Welcome to My room ——聖川さん、一旦休憩でーす!
スタッフの声を聞き、俺は青いセットの中で小さく息を吐いた。
今日は、新たなグッズの撮影日だ。各々お気に入りのものをセットに置き、撮影に挑んでいる。撮影自体は順調に進んでいる——のだが、今回は先輩方を含めた大人数での撮影となるため、さまざまなパターンの写真が必要となる。全体のバランスを見て、グッズにする1枚を選出するためだろう。
セットから降り、全体を一望してみる。
これまでお気に入りのものに囲まれて嬉しそうに微笑んでみたり、どうだ、と胸を張ってみたり。スタッフの要望のみならず、こちらからも提案をしつつ進める撮影は有意義なものであるが——さて、次はどのようなアプローチがいいだろうか。
「マサ!」
「一十木」
この時間は俺と一十木の2人の撮影。休憩に入ったのが見えたのだろう。先ほどまで赤いセットの近くでひと息ついていたようだが、駆けつけてくれたのだな。
一十木は白いシャツに生成色のベスト、青緑の下衣にはサスペンダーを取り付けている。普段より少しフォーマルな姿は今回の衣装か。
スタッフも各々休憩をとりに行ったようだ。撮影再開まで余裕があることを確認し、少しなら話ができるだろうと踏んだ。
「撮影は終わったのか?」
「うん! マサよりちょっと早くスタートしたから。」
楽しい撮影であったことが、一十木の表情や声色から見てとれた。自分の撮影の話をし終わったあと、先に長丁場を体験したからだろうか。大丈夫? 疲れてない? などと声をかけてくれる。一十木は優しいな。俺は疲れてなどいないが、その心遣いがありがたい。自然と笑みがこぼれてくる。
そんな会話を交わしているうちに、一十木の興味がどこかへ移っているようだ。そして、
「……ねっ、見ていい? ちょっとだけ!」
両手を合わせて懇願する一十木が、ちらっと俺の背面の青いセットに目を向ける。撮影中ではあるが——位置を変えなければ問題はないだろう。
「ああ。ただしまだ撮影中だからな。物には触らぬように。」
「わーかってるって! おっじゃましまーす!」
ぱあっと明るく笑う一十木が、軽快にセットへと足を踏み入れる。最初の勢いこそよかったものの、ハッと物に触れてはいけないことを思い出したのか、後ろ手にキョロキョロとセットを眺めていく。
そして、ぽつりと一言。
「ここがマサの部屋かあ。」
部屋。一十木は面白いことを言うな。撮影現場だというのに、生活感のあふれる表現に可笑しさがこみ上げる。
「はは、部屋とは大袈裟だな。食卓もベッドもないぞ?」
「えーそうかな? マサっぽいというか、マサの部屋です! って感じ? 俺の部屋も俺の好きなものに囲まれててさ、ここに住みたいー! って思ったんだよね。マサはどう?」
ふむ。考えたことはなかったが、いざ問われると——そうだな。
改めてセットを見渡す。
——編み物セット。このかごはスタッフが用意してくださったものだが、中身は私物だ。先ほどまで編み進めていたものを置かせてもらった。
——スーツ。このメーカーのものはとても着心地がよく、何着もそろえている。ファンのあいだではなぜか和の印象を持たれている自覚があったため、あえてフォーマルな一面をアピールするためにもちょうどよかった。
——背面に並べられたポットや調理器具も——ふふ。どれも自室にあっても遜色のない、愛着のあるものばかりだな。
「……確かに、居心地が良いな。」
「だよね!」
そうこうしているうちにスタッフが1人、また1人と持ち場に戻ってきた。撮影再開の時が近いようだ。
「あっそろそろだね! じゃ、またあとで! マサ、ファイト!」
「ああ。」
俺の部屋から駆け出し、そそくさと離れる一十木を目で追う。サスペンダーの後ろ姿が遠のいていく様は少しさびしいものがあるな。まるで客人を見送ったあとの気持ちのような——いかん。撮影に集中せねばな。
しかし部屋、か。
今回の撮影のコンセプトは『自分のお気に入りのもの』。セットは俺自身を飾るディスプレイのようなものと思っていたのだが、自室に居ると思えばもっと多様なアプローチができるのではないだろうか。
目を閉じて、小さく息を吸いこむ。目を開いた先はどこか、やわらかなものと変わっていた。