療養中
また、あいつはがらんどうだ。びっくりするほど反応が遅い。何かを話しかけても、「ええ」「そうですか」「はい」くらいの短い返事しか返ってこない。次部屋に入ったら寝てるし、もしかして八割くらい寝てんのか?
20年10月21日 曇り 月はどこか虚ろ
やっぱり様子がおかしい。だから話を聞いてやった。
「……ああ。あなたでしたか。」
気だるげにゲアラハが言う。まだ起き上がれるほど回復はしていない。目だけをこちらに動かしてこちらを見た。
「……なんか気が落ちるようなことでもあったの?」
一瞬、本当に一瞬。ゲアラハの瞳が揺れた。注意深く観察していても見逃してしまうほど一瞬だった。
「そんなことありませんよ。」
いつもの笑みが顔に張り付いているけど、さっきのを見てしまったので嘘だとバレバレだ。あれを見なかったら分からなかっただろう。
「……あるんだな。」
「だからないとーー」
「嘘つかないで。」
どうしても否定しようとしてくるので、語気を強めた。そしたら観念したかのように大きくため息をついた。
「こういう時は、気付いていても大人しく引き下がるものですよ。」
それからぽつり、ぽつりと彼は言葉を零していった。
「今回、今までにない怪我をして、本当に、冗談抜きで死ぬかと思いました。……その時に、……あなたを。……彼らを、思い浮かべてしまって。」
死ぬのが、怖くなったんです。
「どこか他人事だった死が、すぐ隣まで来たみたいで。いつでも殺せる、なんて、鎌を首元に突きつけられているみたいで。……怖いんです。」
何も言えない。何も言わない。何も、かけられない。私には。ただ、黙って彼の話を聞いていた。
「死ぬのは、こわいよ。こわいから、みんな永遠を求めるんだ。前、私言ったよね。永遠より刹那の方が好きって。でも、やっぱり永遠がどうしても美しく綺麗なもので、手を伸ばしたくなっちゃうんだ。須臾が、とても恐ろしくて残酷で穢いものに見えてしまうんだ。それは、表面的なものに過ぎないのに。」
彼も、私の話を黙って聞いていた。
今日は、死について話した。
20年10月22日 曇り 月はまだ寝ている
今日はあいつがいる部屋には行かなかった。ソルが行ったから。
今日は一日中寝ていた。眠い。
20年10月23日 雨 月が起き上がれた
やっとあいつが体を起こせるようになった。やっと、っていってもめちゃくちゃ回復は速い。これが一般人との違いか。
ほとんど会話をしなかった。なんかだるい。
20年10月24日 雨 月はすぐそこ
なんか妙に眠い。秋なのに。秋だからか?睡眠の秋?そっかあ……じゃあ寝よ。
20年10月25日 雨 月はまだ歩けない
今日も眠い。昨日寝すぎたくらいには寝たのに。なんでだよ。しゃーない。寝よ。
20年10月26日 曇り ううーーー
あいつに「お前一回女装してみたら?」って言った。案の定「はあ?」って返された。だろうね。お前ならそう言うと思った。
数日前も書いたけど、あいつは顔面がいい。だからきっと何着ても合うし女装してもきっと可愛い。回復したら女装をさせよう。よし、そうしよう。