🐺過去話ベルカに帰還する旅客機の中でシルファは微睡んでいた。抱きしめられて目を開くと不安そうな顔の両親。武装した男が通路に立っている。もといハイジャック犯が高らかに何やら宣言した次には銃声と悲鳴が機内を支配する。最期に一発が響いた。
静寂こそ戻ってきたが、そこは多くのものが血と涙を流すだけの地獄に成り果てていた。
この機体はどこへ向かっているのだろうか。窓からの景色では木々が並んでいる。もう地上が近い。
目覚めたシルファは記憶を失っていた。今までの人生を、両親のこと、飛行機に乗っていてそれがハイジャックに遭った事も何もかも。だから、自分を庇って死んだ両親に怯え、駆け出していた。自然の深い方へ。そして、認知が乖離する。両親や乗客らの死体に怯えたシルファは人であることを放棄してしまった。記憶も、人間性も棄て子供はこれから暫くを野で生きる事になる。
とぼとぼと歩く彼は何度目かもわからない空腹を訴える音を聞いた。聞いたから、戻ってきた。あそこには肉がある。こんなに飢えたのは初めての事で、幼い子供ながら生にしがみつこうとしていた。何の肉か分からないまま、拾って口に運ぶ。
じんわりと口に広がる鉄の味に刺激され、えずきながらも懸命に噛んで飲み込む。いつしか嫌悪感は消えていた。
―オオオォォオオオオオオオオン
あれから寝てしまっていたらしい。何かの声が聞こえて目を開いた。なんとなく真似て見ようと思い、息を吸い込む。発声した遠吠えは高く拙かったが、それでも"彼ら"は現れた。狼だ。
心の隅で、己は狼ではないと残念に思った。自分には立派な被毛はないから。
狼たちは襲ってくる事もなく肉に齧りついて、腹を満たしたらしく、どこかに戻ろうとしている。一人ぼっちは不安だ。持てるだけ骨のついた肉を少しだけ抱えて後を追った。
辿り着いた先にはまだ幼い個体も居て、それを与えたところ一員として受け入れられたようだった。罠を見破ったりなどして、群れの中でもそこそこ上位に居ると思われる。
自分もいつか、群れを統べる存在になるのだろうか?そんな事を考えて眠りについた。それから幾ばくか経って、幼子が成体に男児が少年にになろうかという頃、転機が訪れる。
ある夜、満月の下。そこで初めて空を見上げた。昼間でも薄暗い森だが、月明かりだけで十分明るい。ふと見上げると頭上に影があった。鳥にしては大きく羽ばたいていないし、風の流れとは違う動きをしている。いや、地上から見ても途轍もなく大きい。これはなんだ。シルファは頭を抱えた。何かが出てきたいと訴えている。…そして、分かった。鳥は…飛行機だと。あの日の”自分が”叫ぶ。
シルファは駆け出す、仲間たちは追っては来なかった。音を警戒したのかはわからないが。途中で枝などを踏み折るが気にしない。ただひたすらに走る。夜が明け、眼前に広がる眺めは人里だった。