「ここまで来れば、しばらくは大丈夫でしょうか……」
崩れかけた壁に寄りかかりながら、ズルズルと座り込む。
本当は大きく安堵の息を吐きたいところだが、この傷ではそれも叶わず、ただ浅く呼吸を繰り返すことしか出来ない。
そうしたところで身体のいたる所から流れる血が止まることはないのだが。
「そうですね……。それよりすみません、テメノスさん……。必ずあなたをお守りすると言ったのに、僕の力が及ばなかったばかりに……」
そう言いながらクリック君は自分のマントを破り、少しでも私の出血を止めようと包帯代わりに傷口に巻きつけてくれた。
自分だって傷だらけのくせに。
「ちょっと待っててください。もしかしたらどこかに回復のブドウか、傷薬でもないか探してきます」
「いや、クリック君だって酷い怪我でしょう……。私はまだ大丈夫ですから、君の方こそちゃんと休んでください」
「でも……」
まだ納得のいかない顔をするクリック君にため息をつく。
「君はこんな状態の私を1人にするつもりですか?」
「……わかりました。本音を言うと僕もちょっと疲れたし……」
そこまで言ってクリック君は壁に背を預けて座り込んだ。
クリック君が着ている聖堂騎士団の青い服は、今はどこもかしこも真っ赤に染まり、特に左脇腹はもう既に赤黒く変色していて、それでもまだ血は止まらないのか赤い染みを広げ続けている。
私達は何かを話す余力もなく、ただ壁に凭れたまま確実に近づいてくる死の影を感じ取っていた。
***
──教皇殺害から始まった一連の事件。
クリック君と二人で糸を辿るように調査を進めていくうちに、カル族の過去の惨劇や聖堂機関の隠された闇を知り、結果、現聖堂機関長のカルディナが全ての黒幕だということを突き止めた。
……だが、私達だけで彼女を追い詰め、真相を明らかにするには、残念ながら力の差があり過ぎた。
禍々しい大剣を振りかざし、異形の姿と化した彼女に私達は成す術もなく蹂躙され、クリック君に抱えられる形で撤退した。
だが、それで奴らが大人しく逃がしてくれるはずもない。私達はクバリーを始めとしたカルディナの息が掛かった聖堂機関の騎士達の追跡から逃げて、逃げて、クリック君に守られながら、時には私がクリック君を守りながら、傷だらけになって隠れるように逃げ、先程朽ち果ててボロボロになったこの教会にたどり着いた。
「クリック君、起きてますか……?」
「えぇ……」
「この教会、今はこんなボロボロだけど、きっと前は立派な建物だったんでしょうね……」
「そうですね……」
「ねぇ、クリック君。一つお願いがあるんですけど……、いいですか?」
「え?は、はい、もちろんいいですよ。何でも言ってください」
「今ここで、私と結婚式しませんか?」
「え?」
「最期くらいは、愛する人と永遠を誓いたいじゃないですか?」
クリックは何も言わなかった。
でも無言で私を抱きしめてきて。
きっとそれが彼の答えなんだろう。
***
私はクリック君に支えられながら、二人でゆっくりと祭壇へ向かった。
ステンドグラスはひび割れているし、ひしゃげたパイプオルガンは賛美歌など奏でやしないだろう。
折れ曲がった十字架に打ちつけられた上半身だけの神の子の像は、まるでこの崩れかけた教会と運命を共にしているようだ。
とても厳かとは言い難いけど、私達には関係無い。
彼と永遠の愛を誓えるなら、形なんてどうだっていい。
割れているステンドグラスの歪な光に包まれ、私達は祭壇の前で向かい合った。
「……私、テメノス・ミストラルは、クリック・ウェルズリーを、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、命ある限り、心を尽くすことを誓います。……クリック君は?」
「僕も……、生涯、テメノスさんだけを愛することを、誓います」
「……それでは、誓いの口づけを」
ソッと目を閉じ、少し震えながら私の肩を掴むクリック君の手の温かさを感じながら……、二人の唇が静かに重なった。
「ふふ……、これで私達は晴れて家族ですね」
「……はい」
そのままクリック君の身体がゆっくりと私の胸元に倒れ込む。
私の肩を掴んでいた腕が力無く下がって……、もう二度と彼が目を開けることは無かった。
「……おやすみなさい、クリック君」
今度は私の方からクリック君の唇に口づけを落とす。
「ふぅ……、私も少し疲れましたね」
祭壇で眠るクリック君の隣に私も横たわる。
その時、崩れ落ちた神様とやらの像と目線が合った。
ロイを失ってから貴方に縋ったことも願ったこともないけど、最期の最期に私の望みを叶えてくれたんだ。少しくらいは感謝してあげようじゃないか。
だんだん目の前が暗くなってくる。
……もしも、もしもあと一つだけ願いが叶うとしたら。
「また私の隣にいてくださいね」
END