Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    jagi_jagi85

    @jagi_jagi85
    金カム、右月、尾月、尾月尾、兄月、杉月

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 32

    jagi_jagi85

    ☆quiet follow

    ※2020年10月pixiv
    プロレスさせてみた。キスシーンあります。ともすればつきおっぽいんですが尾月です。

    【尾月】ムーンサルトプレスを君に いつだって男子はリングに憧れるもんだろう。

     かつて、日本のプロレス界に圧倒的人気を誇り、第一次プロレスブームを巻き起こした男がそう言っていた。
    (…ような気がする)
     数々の名勝負、波乱などのドラマを生み出した後○園ホール。月島基は入場ゲートの裏で、静かに出番を待っていた。
     イケメンで実力もある若いレスラーが、次々と出てくる中、今だ第ゼロ試合(イベント開始前に行われる練習生などと対戦する短い試合)の相手ではなく、きちんと対戦カードを組んでもらえることに感謝している。


     たとえ今日みたいな変なカードだとしても、全力でやり切る、ただそれだけだ。




     ことの始まりはおおよそ一ヶ月前の地方巡業中。久しぶりに対戦することになった相手に、試合前、それもリング上で、突然宣言された事。
    〈月島さん、この試合…賭けたいものがあるんですけど〉
     マイクを持ち、真剣な眼差しな対戦相手、尾形百之助…じゃなかった、The Gunner(ガンナー)は、俺の答えを待たずに更に続けた。
    〈この試合勝ったら、アンタにキスさせてください〉
     会場からはどよめきと歓声と、よくわからない女性の悲鳴やら何やらが響く。
     コイツは入団した頃に付き人になってもらい、指導したりしているうちに、なぜか俺に懐いてきた。選手としてリングに上がってからも、もう付き人でもなんでもないのに勝手にすり寄って来て、今日の試合どうでしたか、など聞いてくるので、こちらも先輩としてきちんとアドバイスをしてやっていた。
     何がいけなかったのかなんて。
     猫の様に擦寄られて、割と過剰なスキンシップもあったし移動のバスの座席も必ず横に座って来たし、でもこれと言って実害もなかったので放置していた、それが積もり積もったんだと、俺はこの”問題”を放置しすぎたんだと、この時初めて理解した。
    〈わかった。だがそっちの条件だけだと割に合わない〉 
     尾…ガンナーは、いやもう尾形だな。尾形は、デビュー後二戦目の対杉元で受けたローリングソバット(後ろ突き蹴り)で顎を砕かれ、その手術痕が両頬に、それはまるで猫のひげの様に残っている。顎髭に頬の傷、そして元々高い顔面偏差値。こちらの条件を聞く前に、そんな顔をキョトンとさせて小首をかしげる。いや、お前はなぜそれでイケると思った。
    〈そうだな…お前のそのご自慢の髪の毛と名前を賭けろ。俺が勝ったら坊主、そして名前は尾形百之助に戻せ〉
     別に気に入らなかったわけじゃないが、本人こだわりの髪型と名前なので出してみた。ヒクッと片側の口角が引きつるのが見えた。
    〈…いいでしょう、その条件で〉
     ツーブロックの頭頂部を撫でつけながら、ははっと笑い、社長の許可がいりますなぁなど悠長な事を言う尾形。
     チラリとリングサイドに居るリングアナウンサーの白石を見ると、いつの間にか団体代表、鶴見社長が隣に座っていた。
    「許可する!」
     訊ねるまえに、満面の笑み、そう、顔にはっきりと『面白そうだから』と記された笑みと共に、許可をもらう。白石はこの試合のレフリー野間を呼び、ボソボソと鶴見社長と相談する。しばらくすると何かが決まったらしく、しかとマイクを握りしめた。
    〈第四試合、TheGunner対月島基のカード内容をコントラマッチに変更!!〉
     コントラとはスペイン語で”対”。何かと何かを賭けて試合する時の事を”コントラマッチ”という。
    〈三十分一本勝負!ベソ・コントラ・カベジェラ、ノンブレマッチ!両者よろしいでしょうか!〉
     白石はマイクを握りしめ、リングサイドから嬉々としてアナウンスをする。
     カベジェラは髪の毛、ノンブレは名前、そして、ベソは、キスのことか。
    〈俺が勝ったら、お前の髪の毛と名前を奪う。俺の唇は奪わせん〉
    〈…っそ…格好良いこと言いやがって…!〉
     同意とみなし、レフリー野間が改めて試合前のボディチェックをする。


    「ファイッ!!」
    -----カンッ!!
     
