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    30_tanu

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    30_tanu

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    👟とモブ/サラリーマンAU
    Sを接待した翌日のおはなし(モブ視点)
    ↓イラスト
    https://twitter.com/miso_tanu/status/1595746149385863168?s=46&t=ImzKYzonigd2Ffpx0HdIGQ

    ※Sの名前を呼んだ人は、すきに想像してください

    玉砕コーヒーブレイク 昨晩、あのオレンジ色の薄明かりが灯る居酒屋で見た闇ノさんはどこか朧気で、狐に化かされたのではと思うほどだった。俺も酒が回って大分あてられていたが、きゅっと薄い唇が作る表情はいつにも増して色っぽかった。

     飲みはじめは仕事の付き合いのお酒だったからか、アルコールの入った闇ノさんは、いつも通り涼やかで見た目の変化はなかったのだが…共通の趣味が見つかり話題が弾むと、言葉の端々が少し浮ついていて、幼くケラケラ笑ったり、ガードが弛んで無防備な雰囲気もあって、極めつけ最後には「ちょっと飲みすぎちゃいました」なんて言って。とろりと溶けそうな紫色を目に宿しながら睡魔と戦っていた。
    「かわいかったなぁ……」
     寝起きの働かない頭で呟かれた独り言は、天井に吸い込まれ立ち消えた。
    「……支度するか、」
     言葉にして自覚した、30も半ばのおっさんには少々くすぐったすぎる感情は一旦横に寄せて日常に合流する。
     

    ─────
     酒の残った身体に鞭打って本日も元気に社畜をしている。次の取引先の約束まで時間があるので、コンビニでコーヒーを買って目の前の公園で一休みする。昨日の接待も仕事に含まれるので、いつもなら拘束時間長いんだよバカと悪態ついてストレスを貯めているところだが、闇ノさん相手の接待なら毎日でもいいなと、単純な俺はマスクの下で思わずニヤつく。あぶないあぶない、マスクが無ければ不審者極まりない。
     日々の味気なさに、闇ノさんの存在が彩どり与えてくれる。もうここまでこの感情の正体が明らかになれば、俺のことなんかお構いなしに大きく育っていく。
     次会えるのは、再来月の取付日だから先だなと肩を落とす。
    「はやく会いたいなあ」
     なんて思春期の乙女のような戯言が神様に届いたのか、闇ノさんが俺の視界に現れた。
     思いが強すぎて、とうとう幻覚まで見はじめたと、内心焦りでプチパニックになったが、どうやらほんとに現実世界の闇ノさんが公園前の歩道をあるいている。
     パリっと細身のスーツを着こなす何時もの闇ノさんとは印象がだいぶ違うが間違いない。ゆったりしたパーカーに薄手のスキニー、そして雑に髪を結っている。ポケットに手を突っ込んだままコンビニに吸い込まれていく。
     休日の私服、しかもあのラフさは部屋着に違いない。俺が見ることの叶わない最高レア度の闇ノさんに会えるなんて、自制心かぶっ壊れた都合のよろしい思考回路が〝運命〟の文字をたたき出す。

     俺は考えるより先にコンビニの入口に立っていた。実際に偶然なわけだし、昨日の今日なので「昨日はどうも」と社交辞令な挨拶も使える。プライベートの闇ノさんに話しかける手札は揃っている。問題ない。変じゃない。
     俺は軽やかな入店音に後押しされ、その人の背中を探して店内を見渡す。
     あ、いた。スイーツコーナーにある「期間限定大満足!大容量!プリンアラモード」と書かれたPOPをまじまじと見ている闇ノさん。
     本物だ、やばい。いざ、目の前にすると緊張して足が動かなくなる。
     POPに夢中の背中を数秒じっと見つめ、自然に、笑顔で、と心の中で唱え口を開いた。
     
    「シュウ」

     俺が言ったこともない下の名前を、俺の背中から、俺じゃない声で放たれた。
     反射で顔を背け、戸棚の影に隠れる。別に隠れる必要は無いのだが、下心がある分、後ろめたさが勝った。ドッドッと嫌に心臓がなり、バレていないかと冷や汗が背中をつたう。
     戸棚越しに闇ノさんの「プリン半分こしない?」という台詞を耳が拾う。
     見てはいけないと分かっていても、悲しいかな、闇ノさんの声に導かれ俺の目は勝手に彼を追って捉えてしまう。
     闇ノさんが楽しそうに、そして大切そうに名前を呼んだ人に向けた表情。俺の見たこともない顔。
     闇ノさんがレジにギャグみたいにデカすぎるプリンを運び、お会計していると後ろから連れの人が何か追加でレジに差し出す。数字が書かれた薄い箱。闇ノさんが気まずそうに隣の人物を肘で小突いた。
     買い物を済ませた二人が店を出る間際、俺が呼べなかった名前を呼んだその人は、俺を一瞥すると俺の視界に少しでも闇ノさんを入れないよう影を重ねながら歩いていった。

     
    ─────
     どのくらいその場で立ち尽くしていたのか。店内に今流行りのちょっと洒落た失恋ソングが流れている。何も買わずに長居したのは申し訳ない気がして、俺は再びホットコーヒーを買って外に出た。
     
     冬の始まりのビル風が顔を撫で身震いしながらコーヒーに口をつける。
    「にがっ」
     いつもは微糖にするのだが、よく見もしないで買ったコーヒーには「無糖ブラック」の文字。
     暮れるのがはやくなった空は、濃い闇色が帳(とばり)をおろしていた。
     次の取り引き先の元へ、街のコンクリートを蹴って足を進める。俺は道すがらちょっと泣いた。
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