ああもうキミって人は すっかり日も暮れた夏の里の夜。
仕事が終わりクサツ旅館で汗を流した後、スバルは里の入り口付近にある『茶屋白砂』で一服していた。
夜空を見上げると、満点の星空が輝いている。夏の大三角形を探していると、柏手の音が聞こえ何となくそちらへ目を向けた。
熱心に祈りを捧げているのは、カグヤ――彼の恋人だ。
元々モコロンを祀って作られたものだというのに、殊勝なことだ。
深々と頭を下げた後、こちらへと振り返った彼女と目が合った。手を振り、隣を軽く叩くと凛とした表情が柔らかく綻んだ。
「こんばんは。スバルはひと休み中ですか?」
「うん、今日は早く上がれたからちょっと寄り道をね」
「そうですか。何を飲んでるんです?」
隣に座ったカグヤがスバルに身を寄せる。
「飲んでみる?」
スバルが手元のカップを差し出すと、口をつけた彼女が意外そうな顔をした。
「これ……リラックスティーですか?」
「うん、これを飲むとよく眠れる気がするんだ」
確かにスバルと西のお茶の組み合わせは珍しいかもしれない。彼女が心配そうに眉根を寄せる。そんなに表情が曇ることを言った覚えのない彼は首を傾げた。
「何かおかしいこと言った?」
「いえ……最近眠れているのかな、と」
躊躇いながら発せられた言葉に合点がいった。おそらくカグヤは、スバルが未だに過去の記憶にうなされているのではないかと心配したのだ。
「大丈夫、今はうなされたりしてないよ」
舶来雑貨風切羽の開店時間は早い。朝から本調子で働くためには質の良い睡眠が不可欠だ。
そう恋人に説明すると、明らかに安堵した表情を見せた。心配性の彼女へ些細な悪戯心がわく。
「オレのことが心配?」
「それは勿論。あなたが大切ですから」
恋人になってからの彼女は非常に素直だ。毎日のように好きだの大切だの言われ続け、流石に心臓がもたないなあ、などと贅沢なことを悩んでいる。
「それなら、よく眠れるようにおまじないをしてくれないか?」
「おまじない?」
「小さい頃によくやってただろ」
スバルに言われ、カグヤは思い当たったように頷いた。彼女の手が伸びてきて、スバルの頭に触れる。
そのまま、優しく撫でられた。彼女の柔らかい手のひらを感じながらスバルは目を閉じる。
おかげさまで、今夜はよく眠れそうだ。そうスバルが思った途端、
つむじのあたりに、柔らかい感触が触れた。
驚いて顔を上げると、目の前にはカグヤの顔があった。
「え、な……にしたの」
彼女はスバルの肩に手を乗せ、少し屈んで彼の前に立っていた。これは悪戯が成功したときの顔だ。
「ええと、おまけです」
子供の頃と全く同じでは芸がないので、などとさらりと言ってのける。
つむじに口付けられたのだと分かり、スバルの頭は瞬時に茹で上がった。カグヤが驚いた顔をする。
「ごめんなさい、嫌でしたか?」
「嫌じゃない、嫌じゃないけど」
こんなことされたら、眠れなくなるじゃないか!