     まさに運命のゴングが鳴り響いた。そして本来ならこの試合でケリが付いたはずだった。
     尾形のフィニッシュホールド、サーティンエイトと名付けられた、コーナートップの高高度から撃ち放たれるミサイルキックを受け、リング内に片膝を付いていると、ロープの反動を利用したシャイニングウィザード(膝蹴り)を叩き込まれてホールドされた。かなり良い所に入ったので危なかったが、油断し気を緩めた尾形の腕を取り、腕ひしぎ十字固めへと切り返し、無理に立ち上がって振り解こうとした所を頭まで巻き込んで腕ひしぎ三角絞めへと変形。尾形は最後までギブアップをしなかったが意識が落ちかけたため、レフリーストップがかかり試合終了となった。
     そう、ここで尾形の髪の毛を刈って終わるはずだった。


    〈もう一回!!もう一回チャンスをくれ!!〉


     まさかの”泣きの一回”である。


     ただ受け入れてしまった俺も、鬼軍曹などと呼ばれているが甘いことをしてしまったと反省している。
     あと一回だけでは不平等、というわけで、この日を含めた”三本勝負”と相成った。その場で、今後の巡業で俺と尾形が出る日のカードを変更し、その日のうちに発表、話題になってしまった。
     結果を先に言えば、二戦目は俺が負けてしまった。
     蹴りの鬼軍曹は専売特許だが、実はサブミッション(極技)も得意とする俺の腕を、序盤から徹底的に痛めつけられた。ムンキック(月島が使用する、トラースキック技名)を顎に入れ、倒れたところを一戦目の様に極め技を使おうと、キャメルクラッチで極めようとしたが、上手く力が入らず抜けてしまった。
     尾形にしては珍しく、雪崩式フランケンシュタイナー(コーナートップに座らせてから行うフランケンシュタイナー)を決められ、お返しと言わんばかりのスナイパーショット(尾形が使用する、こめかみを撃ち抜くトラースキック技名)を食らって、そのまま抑え込まれてスリーカウントを取られた。
     終了のゴングが鳴り響き、あのクールな尾形が勝利の喜びに吼えた。
     
     そして最終三戦目は、プロレスの聖地、後○園ホールへと持ち越された。




     なぜ泣きの一回…いいや、二回か?を受け入れてしまったのか。本来なら今日の対戦カードは、セミファイナルで鯉登さんとのシングルマッチだったはずなのに。二戦の反響が大きすぎて、本来メインイベントだった杉元対ガンソク六十分一本勝負が、四十五分に短縮された上に、試合順が入替えになってしまった。
    (ちなみに試合は両者ノックダウン、ダウンカウント中に試合時間終了で両者引分。歓声が凄かったのでいい試合だったらしい。見たかった。そんな試合の後にやるのか)


     ふう、と雑念と共に息を吐いて、入場用の衣装である軍帽を模した帽子を深くかぶり、全身をくまなく動かして集中する。
    「……」
    会場が暗くなり、観客のざわめきもピタリと止む。リング内には、スポットライトに照らされた白石がマイクを持って立っている。


    〈みなさま、大変長らくお待たせしました!本日のメインイベントを行います!!〉


     帽子をキュッとかぶり直す。
     お決まりの入場曲のイントロがドンとかかり、腹の底をくすぐる。
     ライトが当てられたゲートのカーテンをくぐると、歓声が上がる。
     軍隊を連想させるカーキ色の、袖のないパーカー、ショートパンツにニーパッド、レガースとリングシューズ。二の腕には黒のアームリング。手首はテーピングで補強。
     ゆっくりとリングに向かって歩き出せば、花道の脇に待機したファンたちが一同に敬礼をし月島を見送る。
     リング下に到着し、用意された階段を上がる。ロープをくぐる前にリングに向かって一礼する。これは自分なりのプロレスに対する敬意の表し方だ。
     トップロープをくぐり、ゆっくりとリングの中央に立つ。


