圧迫面接 一歩事務所に入った瞬間、就活に失敗したことを悟る。唯一内定を出してくれた不動産会社。面接は和気あいあいとしていたし、面接会場の応接室だって明るくて、開けた窓からの風に観葉植物の葉が揺れていた。なのに、この事務所の暗さと緊張感は一体何だ?
「ようこそ◯×不動産へ。綾野くん」
事務所の丸テーブルの中心に、中世の王の如く座るのがきっと社長だ。最終面接にも姿を現さなかった時点で、おかしいと思えば良かった。絶対に、一般的な企業の社長じゃない。長くうねる髪は深い海の底の海草のようだし、第一、こんな暗い事務所でサングラスなんかしている。黒いガラスで隠された奥の目は獲物を狙うライオンのように光って見えて、寒気がした。この場で、獲物となるシマウマはただひとり、僕だけだからである。
「そんなに緊張しなくてもいいんですよ。私たちはこれからここでともに働く仲間です。それこそ、実の家族とよりも多くの時間を過ごすことになるでしょう」
申し訳ないが、明日からはもう来ない。新卒カードなんてどうでもいい。就活の苦労なんて泡となれ。とにかく今は、ここを早く逃げ出したかった。
「そういえば綾野くん、ご家族は?」
僕は口の中で冷たくなった唾を飲み込む。
「え……と、兵庫に父母が……」
「お呼びしています」
「は?」
「具体的には、私達の運営する都内のビルの二階に。下はボウリング場、上はカラオケ屋でしたかね?」
社長の隣の体格のいい男が頷く。
「ち……父と母に何か……」
何かしたのか、これからするのか。想像は悪い方向にどんどん膨らんでいって、頭も心臓もはち切れそうだった。
「何もしていませんよ、今はね」
社長がテーブルの上に肘をつく。
「君次第です」
僕は噴き出しそうになる感情を必死に抑え込む。怒りも動揺も、正しい判断をするには邪魔になる。ひとつ間違えたら両親が、そして自分が酷い目に遭う。考えろ、考えろ……
「何をすればいいんですか、」
社長は笑う。口は笑顔の形になっていたけれど、目は少しも逸らされずに僕を見つめ続けている。
「今、私が君にしたことと同じことです」
話が見えてこない。僕はもう一度、「つまり、何を」と訊ねた。
「実際のところ、君のご両親は兵庫で何も知らずにいます。でも、君はご両親が我々に拘束されていると完全に信じ込んでいましたね」
本当に?本当に無事なのか?僕の疑問に答えるように、社長はスマートフォンの画面を見せてくる。誰かに取り付けられたカメラには、実家の玄関を背景に、何かを受け取る母親の姿が至近距離で見えた。
「君の就職祝いにカニをお贈りしました。画面の右端は撮影の時刻です。今日の午後二時ですね」
僕は腕時計に目を落とす。午後二時五分。この動画がフェイクでなければ、両親は今頃会社からの贈り物にいたく感激していることだろう。
「私たちの仕事を今の状況で例えるなら……ご両親が土地。君が土地を買いたい大手不動産会社。そして、私がその仲介役」
「……手元にない土地を、売ると言うことですか」
僕の言葉に、「パーフェクト」、と社長は流暢な英語で言った。
「君はきっといい仕事をしてくれます。内心の焦りが表面に出ないだけでなく、思考力ももったまま私とやり取りをしていましたね」
「前のガキは全然だめでしたからねえ。キャンキャン騒ぐばかりで……」
社長の隣に座っていた男が背もたれに身体を預けながら口を開く。途切れた後に続く言葉は聞かなくて良かった、と心底思う。社長が立ち上がり、歩み寄ってきた。
「改めて。よろしくお願いします、綾野剛太郎くん」
手を差し出される。それを握らない選択肢は、僕には残されていない。