ふりふられ別にいつも約束してるわけじゃないし、俺としては全く気にはしてないのだが、それでも珍しい取り合わせを見たせいなのかなんとなく気になってしまう。
アースでの仕事を終えた週末、普段なら大抵サーベルの家に飯でも食べに行くか、二人で適当な店で一杯やってから帰ることが多いのだが、今日は違った。ロッカールームでそれぞれ荷物をとってからサーベルに声をかけようと顔を上げると、一足先に外に出ていく後ろ姿が目に入る。いつもなら待っててくれるのだが、急ぎの用事かと思ってとりあえず後を追って外に出ると、意外な人物と二人で並んで歩いていた。
「おーいサーベル、イーグルっ」
「ああ、牛か」
「お疲れ様です、バッファロー」
立ち止まって振り返った二人に走り寄る。
「珍しいな、二人が一緒なんて」
「ええ、サーベルからちょっと相談があるとの事で」
「あっおい」
「相談?」
またまた更に珍しい。サーベルが人に相談をもちかけることも珍しいが、その相手がイーグルというのも、珍しい。珍しいのコンボに思わずバッファローも目をは瞬かせた。
「なんだ!相談事ならミーも協力するぜ?」
サーベルの力になれるなら、どんな問題もドンと来いである。まぁいの一番に俺のとこに来なかったことに対しては若干不満が残るが、そんな些細な事は気にするほどのものでは無い。しかしサーベルはバッファローの申し出に、はぁとため息をついて首を振った。
「いらん。じゃあな」
「ワッツ?」
「いらんと言ったんだ。今日はイーグルと飲んで帰る。また連絡する」
「おや、私は構わないのですが」
「俺が構うんだ。行くぞイーグル」
「はぁ……。ではバッファロー、また」
イーグルがぺこりとバッファローに頭を下げて、先に背を向けたサーベルを追いかけて行った。バッファローはポカンとしたままその場に取り残される。
「……なんだそれ」
「で、俺を誘ったと」
「だってジョーしか聞いてくれるやついないだろう!?」
ぐいっとビールを飲んでから喚くバッファローに、ジョーが苦笑する。結局あのあと妙にむしゃくしゃしてしまい、ジョーを誘ってバッファローの家で久しぶりに飲み会する事になったのだ。
「でもホント珍しいよなぁ、イーグルとサーベルが二人でいるとこなんて見た事ねーし」
「まぁ別にサーベルがどこの誰といようと俺は別にいいんだ。そんな事気にはならない。But......」
「But」
「サーベルの相談相手に、俺じゃあ力不足だったのかと思うとなぁ……」
キャラじゃないとは思うけど、さすがに堪えてしまった。なんだかんだ長く一緒にいて、最近では少し優しいセックスだってできるようになってきたと思うし、それと同じようにお互いの気持ちも近づいたんじゃないかと思っていた。愛情表現がわかりにくいサーベルだけど、ちょっとした行動の端々に自分への労りみたいなものも、感じられるようになってきていた……気がするのだ。
だというのに、自分には話せない事も、イーグルには話せるというのか。昔より近しい存在になったというのもただの高慢に過ぎなかったんじゃないかという、いたたまれなさまで感じる始末だ。いつになく元気の無いバッファローを見つめながら、黙って話を聞いていたジョーが口を開く。
「バッファローが力不足なんてこと絶対にねーよ」
「え?」
「俺はバッファローが持つ明るさとか前向きさとか、素直さとか、そういうのにveryvery支えられてきたし、誰よりも優しくて、一緒にいるとパワーがめちゃくちゃ湧いてくる、そんな力を持ってる奴だって俺は思ってる」
「ジョー……」
顔を上げると、ジョーがいつもの笑顔でにっこり笑っている。
「それに、サーベルがアメリカ支部に来た時のこと思い出してみろよ。バッファローがマシンガントークかましてるっつーのに、一言も返さない位ひねくれてたじゃん」
ジョーが思い出し笑いをしながら、「あ、ひねくれてたって言ったのはサーベルには内緒な?」と囁いた。
「そんなんだったけどさ、だんだん俺たちとも喋るようになってくれて。勿論パートナーであるカケルの力もでかかったはずだけど、俺はバッファローの明るさも、あいつの心を溶かすのに一役買ったと思ってるぜ?」
ジョーに言われて思い出す。そういえばサーベルとまだ敵対してた時なんかは、口喧嘩ばかりしていて(今でも口喧嘩は頻繁にするけど)。ファミリーになってからもなかなか打ち解けられなくてもどかしかったけど、いつの間にか冗談も言い合えるような仲になっていた。
「また連絡するって言ってたんだろ?ならそれを待ってりゃいいじゃん」
「……そうだな」
〝また連絡する〟なんて、昔のあいつじゃ考えられないセリフだった。でも今は違う。互いに心が通じてる、そんな確信がちゃんとある。
