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    弊ばきの宝探し屋0日目の話(圧倒的捏造を含む)
    個人的備忘録

    卵の中の龍「お前がユーランか? なるほど、婆あによく似てやがる。……その『眼』も、あれとおんなじもんか?」

     祖母が亡くなって四十九日を過ぎ、家族が遺品整理に重い腰を上げた某日、その初老の男は祖母の家の玄関に現れた。日焼けした肌に白髪のようなシルバーブロンドを後ろに撫でつけ、着古したダンガリーシャツに褪せたジーンズ、背負ったバックパックは随分と年代物だ。流暢な日本語を操るが、どう見てもアジア人の風貌ではない。馴れ馴れしい笑顔を浮かべて靴を脱ぎ、家にあがろうとする男を葉佩は咄嗟に制した。
    「待ってください、……祖母のご友人ですか? それか、うちの親に用なら、まだ着いてないですけど」
    「なあに、お前に用さ。ユーラン、スリッパあるか?」
     困惑しながらも下足箱の横から来客用の履物を取り出した葉佩は、男の風貌をつぶさに観察しながらゆっくりと差し出した。受け取ろうとする手の甲から、捲くり上げたシャツの中にまで肌を覆うモチーフ不明の入墨。短く揃えられた分厚い爪。よく見ると、入墨を切り分けるようにケロイドや古い切り傷が無数に走っている。どう見ても、品のいい客ではない。そんな無遠慮な葉佩の目を気にしたふうでもなく、受け取ったスリッパを履き男はずかずかと家の中にあがり込む。見ず知らずの人間を、主を亡くした家に安易に招き入れたことを葉佩はすぐに後悔したが、一瞬の判断をその呼び名は易々と誤らせた。彼を『ユーラン』と呼ぶのは祖母しかいなかったのだ。この男は祖母の知己で、家族が今日の遺品整理に呼んだのかもしれないと考え、葉佩は促してもいないのにソファにどっかりと座って一息つく男にペットボトルの茶を差し出した。
    「お名前、伺っても?」
    「イヴァンだ。イヴァン・ルキーチ・ロバーノフ。そうだな、婆あ……ズラータからお前のことはよく聞いていたから、つい親戚の子相手みたいな気分になっちまった、馴れ馴れしくってすまんな」
    「あの、祖母とは親しかったんですか」
    「二十年組んでたよ」
    「組んでた? ええと……」
    「ん? お前は聞いていたろ、ズラータの仕事」
     仕事、と聞いて葉佩は黙り込む。祖母はかつて、葉佩にだけ教えた秘密の仕事があった。とはいえ、それを明かしても誰も信じはしなかったに違いない。誰も彼もが、彼女は父親の遺産を湯水のように使い放蕩し、脚の悪い夫と三人の子供を置いて身勝手で気ままな世界旅行に明け暮れた、と信じて疑いもしなかったのだから。晩年の祖母は心を入れ替え、手元の財産をほとんど子供に分け与え、こじれた関係を少しはまともなものにしたと母から聞いて、なぜ家族との関係を悪化させてまで一人で世界を飛び回っていたのか、そんな旅行の何が楽しかったのかと聞いたことがあった。祖母は一切後悔のないきっぱりとした口調で言った。

