怪奇小説的ななにか劇場の地下にこんな場所が。まるで牢屋のような場所があるとは今の今まで知らなかった。
ロナードは息を呑んだ。
自分は踏み込んではいけない秘密に踏み込もうとしているのではないか。ここで引き換えして、何もかも忘れてしまった方が良いのではないのか。とロナードの理性は必死に訴えかけてくるが、ロナードはそれには従わず、ここに来た目的である青年の名前を呼ぼうと口を開きかけた時だった。
「ジリリン」
先に別の誰かがその名前を呼んだ。
ロナードは慌てて物陰に隠れ、そこから声がした方向を盗み見た。
ジリリンは牢屋の一つの前に跪いていた。そして牢屋の中にいる何者かにパンや、肉や、ワインなど……食料を手渡しているように見える。
灯りはジリリンが持って来た蝋燭だけなのでよく見えないが、牢屋の中にいるのはどうやら男で、ジリリンから食料を受け取るなりガツガツと手掴みで食べ始めた。
その粗野な振る舞いから、まさか本物の囚人では無いだろうな?と不安にさせられた。
どこからか脱獄して来た犯罪者が劇場の地下に潜伏し、偶然それを見つけたジリリンを脅して食料を運ばせている……。そんな筋書きがロナードの脳裏を過った。もしそうだとしたら放ってはおけない。
物陰から飛び出そうとしたその時、光の加減でジリリンと向かい合う男の顔がやけにはっきりと見えた。
薄汚れてはいるが、自分と瓜二つのその顔が。
ロナードは動けなくなった。
あれはいったいなんだ?
あれはいったいだれだ?
(あれは、あれは、僕とそっくり同じじゃないか……)
ロナードの心臓が激しく脈打ち、頭はぐるぐると混乱している。
自分とそっくりな不審な男。
それに食料を与えるジリリン。
ロナードはなんとか自分を抑えつつ、おぼつかない足取りで地上への階段を上がっていった。