「オーケー、待ってやるか」
「ヒュー!それでこそバッファローだぜ!」
のんびり待つのはべつに嫌いじゃないし、苦でもない。
……ないの、だが。
「さすがに三週間音沙汰無しっつーのはどうなんだ?おい」
スマホを見ながら、サーベルからの最後のメッセージの日にちに目を落とす。「いらん」と言われたあの日から約三週間。会うことはおろか、メッセージすらない。いやこちらから連絡すればいいとは思うが、特に用事もなければ、また連絡すると言ったのはサーベルなので催促するのも悪いと思い、気づけばもう随分とご無沙汰になっていた。
これにはさすがのバッファローも少しばかりイライラしていた。こんなふうに腹を立てるのは柄じゃないと気を落ち着かせてはいるけれど。こういう時の負の感情というのはなかなか厄介で、普段なら思いもつかないような事まで考えついてしまう。
「俺も舐められたもんだよなぁ……」
どんだけ放置プレイしても大丈夫だとでも思ってるんだろう、気まぐれにも程がある黒猫を想像して眉を寄せた。
そして、ようやくサーベルから連絡が入ったのは、それからまた数日経ってからの事だった。
「なんでお前ん家来なきゃいけないんだ」
「いいだろ、いつもサーベルんちだし」
「エアコンないから嫌なんだよお前ん家……」
サーベルがぶつぶつ文句を言いながらバッファローの家に上がる。久しぶりに会ったというのに愛の言葉よりも文句が出るというのは如何なものか。ジョーには「待っててやる」なんて一見心の広そうな事を言ってしまったが、実の所俺はそこまで心が広くないらしい。鬱々とした気持ちをなるべく奥にしまいながら、ひとまずお茶位は出すことにした。
「ん、お茶」
「あぁ、悪いな」
「いや」
「……なんだ」
「何が?」
「なんか怒ってんのか?」
このバカ猫、実は大ボケなんじゃないだろうか。「連絡する」というサーベルの言葉に、一ヶ月近くも真面目に待っていたのがあほらしくなってくる。しかし実際途中からは意地の張り合いにもなっていた。いつもの自分ならすぐにこちらからメッセージなり電話なりしたはずなのに、バカ猫に付き合ってバカになったのは……自分もだったのだ。
「なんだ、寂しかったとでも言うのか?」
サーベルがそう言って鼻で笑う。
「は、お陰様でこっちは毎日楽しく穏やかに過ごしてたぜ」
「言うじゃないか」
にやりと笑ったサーベルは、せっかく出したお茶に手もつけずにバッファローに近づく。後頭部に手をやって噛み付くように唇を重ね、舌を絡ませようとしたその瞬間。どさっという音ともに床に倒されたのは、バッファローではなく、サーベルの方だった。
「な……」
「寂しかったかって?Yes,寂しいに決まってるだろう。Honeyから一ヶ月近く、連絡のひとつもないんだからなぁ?」
「……悪かったよ」
いつもと違うバッファローの雰囲気に、さすがのサーベルも居心地の悪そうな顔をする。そして見下ろしてくる黄色い瞳を睨みつけるように、サーベルもバッファローを見つめ返した。
「サーベルよりかは心が広いほうだとは思うが。俺もな、いつまでものんびり草食って待ってるようなやつじゃないんだ。力だって……」
サーベルを押し倒すくらい、余裕で出来るくらいには、強い。
ただ、サーベルは俺に組み敷かれることを相当嫌うし、俺もどちらかと言うとサーベルを受け入れる方がしょうに合ってる。だからこんなことは、滅多にしないんだが。
俺を見上げるサーベルをじっと見つめる。アースエナジーを宿した緑色に光る瞳、奥の奥まで見透かしてくるような鋭い目付き、男らしく精悍で、綺麗な顔をしていた。そんなサーベルの手首をきつく掴んだまま、キスをする。抵抗なく開かれた唇の隙間から歯茎へと舌を這わせて存在感のある犬歯を舐めると、サーベルが小さく息を吸う音がした。
「っ、ぅ……」
「ん……、サーベルはキスが好きだなぁ」
「別に好きじゃない」
噛み付かれたら嫌だから、自分から舌は絡ませない。ただ犬歯をなぞられるのがサーベルは苦手……いや、好きだから、手に力は込めたまま、ゆっくりとその感触を楽しみながらキスを続ける。
「バッファロー……」
「されるがままなんて珍しいじゃないか。ユーもだいぶ丸くなったな?」
「うるさいぞ」
「可愛くねーなぁ、こっちは可愛いのに」
「あ、おい、っ……う」
サーベルのズボンの上から固くなったものをそっと撫でると、さすがに空いた片手で胸ぐらを掴まれた。腕を掴まないところがサーベルらしい。それでも体格差では俺の方が上。片手が空いたところで形成は逆転できないだろう。
「キスだけで気持ちよくなれるなんて、ちょろい奴だよなぁ、な、サーベル?」