    「あたしはね、『宝探し屋』なんだよ。家で編み物をしていたところで、編み目の間から宝が出てくるわけがないじゃないか」

     それから、葉佩が家を訪問するたびに、毎度毎度違う国、知らない世界の冒険を、ティーポットの茶葉が出涸らしになるまで聞かせてくれた。葉佩にとっては、親族中から嫌われていた祖母がこんな秘密を持っていたこと、それを自分にだけ明かしてくれたことが特別なことのように思えた。とはいえ、それを信じていたのは十二歳までだ。
    「でもあれは……、俺を楽しませるための作り話だと」
     歯切れ悪く答える葉佩の顔を、片目だけ細めて見通そうとするかのように見つめたイヴァンは、一瞬天を仰いでソファにもたれかかった。
    「なるほどね、まあ確かに。『宝探し屋』なんてのは今の御時世、テレビの作り話でしか見たことないわな。このオヤジも胡散臭い、って面だ」
    「いえ、すみません、そういうつもりじゃ」
     生前の祖母から飽かず聞いた冒険譚。世界に散らばり人知れず眠る財宝と神秘。前人未到の秘跡に分け入り、隠された宝を暴く興奮。小学生の頃、そんな仕事はどこにもない、とクラスメイトに馬鹿にされ、それから二度とにその話を祖母にねだることは無くなったが、心にはずっと忘れられない憧れとして鈍く光り続けていた。本当に祖母は『宝探し屋』で、あの荒唐無稽で胸躍るホラ話がすべて本当だったとしたら。目の前で不敵に笑うこの男が、祖母とそんな冒険をしていたとしたら。
    「……ばあちゃんの指」
     唐突に、葉佩は呟いた。全く意図の不明なその言葉に、イヴァンは瞬間面食らった顔をしたものの、すぐに思い当たったのか片方の口の端をくっと引き、悪戯めいて笑う。
    「……ああ、そうか」
     手の中で弄ぶペットボトルの表面から、流れてボトルの底に溜まる水滴を記憶の糸を手繰るように親指で追いかける。
    「……ありゃインドネシアでだな。暑くて死ぬかと思うような季節だった。地底深くの遺跡に眠る神代の秘宝の探求って話だったが、蓋を開けりゃハルジュナの弓と呼ばれた超文明の古代兵器がまるごと出てきやがった。同業者と起動キーの争奪戦になったが、婆あはそこで祭壇に封じられていた悪しき九十九柱の神々の力の切れっ端を取り込んだ商売敵に追い詰められた。取っ組み合いになったときに左の中指と薬指まるごと食いちぎられて、あの通りだ。あの時は『重ね絵のバーバ・ヤガー』でも駄目かと思ったな」
     ああ、ああ。聞いたとおりだ。ただ一点を除けば。
    「まあ、婆あのことだ、お前にはこう言ったろう」
     そうだ、こう言った。