    〈赤コーナー、鬼軍曹、月島ァァ基ェェ!!〉


     コールと共に、四方に敬礼をする。鬼軍曹、と二つ名を付けられてから行っているパフォーマンスだが、これが俺にとって、気持ちを入れるための良いルーティンになっている。ファンもこれに合わせて一緒に敬礼してくれる。
     
     入場曲が鳴り止み、静けさが訪れる。対角にある青コーナーを見据える。


     ギターをかき鳴らすような、激しい音楽が始まる。あいつの入場曲。リング上で少しでも体を冷やさないように動かして待つ。

     フードをすっぽり被り、肩には模造ライフルを担ぎ、黒いテロテロ生地のマントの裾を揺らしながら、ゆらりゆらりと優雅に歩く。顔は見えないが、花道脇に居たファンに向かって、手でピストルを撃つ真似をして、撃ち抜かれたファンは胸を押さえて、うっと倒れるふりをする。(ファンもよく付き合うよな)
     リングの下でフードを取る。目が合ってニヤリと笑って、俺に向かってバンと撃つ真似をする。俺は挑発も兼ねて、あえて尾形が上がる場所へ近寄り、セカンドロープに腰掛け、トップロープをグイッと持ち上げてリングに招き入れた。
     へぇと笑いながらロープをくぐる。
     さりっと顎髭をなぞられるが、ちょっかいを出してくる事なんて想定内だったので無反応を決め込む。
     
    〈青コーナー、孤高のスナイパー、ザッ…ガンナァァァー!!〉


     忘れては困る。
     TheGunnerは尾形のリングネームだ。
     自軍コーナー、セカンドロープに足をかけ、担いできた模造ライフルを構えてポーズを取る。とても中ニ病っぽいが、プロレス界もキャラが立つほうが人気が出る。実際尾形は、戦績は正直中程度だが、イケメンレスラーとして鯉登と杉元、宇佐美らと共に、巡業ポスターでは大きなスペースを使っている。俺は下の方で小さく並んでいるうちの一人だ。
     そうしている間にアピールも終わり、会場が明るくなる。
     羽織ってきたパーカーを脱ぎ、セコンドに付いてもらった鯉登さんに渡す。盛り上がる大胸筋と、陰影がはっきり見える八つに割れた腹筋。添えられた外腹斜筋の一筋一筋が見えるほど、絞り上げてきた。今日のために仕上げてきた。
     一方の尾形も、羽織ってきたマントを脱ぎ、日焼けのない白い、それでいてしっかりと強調するような腹筋をみせる。コイツも仕上げてきたな。黒のパンタロン、そしてアームガードをビックマッチ仕様にしてきた。コスチューム一つとっても、気合の入り方を伺える。二戦目と同じ失敗はしない。尾形のセコンドは宇佐美が付いている。
     今日のレフリーは玉井。ボディチェックを受けながら、しかし目線はお互いを合わせたまま。


    〈月島基対TheGunner、ベソ・コントラ・カベジェラ、ノンブレマッチ三本勝負の最終第三戦、開始します!〉


    「ファイッ!!」
    -----カンッ!


