Tell me your heart! 鏡を覗き込んだ瞬間、サボは違和感に眉をひそめた。
「……32?」
頭上に数字が浮かんでいる。頭の上に手をかざすがそこには何も無い。
何の数字なのか分からない。年齢でもなければ体重でもない。もしや自分の寿命とか?……それはそれでショックだ。
ぼんやりと鏡を見つめていると、「おはようございまーす!」と数人の仲間たちが声をかけて通り過ぎていく。
ひょっこりと顔を出して彼らを見やると、54、58、65とそれぞれ数字が浮かんでいた。
昨日までなかったはずのこれは一体何なのだろうかとサボが唸っていると、こちらに一つの音が近づいてきた。
「おはようサボくん」
声のした方を振り返ると、木箱を抱えたコアラが立っていた。
「ああ、おはよう」
サボは自然と、彼女の頭上に視線をやった。そこには“71”という数字。今朝見た中では最も高い。
「長生きだな……」
「何が?」
勝手に寿命を示す数字だと仮定し頷くサボの呟きに、コアラは不可解そうに眉をひそめて首を傾げた。
「いや、なんでもねェ。なあ、おれの頭の上に何があるか?」
「え? うーん……特に寝癖とかはないけど」
「ならいいんだ」
ということはやっぱりこれは自分にしか見えていないということなんだろう。
「食堂に持っていくんだろ。朝飯食べに行くついでに持っていく」
「本当? ありがとうサボくん、お礼はまた今度ね」
コアラから木箱を受け取り、見送ろうとした瞬間、彼女の頭上の数字が“72”に変わった。
なぜ数字が増えたのだろうか。食堂に向かいながらサボは首をひねる。
相手に優しくした数?それならば自分の頭上の数字は?それとも―――。サボの頭に一つの仮説が浮かんだ。
食堂にはまばらに朝食をとる仲間たちがいた。彼らを観察しているうちにある傾向が見えてきた。
全員数字はまちまちだが、他と比べて明らかに数字が低い者もいる。特に数字が低い者は比較的他人との交流が少ないか、近寄りがたい雰囲気を感じる者たちだった。
やはりこれは、好意を示す数値なのではないだろうか。
確信に変わった瞬間、サボの脳裏にひとつの顔が浮かんだ。
知りたい。あいつの、おれへの気持ちが。
それならばやりたいことは一つ。サボは預かった荷物を厨房へ預けると、早足で司令官室へ向かった。
ギラギラと照りつける太陽が、サングラス越しにも容赦なく視界を焼いた。変装用のサングラスがまさか役に立つとは思わなかったと、サボは軽い足取りで待ち合わせ場所に向かった。
頭上の数字が見えるようになってから一週間後、ようやく恋人とのデートの約束を取りつけることができたのだ。
会いたかったいうのも本心ではあるが、それ以上に見たくなったのだ。彼の、ロブ・ルッチの自分に対する好意がどれくらいのものなのか。
待ち合わせ場所にはルッチはまだ来ておらず、テラス席に腰を下ろすとサボはカフェオレをくるくるとかき混ぜた。期待と不安が今さらながらに押し寄せてきた。
「……もし低かったらどうするかな……。0に近かったら、もしかしておれは遊ばれてるってことか……? いや遊び相手にも多少は好意はあるもんだろ……」
「何をわけの分からんことを呟いてるんだおまえは」
呆れた声が降ってきたかと思うと、目の前にグラスを片手に男が腰を下ろした。琥珀色の液体はたぶん酒だ。
「ロブ!」
サボは顔を上げて、それからすぐに彼の頭上を見上げた。
「に、29……っ!?」
サボの声が裏返った。
「嘘だろ!? その辺のオッサンの方がおれのこと好きってどういうことだよ!!」
「……暑さで頭でもやられたか?」
ルッチは心底面倒くさそうにため息をついた。
その瞬間、彼の数字が“28”に下がった。
「ワーーーッ! 悪ィ! なんでもない!」
焦って謝るが、無情にも数字は“27”へ。
謝っても下がるならどうしろというのだ。サボは頭を抱えてカフェオレのストローを齧った。
ルッチは頬杖をついたまま仏頂面でサボを見下ろしている。その彼の手のひらから覗く口元が、かすかに上がっているのが見えた。
「……おっ?」
数字が“30”を示す。一気に3も上がるとは、今までにない上がり幅である。
つい嬉しくなり、緩む口元が抑えられない。
「なんだよロブ、そんなにおれのこと大好きなのか?」
「―――は?」
その瞬間、殺気とともにルッチの手にあったグラスが粉々に砕け散った。琥珀色の液体がテーブルを濡らした。
しかしサボはそんなことにも目もくれず、目をまるくしてルッチの頭上の数字を見つめていた。
“30”だったはずの数字が“86”へと跳ね上がっていた。
胸が躍るほどの歓喜にただただ嬉しくて、何も考えられなかった。高揚する気持ちが抑えられない。
サボは立ち上がると、ルッチの胸元をぐいと掴んで引き寄せた。そして、その唇に噛みつくように口づける。
「おい……っ!」
ルッチの抗議の声などお構い無しに、もう一度口づけた。
通行人のひとりが囃し立てるように口笛をひとつ吹き、笑いながら通り過ぎていった。