    「「指はくれてやった」」

     小さな沈黙の後、二人は揃って吹き出した。

    「本当に、ばあちゃんが『宝探し屋』だったなんて」
    「婆あはお前のことをよく話してたよ。死んだら頃合いだから迎えに行ってくれと頼まれてたが、当の孫には宝探し屋じゃなくてホラ吹きと思われてたか、傑作だ」
     すっかり警戒を解いた葉佩はイヴァンの隣に腰掛け、祖母のかつての生活に彩られた小さな居間を見回した。鮮やかな色の織物が折り重なるように飾り付けられた壁、窓を覆うとりどりのドライフラワー、素朴な茶箪笥にはめ込まれたガラス窓からのぞく世界各地の愛らしい指ぬき、くすんで歪んだガラス玉、知らない国の絵葉書、木彫りの人形に、どれほど古いかも分からないメダルや石を削ったお守り。この中のどれか、あるいは沢山の品が、大冒険と危機一髪、命を賭した挑戦の上で持ち帰られたと思うと胸が躍った。自分にもその道があるのだろうか? 幼い頃に憧れた『宝探し屋』への道が。
    「俺も、なれるってことですか」
    「もちろんだ。お前が望めば」
     魂が震えるような興奮に肌の表面が粟立ち、眼球の奥は熱く燃え、心臓に勢いよく血が流れ込む。俺が望めば、なれる。
    「もちろん相当に危険だ。婆あみたいに耄碌できるまで生き残れる奴は多くない。婆あもあの眼がなけりゃもっと早く逝ってたかもな」
     首の周りにぷつぷつと興奮の汗が浮き出るのを感じながらも、葉佩は一つだけ、頭に引っかかった言葉をイヴァンに問うた。
    「さっきも言ってましたけど、その『眼』ってなんのことですか? ばあちゃんのは、なんか違ったんですか」
    「見た目の話なら、なんてこたあない、普通の眼球だが……まあいい、この話はお前が『こっち』に来たらおいおい話そう。まずはそうだな……」
     イヴァンは右手の中指でこめかみを軽く叩きながら、遠くへ視線を泳がせる。
    「……俺は婆あの旦那と、とある遺構の発掘をしながら共同研究をしてた。公私に渡る付き合いは旦那が亡くなるまで続いていたが、没後は疎遠に。去年婆あ……えーと奥様から数年ぶりに連絡を受けて、孫が遺跡の発掘に興味があるから、チャンスがあるなら俺の元で学ばせてやってくれないか〜、と、相談が来たと。それで、娘一家と孫を俺に紹介しようとしていた矢先の不幸で、墓前に挨拶をしたくて来日ついでに家を訪ねた俺と、婆あの家にたまたまいたお前が、こうして出会った、でどうだ」
    「ちょっと……なんですかそれ。俺、ばあちゃんにそんなこと言った覚えないです」
    「言ってねえよ、これは『カバーストーリー』だよ、どうやってお前を『こっち』に引っ張るか考えてんだろうが。まともな進路に『宝探し屋』ってのは無いんでな」
    「嘘つかないとなれないんですか?」
    「じゃあお前、親御さんに『ばあちゃんみたいな宝探し屋になりたいから、このおじさんについていきます』って言ってみな」
    「ああ……」
     確かに、何もかもが荒唐無稽だ。あとはその場で臨機応変に、だな。と言って、イヴァンは葉佩に向き直ると頭の天辺から足の先までじろじろと見遣り、無遠慮に品定めを始めた。
    「ふうん、ガタイもいい、体力もありそうだ。スポーツはなんかやってたのか?」
    「ホッケーやってます。空手もやってたことあるけど……」
    「大学はどこだ? 専攻によっちゃ親を丸め込みやすいだろ」
    「だいが……いえ、俺まだ高校です」
     その一言で、イヴァンは目を丸くして硬直した。
    「へえ? 高校生? ティーンエイジャー?」
    「そうですよ、まだ高校通ってます」
     訝しげに見つめる葉佩の存在など忘れたように、目を閉じて痛恨の表情でのけぞり、異国の言葉で何やら悪態をついていたイヴァンが深く細く息を吐いてからやおら立ち上がった。
    「このままお前の家族を煙に巻いて話をつけちまおうと思ったが、やめだ」
    「でも俺、『宝探し屋』に……」
    「順番があんだろ。まずは学校を卒業しろ。あと何年だ?」
    「二年」
     不服げに口を曲げた葉佩に、イヴァンは肩をすくめて「なるほど、子供だな」と呟いた。
    「じゃあその間に最低限、せめて英語は話せるようになっとけ。英語が話せりゃ億の人間から情報を聞き出せる。あとは腕っぷしだな、荒事の多い世界だ、基礎に格闘技もやっとけ。二年待つが決して長くはない。やるだけやっても適正がなきゃ、この話は“なし”だ。親に挨拶はしとくが、いわゆる“フラグを立てとく”ってやつだ。……親は? 片付けにはいつ来るんだ?」
    「十二時頃に着くって言ってましたけど」
    「あと二時間か……さて、じゃあ本題だ」
     イヴァンはそう言うと、リュックサックの中から擦り切れた革のカバーがかかった手帳を取り出し、ノートの間から折り畳まれた紙を取り出した。紙は黄ばんでボロボロになっていて、何度も取り出しては開かれ、折り畳まれて仕舞われたのが伺える。
    「俺の持っている『紙片』は三枚、そのうち一枚は今日の日付で、婆あの家の場所、お前と会うことが『すでに』書かれている。お前も婆あから貰ったんだろ、魔女の遺産なんだからこんな数枚のメモじゃあない。紙束のはずだ。『重ね絵のバーバ・ヤガー』が遺した『予知の紙片』だよ」
     心当たりなど一つもない。祖母から貰ったものは多いが、その中に紙束や日記の類はなかった。首をひねる葉佩の肩を数度叩き、イヴァンは手元の紙片を開く。
    「俺の紙片にはこう書いてある。『孫に形見として全ての紙片を遺す』ほら、お前が受け取ってるはずなんだよ」
     『形見』と聞いた葉佩の眉が小さく動いた。
    「形見分けってことなら……これからじゃないですか?」