     開始のゴングと共に、先手を打ったのは尾形だった。
     胸を蹴るトラースキックを撃ち込み、月島は後ろのロープへ背中から倒れ込む。グンとロープの反動を使って走り出しすと、尾形はそれを躱して背中を押し、対面のロープへ月島が飛び込む。月島は更に反動で尾形に向かうが、いとも容易く飛び越えられて、ロープへとまた飛び込む。月島の三度目の突撃に合わせ、尾形がドロップキックを撃つ。
     食らった月島はマットに転がり、サードロープの下をくぐってリングの下へ降りる。
     それを見届けた尾形は、月島とは反対側のロープへ走り、反動を付けて、リング下の月島へと飛びかか……らず、セカンドロープに足をかけてバク宙を決めると、リング中央に座り込み、かのベトナム戦争で有名な狙撃手、カルロス・ハスコックの様に、左の膝を立て左肘をそこへ置き、まるでスナイパーライフルを構えスコープを覗き込み、月島を狙撃するように小さく「バン」とつぶやき、ニヤリと笑って月島を挑発した。
     この一瞬のやり取りに、会場からは歓声と拍手が上がる。
     中々やってくれる。
     月島もニヤリと笑った。
     ちなみに、日本のプロレスリングのロープはゴムのカバーがされてるので柔らかい素材に見えるが、中はワイヤーだ。とても硬い。
     エプロン(リングの縁)へ上がると、中に戻ってくる隙を突こうと尾形がにじりと寄ってくる。玉井レフリーに、そいつを下げろと抗議して下げさせる。尾形は自軍コーナーへ下がり、手を軽く上げ、手出ししませんアピールをした。睨みながらリングへもどる。尾形はアピール通り待機していたので、フェアプレイに会場から拍手が上がる。
     
     さて仕切り直しだ。
     腰を落として中央で対峙し、尾形の手を掴もうとする。尾形も同じ様に掴もうと様子を伺う。ゆっくりと手を握り…特に他意はないが、ものすごく嬉しそうな顔をされるので腹が立つ。腰を落とし、両手を握り合った状態で押し合う。
     忘れてもらっては困る。あくまでプロ”レスリング”である。
     肩も使って後ろのロープへ押し下げ、片手を離して対面のロープへと振った。勢い良くロープへもたれ、反動で戻ってくる尾形にショルダータックルを食らわす。それは読んでたようで、同じく肩をぶつけて来る。尾形は倒れはしなかったが足元がフラつく。
    「どうした?来いよ」
     月島がニヤリと笑って挑発すれば、尾形がロープへ走り出し、反動を利用してタックルを当ててくる。月島はプロレスラーとしては低身長だが、自重では尾形と同じかそれ以上。ビクともしない。
    「ガッチビゴリラめ…!」
     そこが可愛いんだよ!などと叫んでもう一度タックルするが、当ててただけのタックルをやめ腰を落として一歩踏込み、ショルダータックルを食らわす。
     交通事故の正面衝突さながら、尾形は勢い良くマットに倒れる。ツーブロックの頭頂部の髪を掴んでマットに座らせ、背中に一発蹴りを見舞った。レガースの素材のせいでもあるが、パーンと良い音が響く。白い肌が赤く染まる。
     前方のロープへ駆け出して、反動を使って反対側のロープへ、更に反動を利用し蹴りを入れる…ところを、尾形の手前で止まり、ハッと顔を上げた尾形と見合わせ、ニコリと笑ってから、渾身のもう一発。
    「痛っ…!」
     やや不意打ち気味に食らったので、顔を歪めてそのままリング外へ転がって逃げた。
     さっき尾形がしたように、ロープの反動を使って飛び込もうと見せかけて、セカンドロープへ乗り上げ、ぴょんと後方へ飛び降りそのまま後転をして、リング中央に立ち上がって、両手で拳銃を持つような格好をして、「バーン!!」と、自慢のクソデカ声でやり返してやった。拍手と歓声、笑い声も上がる。
     ちなみに俺はアクロバットなことが正直苦手だ。尾形もあまり得意ではないが、人を煽るための努力は惜しまないやつなので、人が居なくなった道場のリングで一生懸命練習しているのは知っている。
     当の尾形は、バズーカ砲かよ!可愛いかよ!!とリング下で吠えている。




