ある日の夜海月海岸、浜辺にて。
鈴木凪(=ユラナギ)は何をするわけでもなく、ただそこに佇んでいた。
「やあ、久しぶりだね。」
知っている声。その正体は平田藍ことヨヒラ。
「こんな夜更けに…眠れないの?」
「ははっ、俺達もともと眠れないじゃん。」
「それで、どうしたの?わざわざ訪ねてくるなんて。何かあった?」
「ただ君に会いたくなっただけさ。理由なく会いに来ちゃだめなのかい?」藍はそう言って微笑む。
二人は土着神。凪は海月町を、藍は凉暮町を治めている。土着神は基本的に自分の土地から離れない。二人がご無沙汰だったのもそのためである。
凪はおよそ1400年前から、藍はおよそ600年前から存在している。二人は800歳ほどの年の差があるが、先輩後輩の立場関係なく仲が良い。人間風に言えば二人は友達なのだ。
「ああ、そうだ。陸ちゃんとは最近どうなの?」
二人は時々メッセージのやりとりをする。土着神も現代の人間社会に適応しているのだ。藍は凪から度々、山田陸という人間の話を聞かされていた。
「どうって?特に変わりはなく、関係は良好だよ。」
「それは良かった。君が人間じゃないこと、バレていないみたいだね。」
「うん…」
凪は陸が小さい頃から、彼を気にかけていた。それは陸が自分の信者の孫だからというのもあったが、何より、凪には陸が特別な存在に思えたのだ。
今まではステルスモードで姿を見せずに彼を見守ってきたが、どうしても仲良くなりたくなった凪は、陸が海月高校に入学するタイミングで自分もその高校に通うことにしたのだった。
「せっかく仲良くなれたんだ。これからもずっと陸と一緒にいたい。だから、上手くやらなきゃね…」
凪は笑ってみせた。作り笑いだ。そして、
「ねえヨヒラ…もし陸がボクの正体を知ったら、陸はボクをどう思うかな。」真面目な顔で隣の同族にそう尋ねた。
「うーん、俺には人間のこと、ちっとも分からないからなぁ。でも、陸ちゃんは君が何者であっても君を嫌いになったりはしないんじゃないかな。俺は彼とは会ったこともないから根拠はないけどね。」
藍は自分ができる精一杯の回答をした。
凪は少し考えてから、
「ごめんね、困らせるようなこと聞いて。でもありがとう。きっと陸なら何があってもボクとずっと友達でいてくれると思う。キミのおかげでそんな気がしてきたよ。」そう言って少しだけ微笑んだ。作り笑いではない。
「少しでもお役に立てたのなら何よりだよ。」
それから二人は他愛のないトークに花を咲かせて、決して特別ではないが楽しい時間を過ごした。
「わ、そろそろ帰らなきゃ神職ちゃんに怒られちゃう!それじゃあ、またね!」
ステルスモードに切り替えて急いで凉暮町へ飛んでいく藍を見送りながら、
(いつか自分で陸に本当のことを話そう。)そう凪は心に決めて、朝を迎えた。もう少しで陸に会える!学校に行く準備をして、その時を楽しみに待つことにした。
ちなみに藍はちゃんと神主に怒られた。