    「なんだ? カタミワケ?」
    「ええと、日本では人が亡くなって四十九日経ったら、故人の持ち物を親族とかでいくつか分けるんです。その人の思い出に。今日はそのための集まりなんです」
    「でもお前、心当たりもないんじゃ受け取りようがないだろ……いや、待てよ。……これは」
     考え込み、しばらく黙り込んだあと鋭い舌打ちが鳴り、口から低い唸り声が漏れる。
    「……やられた。やられたぞ、始まってるんだよ」
     ぐるりと居間を一周睨みつけ、葉佩の方を向きもしない。
    「あと二時間って言ったか? おいユーラン、これはお前の『適性テスト』だよ。婆あめ、遊びやがって」
    「テストって……その、宝探しですか? ばあちゃんの遺した紙束を? でも、別に二時間過ぎても、家族がいたって探すのは大丈夫じゃ……?」
     急に焦りの色を見せ始めたイヴァンに葉佩は宥めるように言ったが、すでにソファのクッションを捲り、壁にかかったカレンダーを剥がし始めたイヴァンはその言葉を鼻で笑い、一蹴した。
    「そうだ、宝探しだ。俺とお前で、これから家の中をひっくり返すほどの宝探しをやるハメになった。古文書の記述も筋からの情報もなし、お前の家族に見つかりゃあ確認もなしでゴミ袋に直行の『ただの紙束』を探してな。俺なんかお前の家族からしたらただの他人だからな。そいつが必死に床板剥がし始めたら警察沙汰になるだろ。とにかく、お前の家族が来る前になんとしても探さないとマズいんだよ」
    「そんなに大事なものなんですか?」
    「当たり前だ。膨大な量の未来予知だぞ? オーパーツ並だよ。何が書いてあるか、何が起こるのか、それが宝に向かう情報ならなおさら欲しい。それは『宝』の引換券だ。クソ婆あめ、最後の最後で性格の悪いところを出してきやがって。必死になってる俺も『視えて』たな、忌々しい」
     お前と話している時間も惜しいと言いたげに、イヴァンは本棚に並んだ本を一冊ずつ抜き出しては仕掛けがないか確かめ、引き出しを開けていく。口汚い乱暴な言葉とは裏腹に、その手付きに家探しの粗さは一つもなく、故人の持ち物、ひいては祖母への親愛と敬意を感じた葉佩は安堵した。居間の捜索をイヴァンに任せて寝室の扉を開けると、ベッド脇の一人がけの椅子の上に積み重なった沢山の服や織物が目に入り、思わずうわ、と声が出る。ベッドの上には人の形にくり抜いたように本が積み上がり、どれも洋書で内容の判別は付きそうもない。枕元には沢山のスナップ写真が所狭しとピンで留めてあり、葉佩はベッドの上に身を乗り出し、目についた褪せた写真を一枚外して眺めた。被写体はかつての祖母だろうか。豊かな暗い色の髪を編み込み、ひとつに長く垂らした壮年の女性。小柄な体躯を背後の石碑に預け、腕を組んで勝ち気に笑うその横で、一人の男性が地面に疲労困憊の様子で座り込み、右手だけ億劫そうに上げて挨拶をしている。手首から半袖のシャツに隠れるまで広範囲に彫り込まれた入れ墨のパターンは、隣の部屋で唸り声をあげている男のそれと一致している。日付は20年前。葉佩の頬は自然と緩んだ。その隣に留まった写真は比較的新しいように見える。ピントはズレていて、かなりぼやけているが、いつ撮られていたのか、おそらく自分だ。しかし、見覚えのない制服姿の上から透けた布を被り、手にはロープと日本刀のようなものを握り込んでいるし、腰のあたりに土偶を括り付けている。こんな格好だったことは一度もない。首をかしげながら写真を裏返すと、走り書きが残っていた。
    『ユーラン 馬鹿な格好の宝探し屋』
     写真に日付はない。他のスナップ写真と見比べて、この写真や、ほか数枚だけポラロイド写真なことに気がついた。ポラロイドの写真だけを壁から外し、ベッドサイドに置かれた椅子の背もたれに積み上がった布を床に落として座る。
     どれもピントはズレていて、被写体はの輪郭は夢の中のようにおぼろげだ。どこの何を写したのか、背景や人物からは特定できそうにない。それぞれ、裏には祖母の字で走り書きがある。最後の一枚を見た葉佩の手が止まった。被写体は自分だとわかる。写真の中の人物が着ている服装は今朝、鏡で見た。手には紐でくくられた紙束。慌てて裏返したそこには、やはり祖母の癖のある字で走り書きがある。
    『孫への形見 初めての宝探し』
     弾かれるように顔を上げ、部屋を見回す。この写真は、過去に撮られ、今日自分が手に取ることを見越してここに貼られていたと確信する。写真に映るにじんだ背景は、家の壁紙の色と一致しているようだ。祖母にあったという予知の力が写真を残したに違いない。咄嗟にイヴァンを呼ぼうとして、やめた。『初めての宝探し』なら、自分の力で探し当てなければ意味がないような気がしたからだ。息を深く吐き、目を閉じた。
     写真の背景には赤や紫の斑点が見え、差し込む光は柔らかく淡い。寝室の中には写真の背景に合致するような窓や飾りはなさそうだ。居間には庭に通じる大きな窓があるが、写真に映っている鮮やかな斑点に該当するものがない。写真を片手に寝室を出て、イヴァンの横を通り抜け台所へ。隣の脱衣所に半身を滑り込ませ、ひやりとした青いタイル張りの浴室を一瞥し、踵を返して玄関へ。祖母が脚を悪くしてからは使われなくなっていた二階へと通じる階段横の、スリット窓に所狭しと吊り下げられたサンキャッチャーが眩く光を弾き返すのを目を細めて眺めながら、写真の場所を探して書斎へ、かつての子供部屋に物置、ベランダへ。いつしかその目は未だ見ぬ秘宝を追い求める宝探し屋のようにきらめいていた。


     ユーラン。未だ卵の中にいる、私の弟子よ。お前を包んだ殻が割れるのが視えるとも。

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