    〈試合時間十分経過!〉


     拮抗した試合展開の中、俺も尾形も相手の「膝」を集中的に攻めている。そして今まさに、リング中央で四の字固めを極められて苦しい展開だ。
    「はっ…どうですか軍曹殿…!」
     尾形は後ろへ上半身を倒しながら、両腕をマットに叩きつけた。
    「くっ…!」
     振動で痛みが走る。なんとか外そうと試みるが難しい。ロープへ逃げるにしても遠い上に、その度にグッと力を込められて思うように逃げれない。
    (くっそ…!)
     自分も苦しいが、ここはうつ伏せに持ち込むしかない。腕と上半身を使って、尾形ごと左へ捻ろうとする。しかし向こうもわかっているから、再び力を込められて邪魔される。
    「なめるなよッ…!!」
     ムン!と気合を入れ直して上体を捻る。尾形は抵抗するも、ゆっくりマットへ向かい、ついにはうつ伏せになって形勢逆転した。四の字固めは、うつ伏せになることで技をかけた方が極められる形になるため、切り返し方法として良く使われている。
    「っこの…!」
     うつ伏せになったものの、ロープに寄ってしまったので、長い腕(少なくとも俺よりか)でロープを掴まれた。
    「ロープ!」 
     玉井レフリーが足を外すように促すが、ガッチリ極まってるので、外れない〜と、アピールして時間を稼ぐ。
    「ほらっ」
     足を外してもらうと、尾形はマットを転がって、俺から距離を取る。懸命な判断だ。しかし俺も膝にダメージは残る。とりあえず逃げた尾形を追ってヘッドロックをして、次の手を考える時間を稼ぐしかない。(ご褒美かよ!とか叫んでるのは無視する)


    〈試合時間十五分経過!〉


     ちょうどアナウンスが入った時、左右交互にローキックを打ち込み、追い込んでいたが、一瞬の隙を突かれて左足を取られる。
    (ヤバい!)
     素早く脇に抱え込まれてグルリと回転するドラゴンスクリューを決められる。受身は取れたが足首と膝に痛みが走る。マットに転がっていると、左足を掴みあげられてうつ伏せにされ、エビ反りでのアンクルホールドで追い打ちをかけられる。
    「くっ…!」
     後ろを振り返る余裕はないので、目の前のロープへと這っていく。もう少し、という所でリング中央に引きずられる。割と地味な絵面だが、今までの蓄積もあってかなり効いている。しかし尾形が、俺に対してこういう小技を駆使して試合を展開させるとは…と少々感心した。
     と、ふと思い出した。コイツはいつも俺と当たる時、手を抜いていたんじゃないか、と。
     相手の得意とする所を集中する方法も、小技を取り入れることも、プロレスにおいては基本中の基本であるはずなのに、俺以外の試合ではきちんとセオリー通りの展開を見せているのに。
     俺も随分と舐められたものだ。
     苛立ちが募る。
    「ムンッ!!」
