時計を見ながら、そろそろ頃合かとオーブンからがスポンジケーキを取り出す。
中に竹串を刺し生焼けではないことを確認してから、そのスポンジを横半分に切り、スライスしたイチゴを挟み生クリームを塗り、上の部分にイチゴを飾りつけ、真ん中にチョコのプレートにホワイトチョコのペンでデコレートする。
……ちょっと曲がってしまった文字を見て、やっぱりデコレーション文字だけは何度やっても上手に出来ないな、と一人落ち込む。
「ただいま帰りました、テメノスさん」
そうこうしてるうちにクリック君が帰ってきた。
「お帰りなさい、クリック君」
さぁ、落ち込んでる暇は無い。
次は二人分の紅茶を用意しないと。
「お疲れ様です。今日はずいぶん早かったですね」
「えぇ、オルトに無理言って早めに切り上げてもらったので」
クリック君の好きなアールグレイの茶葉を用意しながら労いの言葉をかけると、クリック君はその時のことを思い出したのか、ゲンナリした様子でテーブルに突っ伏した。
「まったくオルトの奴……、新人の教育に実技の訓練……、なんで次から次へと仕事持ってくるんだ……」
こっちはもう現役退いたっていうのに……。と独り言ちるクリック君。
そう、彼が現役の騎士を引退してからもう半年が経つ。
かくいう私も既に異端審問官という職自体は後任者へ引き継ぎ、今は教会で子供達に紙芝居や童話の朗読をしたり代理で礼拝を執り行ったりと、ほぼ隠居のような生活を送っている。
「だからこそじゃないですか?きっと少しでも長くクリック君と一緒に仕事をしたいんですよ」
妬けちゃいますね、と揶揄うように言うと、
「ぼ、僕が好きなのは生涯テメノスさんだけですから!」
と、勢いよく立ち上がって叫び出した。
うん、復活したようで何より。
***
「わ、今年もおいしそうですね!」
「ふふ、頑張りましたから」
とっておきのレースのテーブルクロス。
私はカモミール、クリック君にはアールグレイと、お互いの好きな紅茶。
そして……チョコプレートに『Wedding Anniversary』とデコレートされたケーキ。
今日は私とクリック君の結婚記念日。
年に一度のケーキ作りも、今年で30回目になってしまった。
正直もう昔みたいに甘いものを好んで食べるわけではないけれど。
たった一切れのケーキでも時間をかけないと全部食べられないけど。
それでも来年もその先も……いや、この命が続く限りずっと。
目の前の彼と一緒に、この甘さを噛み締めていきたいと思うのだった。
END
「あ、このチョコプレートはクリック君にあげますね」
「もう……、いい加減子供扱いはやめてくださいよ…」