或る奇兵隊士の回顧談──あれは確かに、慶應三年四月十四日の早朝でありました。
ちょうどその数日前に奇兵隊へ入隊が決まった自分は、下関の櫻山招魂社を訪れたのであります。彼処には吉田松陰先生をはじめ、国事に奔走して命を落とされた方々が御祀りされておりましたので、まだ十四の若輩者であった自分もそういった方々の墓標を拝して、気を引き締めようという心算でした。
それには朝一番がよかろうと思い、夜明けと同時に隊舎から社へ向かいました。長い石段を登って、碑の建ち並ぶ奥の鳥居の方を見れば、どうやら人の気配がある様子。先を越されたような気分になりましたが、熱心な参拝者であろうかと薄闇のなかを近付いてみると、其の者は玉垣の内側に凭れかかるようにしてぐったりと座り込んで居るではありませんか。
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