     尾形が再度締め上げる動きに合わせて這ってロープを掴む。玉井レフリーが止めるので尾形が手を離した瞬間に立ち上がり、パチンという音と共にムンキック(トラースキック)を食らわす。流石に倒れなかったので、もう一発、超ムンキック(延髄切り)を見舞う。さっきまで痛めつけられた軸足に上手く力が入らなかったが良い所へ入ったようで、ゆっくりと尾形がマットに沈む。
     俺もふらついて倒れてしまったが、匍匐前進で近づき、うつ伏せの尾形を仰向けにひっくり返してカバーに入る。
    「ワン!…ツー!!…」
     スリーのスの息を吐いた音辺り、カウント2.9でガバッと右手を上げた。
    「…立て尾形」
     髪の毛を掴んで立たせてやる。足元がおぼつかないが、目の前に立って思い切り息を吸い込んだ。
    「尾形上等兵、気をつけぇぇっ!!!」
     腹の底から出す掛け声に、ビクリと驚きながら、背筋を伸ばし、指先までもまっすぐ伸びて気をつけをする。この掛け声に会場からは大歓声が上がる。お決まりの一連の動作、ってヤツだ。ちなみに階級は適当だ。
    「腕を後ろに!顎を上げろ!!」
     号令と共に腕を後ろで組み、顎を上げた。
    「…お手柔らかに…?」
    「無駄口を叩くな尾形上等兵!」
     右手を尾形の胸へあて、狙いを定める。
     水平に振りかぶって、勢いよく振り抜く。パーン!と一際大きな音が響く。尾形の白い肌が赤くなり、痛みで背中を丸めて当たった場所を擦る。
     軍曹チョップと名のついた、ただの逆水平チョップ。自慢じゃないが、団体イチ痛いチョップだと定評を頂いている。
    「尾形!打ってこい!」
     胸を張ってチョップ合戦へ持ち込む。
    「クソッ!!」
     振りかぶり、肩辺りをめがけて右手を振り下ろして打ち付ける袈裟斬りチョップ。ペチンと可愛らしい音がなる。笑ってはいけないが、コイツのチョップは残念すぎる。
    「なんだその猫ちゃんチョップは!!」
     猫ちゃんチョップは杉元が命名した、尾形の袈裟斬りチョップのことだ。
     顔を真っ赤にして、再び打ってくる。ペチン、ペチン、ペチンと続けてもらった。猫ちゃんチョップだ。可愛らしい。
     もう一発、軍曹チョップを見舞ってやる。自分でも感心するが、相変わらず小気味の良い音を出すな、と。その場にうずくまっている尾形をよそに、観客に向かって、どんなもんだいとアピールする。
     そんな隙きを突かれて、立ち上がった尾形はロープへ駆け出し、反動を使いながら美しいドロップキックを打ち込まれる。
     勢いでリング外に転がり出でるが、走っている音が聞こえてハッとリングを見ると、尾形がトップロープとセカンドロープの間を通って飛び込んで来る所だった。
     まさかトペ・スイシーダ(場外への体当たり)まで出してくるとは。
     技を出すだけじゃない、それ以上の覚悟を持って、必死な顔で突っ込んでくる。
     飛び込んで来る尾形を、その覚悟ごと受け止めて、天井のライトを仰いで、どう応えようか考えた。