「…………」
パンツの中へと手を滑り込ませてサーベルのものを直に握る。それでもサーベルは不機嫌そうに顔をしかめるだけだった。
「……なんだ、だんまりか?小猫ちゃん」
「っあ、おい……っ」
だんまり貫こうってんならそれはそれで結構。サーベルの口を塞ぐように唇を重ね、握った手に力をこめる。せっかくだ、このまま黙ってるというのなら、遠慮なく行かせてもらおうじゃないか。
そう思った瞬間、右耳にバチンという大きな音と、ピリッとした痛みが走る。
「え、は……?なに…」
「おい牛、そのまま」
サーベルは力の緩んだバッファローの手を逃れ、一瞬離れようとした自分の胸元を掴んでまた引き寄せた。
「じっとしてろよ」
「ちょ、おいサーベル?」
耳元でカチャリという小さな金属音。
「……よし、もういーぞ」
その言葉にバッファローは起き上がり、そっと自分の右耳に触れる。
「あ?なに、ピアス?」
「あぁ、それやる」
「やるって……」
鏡がないからどんなものかは分からないけど、触れてみると少しゴツゴツした触り心地がした。
「サーベルが買ったのか?」
「買ったんじゃない、作った」
「作った!?」
あのサーベルが、こんな小さなアクセサリーを、ちまちまと?想像もつかなくて思わず首を傾げる。
「外すなよ」
「……わかった」
大人しく頷くと、サーベルが満足そうに笑う。
「あ、最近連絡なかったのってこれ作ってたからか?」
「あぁ、仕事終わりと休みにしか行けなかったからな」
「……なんだ、それなら一言言ってくれれば」
そう口にすると、ぐにっと頬を潰された。
「言ったら意味ないだろ。お前うるさそうだし」
「確かに、大喜びするなぁ」
あのサーベルが、俺に。わざわざプレゼントをこさえてくれるなんて、今日は槍でも降るんじゃないだろうか。
「そんで?このまま続けんのかお前」
「え?」
何を、と思ってしまうくらいにすっかり忘れてたけど、そういえば俺はサーベルに乗っかったままだった。俺を見上げながらサーベルがにやりと口の端をあげる。
「続ける……けど」
「そうだな。貴様を食うのは、俺の役目だ」
サーベルが俺の背中に腕を回して引き寄せる。重ねた唇の隙間から舌を絡ませて、目をつぶった。
昔からそうなんだ。力だけなら俺はサーベルに勝てるけど、一度捕まってしまったら、一度噛みつかれてしまったら。
俺はもうきっと、サーベルには敵わないんだと思う。
「おやバッファロー、そのピアス……」
「Yeahサーベルがくれたんだ、いいだろう!?」
「ええ、よくお似合いですよ」
アースでたまたまイーグルに会ったので、自分の耳を指差して自慢する。一応風呂の時は外すし手入れもするけれど、それ以外では片時も離れずに耳元で揺れている。
「サーベルが珍しく悩んでいましたからね。良いプレゼントが見つかったようで良かったです」
「悩む?」
「えぇ、以前相談されたんですよ。毎回噛み跡付けてもどうしても消えるから、何か印でも付けられないものかって」
素直じゃないですよねぇ相変わらず、とイーグルが苦笑する。
「ああ見えて相当ヤキモチ妬きですからね。バッファローは誰とでも仲良くなれますし、
雌牛以外の女性にもモテますからね。気苦労が耐えないんだと思いますよ」
「サーベルが、ヤキモチ妬き?」
イーグルの言葉に目を丸くさせる。いつも割とぞんざい扱われるから、そんなイメージ全くなかった。
「右耳に、というのは同性愛者である意味もあるらしいですし、少しは牽制になるかもしれないって仰ってましたよ」
「おいイーグル!!何喋ってんだ!!」
「サーベル?」
大きな声で話に割り込みながらサーベルが怖い顔をしてイーグルに詰め寄る。
「いらん事言うな!」
「サーベルは言葉が足りないんですから。これくらい許されると思いますがね」
イーグルがくすくす笑いながら「では」と踵を返す。それに手を振りながら、サーベルに顔を向けた。
「……なんか文句でもあるのか」
「はは、何もないさ。……ヤキモチ妬きなんだって?サーベル!」
「うるさいぞ牛!!」
顔を赤くさせてずんずん歩き出したサーベルを追いかける。
「ありがとな、サーベル!一生大事にするぜ」
「別に失くしたって構わん。その時は一生残るくらいの噛み跡でもつけてやる」
「そーれは勘弁してもらいたいなぁ」
わかりにくい恋人に、俺はこれからも振り回されるのだろうか。いや、多分俺も負けないくらいにはサーベルを振り回すつもりだけど。
何はともあれ、俺たちの関係は変わらないのだ。どんな喧嘩をしても、ヤキモチ妬いて機嫌を損ねても、サーベルに付き合ってやれるのは俺くらいだし、俺を食えるのもまた、サーベルくらいなのだから。