百代の過客ガラガラと荷を引く音だけが山道にこだまする。ゆっくりと牽引し歩き続けるこのポポは、一体何代目だったろうか。
花緒が切れた。この下駄も何度擦り切らしてきたか。
ついに傘に穴が空いた。モンスターの素材といえど、といったところか。もう、作ってくれたあの人は居ない。
見慣れた景色が変わっていく。人が変わっていく。時代が変わっていく。
カゲロウは一人、かつてカムラの里であった場所を見た。あの頃の面影を、微かに感じる。だが、そこに居た彼らのうちのほとんどは皆、先に逝ってしまった。
竜人族の悲しい定めである。どんなに親しもうと、人間は我らより寿命が短い。一体、今まで何人の人々が自分と出会い、そして老いて死んでいったのだろうか。
身体が次第に言うことを効かなくなってきた。これが老いか、とカゲロウは感心した。
「あなたが好きだと言ってくださったこの声も、こんなにしわがれてしまいました」
目線が低くなっていく。世界が大きくなっていく。
「竜人族って、お年寄りになると身体が縮みますよね。じゃあ、カゲロウさんが歳をとったら、きっと可愛いんでしょうね……あ、変な意味じゃなくて、その」
時折蘇るあなたとの思い出も擦り切れていく。
この身が縮んでいく。萎んでいく。ついに傘が持ち上げられなくなった。己の手を見る度、ぞわぞわとせり上がる恐怖に身もだえする日も少なくなかった。
ある日。かつての面影を残し賑わう里を、目に焼き付けるように眺めた。
「おじいさん、どこか旅にでも?」
声をかけてきたのは恐らく里の住民の子孫だろう。どこか、かつての加工屋の一族の顔を思い出させる。
「少し、遠くへいくのです」
漆塗の箱を撫でながら答えた。中には、あるハンターが後生大事に身に着けていたものが入っていた。
「気になりますか。いえ、秘密にするほどでもないのです。妻の形見のようなものですよ」
あまりの年月に、すっかり色も薄れ擦り切れそうになってしまったけれど。どうしても手放すことも、捨ててしまうことも出来ずにここまで来ていた。
「久しぶりに、里を見に来たのです。ええ、平和そうで何よりです」
そう言って、老いた竜人族の男はよっこらせと立ち上がる。そして、そのままゆっくりとどこかへ歩いていった。
その後の男の行方は、誰も知らない。
深い深い、誰も立ち入らないような、どこかの山の奥。苔むした岩の上に、小さな人影が腰かけていた。
「あなたが守り築いたものは、今も確かにありましたよ。きっと、これからも大丈夫でしょう」
掠れた声は震えて、とても小さかった。
「それがしも、ようやくそちらへ逝けます」