彼女の笑顔草の上に寝ころんで青空を眺める。こうしていると故郷を思い出す。
どんなに離れていても決して忘れることのない故郷の空と大地。
弓が苦手だったが、尊敬する族長に剣を褒められ、一流の剣士になるべく故郷を飛び出した。その夢を叶えるまではあのサカの大地に戻ることはないと決めているが、こうしていると時々懐かしく思ってしまう。
「ギィさん」
ぼーっと考えていると、いきなり顔を覗き込んできたのはプリシラだった。
「プ、プリシラっ...」
過剰とも言える驚き方をして飛び起きた。
「すみません。驚かす気はなかったのですが...」
ギィがあまりにも驚いたので、プリシラまで驚いてしまった。
「あ、いや、おれこそごめん。考え事してたからつい」
「考え事...ですか?」
「うん。ちょっとサカのことを思い出してたんだ。今みたいに寝転がってるとサカに居るみたいな気がして......おかしいよな、おれ」
もう子供ではないのに懐かしさに浸るなんておかしい。彼女の前で何を言ってるんだと恥ずかしくなって、誤魔化すように笑う。
「いいえ、おかしくなんてありません。とても素敵なことです」
言って彼女は花が咲くように笑った。
「そ、そうか?」
「はい」
「ありがとう...」
顔を赤くして感謝した。
プリシラは微笑むと、彼の隣りに座った。
「ギィさんはサカの民なんですよね?どうして剣を極めようと思われたのですか?」
「おれ、実は弓が苦手だったんだ。でも剣は族長に褒められてさ。それが嬉しくて、誇らしくて。だったら剣で一番になって族長を喜ばそうって思ったんだ」
「誰にでも得手不得手はありますものね。ギィさんは凄いですね、得意な物を見つけられて。私には特にありませんから」
「プリシラだって杖が使えるじゃないか。それに理魔法だって。それだって才能だろ?」
「そうかもしれませんけれど...」
確かにそうだが、それは自分に剣や槍の才能がなく、魔力が人より少し強かったからだ。得意と言える物ではない。才能とも言えるか分からない。
「おれからしたら凄いんだぜ。馬に乗って戦うプリシラ。おれも馬に乗れるけど、流石に乗ったまま戦うなんてそんな器用なことはできねぇ」
「そ、そうですか...?」
「ああ!」
彼の正直な言葉にプリシラは嬉しそうに笑う。彼はいつだって真っ直ぐだ。だから彼の言葉は心に響くし、信頼できる。
「あ、そうだ!」
「どうしました?」
突然何か思い立ったように声を上げたギィに、プリシラは不思議そうな顔をする。
「プリシラの馬に乗せてくれないか?」
彼女の馬を撫でながら言った。
「え?はい、良いですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だって!言っただろ?馬には乗れるって。まあ、ずっと乗ってないからあんま上手く乗れないかもしれないけど」
「分かりました。どうぞ」
彼女の承諾を得たところで、ギィは彼女の愛馬に跨る。大人しい性格をしている。まあでなければ彼女が乗るには危なっかしいのだが。
「ほら、乗れるだろ!」
言って見せたときだった、突然馬が走り出し、ギィはバランスを崩す。
「あ、危ない...」
プリシラは慌てて駆け出すが、追いつけるはずもない。
「ギィさんっ」
「うわあー!」
彼は馬から落ちたのだった。
必死に自分を呼ぶ声がして、ギィは目を開けた。すると今にも泣き出しそうなプリシラがいた。
「プリシラ...?」
「ギィさん...!良かった...本当に良かった...」
「あれ?おれ...どうして...?」
どうして横になっているのだろうと、思い出す。
「私の馬から落ちたんです」
言われて、そう言えばそうだったとギィは思い出す。
「すみません。あの子、私が乗っていないと言うことを聞かないみたいで...」
「良いって。プリシラもあの馬も何も悪くない」
「でも...」
「おれが調子に乗ってあの子に乗ったからいけなかったんだ」
「ギィさん、そんなことは...」
「しっかしおれ、情けねぇな...プリシラに格好悪いところ見せちまった」
「そんなことありません!ギィさんは格好悪くなんかないです」
プリシラは大きく首を横に振る。優しいなと改めて彼女の魅力に惹かれていると、ふと、ギィは彼女の顔が自分の顔の真上にあって、尚かつ頭が草ではない、何か柔らかい物の上に置かれていることに気付く。
「...なあ、プリシラ」
「なんですか?」
「おれ、今、どこに頭乗せてる...?」
「私の膝ですけど...」
「」
答えを聞いたギィは一瞬にして顔を真っ赤にした。
「ひ、ひひひ、膝...」
「ギィさん、どうしました?大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だけど大丈夫じゃないって言うか...」
「?」
一体何を言っているのか訳が分からないプリシラは首を傾げる。
「と、とにかく!おれは大丈夫だから」
そう言って彼女の足から頭を起こそうとする。
「駄目です!脳震盪を起こしたんですから、まだ安静にしてなくては」
プリシラの手によって阻まれる。しかし、このままでは別の意味で危なくなってしまう。正直心臓が爆発しそうなのだから。
「私の所為でギィさんをこんな目に遭わせてしまったんです。せめてこれくらいでも...」
「プリシラ......」
彼女を責める気など、どこにもないのに、自分の行動の所為で彼女が彼女自身を責めてしまっている。
(おれ、馬鹿だな......)
好きな人の笑顔すら守れなくて、男の恥だ。
「分かった。このまま安静にしてる。だから一つ言うことを聞いてくれ」
「はい」
「プリシラは何も悪くない。全部おれがいけないんだ。だから自分を責めるな」
「ギィさん...」
「おれ、プリシラの笑ってる顔がす……」
好きと言いかけて慌てて口を噤んだ。
「す…?」
プリシラが不思議そうに首を傾げる。
「なんでもない!とにかくさ、笑っててくれよ」
続けて、彼女の後ろにいる馬にも声を掛ける。
「さっきは悪かったな。いきなりおれに乗られて吃驚したよな?」
言って、近づけてきた顔を撫でる。やっぱり良い馬だ。先ほどは単に驚いただけなのだろう。動物の気持ちも察せなかった自分が悪い。
「分かりました。ギィさんがそう言うのであれば、私は笑います」
「ありがとう、プリシラ」
「...今度は一緒に乗りましょう?この子ともっと沢山の時間を過ごせば、きっとこの子も慣れるはずですから」
「ああ」
頷いて笑うと、彼女の手を取って優しく握り締めた。