    〈試合時間二十五分経過!〉




     正直、ここまで消耗する試合をするとは思わなかった。お互い、技は出し尽くした。いや、とっておきはまだか。あとはいかにスタミナを温存させながら、相手を疲弊させるかだった。
     尾形のパイルドライバーを受け、抑え込まれるが、ツーカウントで返した。体制を立て直すべく、膝立ちするが、散々痛めつけられた膝が痛んですぐに立ち上がれない。
    「月島ァァァ!」
     スナイパーショット(こめかみへのトラースキック)を撃ち込まれ、グラリと視界が揺らいだ。
    (ヤバ…!)
     マットに倒れ込み、またカバーに入られる。
    「ワン!…ツー!…ッ!」
     気力だけで右腕を上げる。
    「クソッ!クソッ!!」
     満身創痍なのは俺だけじゃない。尾形もだ。これで決めたかったんだろう。尾形が立ち上がる気配があった。マズい。早く立ち上がらなくては。
     観客から手拍子が聞こえる。揺らぐ視界の中、奮い立たせて立ち上がるが尾形の姿が見当たらない。フラリと後方のコーナーを見ると、獲物を狙う鋭いその目で、俺に照準を合わせた尾形がコーナートップに立ち上がっていた。手拍子は、自身を奮い立たせるために煽ったのか。
     タンッと高く飛び上がった尾形の背面に会場の眩いハロゲンライトが重なる。天から狙うそれは、撃鉄に弾かれ、銃口から飛びだす弾丸の様に。
     サーティンエイトと名付けられた尾形の得意技、コーナートップからのドロップキック。もはや必殺技というより、美しい芸術品とも言える。
     胸で受け、衝撃で背中からマットに倒れ込む。受け身がいまいち上手く取れず、ほんの一瞬、息が詰まる。着地した尾形が素早くカバーに入る。レフリーのカウントに合わせて観客もカウントを取る。朦朧とするが、ここで負けるわけには行かない。
    「…ムンッ!!」
     腕を上げる。
     俺はまだ終わっちゃいない。
     尾形はもう一度狙うのか、コーナー付近のロープへと逃げる。それを追いかけ、コーナーを跨ぐように、セカンドロープに右足、トップロープに左足をかけ、狙いを定める。そのまま頭部へ蹴りを入れる、三角蹴り。軸にしていた左膝に痛みが走って、着地ができずに尾形の横に倒れる。急いでカバーに入るも、ツーカウントで返される。
     痛む膝に、痛みで動かない体に喝を入れて立ち上がり、尾形の頭を掴んで体を起こさせる。
     尾形の脇腹を首後ろに乗せるように体勢を整え、顎と太ももに手をかける。片膝をついたまま担ぎ上げるも、膝が笑って立ち上がれない。
    『つっきしま!』
    『つっきしま!』
     会場からの月島コール。ああ、これがプロレスの醍醐味だろう。体の芯が燃えるように熱くなる。奮い立たせるに十分な声量のコールが響く。
    「…ぅううおおおおぉぉぉぉ!!!!」
     マットから片膝を離してしゃがんだ体勢になる。
    「…ッ!!!」
     痛む膝ごと気合で持ち上げる。
    「はああぁっ!!」
    「ぅあッ…!」
     完全に立ち上がると、背骨を横に曲げられた尾形から悶える声が漏れる。
     月島式背骨折。俺が使う、アルゼンチンバックブリーカー。より体格差の大きな相手に使うことが多いので、月島式。(俺は小柄なので大体の相手は大きくなるのは承知だが)
    「ムンッ…!」
     そのまま背面からマットに叩きつける。あまり受け身が取れた様には見えなかった。尾形は完全に伸びている。このままカバーに入ってもいいが、ここまで激闘をした彼に敬意を評する。立ち上がり、頭の上で両手の人差し指を縦にクルクルと回すと、会場からは割れんばかりの拍手と歓声、そして月島コールが再び始まった。
     コーナーの近くまで尾形を引きずり、位置を整える。俺はそのままコーナートップに上がると、後ろを振り向き、倒れている尾形の位置を確認する。
     リングを背にし、反動を付けて飛び上がる。バク転の要領で、空中で背中をしならせ、弧を描く様はまるで宵の空に浮かぶ三日月の様に見えることから名付けられた、ムーンサルトプレス。使用後のダメージが大きいので、大事な試合で使ってきた。


     俺もな、お前のことを


     うつ伏せになってプレスし、尾形の片足を持ち上げてカバーに入る。


    「ワンッ!…ツー!……スリー!!!」


    -----カンカンカンカンカン!!


