紅ロザ紅ちゃんが桜を見に行くお話暖かな風と共に時折ちらちらと桃色の花弁が目の前を通り過ぎていく。ぼんやりとその様を眺めていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
声の先を見やれば、一面の桜並木から同じ色の髪をした幼子が鈴のような声を弾ませながらぱたぱたと駆け寄ってくるのが見える。その幼子…紅名は息を少し切らしながら、ぽふんと私の腰当たりに抱き着いた。
「ろざ!」
抱き着く紅名を受け止めながら風に遊ばれた髪を撫でて整える。息が落ち着くのを待って「何か見つけたのだろうか」と聞くと、くりくりとした大きな瞳と目が合う。私は彼の、晴れた日の雪の様な色をした瞳が好きだった。
「あのねー、えへへ…ちょっとこっちにきてほしいの!」
小さな手に引かれるまま桜並木を歩く。斜め後ろから見る、まん丸な頭から出ているぴょこ毛が歩を進める度に上機嫌に動く。一面に桜が広がるこの公園は休みの日ではないからか人はほとんどいなく、きっと一人では迷子になっていた。
(紅名がいなかったらきっと私はとっくに迷子になって…イヴァンに叱られていたな)
「ろざは~さくらすき?」
思案をしている私に足は止めず、少し視線をこちらに向けながら紅名が問う。
「あぁ、小さな花や花びらが愛らしい…なにより、色が好きだ」
「ほんと?んふふ…そっかーきょうきてよかった~」
ふにゃふにゃと紅名が笑う。愛らしくてついその頬に触れたくなるのを耐えて私も微笑み返した。
ほどなくして、さらさらと水の流れる音が聞こえてくる。紅名が「みてみて!」と指した指の先にには小さな川があり、2羽の水鳥がぷかぷかと浮かんでいた。クウクウと鳴きながら川をゆっくりと泳ぎ、たまにまろい嘴のついた顔を水に浸けるさまが愛らしい。
「可愛い鳥だな、冬の国では見たことがない…紅名が見つけたのか?」
「うん!ろざにみせようとおもって」
「ふふ、私に?…ありがとう。紅名は素敵なものを見つけるのが上手だ」
「えへへ~でしょ~?」
得意げな紅名の頭を撫でれば、彼は照れたように目を細める。
「あぁ……仲の良い2羽だな、家族だろうか」
そうなのかな~と紅名はじっと、2羽の鳥を見ているようだ。さらさらと流れる川に桜の花びらが浮かび、鳥たちがまるで桃色の海の中を優雅に泳いでいるようだった。「そうなのかも」とこちらを向いて、紅名があどけなく笑う。
「あのこたちはどこにいくんだろうね」
小さくなっていく2羽の後ろ姿を眺めながら紅名が呟いた。
「そうだな…私たちも行こうか」
どこかに去っていく鳥たちを見送った後、私たちもまたゆっくりと歩き出す。桜の花びらが落ちる地面は少し柔らかくて心地が良い。紅名とたわいのない話をしながらてくてくと歩いていると、ふいに紅名が何かを見つけたように立ち止まり、こちらを振り返った。
「ろざ!ちょっとそこのべんちでまっててね!」
そこの?と見やれば、桜並木の中に休憩ができるベンチがぽつりぽつりと設置してあった。言われたとおりにベンチに腰掛け、少し先にいる紅名に声をかける。「紅名、あまり遠くにはいってはいけないぞ」ほにゃ~とした返事が聞こえ一息をつく。紅名はとても良い子なのだが、少々好奇心が旺盛なのだ…(※ロザ調べ)
暖かい陽気にうとうとしていると、見知った足音がぱたぱたと近づく。目を開ければ紅名が私の頭になにかしている…。
「じっとしててね」
ちょみちょみ頭に何かを乗せられる。何が起こっているか分からぬまま、されるがままになっていると紅名は満足そうに頷く。「もっとみつけてくるね!」とまた去ってしまった。
その後ろ姿を目にしながら頭に手を添えると、まだ散っていない…咢のついた、花の形を保った桜が頭についていた。(飾りつけられていたのか…)あらまあとほっこりした気持ちになってしまう。
あまり遠くに行ってはいないか、地面を眺めながらてくてくと探して歩く紅名を見ていると、背後からふと魔力の匂いがした。振り向けば、くすくすと笑う声と共に柔らかな風が頬に触れる。(精霊…?)この桜並木の、花の精だろうか…楽しそうに笑いながら私の周りをくるくると飛び回り、髪を風で遊ばれる。
「ふふふ、くすぐったい」
(…私の魔力に興味を示したのだろうか)この世界には魔法使いは少ない。普段感じない魔力につられてきても不思議ではなかった。
私は春の国の魔法使いではないから、珍しさもあるかもしれない。はるか遠い昔に世話をしていた、故郷の花園を思い出す。あそこにも土地柄は違うがおしゃべりな花の精霊たちがいた。魔力でキラキラと花弁のような雪結晶を見せてみれば興味深そうにふわふわと舞う。しばらく戯れていると飽きたのか、何かに惹かれるようにすいと前へ飛んで行ってしまった。
「む…」
その先には紅名が…いや、よく見ればその精霊だけでなく、他の花の精たちも集まっている。紅名はまだ最近私と契約し、魔法使いになったばかりの元人間の幼子だった。…恐らくその可憐な容姿に惹かれて、連れて行こうとしているのか…
じわり、と紅茶を零した時のような何かが…自分の中に広がるのを感じた。
「紅名」
自然と足早になりながら、声をかける。呼ばれてこちらを振り返る甘い桃色の髪が、白銀の世界ではよく映えるはずなのにここでは馴染むようだった。
「そろそろ移動しないか…その…そのだな」
「んう?ろざ…おなかすいたとか?」
「う、うむ…そうだ…少し、温かいものと甘いものが欲しいかもしれない」
我ながらしどろもどろに、早口(当社比)になりながら「しょーがないなー」と誘いに乗ってくれる紅名を抱き上げる。
「うん、たしかにちょっとひえてきた?かも」
「…ありがとう、紅名」
楽しそうにふふと笑う彼に愛しさが耐えられず、前髪を撫でつけて見えた肌色に唇を落とした。
ざわりと精霊たちが騒ぐのを感じる。すまない、この子は私の伴侶なのだ。らしくなく見せつける様な事をしてしまったと、その場を足早に去る。誰の所為が少し冷えたしまった空気と、紅名のぬくい体温を感じながら。
その後入ったお茶屋さんでなんか頭に桜の花乗ってる人いる…と店員さんい思われたりするのは別の話…