     試合終了を告げるゴングが鳴り響いた。


      
    〈おがた〉
     マットに座り込んでマイクを握る。センコンドに付いた鯉登さんが氷嚢を膝に当てながら支えてくれている。尾形も同様に座り込んで、三角蹴りが当たった側頭部に、宇佐美が氷嚢を当てている。真っ黒な瞳で、なぜか鯉登さんを睨みつけている。
    〈お前、いつも、俺と当たる時、手ぇ抜いてたのか〉
     息を切らしながらそう問うと、弱々しく首を横に振った。
    〈なんか遠慮してたのか〉
     これも横に振る。
    〈なんだ〉
     ボソボソ言ってる声を宇佐美が拾って、ブッと噴き出した。
    「か、可愛くて…手が出せないからって…」
     肩を震わせ、笑いを堪えながら宇佐美が変わりに答えた。後ろで鯉登さんはわかる、などとつぶやいている。頭を掻いてため息をつく。
    〈なあお前が、俺に、言いたいこと、言わなきゃ、いけないこと、あるんじゃないか〉
     ときめいた顔をしながらバリカンを持ってエプロンに頬杖付いている杉元が視界に入ったが構わず続ける。
    〈何でこんな、…回りくどい事、してる〉
     尾形が、奥歯をギリッと食いしばった様な顔をする。そんな彼に向かってマイクを投げ渡す。
    「ほら、マイクは、どっちでも、いいから」
     ”受け入れる覚悟”は、試合でできた。尾形はのそっとマイクを拾い上げ、すっかりセットが乱れて垂れている髪もそのままに、ゆっくりと口を開く。
    「おれ…月島さん…の、事、が…」
     消え入りそうな小さい声で、全くマイクが拾えてない。やむなく四つん這いで少し近寄り、思い切り息を吸った。
    「声が小さぁいっ!!!」
     そう叫ぶと、目をキュッと見開いて驚く尾形と宇佐美。後ろからキェッ!と鯉登さんの鳴き声が聞こえた。クソッ!と尾形がマットを叩き、髪の毛を掻き上げ、キッと睨みつけられる。
    「月島さん!アンタの!ことが!好きだっ!!」
     今にも泣きそうな顔を真っ赤にして叫ぶ尾形。
     尾形のことだ、もっと小洒落た様な、ひねくれた様な言い方で来ると思ってた。正直な所、薄々気がついていたことだが、こうも真っ直ぐに来られると、胸にドンと、ドロップキックを受けた様な衝撃を感じた。
    (あー………)
     試合後のダメージや興奮状態もあって、とても冷静に言葉で返せそうにない。
     と、考えていたら、尾形の顔を掴んで、引き寄せて、唇を、重ねると言うより、噛み付くように、キスをしていた。
    「〜〜〜〜っ!!!!」
     驚いた尾形の声も含むように、舌をすくい、吸い上げて、なぶり回す。ほのかに鉄の味がするのは、三角蹴りの時に切ったんだろうか。血が滲んだ唾液も吸い上げる。背にまわった手が、ギブアップを示すタップの様に叩かれているが、ゾロリと上顎を撫でてやれば、ビクリと体が跳ねた。じゅるじゅると音を立て、貪るように口内を犯す。やがて背中に回ってタップしていた手も力が抜けた様にダラリと降ろされ、口の中でうごめく俺の舌の動きに合わせ、ビクビクと体が痙攣している。少しだけ口を離して溢れた唾液を舐めあげると、小さく喘ぐような声を上げ、その様子にまた、求めるように伸ばされた尾形の舌に吸い付いた。
     再びゴングが鳴らされ、セコンドや試合の行く末を見守っていた選手達によって引き離された。尾形は完全に魂が抜けたように脱力し、タオルを被せられてリングから引きずり降ろされた。歓声、奇声、悲鳴、拍手、ようやく周りの音が聞こえるようになり、自分がやらかした事に気がついて、まさに顔から火が出る様に熱くなった。急いでマイクを拾い上げて、ビシッと震える指先で尾形を指す。
    〈こ、れで髪の毛は勘弁してやらぁ!!!〉 
     上ずった声で言い捨てる様に叫ぶ。マイクをマットにたたきつけ、リングから飛び降り、膝の痛みも忘れて、抱腹絶倒する鶴見社長を横目に、走ってバックヤードのトイレへ逃げ込んだ。






     翌日のスポーツ紙はどこの会社も軒並み、

    「月島♡尾形、リング上熱烈キッス!結婚秒読み!?」

    などの見出しで、俺達のキスシーンの写真が堂々と一面を飾ってしまった。各社過去最高の売上部数を記録し、後にオークションサイトで高額取引までされるようになってしまったため、ネットプリントが可能になった。事務所は電話の問い合わせが相次ぎ、業務に支障をきたした。
     しかしこの日の試合は、団体の会員専用の動画配信サイトのみで配信予定だったので、会員登録が急増。グッズ通販も売上が上がり、はからずも売上に貢献したのでお咎めなしとなった。
     尾形はリングネームを本名にし、けじめだと言って、髪の毛を坊主にした。初々しい練習生の頃のようでとても可愛い。揃いのコスチュームを作りましょうと提案されたので、そうすることにした。


     試合終了後、宿泊先のホテルで尾形とどうなったかなんて、どうか察して欲しい。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤❤❤❤💖💗🙏💴😍❤😍😍😍💪💖💖👏👏👏👏💯👍👍👍😍😍😍💗💴💴💴😭🙏🙏💗💗💗💗💯💴💴💴💴🌋🌋🌋💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works